ぼっちキングの強化策
あの死闘から数日が経過した。リーズの街に降り注ぐ朝日は穏やかで、数日前の悪夢のような襲撃が嘘のように静かな時間が流れている。
ブラウスウェイト伯爵家からの迎えが到着し、シャルフィヤは一時的に王都の安全な別邸へと戻ることになった。別れの時、街の正門前で、皆人は彼女に一つの包みを差し出した。
「これ、持っていってください。護身用の……まあ、お守りみたいなものです」
中から現れたのは、白銀の細工が施された美しい腕輪だった。中央には淡く輝く蒼い魔石が埋め込まれている。
「……これを、私に?」
「ええ。前回のこともある。俺が常に隣にいられればいいんですが、そうもいかないでしょうから」
実はこの腕輪、皆人が不眠不休で『兵庫』を酷使し、現代科学の結晶であるナノマシン技術と魔導回路を融合させて作り上げた『高周波位相干渉型防護障壁発生器』の試作一号機である。
持ち主の魔力に反応し、物理攻撃だけでなく魔法的な干渉さえも自動で弾き飛ばす。さらに、緊急時には皆人のデバイスに位置情報を発信する機能まで備わっていた。
「ありがとうございます、カイト様……。大切に、肌身離さず身につけますね」
シャルフィヤは頬を林檎のように赤らめ、愛おしそうに腕輪を胸に抱いた。彼女の瞳には隠しきれない情愛が宿り、好感度はもはやメーターを振り切らんばかりの勢いで上昇している。
それを見送る皆人の横顔に、『兵庫』の皮肉めいた声が脳内で響く。
『……カイト、天然のタラシも大概にしてください。彼女の心拍数は平常時の1.5倍まで跳ね上がっていますよ。もはや護身用というよりは、婚約指輪に近い意味合いで受け取られていますね』
「うるさい。実用性を重視した結果だ」
『はいはい、そういうことにしておきましょう』
シャルフィヤを乗せた馬車が遠ざかっていくのを見届けた後、皆人は踵を返し自宅の工房へと戻った。
「さて、『兵庫』。解析の結果はどうだ?」
宿の机に、皆人はシャルフィヤが祈りの際に放った「光」のデータを投影させた。
『驚くべき結果です。シャルフィヤ嬢の「祈り」は、既存の魔法体系における聖属性魔法とは根本的に波長が異なります。彼女の力は、周囲の空間に存在する負のエネルギーを強制的に「再定義」し、無害化する特異力場を形成しているようです』
ホログラムには、あの男が振るった「呪いの剣」のドス黒い波形が、彼女の光によって霧散していくシミュレーションが映し出された。
『この波形を疑似的に再現するロジックを組み込みました。まずはこれをご覧ください』
『兵庫』が示したのは、二つの新装備の設計図だった。
【擬似祈祷力場発生装置:アスピス】
シャルフィヤの中和能力を機械的に模倣した小型発生器。展開することで、因果律に干渉する「呪い」の類を一定時間遮断する。
【収束光子砲:プリズム・レイ】
祈りの力をビーム状に凝縮し、照射する攻撃兵器。物理的な破壊力以上に、魔的な存在や「理の外側」にあるモノに対して特効を持つ。
「素晴らしいな。これで、あのアホみたいに理不尽な男とも互角以上に渡り合える」
『ですが、カイト。問題があります。これら「祈り」をベースにした武装は、使用するたびに極めて高い負荷を機材にかけます。現在の機材構成では、一度の戦闘で自壊する恐れがあります』
皆人は腕を組み、考え込む。
「……つまり、基盤となる素材そのものの強度が足りないってことか」
『左様です。そこで提案ですが、素材のアップグレードを推奨します』
皆人が目をつけたのは、伝説的な金属「アダマンタイト」だった。
この世界において、ミスリルは魔力導通率に優れ、魔法武装の主役として君臨している。しかし、今回相手にする「呪いの剣」のような、魔力そのものを汚染し、食い荒らす武器に対して、ミスリルはむしろ「毒を通しやすい」という弱点を持つ。
