ぼっちキングと貴族たち
リーズの街の門を潜った瞬間、皆人は肌を刺すような違和感を覚えた。
いつもなら喧騒に包まれているはずの大通りが、どこか余所余所しい。行き交う冒険者たちの視線は鋭く、それでいて何かを恐れるように泳いでいる。
「……『兵庫』、街の様子がおかしい。スキャンしろ」
『了解。街全体の緊張指数が平時の1.4倍に上昇。特に冒険者ギルド周辺に武装した私兵が展開されています。紋章は――ギルバート子爵家のものです』
皆人は眉をひそめた。ギルバート子爵。この地を治める領主の末端に連なる男だ。
エルザたちが先に着いているはずのギルドへと足を向けると、そこには案の定、嫌な空気が漂っていた。
「カイト! 戻ったのね!」
受付嬢のミラが、皆人の姿を見るなり、周囲を憚るように声を潜めて駆け寄ってきた。
「ああ。エルザたちはどうした? ここにいるはずだろう」
「それが……彼女たちが持ち帰った武器よ。あんな代物、見たこともないわ。鑑定に立ち会ったギルド職員が迂闊にも情報を漏らして……それを聞きつけたギルバート子爵が『出所不明の危険物』として没収し、彼女たちを連行してしまったの」
皆人の瞳の奥に、冷徹な光が宿る。
「……場所は?」
「子爵邸よ。でも、相手は貴族。いくら貴方がベヒーモスを倒した英雄でも、無茶は――」
「心配いらない。無茶はしないさ。……『話』をしに行くだけだ」
ギルバート子爵邸の重厚な門扉の前で、皆人はあえて正面から名乗りを上げた。
「ブラウスウェイト伯爵の知己、皆人だ。ギルバート子爵に面会を求める」
「ブラウスウェイト伯爵」という単語。そして、一人で立ち塞がりながらも周囲を圧する皆人のオーラに、門番たちは気圧された。ベヒーモスを単独(に近い形)で仕留めたという「規格外の冒険者」の噂は、既に上流階級にも届いている。
応接室に現れたギルバート子爵は、脂ぎった顔に不快感を隠そうともしない男だった。
「……フン、野蛮な冒険者が何の用だ。伯爵の名を出せば、何でも通ると思っているのか?」
「丁寧な挨拶は抜きにしましょう。俺の仲間を返してもらいたい。彼女たちが持っていたのは、俺が遺跡で見つけた正当な所有物だ」
「遺跡、だと?」
ギルバートの目が、強欲な光に細められた。
「あれほどの魔導武器が眠る遺跡を、一介の冒険者が独占するなど許されるはずがない。それは王国の、いや、この地の領主である我々の資産だ」
皆人は内心で舌打ちした。これだから権力者は面倒だ。だが、今の自分には「力」がある。物理的な破壊力だけでなく、彼女たちを合法的に救い出すためのカードが。
「子爵。俺を無下にすれば、ブラウスウェイト伯爵への顔が立たなくなりますよ。……それとも、伯爵を差し置いて、その遺跡の富を『独り占め』するおつもりですか?」
「……何だと?」
「遺跡の場所と、中に入るための『鍵』の情報。それを貴方に提供しましょう。その代わり、仲間を今すぐ解放し、今回の件は不問に処す。……どうです? 伯爵に報告される前に、貴方が主導権を握るチャンスだ」
ギルバートは沈黙した。目の前の若者が放つ、見えないプレッシャー。そして「遺跡の宝」という甘い蜜。
「……よかろう。エルザとかいう女たちは解放してやる。ただし、情報の真偽が確かめられるまで、貴様はこの街を離れるなよ」
解放されたエルザ、バルカス、セーラの三人は、地下牢に入れられていたとは思えないほど元気ではあったが、屈辱に震えていた。
「ごめん、カイト……。あたしたちが不甲斐ないばかりに、遺跡の場所を……」
