君と私のココロ革命
1話完結の予定です。
俺の夢は終わった。
焼け付くようなスポットライトの下俺の指は糸が切れたように動かない。
止まったソナチネ第三楽章。
ざわざわとし始める会場。
俺の意識は遠のいていく。
突然だった。
こんな才能がこの白北高校にいたのかと思った。
切れかけの蛍光灯の下彼のしなやかな指は旋律を奏で続ける。
途切れることのないエリーゼのために。
誰もいない旧校舎の音楽室。
私は高揚してドアに手をかける。
私は白本 凛。
どこにでもいる普通の高校生。
趣味は音楽鑑賞。特にピアノ!
しなやかな指が鍵盤の上を軽やかに行き来する様子は音だけでなくピアノを弾くという行為自体が芸術であると知らしめているようだ。
従姉妹がピアノをやっていて従姉妹が出るコンクールに初めて行ってからピアノの虜になった。
それからピアノの演奏にも興味が出たが昔から水泳にバスケにバレーと運動漬けだった私は鑑賞で我慢することを選んだ。
運動大好きだから何も苦ではなかったが少し心残りかも。
でもその分聞くことは沢山してきたから音楽のペーパーテストはいつも満点!
「運動と音楽以外もそれぐらいやれよ。」
といつも言われるぐらい。
吹奏楽を聞くことなんかも好きで高校の吹部の定期演奏会にはいつも足を運んでいる。
なんなら差し入れまでちゃんと持ってく。
今日は特に何も予定はなかった。
高校ではバスケ部に入ってるけど今日はオフ。
吹部もオフ。なぜなら木曜日。職員会議。
でもなんだか家に帰る気にならなくて普段は行かない旧校舎に足を踏み入れてみた。
するとどうだろう!
エリーゼのためにが聞こえてきた!
繊細で力強い……。どこか懐かしさを感じ音のする方向へ呼ばれるように歩くと冒頭の様子。
そして今からこのドアを開けるのだ。
「君すごいね!」
開けるなりそう言うと中にいたすらっとした眼鏡をかけた男の子は顔を真っ赤にした。
「き、君誰?!し、失礼します!」
「ちょっと!」
呼び止める間もなく彼は楽譜を引っ掴み走って行ってしまった。
急な出来事に私の反射神経も働かず私だけが取り残された。
「喋ってみたかったのになぁ……。ん?」
地面に名札が落ちている。
どうやら慌てて走り去ったせいで落としていってしまったらしい。
「琴平 奏……?あれ、スマホも忘れてるじゃん。」
他人のスマホを持つのは気が引けるが忘れてしまっているものは仕方がない。
手に取るとそこには動画サイトのクリエイターページが開かれている。
「livelook?」
配信や動画が投稿できるサイトだ。
「へぇークリエイターページってことはライバーなんだ!お名前はぁp-rayさんって言うんだ。」
自分のスマホを取りだしlivelookでp-rayと検索する。
「ほえぇ〜。ピアノ奏者だ。」
すごいバズってる訳ではないけどそこそこ人気があるピアノ奏者らしい。
人気のアニソンやボカロからオリジナル曲まで色々なものが投稿されている。
「ぽちっ。」
1番最近の動画を再生する。
〜♪
繊細な旋律が狭い音楽室に流れる。
「さっきも思ったけどすんごい上手いじゃん!」
これは登録しなきゃだとチャンネル登録をする。
なんか遠くからバタバタ聞こえる気がするけどまぁいっか。
まずいまずいまずいまずい!
今度の動画の練習がてらピアノを弾いてたら突然教室のドアが開いて驚いて逃げてしまった!
しかも名札とスマホまで忘れて!
名札はまだいいとしてスマホはlivelookのクリエイターページ開いてたんだけど!
やだなぁ……見られてたら死ぬ……。
急いで戻らなきゃと走っているが小さい頃からピアノ漬けだったから体力がない。
はぁ。はぁ。
音楽室の近くまで来て俺はさらに青ざめた。
中から俺の動画の音が聞こえるではないか!
やめろ聞くな!
