Suppuration_01
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こんなはずじゃなかった。そう、それもわかっている。
別段、ため息で吹き消されるほどの週末の予定もなかった平野 介広は代わりにというわけでもないが最近はめっきり片身どころか人権すらも奪われそうな程追いやられた喫煙スペースで一人至福の煙を吐き出していた。
「今じゃ四十の入り口が見えてきてる冴えない……まだ中年じゃないか。でも大学の時はもっと夢が、ってか世の中明るく見えてたんだけどな」
義務教育から大学を出るまでこれと言って苦しいことも無く平々凡々と過ごし就職活動中に何社か受けた内のてきとうに受かった会社に入り気づけば十数年。
出世意欲は皆無、そもそも怒られない程度に業務をこなしているだけの平野だがやる気だけが先行するだけで土台が残念だったり優秀だが女性経験がなく上司の奥さんと不倫してしまい会社を去った同期、
付け加えればその上司もタイミングよく異動になり別段飛びぬけているわけでもないが業務上でのマイナス点がないことから「あれ、平野君実はできる人?」と勘違いされ半ばところてん式に課長。
昇進する気はないが部下のミスで自分が怒られるのは不本意なので見込みのある者には逃げ方や所謂ずるいやり方を伝授した結果なぜか平野のいる部署では実にあざとい数字をキープしながらも残業は殆どなく数年前に外資系の会社に買収され会社自体の方針が変わってからは特に評価されるようになった。
「そりゃあコピペしないで一文字ずつ手打ちでやれなんていう石器時代の上司がいたら『定時』って打つだけで日跨ぐよな」
会社での拘束時間が減れば自分の時間に当てられる。
部下の話を聞くと英会話やお料理教室、スポーツジムや文字通り「一杯どう?」と軽く飲んで帰っても時間があると平野課長の評価は好調である。
「最近はなんだっけ……若いのがやってるっていう……あ、動画の投稿。ちょっとした小遣い稼ぎにもなるって言ってたな」
平野は種類は問わず何か打ち込めるもの、皆何らかの趣味を持っていることが意外であった。
「課長の趣味はなんですか?」と飲み会の席等で聞かれても咄嗟に出てくるものがなかったのである。
「煙草は呼吸の親戚。酒は毎晩ビール二、三本。ギャンブルはやらない。料理は……しなくも出来なくもないけど一人暮らしで料理するってすごく無駄が多い気がするんだよな」
大学卒業まで両親と同居していた頃は家族三人。材料費は一人分より多くても光熱費や各種に割く時間を計算に入れるとあまり大差ない場合もある。
「言っちゃえば同居人と割り勘してるようなもんだしな。あ~いや、大学の時は家にお金入れてなかったけど。一人暮らし始めたころから特にお金に困ったことないし一応最初はテレビで見た料理とか作ってみようかっていう好奇心くらいはあったかな、でも趣味もなければギャンブルもしないアラフォーの俺って実際使える金は多いわけ」
そのためか最近はめっきり外食がメインとなっていた。
食材の調達、調理、後片付け……全てをやってくれて自分は食べてお金を払うだけで良い。効率という意味では理に叶っているのかもしれないが平野の場合そこで時間を短縮したとろでその後やりたいことはないので適度に酒を呷りテレビをつけながら寝落ちして深夜に目が覚めて寝床に入り寝なおすルーティーンを繰り返している。
「酒はBarで一人静かに……なんて言う気も無いし。でもおねえちゃんにお酌されてってのもなんだか落ち着かないしな。あ、女の子は普通に好きよ。健全な男子ですから。……でもなぁ」
先程の「趣味」といった項目でいつも悩んでしまう。
結果や成果を出さなければと言うならそれはもう仕事と言ってもいいだろうと平野は思う。
上手く出来なくてもお菓子作りが好きならそれが趣味でも良いだろ。
痩せなくてもなんか健康になった気になるならダイエットが趣味と言っても良いだろ。
同室の人が泡を噴いて倒れようとも歌うのが好きならカラオケが趣味のなにが悪い?
「趣味、生きがい、人生死ぬまでの暇つぶし」
そう呟きながら幼い頃を思い出してみるがはっきりとは覚えていない。
記憶喪失とかでなくある日から今現在煙を吐いている自分に至るまでがまるでどうでもいい事なのか頭が「考える必要なんてないよ」とでも言ってるかのようにすぐに別の事へと思考が動く。
「そいうえばここ最近同じ夢を毎日見てる気がするんだけど……やっぱり思い出だせないな。あれ、これって何とかっていう現象だったっけか?病気……じゃないよな、やめてくれよ~ そういうのでプッチンしないようにできるだけストレス溜めたくないんだからよ~」
短くなった煙草を最後に一呼吸して平野は喫煙所を出て行く。