「気にするな。あそこはもう、俺にとっては用済みだ」
だが、事態は皆人の予想を超えた方向に動き出す。
ギルバート子爵は、独占するには荷が重すぎると判断したのか、さらに上位の貴族に声をかけた。
北方を統括するラインハルト伯爵。そして、皆人と縁のあるはずのブラウスウェイト伯爵までもが、その話に乗ったのだ。
「馬鹿な……。あの遺跡がどれほど危険か、分かっていないのか」
ギルドの宿舎で、皆人は「兵庫」が傍受した通信記録を眺めていた。
貴族たちは、自分たちの直属の騎士団と、雇い入れた精鋭冒険者のみで「遺跡探索軍」を組織した。
皆人たちのような「野良」の功績を完全に抹消し、宝物庫に残る膨大なマジックアイテムと金貨を自分たちだけで山分けしようという腹積もりだ。
「……追い出されたわね、あたしたち」
セーラが自嘲気味に笑う。
「遺跡までの道はカイトが教えた通り、魔物は一掃されている。彼らにとっちゃ、ただの宝拾いに行くだけの遠足だと思ってるんでしょうね」
皆人は窓の外、夕闇に沈むリーズの街を見つめていた。
「……あそこには、まだ『何か』がある。アダマンタイト・ゴーレムは番人に過ぎなかった。その奥にある、先史文明の負の遺産が……」
貴族たちの遠征軍がリーズを出発してから、一ヶ月が経過した。
街には「もうすぐ莫大な富がもたらされる」という根拠のない噂が広まり、祝祭のような浮かれた空気が漂っていた。
そんなある日の夕暮れ。
見張りの鐘が、これまでにない激しさで打ち鳴らされた。
「戻ってきた! 遠征軍だ! ……いや、様子がおかしいぞ!?」
皆人は街を囲む城壁の上に駆け上がった。
遠く、地平線の彼方から近づいてくるのは、確かに金色の獅子や銀の鷲を象った貴族たちの旗印だった。
しかし、その軍列に生気はない。
『カイト、生体反応を検知できません。代わりに、極めて高濃度の「負の魔力」と、遺跡特有の「管理信号」を受信。……あれは、人間ではありません』
皆人は眼を見開いた。
近づいてくる騎士たちの全身は、かつて宝物庫に並んでいたはずの、禍々しい装飾が施された魔導武器や防具で固められている。
しかし、鎧の隙間から見える肌は土気色に腐り、眼窩には赤い鬼火が灯っていた。
「……アンデッドだと?」
最前列を歩くのは、豪華なマントを羽織った死体。
ギルバート子爵だ。
その手には、空気を震わせるほどの魔力を放つ、伝説級の魔導剣が握られている。
ラインハルト伯爵も、そしてあのブラウスウェイト伯爵までもが、等しく動く死体となり、かつて守るべきはずだった街へと剣先を向けている。
彼らは遺跡の深部で、触れてはならない「呪われた武装」を手に取ったのだ。
装備した者の肉体を苗床とし、魂を魔力として喰らい尽くす、先史文明の自動防衛兵器――。
「グガァァァァァァ……!!」
地響きのような咆哮と共に、魔導武器で武装した死の軍勢がリーズの門へと殺到する。
一撃で城壁を粉砕する魔導砲。
一振りで数十人の兵士を消し飛ばす真空の刃。
かつての「守護者」たちは、最悪の「侵略者」へと成り果てていた。
「カイト! 来るわよ!」
エルザが剣を抜き、バルカスが盾を構える。
皆人は、アダマンタイトの輝きを秘めた右腕を静かに突き出した。
「欲に目がくらんで、ゴミを拾ってきたか。……いいだろう。その呪いごと、俺が消し去ってやる」
皆人が収束光子砲:プリズム・レイの内蔵された右腕に力を込めると、人工皮膚にいくつもの切れ目が走り、青白い閃光を放ち始める。
今、絶望に染まるリーズの空に、絶対的な「破壊者」としての光が昇ろうとしていた。