「さっきも思ったけどすんごい上手いじゃん!」
そんな声が中から聞こえて思わず立ち止まる。
そおっと教室を覗くとショートヘアの活発そうな女子生徒がスマホを食い入るように見ている。
ピアノの上には俺の名札とスマホ。
バレずにとるのは無理だな……。
意を決して声をかける。
「あ、あのぉ……。」
ばっと顔を上げた彼女は顔をぱあっとさせた。
「君がこれをあげてるの?!えーと琴平くんで合ってるかな?」
これ言い逃れできないよな流石に……。
「え!いやまぁ……?」
「クリエイターページ開かれてたもんね?」
逃がすかというような顔にタジタジになってしまう。
「はい……。」
「私は白本凛!2年1組のバスケ部!」
「俺は琴平奏です。2年3組で部活は入ってないです……。」
なかば強引に自己紹介をさせられる。
「君すごいよ。ピアノずっとやってるの?」
「やってはいるけど……。」
「コンクールとかでれそうじゃん。」
『コンクール』その言葉を聞くだけで吐き気がする。
「そういうのは出ないんだ!」
思わず大きい声が出てしまう。
目の前の彼女は目をまん丸にして驚いている。
「ご、ごめん。」
「ううん。で動画上げてるんだ。凄いじゃん!」
大きい声なんて意にも介さない様子で彼女は言った。
何も言えないでいると。
スマホを差し出される。
「はい。連絡先交換しといたから。」
「え、えぇ?!」
「ほらこれ、凛って私だからよろしく〜。」
時間やばいから帰るね!と彼女は去っていった。
「嵐のような子だ。コンクール……ね。」
俺は元々コンクールに出ていた。
まあまあ上手い部類でコンクールでは有名な栗原瑠璃という人の次ぐらいと言われて『いた』。
だが4年前から俺はコンクールを辞めた。
課題曲までは完璧だった。でも自由曲。
ソナチネ第三楽章。練習では完璧だった。
今回は金賞もあるんじゃないか。そう先生にも好評だった。
俺は弾けなかった。目の前に楽譜があるにもかかわらず、指が動かなくなってしまった。
それがトラウマになってしまい、今でもピアノは続けているものの昔ほどやる気は出なくなってしまった。
「なんか面倒な人に見つかったな……。」
ブロックしようかと思ったがよろしくのスタンプを押されてしまってはそれも出来なかった。
琴平くんかぁ。
コンクールに過剰反応してたな。
なんかあったのかな?
まいっか。
帰り道に考える。
物事においての挫折ってよくある事だしね。
私もいろんなことやってやめてだし。
面白そうな子だから色々連絡してみよ。
家に帰りスマホを開く。
よろしくのスタンプによろしくお願いします。と返すあたりすごい真面目な子なんだろう。
でも同い年だから敬語やだな。
『同い年だから敬語やめよ!琴平くんって呼びづらいし奏って呼んでいい?私のことは凛でいいからさ!」
ちょっと距離詰めしすぎたか……?
敬語めんどくさすぎるからしょうがない。
少ししてから
『大丈夫です。』
いや敬語やんけ!
『それが敬語だよ!』
『確かに笑。』
急に崩れた文体を見てなんか仲良くなれそうと思った。
『いつもあそこで弾いてるの?』
『そう。』
『なんで本校舎で弾かないの?』
『なんか恥ずかしい……。』
『上手いのにもったいない!』
『上手くないよ……。』
『謙遜すんなって!』
いやいやというスタンプが送られてくる。
もっと誇ればいいのに。
『木曜日部活オフだからまた聞きに行っていい?』
『え俺の演奏聞いて楽しいですか?』
『うん!』
『全然……どうぞ……。』
『やった!』
いい友達見つけたわ。
家へ帰ると白本さんから連絡が来ていた。
け、敬語をやめる??凛ってよぶ?!
無理ゲーすぎるけど確かに同い年だし……。
大丈夫です。と送るとそれが敬語だと指摘を受けてしまった。
たしかに……。難しい。
ちょっとやり取りを進めていくといつの間にかまた来週の木曜に会うことになってしまっていた。
やばいな……。人に聞かれるとかなかなかないから練習しとかないと……。
ピアノに向かうが少し弾いて辞めてしまった。
どうにも指が重い。
そのままその日は触らずに寝てしまった。
次の週の木曜、私は約束通り旧校舎へ向かう。
「いや弾いててよかったんやで?」
音楽室に入ると行儀よく座っている奏が目に入りつい突っ込んでしまう。
「なんか緊張しちゃって……。」
「なんで笑笑。」
「人に聞かせるとかないからさ。」
「私は置物だと思ってくれていい!」
ばっちこいとすると少しずつ彼は旋律を奏で始めた。
先週と同じ繊細で力強い演奏。
思わず聞き惚れてしまう。
一曲弾いて彼が心配そうにこっちを向く。
パチパチと拍手をすると少し照れたような顔をした。
「やっぱ上手いよ!そりゃ動画も人気でるよ!」
「そんな人気って程じゃないよ……。」
「謙遜はなし!私が上手いって言ってるんだから!」
ほらもっと弾いて!と言うと渋々という感じで何曲か弾いてくれる。
聞けば聞くほどファンになってしまう。
「私沢山これからも聞きたいから毎週木曜日来てもいい?」
彼は嘘だろって顔で見つめてる。
ダメかな?
