When I Come Around-03.2/3
主サイド
冊子版から加筆等して区切りづらかったので1パートで投稿しました。
03.2/3
『……以上が今回の特筆すべきところになります。その他の詳細は報告書の方をご確認ください』
「ご苦労様。イレギュラーに加え観測も追加で出張を長引かせちゃったわね。そう言えば有給の未消化リストに名前があったけど」
『私も可能であれば消化したいのですが徹夜、夜勤明け、出張に付随する休みとその他特別休暇で有給までには至らないもので」
10メートルは無いが圧迫感を感じさせない高い天井、開放感のある広い窓と継ぎ目の無い長いガラスがいくつかの仕切りで区切られ配置されている。
日差しの光量により遮光具合を自動的に調整してくれるだけでなく魔法と現在の技術を組み合わせた通称魔科学と呼ばれるものによって存在の秘匿性や外部からの攻撃にも強い耐性を持っている。
時空等を管理する管理局。
そう記してしまうと些か色気が足りないが世界を直轄する立場で表向きは存在しないことにされ政治家も含め世間一般で生活をしている分には知りえることのない機関。
主はここの局員であり現在は先日の出張の大まかな部分を局長へ伝え終わったところだ。
オールバックにした髪の7割は黒色だが毛先にかけ白、赤と継ぎ目の無いグラデーションは日差しに照らされた先端をルージュの様に光を細かく反射させていた。
管理局に決まった制服といった物はなく基本は自由なのだがお堅いイメージが強いのか大半の局員は無難にスーツで勤務している。
局長も体裁上はスーツを着用しているが本日は落ち着いたグレーに銀のストライプ、胸元はヴァイオレット、シルバー、ワインレッドを組み合わせたネクタイ。
少し触れておくと現在、主以外の局員は神もしくはそれに類似する存在である。本来は人間が従事することのできない職務なのだが人間相手の業務が大半を占める。
この世界の始まりからあるような機関だが神と呼ばれる存在の考え方は人間には負担の大きい、いや体質や能力面からして世界が違う。
神は万能ではない。
生い立ちにより限りなく万能のような者はいるが人間同様に得意不得意がある。
例を上げると天候は操れるが何も無いところから火や水、木や金を生み出すことはできないと言った具合。だが天候を操り同様のことはできる。逆のことをできる者もいるが雑な言い方をすれば両方こなせる器用な者は少ない。
これがどういうことか、雷雲を発生させ木に落雷、そこから火を起こすことと考えてもらえれば理解が早いだろう。大気中の水分を集めれば水が作れるし地中の僅かな金を集めればインゴットだって作れる。
これらを瞬時に行うので機材などを用いて時間をかけなければできない人からすればそれは神の御業、奇跡や魔法と呼ぶべきものであろう。だが神は基本、世界の物理法則を乱さないよう努めている。
勿論、文字通りの奇跡や魔法、等価交換の理を無視した錬金術等も使えるのだがこれによる弊害が観測されてからは一部を除きその力を使用の制限するようになった。
ある時、神が異世界に迷い込んだ人間を強制的に連れて帰ってきた結果、元の世界にはその人間、正確には人間だった何かやその一部しか残っていなかった。
神は慌てる様子もなくそれを修復したが何事も無かったかのように、とはならなかった。
その人間はそれに至るまでの記憶を覚えていた。異世界移動による生きながら体が歪み、捻じれ、溶けていく過程を。そして元の世界に戻り修復された人間はそれ以降、ただ生きているが魂の無い抜け殻となりそれは一人だけではなかった。
しかし神はそれをなんとも思わなかった。ただ、元居た世界に存在していれば良いのだろうと。
その後世界に異変が起き、原因に気づいた神々は人が影響を受けないように異世界間を移動できる扉を作り管理するようになった。
それからいくつもの問題に直面し対処してきたが主が管理局に勤めるようになるまで神と呼ばれる存在は根本的な原因にまでその考えは至らなかった。
昔話のついでになるが神に性別という概念はない。しかし現在、管理局に在籍している9割の職員は男性、女性どちらかの性別に寄った外見をしている。
これは主が勤めてからできた規則ではないが局では常態化の傾向にある。
体質そのものを自由に変えられるのだが特に必要に迫られたという話を聞かないので外見は個々の好みまたは何らかの因果によるものである。
局長の場合は基本構造こそ女性だが男性的なメイクを好み、どこかの劇団員か夜のお勤めと言われた方が納得しそうな見た目なので局内には本人非公認、男子禁制のファンクラブがあるとの噂だ。
さて高いのは天井だけでなく局長一名の為というには余り過ぎる広さの局長室。
大きめのどっしりとした木造りの机が置かれているがこの部屋の規模からすれば申し訳程度に見えてしまう。
その他書類用の棚や来客用の応接セット、いくつか観葉植物も配置されてはいるのだがどれも部屋の広さからすれば申し訳程度に見えてしまう。
「頼れる特技があるからついついこっちも頼んじゃうし、でも休みの件も規定だし……って言ってもね~」
両腕を上げ背もたれに体重をかけると革張りの椅子は一定の角度で止まりその材質の柔らかさから局長を軽く包み込むように支えている。
『規定通りであれば半年ほど休んでも余りますが現状では難しいかと』
「休み中に緊急事態で呼び出すとまた振り替えで休みが発生しちゃうし……どうしよっか?」
『以前のように買取りという形であればとりあえずの問題は片付くのですが。私としてもその方が助かりますし』
