ぼっちキングと試運転
勝利の余韻と、静かなる決意。
アダマンタイト・ゴーレムという、先史文明の遺した「絶対的な壁」を打ち破ったカイトたちの帰還は、静かな、しかし確かな高揚感に包まれていた。
渓谷を抜け、数日ぶりに辿り着いたのは、エメラルドグリーンの水面が美しい湖畔の隠れ家だった。いまだ木の香りも新しいログハウスに、一行は荷を解いた。
「……生きてるって、最高ね」
エルザが装備を投げ出し、絨毯を敷いた床の上に大の字になる。その横ではバルカスが、ゴーレムの猛攻を耐え抜いたボロボロの大盾を愛おしそうに撫でていた。
その日の夜の宴は、これまでの旅で最も豪華なものとなった。宝物庫から持ち出した、数千年前の製法で封印されていたヴィンテージの美酒が惜しげもなく開けられ、魔導コンロで焼いた豪快な猪肉のステーキが皿に盛られる。
「見てよこれ、この金貨の輝き! リーズの街なら家が何軒建つかしらね」
「金もいいが、この魔導短剣を見てみろ。刃が震えるだけで空気を切り裂いてやがる」
セーラとバルカスが戦利品に目を輝かせる中、皆人は一人、暖炉の薪の爆ぜる音を聞きながら、手の中に収まる深蒼の金属塊を見つめていた。
アダマンタイト。
物理的・魔導的に最強の強度を誇るこの素材こそが、彼が最も欲していたものだ。
翌朝。
十分な睡眠と食事で活力を取り戻したエルザたちは、新しく手に入れた魔導武器の感触を確かめるべく、一足先にリーズの街へと向かうことになった。
「カイト、本当に一人で残るの? 護衛くらいいた方がいいんじゃない?」
心配そうに覗き込むエルザに、カイトは軽く手を振って応えた。
「ああ。こいつを俺の『システム』に組み込むには、精密な作業と集中が必要なんだ。……それに、試したいこともあるしな」
「……わかったわ。あんたのことだから、次に会う時はまたとんでもない力を手に入れてるんでしょうね。リーズで待ってるわよ」
三人の背中が森の向こうに消えるのを見送ると、カイトは小屋の地下にある工房へと向かった。
『カイト、準備は整いました。アダマンタイトの分子構造を解析……既存の装甲バイパスに再構成を開始します』
脳内に響く無機質な『兵庫』の声。カイトは上半身の装備を脱ぎ捨て、作業台に横たわった。
彼の周囲には、宝物庫から回収した魔導回路のパーツと、加工されたアダマンタイトが浮遊している。
(ああ。これまでの装甲じゃ、あのゴーレムのようなバケモノには耐えきれなかった。だが、こいつがあれば……)
『警告:統合プロセスには激しい魔力干渉を伴います。神経系へのフィードバックに耐えてください』
作業が始まると、工房内は青白い放電現象に包まれた。アダマンタイトが熱を帯び、液体のように形を変えてカイトの特殊強化服と融合していく。
それは、単なる防具の強化ではなかった。
カイトの魔力回路そのものをアダマンタイトでコーティングし、外部からの干渉を一切遮断する「絶対守護」の領域の構築。そして、溢れ出す魔力を一点に収束し、純粋な破壊の光へと変換する砲身ユニットの増設。
数時間に及ぶ苦痛と昂揚の果てに、皆人は立ち上がった。
その全身を包む装甲は、以前よりも薄く、しかし一瞥しただけで「破壊不可能」だと悟らせるほどの重厚な輝きを放っている。
皆人が意識するや、その装甲をたちまち人工皮膚が覆い隠す。
「……テスト運用が必要だな。『兵庫』、一番近い『厄介な場所』はどこだ?」
『検索完了。ここから北西に15キロ。古代の王族が眠る「嘆きの地下墓所」が存在します。現在、高濃度の怨念エネルギーによる「呪域」と化しており、物理攻撃の通じない悪霊の巣窟です』
皆人はニヤリと口角を上げた。