次の木曜日。ほんとに彼女は来た。
ソワソワして座っていたら突っ込まれてしまいすごい恥ずかしい。
とりあえず失敗しないようなアラベスクを弾く。
それだけでほんとに死にそうになる。
それでも拍手を送られると嬉しくて照れてしまう。
もっともっとと言われるまま前にあげた動画の曲を弾く。
その度にキラキラとした目で見つめられて本当にこの人は音楽が好きなんだなと思う。
挙句の果てには毎週来てもいい?だ。
返事に迷ってしまう。
とても恥ずかしいが音楽を楽しんでくれる人がいるのなら……。と思い思わず頷いてしまった。
「いいの?!」と嬉しそうに彼女が言うからつられて俺も笑顔になってしまう。
この日から2人だけの不思議な演奏会が始まった。
会を重ねるごとに私たちは仲良くなっていった。
私がこの曲とリクエストしたり新作と彼が聞かせてくれたりと楽しく過ごしていた。
名前もいつの間にか「凛」「奏」で定着した。
彼はなぜ動画をあげているんだろう。
ほんとに実力でいえばコンクールにも出れそうなぐらいなのに。
「ねぇ聞いていい?」
「ん?」
「なんで動画投稿し始めたの?」
なんで……か。その言葉に弾いていた手が止まる。
「なんで……かな?」
「人に見せたかったとか?」
「うーん。」
うまくいい言葉が浮かばずに首をひねる。
「きっかけは?」
「なんとなく、好きなアニソンを弾いてみたらちょっとバズってその流れ?」
「1番モチベが上がるはじめ方だ!」
なんとなくそれっぽいことが出たのでそういうことにしておく。
「確かに?り、凛はなんでバスケ部なの?」
話題に困ってしまい質問返しをする。
「私?私も何となくかな?水泳とかバレーボールとかやってきたけど中学がバスケ部でまあまあ強かったからそのままって感じ!でも最近はスタメン入りすらできてないけどね笑」
か、返しづらい……。
俺は承認欲求みたいなものだけど凛は違うなと思ってしまった。
「ねぇ次はこれ弾いてよ!」
気まずい空気を感じたようにリクエストが飛ぶ。
「OK。」
最初の動画がプチバズってすげぇ。
それが感想だった。
才能の塊だ。
私も才能欲しいなぁ。と次の練習予定を見る。
高校はレベルが違う。欲張ってバスケ部が強い高校に入ってしまったことを少し後悔してるぐらい。
極めつけは去年の県総体。控えで最後に出たはいいけどチャンスでシュートを外して負け。
それからそのショックでバスケが下手になってしまった。
「スタメン漏れなんて恥ずいなぁ。」
そんな思考を振りほどくようにp-rayの動画を再生する。
先週上がったボカロの弾いてみたを耳に突っ込む。
心地の良いメロディーを聞きながら家に帰る。
スマホを切る直前もう一度練習予定を見ると来週の木曜日が祝日であることに気づく。
ここ1ヶ月くらい毎週木曜日聞いていたから1週間開くことが少し切なくなってしまう。
……そっか!電話すればいいんだ!
連絡をいれると
『いいよ。』と返ってきて嬉しくなる。
来週もがんばろ!
凛からの連絡で来週の木曜日が祝日だと気づく。
確かに恒例になってきてるからないのは切ないなぁ。
ただ電話は電話で緊張してしまう。
悶々としながら日々を過ごしていたらいつの間にか電話の日になってしまった。
約束したのは午後4時。
いつもと同じぐらいだ。
「もしもし〜?」
彼女の明るい声が響く。
「もしもし。」
なんだか緊張した声になってしまう。
「なんで緊張してるの笑じゃあ早速オープニングお願いします!」
「オープニングって笑」
なんとなく手元にあったハンガリー舞曲を弾く。
「おハンガリー舞曲じゃん!」
前から思ってたけどクラシック詳しいよな凛って。
「凛ってなんでクラシック詳しいの?」
「初めてまともにピアノを聞いたのがクラシックでひとみみぼれ?しちゃってさ!だからクラシック聞くのが一番好きなの!」
そこまでクラシックが好きだともしかしたらボカロとかは微妙なのだろうか。
「そうなんだ……。もしかしてクラシック曲の方が嬉しい?」
「うーん。嬉しいけど奏の演奏が好きだからどの曲も嬉しいよ!」
「そ、そうなんだ……。」
その日はなんとなく全曲クラシックにしてみた。
ただクラシックはトラウマを思い出してしまうからあまり弾かないので下手だったかもしれない。
でも彼女はそんな心配をよそにすごいね!と言ってくれた。
なんだかそれが嬉しくてたまらなかった。
「なんか通話も楽しいね。」
そんな言葉がポロッとこぼれてしまった。
「それ!私も思ってた!」
あははと2人で笑う。
まさか同じこと思ってたなんて。
「奏が良ければだけどさちょこちょこ電話もしない?練習とか聞いてみたいし!」
「全然いいけど練習とかすごい下手だよ?」
楽しくてつい承諾に近い返事をしてしまう。
「その努力の過程がいいんだよ!」
と言われてしまえば頷くほかない。
私たちはそれから木曜日だけに飽き足らず週3回ぐらい電話するようになった。
心持ち増えたクラシックを楽しんだり、頑張って練習してる様子を聞いて私もボール磨きをしたり、前よりももっと親密になっていった。
やっぱり奏はクラシックが似合うし頑張っている姿がかっこよくてそれを周りに広げたいなんて私は思い始めていた。
ある日の通話の時凛がそういえばと口を開いた。
もうこの時点で俺たちの関係は2ヶ月目ぐらい。
「SNSにも練習風景とかクラシックとかあげればいいじゃん。」
提案がぶっ飛び過ぎてて画面の外で仰け反る。
「やだよ。需要ないし……。」
「えぇ〜そうかな?少なくとも私には需要あるけどどう?!」
どうって言われたって……。
「凛は身内……だからさ!また違うかな?って。」
「ひどいなぁ。」
「俺よりも上手い人たくさんいるやん?特にクラシックのほうはさ!」
クラシックはトラウマがあるからなんて言えない。
「私は奏の音が好きなの!」
なんとか弾いてくれというような言葉に少しいやいやしてしまう。もちろん照れもある。
「そんなお世辞はいいよ?」
少しの沈黙。
「お世辞に聞こえるならいいよ。伝わらないことを言ってもきついだけだし。」
その声は酷く冷たく心に刺さった。
「ごめん。」と言おうとするけど喉に張り付いたように声に出せない。
彼女の通話音声からは俺じゃない人の演奏が聞こえてくる。
何も言えない時間だけがすぎていく。
「私ご飯食べてくる。じゃあね。」
ふいに彼女が口を開いた。時刻は午後7時。
何も不自然ではない時間だがまるで置いていかれるみたいだ。
「あ、うん。」
でも俺には引き止められなかった。
その後もピアノの練習はしていたが上の空で何も頭に入ってこなかった。
彼女に謝ろう。そう思った次の日だったが生憎の移動教室ラッシュで彼女に会いに行けなかった。
ホームルームが終わり部活前の彼女のクラスに走る。
「凛!」
教室から出てきた凛に声をかけるが。
「え?」
こっちに一瞬目線を向けたはずなのにすぐにふいっとそらされてしまった。
嫌わ……れたよな……。
そりゃそうだ。最近の俺は彼女の優しさの上に胡座をかいていた。
「帰ろう。」
1人呟いた俺はとぼとぼと歩いた。
「なんなのよ!奏のやつ!」
私は奏の演奏が大好きだ。
繊細ながらも力強さを秘めている演奏はきっと他の人にも刺さるはず!
