ぼっちキングとベヒーモス
宴の余韻が残る湖畔の翌朝。その静寂を切り裂いたのは、無粋な蹄の音だった。
数騎の二足竜騎兵を引き連れ、銀装飾をこれでもかとあしらった贅沢な装甲を施した地竜が、皆人たちのキャンプ地へと乗り込んできたのだ。
地竜から降り立ったのは、この地の近隣を治めるギルバート子爵の使いを名乗る男、ライナス。彼は慇懃無礼な態度で、一通の羊皮紙を差し出した。
「銀嶺の英雄殿。我が主、ギルバート卿より『栄誉ある特命』を預かって参りました。魔境の最奥――『深淵の森』に座すベヒーモスの討伐。これが、卿からの強いご要望です」
エルザが眉を吊り上げ、食べかけのパンを放り投げた。
「はあ? 子爵だか何だか知らないけど、私たちはあんたの私兵じゃないわよ。あそこは魔物の楽園、わざわざ首を突っ込むバカがいるもんですか」
ライナスの目が冷たく光る。
「……これは、リーズの街の物流許可、および今回の戦果に対する正式な叙勲とも引き換えの案件でしてね。断れば……分かりますな?」
「脅しかよ」
バルカスが斧の柄を握りしめたが、カイトはそれを手で制した。
カイトの視界には、『兵庫』が提示したホログラムウィンドウが展開されていた。
【『兵庫』による周辺環境スキャン結果】
対象エリア:『深淵の森』
異常検知:高濃度の腐食魔力。
予測:ベヒーモスの活動エネルギーが臨界を突破。このまま放置した場合、30日以内に近隣居住区(リーズの街を含む)への侵攻確率87%。
「……分かった。引き受けよう」
皆人の言葉に、仲間たちが驚愕の声を上げた。
「カイト、本気なの!? あいつら、自分の領地を広げたいだけでしょ?」
「ああ、あの貴族の動機はどうでもいい。だが、このまま放置すれば街が危ない。……それに、あの森には『何か』がいる。それを確かめたい」
皆人は、新調されたミスリル製の左腕を強く握りしめた。
一行は湖畔の拠点を後にし、さらに北、太陽の光さえ届かない「深淵の森」へと足を踏み入れた。
数日間の行軍。道中は、通常の魔境を遥かに凌ぐ過酷なものだった。異常な活性化を見せる魔物たちが次々と襲いかかるが、皆人の新しい左腕と、エルザたちの連携がそれを退けていく。
「……カイト、様子がおかしいわ。魔物たちが怯えてる」
エルザが剣を抜き、湿った風を切り裂く。
森の奥から、大地を揺らすような重低音の咆哮が響いた。
それは生物の叫びというより、痛みに耐えかねた「バグ」のような、不自然な音色だった。
『カイト、目標を確認。熱源反応、および魔力バイタル、想定の200%を計測。……これは、ただの捕食者ではありません』
目の前の木々が、なぎ倒される。
現れたのは、山のような巨躯を持つ黒い獣。
古の魔獣、ベヒーモス。
だが、その姿は異様だった。全身の毛は逆立ち、血管のように赤黒い紋様が皮膚を這っている。そして何より、その右肩には、禍々しい紫の霧を噴き出す「一本の槍」が深く突き刺さっていた。
「あれは……呪いの武具か!?」
セーラが悲鳴に近い声を上げる。
「あの槍のせいで、ベヒーモスは正気を失ってるんだわ。苦しみで暴走してる!」
「理屈は分かった。なら、やることは一つだ」
皆人が加速装置を起動させる。
「あの槍を破壊し、獣を眠らせるぞ!」
戦闘が開始された。
ベヒーモスの突進は、地形そのものを書き換えるほどの威力を持つ。
「バルカス、正面を受け持て! エルザは側面から槍を狙え!」
皆人の指示が飛ぶ。
バルカスが盾を構え、ベヒーモスの牙を受け止める。
「ぐっ……なんて力だ! 重戦車が突っ込んできやがった!」
「させるかよっ!」
エルザが風を纏い、一閃。ベヒーモスの足を斬りつけ、姿勢を崩させる。
その隙を見逃さず、皆人が跳躍した。
ミスリルの左腕が、周囲の魔力を吸い込み、青白い雷光を放つ。
「『兵庫』、全出力を左腕に回せ! 神経接続、オーバーブースト!」
『Warning: 左腕部リミッター解除。内部温度上昇――許容範囲内』
カイトの拳が、ベヒーモスの肩口に刺さった呪いの槍を捉えた。
「砕けろッ!!」
轟音と共に、ミスリルの拳が槍に激突する。
カイトの計算通り、槍はナノマシンの超振動によって粉々に砕け散った。
だが――。