対して、アダマンタイトは真逆の性質を持つ。
極めて高いエネルギー遮断性を持ち、魔法すらも物理的に「弾き返す」ほどの剛性を誇る。
「アダマンタイトで装甲を組み、回路の要所に組み込めば、あの呪いの干渉を受けずに『兵庫』のシステムを全力駆動できるわけだ」
『正解です。しかし、アダマンタイトは加工が困難なだけでなく、天然の鉱脈はほぼ存在しません。唯一の確実な入手源は――』
「ああ、わかってる。古代遺跡に潜む、アダマンタイト・ゴーレムの核だろ」
アダマンタイト・ゴーレム。
その巨体は不落の城塞であり、一振りで地形を変えるほどの質量を持つ。通常の冒険者なら軍隊を組んで挑むレベルの強敵だ。
だが、今の皆人には、己を強化し、シャルフィヤを守り抜くために、その「絶対的な盾」が必要だった。
「準備を整えろ、『兵庫』。相手はただのゴーレムじゃない。古代の防衛兵器だ」
『了解。作戦プラン「ハマー・アンド・ドリル」を策定。……ところでカイト、出発は隠密に行うのですね?』
「当然だ。エルザたちを巻き込むわけにはいかない。あれは……俺自身の戦いだ」
数日後。深夜、あるいは早朝と呼ぶべき時間帯。
皆人は必要最小限の装備をまとめ、誰にも告げずにリーズの街を出ようとしていた。
重厚な門の影を抜け、街道へと足を踏み出そうとした、その時。
「……遅いじゃない。寝坊でもしたの?」
聞き覚えのある、勝気で凛とした声。
皆人が顔を上げると、そこには夜露に濡れた石畳の上に立つ三人の影があった。
赤毛を夜風になびかせた女戦士エルザ。
杖を抱え、眠そうに目をこすりながらも不敵に笑う魔術師のセーラ。
そして、無言だが鋭い眼光を向ける重戦士のバルカス。
皆人は一瞬、絶句した。
「お前ら……なんでここに」
「なんで、じゃないわよ!」
エルザが一歩踏み出し、皆人の胸元を指さした。
「あんた、また一人でどっか行こうとしてたでしょ。あのシャルフィヤ様の護衛の時だってそう。死にかけのボロボロで帰ってきて、今度はゴーレム狩り? ギルドの依頼板から、アダマンタイト関連の資料がごっそり消えてれば、あんたの仕業だって一発でわかるわよ」
セーラがやれやれと肩をすくめる。
「カイト、あんたは優秀だけど、隠し事が下手すぎるわ。仲間に相談もしないなんて、本当に水臭いんだから」
バルカスも短く付け加えた。
「……一人で死なれると、寝覚めが悪い」
皆人は苦笑いを浮かべ、頭をかいた。
『兵庫』が脳内で『ほら、言わんこっちゃない。私の計算では、彼女たちが待ち伏せている確率は87%でしたよ』と追い打ちをかけてくる。
(黙ってろ、『兵庫』。……ああ、いや、参ったな)
皆人は、彼女たちの真っ直ぐな視線に、自分の甘さを自覚せざるを得なかった。
一人で戦うことに慣れすぎていた。だが、あの男との戦い、そしてシャルフィヤが見せた祈りの光。それらはすべて、一人では決して得られなかった結果だ。
「……ああ、悪かった。俺の負けだ」
皆人は腰の剣帯を締め直し、彼女たちに向かって、どこか吹っ切れたような笑みを向けた。
「アダマンタイト・ゴーレムを倒しに行く。正直、俺一人でも勝算は五分五分だ。……だが、お前たちがいてくれるなら、八分まで跳ね上がる」
皆人は、少しだけ照れくさそうに、だがはっきりと告げた。
「エルザ、セーラ、バルカス。――俺の背中を、預けてもいいか?」
エルザは一瞬驚いたように目を見開き、その後、太陽のような満面の笑みを浮かべた。
「最初からそう言いなさいっての! 行くわよ、世界一硬い石っころをぶち壊しに!」
朝日が昇り始め、四人の影を街道の先へと長く伸ばす。
それは孤独な戦士が、「仲間」という名の最強の武装を手に入れた瞬間だった。
一行は、遥か北方の地――ゴーレムが眠る『鋼鉄の墓標』を目指し、力強い足取りで歩み始めた。