特にクラシックは細かい感情表現が大切だから奏の演奏にピッタリだ。
それにやっぱり多くの人に見てもらうには少しの隙とか努力してる姿とかを晒すことも重要だと思う。
私だけがその努力をしてる姿を見ることが出来るのは不公平だ!
って思って提案したのに……。
「俺よりも上手い人たくさんいるやん?特にクラシックのほうはさ!」
「そんなお世辞はいいよ?」
呆れた。心からの言葉を否定された。
「奏なんて知らない。」
ちょうど県総体があと1ヶ月というところまで迫ってきている。
スタメンの発表も近い。
去年は県総体2位で惜しくもブロック大会までいけなかったから今年はあがってやる。
練習も兼ねて少しあいつとは距離を置こう。
そうすればお互い頭も冷えるはずだから。
脳をバスケモードに切り替えて私は眠った。
次の日朝練をこなし、授業をこなしあとは夕練だけとなった。
「行きますかぁ!」
「凛氏ぃやる気ですなぁ!」
「今年こそはブロック大会まで進んでやるんだから!」
部活のメンバーと教室を出る。
「凛!」
ふいに名前を呼ばれる。
振り向くと奏の姿。
でも何も話す気になんかなれなくて私は部室へと向かった。
「凛さっき呼ばれてなかった?」
「ううん。大丈夫。」
彼女に無視をされたあの日から1週間と数日がたった。
俺のメンタルは豆腐なので彼女に声をかけることが怖くなってしまった。
また無視をされたらどうしよう。
そんな思いからピアノもまともに触れずに恒例の木曜日になってしまった。
「練習なにも出来てない……。彼女にも落胆されるな……。」
憂鬱になりながら旧校舎の音楽室へ向かう。
ポロンっと鍵盤を叩くがフレーズが思い出せない。
コンクールの日を思い出して吐き気がしたが頭をブンブンと振って他の曲を弾き始める。
「凛……来ないな。」
一曲弾き終わって気づく。
時刻は午後5時。
いつもならとっくに来る時間。
心をなんとか落ち着かせてピアノを弾くがその日、凛は最後まで姿を見せることはなかった。
県総体まであと1ヶ月ない。
毎日の練習のおかげかシュート率やドリブルなど日に日に上手くなってきた。
そして木曜日の今日。部活はないが部室にスタメンが貼り出される。
中学まではいつもスタメンだった私も高校では同じレベルや上が多くてちょこちょこスタメン落ちをしていたから今回は出たい。
「お願い!神様!」
そう願いながら1人で部室へ向かう。
友達と行くと片方落ちて片方選ばれてるなんて事故が起きかねない。
部室の窓をそーっと覗き込み誰もいないことを確認して中に入る。
「失礼しま〜す。」
スケジュールが貼ってあるホワイトボードにスタメン表が貼ってある。
「えっと……。」
上から順番に名前を辿っていく。
「絵里はやっぱり入るよねぇ。莉子も最近成長やばいしなぁ。」
次々に友達の名前が出てくる。
落ちたかも。と辿るのをやめようとした時。
「!? あった!!!!」
そこには確かに
白本凛
と書いてある。
「よっしゃぁ!」
部室全体に響き渡る声でガッツポーズをする。
こうしちゃいられない。
時刻は15時30分。
職員会議まであと10分。
「こうしちゃいられない!自主練しなきゃ!」
ダッシュで職員室へ行って体育館の鍵を借りる。
一瞬頭に奏のことが浮かんだが今はそれどころじゃない。
私はバッシュに履き替えてその日も自主練に励んだ。
「奏最近どうしたの?」
昨夜、母からついに心配されてしまった。
それぐらい練習に身が入っていないのだ。
それぐらい凛の存在は大きくなっていたのだ。
「大丈夫。」じゃない。
連絡を取る勇気も出ず、かといって会う勇気はもっと無い。
「もう無理なのかな……。」
楽しかった日々が頭に浮かぶ。
あれだけ俺の音楽を好きになってくれた人なんていなかった。
「辛い……。」
今日は木曜日だが練習もしてないし、先週みたいに彼女は来ないだろうからもう音楽室行きたくないな。
でもなぁ……動画の方もあげなきゃだから練習しないとな……。
うだうだ校内を歩く。
先生も生徒もいない校舎。
まるでこの世界には俺しかいないみたいだ。
だがふいに音が聞こえた。
そこは体育館。
ダンっダンっ。 キュッ。ダンっ。キュッ!