「悪霊相手のデバッグか。ちょうどいいな。呪いを打ち破れるかどうか、試してやろうじゃないか」
「嘆きの地下墓所」は、その名の通り、足を踏み入れるだけで精神を削り取られるような悍ましい冷気に満ちていた。
入り口の石門は朽ち果て、内部からは絶え間なく、この世のものとは思えない啜り泣きや叫びが漏れ聞こえてくる。
かつて、この場所を浄化しようとした高位の神官たちも、実体のない悪霊たちの「呪い」によって命を落としたという。
皆人が足を踏み出すと、影の中から半透明の白い影が次々と這い出してきた。
「……ギィィ……イ……生キタ……肉……」
空虚な眼窩を光らせ、数多の悪霊たちが皆人を包囲する。彼らの手は物理的な装甲を透過し、直接魂を握りつぶす「即死の呪い」を宿している。
だが、皆人は歩みを止めない。
「起動。『アスピス』」
皆人の装甲の隙間から、黄金色の光線が幾重にも溢れ出した。
次の瞬間、皆人を中心とした半径5メートルに、幾何学模様の魔法陣が折り重なる半球状のフィールドが展開される。
「ギャァァァッ!?」
皆人に触れようとした悪霊の手が、フィールドに接触した瞬間に、まるで熱した鉄に触れた雪のように激しく蒸発した。
アダマンタイトを媒介としたこのフィールドは、物理的な攻撃だけでなく、概念的な「呪い」や「霊体」の侵入を100%遮断する聖域だった。
「近寄ることもできないか。……次は攻撃だ」
カイトは右腕の装甲を展開した。
そこには、アダマンタイトの結晶をレンズとして組み込んだ、新型の収束光子砲:プリズム・レイが姿を現す。
「『兵庫』、出力30%。周辺の負のエネルギーを一掃する」
『了解。マナ・コレクター充填。……照射』
――キィィィィィィィン!!
鼓膜を突き刺すような高周波の音と共に、純白の極光が放たれた。
それは直線上のすべてを消滅させる暴力的な光の奔流だった。
壁を透過して逃げようとした悪霊も、地中に潜んでいた怨念の塊も、その光に触れた瞬間に構成要素を分解され、塵すら残さず消滅した。
一度、二度。
皆人が腕を振るうたびに、数千年にわたってこの地を支配していた暗雲が、物理的に「消し飛ばされて」いく。
「ふむ……。以前とは比べ物にならない安定度だな。アダマンタイトによる強化率は、計算以上だ」
皆人は最深部まで歩を進めた。そこには、この墓所の主である「死霊王」が鎮座していたが、皆人が指先から放った小さな光弾一発で、その呪われた存在は悲鳴を上げる暇もなく虚空へと消えた。
そこにあったのは戦闘ではなく、一方的な「消去」だった。
地下墓所を出た時、空は清々しいほどの青空が広がっていた。
先ほどまでの禍々しい気配は完全に消え失せ、墓所にはただの「静かな眠り」が戻っている。
皆人は己の拳を握り、新装備の感触を確かめた。
(これで、確信した。今の俺なら、どんなに強力な呪いも、どんなに理不尽な魔導も、力ずくでねじ伏せることができる)
かつて自力では勝てなかった謎の男の顔が、脳裏をよぎる。
だが、今の皆人の瞳に宿っているのは怖れではなく、圧倒的な力に裏打ちされた冷徹な自信だ。
『カイト、リーズの街のエルザたちが、ギルドで一悶着あったようですね。彼女たちの新しい武器が「凄すぎて」、不正を疑われている様です』
「ハッ、あいつららしいな。……よし、行くか」
皆人はリミッターを外すと、森の木々を縫うような疾走を見せた。
その姿は、まるで地上の引力から解き放たれた、一筋の銀光のようだった。
アダマンタイトの皮下装甲を纏った彼は、もはや単なる冒険者ではない。
失われた文明の力を振るい、運命そのものを書き換える「変革者」として、皆人は仲間たちの待つリーズの街へと、風を切って駆け抜けていった。