「……なっ!?」
槍が消滅したにもかかわらず、ベヒーモスの暴走は止まらなかった。
それどころか、槍が刺さっていた穴からどす黒い霧が溢れ出し、ベヒーモスの巨体を飲み込んでいく。
『エラー。槍は「制御装置」に過ぎませんでした。すでに呪毒はベヒーモスの魔力核と完全に同化。肉体は崩壊を始め、エネルギーの暴発が始まります。……あと30秒で、この一帯を吹き飛ばす魔力爆発が発生します』
「槍を壊しても止まらない……!? 嘘でしょ、再生してるわ!」
エルザの剣が、硬質化したベヒーモスの皮膚に弾かれる。
ベヒーモスの瞳からは光が消え、ただ破壊衝動を撒き散らす「生ける爆弾」へと変貌していた。
「……総員、撤退しろ! 300メートル以上離れろ!」
皆人が叫ぶ。
「カイト、あなたはどうするの!?」
「俺には、とっておきの『魔法』がある。……こいつを確実に仕留める、最大級のやつだ!」
エルザたちは皆人の眼差しに宿る異様なまでの確信に圧され、苦渋の決断で後退を開始した。
一人、暴走する巨獣の前に立つ皆人。
ベヒーモスが最後の一撃を放とうと、口腔に巨大な魔力を収束させる。
「さて、『兵庫』。……派手にやってくれ」
『了解しました。高エネルギー収束レーザー砲「天叢雲」、照準固定。カイト、あなたは腕を突き出し、いかにも魔法を唱えているフリをしてください』
「分かってるよ。……見栄えは大事だからな」
皆人は左腕を天高く掲げた。
ミスリルが周囲の魔力を乱反射させ、まるで彼自身が膨大なエネルギーの渦の中心にいるかのように見せる。
「――光の理よ。天の裁きを持って、全てを無へと帰せ。……『極大魔法・星砕』!!」
その瞬間、空が割れた。
雲を貫き、成層圏から降り注いだのは、魔法などという生ぬるいものではない。
超高熱のレーザー。物理法則を凌駕する、文明の結晶。
ズドォォォォォォォンッ!!
音すら置き去りにする衝撃波。
直撃を受けたベヒーモスは、断末魔を上げる暇さえなかった。
その巨体は分子レベルで分解され、爆風と共に消滅する。
爆心地には完璧な円形のクレーターが穿たれ、周囲の腐食した魔力ごと、全てが浄化されていた。
煙が立ち込める中、カイトは静かに掲げた手を下ろした。
駆け寄ってきたエルザたちは、言葉を失っていた。
「……今の、魔法だったの? 詠唱も、魔法陣も、見たことないような……」
セーラが呆然と呟く。
「古の技術を応用した、俺にしか使えない特殊な魔法だ。……一度撃つと、再充填に時間がかかるけどな」
カイトはあえて曖昧に笑った。
実際には『兵庫』のエネルギー再チャージに数分を要するだけだが、彼らにとっては魔法で通したほうが都合がいい。
その後、討伐の知らせを受けたギルバート子爵は、カイトの「魔法」の威力を耳にして震え上がったという。自分の領地を広げるための障害を排除するつもりが、自分では到底コントロールできない「戦略兵器」を呼び寄せてしまったことを悟ったのだ。
リーズの街に戻った一行。
子爵からの報酬(多額の金貨と、街での特権)を山分けし、彼らは再び皆人の家で寛いでいた。
「……ったく。あんたの魔法、便利すぎて怖いわね」
二階のバルコニーでエルザが呆れたように言った。
「そうか? 俺としては、お前たちの剣や盾があるからこそ、あの魔法を撃つ余裕ができたと思ってるんだが」
カイトがコーヒーを一口すする。
『カイト、左腕の損耗率は0.3%。良好です。……ですが、次はもう少し「魔法っぽい」エフェクトをホログラムで合成しましょうか?』
(……余計なことはいいよ、『兵庫』)
夜風が心地よい。
次はどんな依頼が舞い込んでくるか分からないが、この銀の腕と、空に浮かぶ相棒、そして背中を預けられる仲間たちがいる限り。
この世界で生きていくのも、そう悪くはない――カイトはそう思いながら、月を見上げた。
カイトの現在のステータス:
左腕: ミスリル・ブーストモード搭載。出力制御がさらに安定。
周囲の評価: 『極大魔法の使い手』として、近隣の貴族から(恐怖混じりに)一目置かれる存在に。
次なる一歩: 子爵から奪い取った……もとい、正当に得た報酬で、ロッタを専属シェフとして雇う計画が進行中。