バスケ部?でも木曜日ってオフ日じゃなかったか?
少し開いた隙間から中を覗くとそこには1人の女子生徒がいた。
すごい速さでドリブルをしてシュートを決める。
目を凝らして見てみる。
「あっ!」
それは凛だった。
こちらに気づく様子もなくひたすらに練習をしている。
「あれ?どうしました〜?」
突如後ろから声をかけられる。
そこには別の女子生徒。
「凛の知り合い?」
「あ、まぁ。」
「もしかしてアイツ約束すっぽかしました?」
凛〜!なんて呼ぼうとするから
「いや違うんです!たまたま見ただけで!」
「あーびっくりした!凛バスケのことになると周り見えなくなるんで笑。やらかしたのかと思いましたよ笑。」
そうなんですね〜。と相槌を打つ。
凛以外の女子生徒と喋ることなんてないから緊張してしまう。
女子生徒は真剣な顔になった。
「アイツ。今気合い入ってるんですよ。あと1週間ぐらいで県総体があるんです。スタメンになったからって毎日朝練、夕練、自主練って感じで。同じスタメンから言わせたら体壊すなよ〜っ感じです。」
「毎日?」
「えぇ。スタメン決まる前からしてましたけどね。最近の大会ではスタメンに入れなくて悔しそうだったから今その分燃えてるんです!」
「そんなに前から……。」
驚きを隠せない俺を見て女子生徒は話を続けてくれる。
「去年、うちの高校県総体2位でブロック大会いけなかったんです。今年こそは!ってなってるんですよ。」
「すごい……。」
「すごいっすよね。私も負けてらんねぇって思って最近自主練一緒にやってるんです!」
ニカッと笑った女子生徒が眩しい。
「そろそろ戻りますね!あんたも何やってるかわかんないけど頑張って!」
「あ、ありがとうございます。」
戻っていく女子生徒を見つめ、自分も歩き出す。
もちろん行く先は旧校舎の音楽室だ。
「やってるねぇ!」
水を汲みに行った莉子が戻ってくる。
「当たり前でしょ。」
「頼むからぶっ倒れないでよ?ほら。」
袋を開けた塩分入のタブレットをくれる。
「喉詰まらせるから休憩しながら食べるぞ〜。」
「おばあちゃんじゃねぇし!」
「だとしてもだよ!」
へぇへぇ。なんて言いながら壁際に水筒を取りに行く。
「そういえばさぁ。さっき男の子が覗いてた。」
莉子が言った。
「まじかよ。変態か?」
「かわいそ笑。なんか凛の知り合いって言ってたけど。」
今日は木曜日まさか。
「その子って眼鏡かけてた?」
「うん。」
「知り合いだわ。」
「中入れた方が良かった?」
うーん。気まずいからなぁ。
「いんや大丈夫。てかなんの話してたん。」
「え。凛毎日頑張ってるんすよって。めっちゃ真剣な顔で聞いてた。もしかして彼氏か?!」
「ちがうわ笑。」
そういえば県総体が近いって話してなかったなぁ。
まぁこれで伝わったかな。少しの罪悪感が芽生えた。
「休憩終わり。」
「早くない?!」
罪悪感を振り払うように私はまた練習を始めた。
ふぅ。深呼吸をする。
目を開いて指を鍵盤の上に置く。
〜♪〜♪
引き始めたのはソナチネ第三楽章。
そう。この曲はコンクールで弾けなかった曲だ。
コピーの楽譜を見ることもなく指は動く。
まるで自分の指が、体が、心がずっとこの曲を弾きたがってたみたいだ。
もちろんブランクがあるからあの頃よりは粗雑な音だがあの頃よりも格段に弾きやすい。
「俺。この曲弾きたかったんだ。」
音楽室には観客はいない。
俺を照らすスポットライトもない。
一瞬コンクールが思い出されるがすぐに楽しさに上書きされる。
もちろん今までも楽しかった。
クラシックとは違うアップテンポなボカロ曲も好きなアニメの主題歌も触れたことのない分野でとても楽しかった。
でもやっぱりどこか寂しかった。クラシックへの未練が残っていた。
それを押し殺して、いや目を背けてたから彼女の提案に乗ることが出来なかった。
でも俺はクラシックが好きだ!
