歳を取らない僕が、死んだきみの未練を愛おしく思うワケ
――僕は、人間が嫌いだった。
当然と言えば、当然だろう。
あちらさんはズカズカとこちらへ踏み行ってくるくせに、気がついた時には別れる直前になっていて、そして僕のこと置いて去って行くのだ。
彼らがいなくなった時、悔しくはあった。怒りはあった。けれども涙は出なかった。
正確には、もう会えないという現実から目を背けていたから、哀しいという感情が湧かなかったのかもしれない。
――別れを最も実感するのは、いなくなった直後ではないというのに。
あなたの名を思わず呼んだ。――返事が無い。
振り向いた時、いつもいたはずの場所にいなくて。
あ、もういないんだったと。
声が返ってこないことが虚しくて、声をかけてしまったことを後悔するのだ。
君が育てていた花を見た時。――枯れてしまっている。
いなくなってからも、しばらくは枯れていなかったはずなのに。
枯れてしまうほど、もうそんなに時間が経ったのかと。
君がいなくても生きていける事実を目の当たりにして、これからは独りで生きていかなければならない未来がどうしようもなく、恐かった。
いつもの部屋にいる時。――自分以外に、人がいない。
掃除するのは自分だけ。汚してしまうのも自分だけ。物を新しく置くのも、捨てるのも、もう自分しかいない。
そうやって部屋に残る痕跡は自分のものだけになっていって、かつていたはずの人たちの痕跡は年月が経つと共に消えていく。
声がない。誰もいない。何も無い。
二度と会えないのだ、と。嫌でも理解せざるを得なかった。
それでも、あなたは死に際に「悔いは無い」と言ったから。
それでも、君は別れ際に「あなたなら大丈夫」と言ったから。
哀しく思うのはお門違いなのだと。
そんなことは判っていた。
笑って見送って、意思を尊重して。
そして僕は、彼らの記憶を背負って生きていくべきなのだ。
――冗談じゃ、ない。
悔いが無いって、何だ。僕は未練にもなれなかったのか。
僕なら大丈夫って、何だ。こんなにも大丈夫じゃないというのに、君は大丈夫だと言うのか。
勝手だった。僕には色んなものを押しつけて、残していったのに、自分たちだけは満足げに消えていく。綺麗な最期を迎えて。
なにもずっと一緒にいろと言っているわけではない。
出会いがあれば、人にはいずれ別れが来ることくらい理解している。
――だけど。
だけど、僕があなたたちを思い出したとき。
もっと一緒にいたいと思ってくれたんだよなぁ、とか。
本当は一緒にいてあげたいと思ってくれてたのかなぁ、とか。
そう思わせてほしかっただけだ。
――そう、願いたかっただけだ。
身勝手で、眩しくて、忘れられない。
こんなことなら出会わない方がマシだったとさえ思ったことがある。
そして、そう思うことでしか自分の心を保つことができない、そんな自分の弱さが情けなくて申し訳なくて、嫌になるのだ。
――だから。
だから人間は嫌い、だった。
ふと、散歩した時に舞う桜。今日はその儚い花を見て思い出す。
あなたたちと出会った日を。君たちと過ごした日々を。
そして、僕を変えてくれた彼女のことを。
会う度に、これから先の、あったかもしれない未来の話をしてくれて。
別れ際に、もっと一緒にいたいと言ってくれて。
死に際に、死にたくないと、また会いたいと願ってくれて。
最期に、それでも幸せだったと言ってくれた。
僕が何を思い、恐れていたかを見抜いていた、そんな彼女のことを。
今日もまた、思い出す。
彼女がいつの間にか用意し、隠していた花種を見つけて植える。
――きっと君も好きだろうな。
彼女が作りたいと言っていた、作ってほしいと言っていた花壇を作る。
――きっとあなたも、綺麗だと言ってくれるだろうな。
彼女が作ってくれていたレシピを見て料理をする。
――彼女と一緒に作ったら、きっと喜んでくれるだろうな。
彼女がもっと見ていたいと言っていた月を眺める。
――きっと、今度はみんなで見られる日を夢見て。
例え一人だとしても、彼女が僕を惜しんでくれた事実が、僕を未来へ誘ってくれる。
僕は置いて行かれたのではなくて、彼らに追いつけていないだけなのだと。
きっとみんな、未来で僕を待ってくれているのだと。
記憶を返し、想いを募らせ、未来へ歩む。
また会えるかもしれない、その日まで。
だから僕は今日も、彼女が望んだことをして、彼女としたかったことをする。
これからの多くを一人で生きるであろう僕に残された、彼女からの贈り物。
置いて行かれることを恐れていた僕にくれた、あなたたちに追いつくための道標。
今日もまた、きみの想いが愛おしい。
読んでいただきありがとうございました!