今なら迷わずに言える。
19時を告げる放送が流れる。
集中していたからか全然気づかなかった。
母からの連絡も気づかなかった。
少し目を見開く。
体育館で頑張っている凛を思う。
スマホに目を落とし決心する。
俺だって。
「ファイトー!」
「「「オー!」」」
今日は県総体前日。
部活終わりに円陣を組んで一気に士気が高まる。
「白本ー。今日は大人しく帰れよー。怪我なんてしたら大変だからな。」
顧問から名指しで言われる。
ちぇっ。見透かされてるじゃん。
「分かりましたよー。」
「お前らゆっくり休めよー。」
「「「お疲れ様でした!」」」
帰ってから公園でランニングしようかな。
いやでも確かに怪我とかしたら洒落にならんし……。
うーん。と悩みながら帰宅。
「凛!久しぶり!」
「おぉ〜。瑠璃姉じゃん。」
瑠璃姉は私の従姉妹。
私が初めてピアノを好きになった人だ。
まぁ今は奏の方が好きだけど。演奏的な意味でね!
「明日県総体なんだってぇ?」
「おん。スタメンよ。」
「やるじゃん!さすが我が従姉妹!」
わしわしと頭を撫でられる。
「来てもいいよ。勝つから。」
「まじ?行くわ。うちわ作ってけばいい?」
「見せもんじゃねぇよ笑。」
「2人とも〜ご飯よ〜!」
キッチンから母の声。
「「今行くー!」」
急いで荷物を置いてキッチンへ駆け込む。
お腹すいたぜ。
「トンカツじゃん!」
「ベタすぎるけど験担ぎよ!」
母の心遣いに感謝しながらご飯に手をつける。
「「いただきます!」」
「瑠璃姉なんで今日来たん?」
もぐもぐと肉を食べながら隣の従姉妹に聞く。
ごくんと飲み込んだ瑠璃姉は口を開いた。
「またコンクールがあるから出ようと思います!っていう宣言しにきた〜。どうせ凛見に来るでしょ?」
「行く行く絶対行く!今回も金賞期待してるから笑。」
「やってやんよぉ!今回は得意なベートーヴェンのソナタ第13番の1,2楽章が課題曲だからね!」
やっばい私ワクワクしてきた。
「コンクールといえば、あの子出なくなっちゃったわねぇ。」
お茶を持ってきた母が言う。
「あぁ。あの子ね。もったいなかったよねぇ。コンクールで弾けなくなるなんてよくあるのに。」
瑠璃姉が反応する。
「誰?」
「ほら私が出て、初めて凛が見に来たコンクールで自由曲で弾けなくなっちゃった子!」
スポットライトの下で泣きそうになりながら固まっている男の子を思い出す。
「あーいたね。」
「あの子瑠璃ちゃんの次ぐらいに上手い子だったのよねぇ。」
課題曲である乙女の願いが頭の中で流れ出す。
瑠璃姉はThe繊細でしなやかだったけどあの子のは繊細と力強さが共存しているかっこよさがあった。
「確かに上手かった。瑠璃姉以外で気になったピアニストだったもん。」
「でもあれ以降コンクールで名前見なくなっちゃった。名簿見ても出てなさそう。」
瑠璃姉が少し寂しそうに言った。
きっと瑠璃姉の中でもライバルだったんだろう。
「名前覚えてんだ。」
「お母さんも覚えてないわぁ。」
「そりゃ私は当事者だからね!名前は琴平 奏くん。」
「えっ?!」
ガタッと椅子から落ちそうになる。
「凛高校生なんだからちゃんと座りなさいよ!」
「だってぇ。」
まさかのまさかだ。でも確かに思い返してみれば繊細さの中にある力強い響きは似ている。
だからなんか聞き覚えがあるような、耳馴染みが良かったんだ。
「知ってるの?」
瑠璃姉が聞いてくる。
「高校一緒!」
「えっ?!ピアノは?やってないの?」
「たまに弾いてるよ。上手い。」
活動のことを言うのはさすがに気が引けるから弾いてることだけ言った。
「良かったぁ!やめてないんだ!じゃあまたどこかで会えるかもだ!」
「瑠璃ちゃんのライバルだものねぇ。」
ほんとにびっくりした。
ご飯を食べ終わり寝る準備をしてる最中も奏の演奏が頭から離れない。
明日大会なのに!
なんとか気を鎮めてベッドに入る。
明日終わったら奏に連絡を入れてみよう。
一晩中ピアノを弾いていた。
この間とは違う意味で母に心配された。
新しくコピーした楽譜を開く。
ベートーヴェンのソナタ第13番 第一楽章 第二楽章
少しだけ弾いたことはあるが緩急が激しいこの曲は物にするのに時間がかかりそうだ。
連絡した時先生は驚いていたが俺を本気で応援してくれた。
だから明日のレッスンまでに少しでも練習しておきたい。
弾く。詰まる。弾く。詰まる。
久しぶりにスラスラと弾けない曲。
少し前の俺ならやっぱり無理だって投げ出していたと思う。
でも今は頑張ることが出来る。
夢中になって引いていたらいつの間にか日がのぼり始めていた。
流石に眠い。
ベッドへ向かうとスマホを開いて凛のLINEを開く。
やり取りは1ヶ月前で止まったままだ。
勇気をだして文面を打ち、俺は眠りについた。
ピリリリ!
「うっさ……。」
スマホのアラームで目が覚める。
時刻は午前6時30分
今日は県総体の日だ。
とりあえずいつものようにカーテンを開けてリビングへ向かう。途中で顔を洗いながら。
「おはよぉ。」
「凛おはよう。ご飯はおにぎりでいい?」
朝早くから起きてくれる母に感謝。
「いえす。」
親指をたてながら欠伸をする。
スマホを開くとそこには奏からメッセージが来ているようだった。
「えっ!?」
昨夜のようにまた椅子から落ちそうになる。
「ちょっと凛!怪我したらどうするの?!」
「ごめんて。」
落ちそうになるのもしょうがないだろう。
『おはよう。1ヶ月前はごめん。今日の県総体頑張って。凛なら絶対やれる。俺もピアノ頑張るから。
いい結果待ってる。』
ピアノやめてなかった!
動画の投稿も止まっていて少し心配していたからとても嬉しい。
今日はいい日になる予感!
奏にいい報告できるように集中しなきゃ。
浮かれた頭をバスケモードにして準備をする。
「忘れ物は?」
「ない!」
「凛頑張って〜!」
「瑠璃姉、ちゃんと見ておいてよぉ!」
会場へ出発する。
途中で友達と合流して隣の市のアリーナに着く。
入念なアップと直前練習。
集中していると時間は早く経つものであっという間に1回戦だ。
出場校は28校。
うちはシード校だから4回勝てば優勝だ。
去年負けた高校とはまた決勝で会えるらしい。
「やるよ!」
「「「おー!」」」
1回戦、2回戦、準決と危なげなく勝っていく。
ハイライトすらも要らないくらいには。
お昼休憩を挟んでもう一度アップをし直す。
相手はやはり去年と同じ高校だ。
どうしても去年のことが思い出されて緊張する。
「凛……大丈夫?」
莉子が聞いてくる。
「大丈夫。武者震いだから。」
「声まで震えてんぞ。もうちょい時間あるからゆっくりしよ!」
ふーっと息を吐いてスマホを開く。
livelookに通知が来ていることに気づいた。
午前10時に目が覚める。
手元のスマホには凛から
『ありがとう!やってくるわ!』
とメッセージが来ている。
彼女らしいなと思いつつ体を起こす。
「おはよう。体大丈夫?一晩中してたけれど……。」
リビングに行くと母が心配そうに聞いてきた。
「うん。なんだか弾きたかったから。」
「そう。決めたからといって無理はしすぎないでね。久しぶりなんだから……。」
微笑みながら母は言った。
「ありがとう。」
そう言って軽い食事をとる。
今日のレッスンは14時から。
それまでにやりたいことがあるからまた自分の部屋に戻る。
アップとしてエリーゼのためにを弾く。
うん。調子は良さそう。
俺は三脚にスマホを取り付ける。
ピアノの方に向けて置く。
椅子に座って深呼吸をして録画開始ボタンを押した。
少し緊張してしまい5テイクほどして録画を終わらせる。
時刻は12時30分を指していた。
13時にはあげたいからと急いで編集をする。
「奏?ご飯はいいの?」
母が扉越しに呼ぶ。
「もう少ししたら行くよ。」
編集をして投稿文も打ち込む。
12時55分。動画は完成した。
いつもとは違う撮って出しみたいな雑な感じになってしまったが今日のターゲットはいつものファンじゃない。
決勝に向かっているであろう彼女のためだ。
13時。俺は投稿ボタンを押した。
13時10分。
決勝まであと20分。
普段試合前はあまりスマホは見ないようにしているがなんだか今日は通知が気になってしまいlivelookを開く。
そこには新作通知という文字と共に動画があった。
『p-ray ソナチネ第三楽章』
思わず大きな声が出そうになるが何とか抑える。
部活バッグから急いでイヤホンを取り出して動画を再生する。
〜♪〜♪
なんだか聞き馴染みのある曲。
途端に古い記憶が思い出される。
「あの時の!」
コンクールで初めて聞き、彼が弾けなくなってしまった曲!
嬉しすぎて涙が出そうだった。
ふと投稿文が目に入る。
『応援してくれてありがとうございます。
ある人のおかげで新しい挑戦をしようと思っています。その人も今戦っているはずです。
皆さんやその人へエールを込めて』
もしかして私なのだろうか。
自惚れても良さそうな気がする。
震えていた足は止まって口角が自然に上がる。
勝てそう!
聞き終わり、イヤホンを外してメンバーの元へ向かう。
「ん?なんかいい顔してんじゃん!」
莉子がからかってくる。
「まあね。」
「絶対優勝するぞ!」
「「「ファイト!オー!」」」
試合はまさに激闘だった。
ハーフタイムの時点でこっちが2点差で負け。
その後も点を入れて逆転したと思ったら追いつかれて抜かれる。それを繰り返して残り3分。
点差は変わらず2点。
なんとかどうにか!
ボールを夢中で追いかけてシュートを放つ。
だが疲れと緊張、焦りでリングに弾かれてしまう。
「凛!!焦るなぁ!!」
客席から瑠璃姉の声が響いてくる。
分かってる分かってるけど!
残り1分。
今年も無理かも。多分みんなも思ったと思う。
やっぱり勝てないんだ。
その時ふいに頭で音楽が鳴る。
力強い音色。
〜♪〜♪
奏の……音楽……?
はっ!そこで意識が戻る。
何やってんだ私!奏にいい報告するんだろ!
敵が油断した甘いボールをパスカットして奪う。
時間はのこり30秒
時間が無い。勝つにはスリーポイントを決めなくちゃ!
やるしかない!
一点集中をしボールを投げる。
スローモーションで飛んでいくボール。
掲示板には残り5秒と出ている。
お願い!入れ!
ビー!
ブザーの音で時間が正確に動き出す。
点数は?!
69-70!白北!
か……った?勝った!
そう思った瞬間メンバーに囲まれる。
「凛ナイス!」
「ブザービーター!」
「やばい泣きそう……。」
胴上げされそうな勢いに勝った実感が湧いてくる。
「「「ありがとうございました!」」」
挨拶を終えて表彰式に出る。
キャプテンは大号泣していた。
「良かった本当に!」
「お母さん泣きすぎ!」
「凛ヒーローだよ!ブザービーター!よっ私の従姉妹!」
家族と合流すると大号泣しているお母さんと頭をぐりぐりしてくる従姉妹がいた。
もちろん家族やメンバーに祝福されるのも嬉しいが早く奏に報告したい。
帰るとお母さんがご馳走を作るらしくちょっと時間がかかるらしい。
お風呂に入るよりも先に私はスマホを手に取った。
通話ボタンを押した。
14時レッスンが始まる。
「本当にやるのね。」
先生が真剣な顔で聞いてくる。
「はい。やります。」
力強く答えたはいいが正直なんて返ってくるかわからない。
無理って言われるかも。
先生の目を見つめるとふっと先生は笑った。
「わかったわ!正直ずっと待ってたの。本気と分かったら今日からビシバシいくわよ!」
「はい!よろしくお願いします!」
まずは落ちた奏力を戻すために昔やっていた曲を演奏する。
「技術はそんなに落ちてないけどやっぱり表現力の部分よね。あなたの持ち味は繊細かつ力強い演奏。
メリハリの部分が今は落ちているから。これが弾けるぐらいの奏力をつけつつ、昔の曲で表現力も戻していきましょう!」
繊細かつ力強い演奏というのを聞いて凛の指摘を思い出す。
彼女はやっぱり鋭い感性を持ってるらしい。
久々に本気のレッスンを受けてクタクタになってしまった。
「辛い道だと思うけど頑張りましょう。」
「もちろんです。ありがとうございました。」
夕食までの時間復習をしようかと思っていると携帯がなった。
画面には凛からの電話。
息を吸い込んで通話ボタンを押す。
「もしもし。」
緊張気味な声が出てしまう。
「もしもし。」
彼女も少し緊張しているようだ。
「あのね。県総体優勝した!ブロック大会に進めた!」
一気に興奮した声で彼女が言った。
「ほんとに?!凛さすがだね!良かった……。」
僕まで興奮してしまう。
「奏のおかげだよ!動画試合前に見たんだ!すごいかっこよかった。あの頃から変わってない。」
動画を見てくれた嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。良かった伝わって。でも……
「あの頃?」
「私ね。奏の演奏高校生より前に聞いたことがあるの。」
「え?」
「私の従姉妹がね。ピアノをずっとやっててコンクールにも出てるの。初めて行ったコンクール。奏も奏者で出てたの。」
私も最近知ったんだけどね!と彼女は言った。
「もしかしてあのコンクール?」
嫌な思い出が甦る。まさかあの演奏を聞かれてたなんて。最悪だ。どうしよう。
「そう。私あの頃から奏の音好きだったみたい!」
「え?」
「私だけじゃないよ?私の従姉妹だってライバル視してたし、お母さんも凄かったって言ってるの!」
「でも俺はあの時……。」
弾けなかったんだ。そう言おうとした。
「コンクールで弾けないことなんてよくあるってめちゃくちゃ上手い従姉妹も言ってるよ!栗原瑠璃っていうんだけどさ。」
「えっ!あらゆるコンクールで金賞取ってく人じゃん!従姉妹だったの?!」
そこに驚きだ。
「そう!そして瑠璃姉、奏をライバル視してたんだって!また弾かないかなって言ってたよ。」
そんな遠く及ばない気がするけど……。
でも言うなら今な気がした。
深呼吸をして口を開く。
「そう。その事で話したいことがあったんだ。」
「何?」
声が震える。しっかりしろ俺。
「俺……俺コンクールにもう一度出ようと思うんだ!」
画面越しに息を飲む音が聞こえる。
どんなことを言われるんだろう。
すこし覚悟をしていると
「ほんとに?!もう一度聞けるの?!」
嬉しそうな泣きそうな声が聞こえる。
「え、な、泣いてる?」
「泣いてないし!なんか目から出てくるだけだし!」
「泣いてるじゃん……。」
「そんだけ嬉しいんだよ!そのコンクール瑠璃姉も出るって言ってたからまた2人の演奏が聞けるって思ったらほんとに嬉しい!」
「栗原さんに勝てるかは分からないけど全力でやるよ。金賞ももちろん狙う。」
「うん!すごい楽しみ!」
こんだけ期待してもらえてるんだとわかり俺まで泣きそうになる。
「じゃあお互い頑張ろ!」
「凛はブロック大会。」
「奏はコンクール!」
お互いまだまだ未熟である。
試合に負けたり演奏が行き詰まったり色んな挫折が待っていると思う。
でもきっとその先には大きな成功が待っているはずだから俺は、私は前へ進む。
あなたの音だからこそ私は好きなのです。