「異動してきた来た経理と人事が融通きかなくてね。前みたいにちょこちょこってできないのよ。あれ、でもそんなにお金困ってるっけ?」
『その異動してきた方々の影響が私の方にも出ていまして。一例では出張で個人が用意した消耗品は許可のある物を除き自己負担の項目が追加となり……』
続けて主は手帳を開き最近変更になった事項で自身に関係のあるものを述べた。
「え~、許可ってあたしが出せばいいんでしょ?あなたの場合特異な事が多いから申請出してくれれば最優先で判押すのに」
目線を横にずらしスっと立派な木の机の上に山と積まれている書類の中から一枚を抜き出した主は局長にそれを見せる。
『数ヶ月前に提出はしているのですが局長もお忙しいようですので。それに……』
「押す押す~!あんまりイジメないでよイジケないでよ~。怠慢じゃないわよ?やること増えて忙しいのは本当だし確かにあなたの体質に気を回せないあたしもあたしだけどあなたも鬱陶しいくらいアピールしてよね」
『ですのでこうして報告のタイミングで話して付け加えれば今まで負担した分も遡って経費扱いしてもらえるよう許可を頂こうかと。新しい方々の言い分では今までは管理が曖昧だったので手順さえ踏んでいれば過去の消耗品等も問題は無く受理できるとのことですので』
今し方引っ張り出された書類の他追加で主が提出した経費として通らなかった自己負担分の書類に目を通しながら局長が質問してきた。
「あなたって経理とかと普通にコミュニケーション取ってる感じ?」
『私から人事の方へは特に用事はないのですが姫の事で呼び出しがあったりするので時折。経理的に不明瞭な項目が増えてからはそちらにも足を運ぶ機会は増えましたね』
「ごめんね、なるべく迅速に負担かけないようにするわ」
軽く一礼するとまだ書類の確認に時間がかかりそうなので応接用の椅子に腰かけテーブルに用意された珈琲に手を付ける。
「そう言えば姫ちゃんは?ラボの方かな?」
『いえ、今日は報告書を出しに来ただけですので姫は家ですが。何か用事でも?』
「そう……いや、しばらく会ってないから……その、忘れられてないかな~ってね。お菓子用意してあるんだけどな……」
『しばし疑問に思っていたことですが局長の机の引き出しはお菓子以外何が入っているのですか?』
「そりゃあ書類とか筆記用具とかよ。あんまり使わないけど。入ってるわよ、楽しいものがたくさん。ん~でも他の局員に知られるとな~……言わない?」
悪びれる様子は無いが多少の後ろめたさは感じているのか声のボリュームを抑え気味に局長は聞いた。
『ばれたらまずい物なら局内に持ち込まないでください』
「別に危ない物とかじ無いわよ」
何やらいくつか小さな物を引き出しから取り出した局長の声は心なしか照れているのかそれでも嬉しさが隠し切れないのが見て取れる。
「これ可愛くない?今この食玩がコラボでオマケがミリオンズなの!シークレットがさ悪玉ウイルス打ち込まれた時のやつでブラックで人相悪くてさ、全然出ないのよ」
最近話題の映画でテレビCMを何度か観たことがある。
それを喜々として自分が出した書類の上に次々と展開されていく全体的に丸いフォルムのキャラクターをただただ無言で見つめる主。
そんなことはお構いなしに局長は何度も引き出しに手を入れては鷲掴みしたそれを追加ていく。
その様子は既定量をはるかに超えているのに手を止めようとせず溢れてもなお皿に餌を盛続ける飼い主を見ている猫の心境に近くありがたみを感じられないどころか困惑を誘うものであった。
しかしどんなものにでも終わりはあるのか局長の手が止まった時には自分の書類はおろか机の大半がそれらに占拠されている状態に対し言葉を選んでいる主となぜかご満悦な局長は見つめ合っていた。
『これだけあると同じものがいくつもありそうですね』
なんとか言葉を発した主、早々に書類にサインを貰って退室したい心境的なのだが、
「そうなのよ、おまけにメーカーが気合入れちゃってて名前通りミリオンいるんだって。被ってるのも結構あるけどほら、可愛いから捨てられないし気づけば増えちゃってるよね?それにこれだけ買ってもシークレット一匹もでないのよ、渋くない?」
自然に同意を求められたがそれ以前に数の暴力に圧倒された主が答えずにいると「ダブってるのいくつかあげるね」とこちらの返答も待たず慣れた手つきでご丁寧に用意していたジップ付きのビニール袋がはち切れんばかりに詰め込んだ物と承認印を押した書類を手渡されたので完全に断るタイミングを逃してしまった。
「はい、これ書類。帰りがけ経理に渡せば現金でもらえるから」
『翌月に給料と一緒に振込みではないのですか?』
「さっさと新体制に切り替えたいのと未払い防止の為なんだって。まぁ今だけっぽいけど」
『そういうことでしたらお心遣いに感謝してありがたく頂戴して帰ります』
「一応休日扱いなのに結局仕事しちゃってるんだから何かお土産でも買って家族サービスてあげなよ~。あ、このお菓子買ってシークレット出たら交換してね」
シークレットには興味がないが何種類いるかわからないのにどれと交換の希望を出せばいいのかと考え軽く会釈し鞄に書類を入れて部屋を後にした主。
局長室を出ると廊下へ出る前に一部屋あり、そこで秘書が控えている。
局長室への入り口は一つなので必然的にそこを通る形になり現実的な広さの部屋に馴染んだ机を挟んでショートボブの黒髪にオーバルのフレームのメガネを掛けた秘書が座っている。
いつもはなんらかの事務作業をしているのだが主が出てくると普段から表情を変えない彼女がこちらを直視していた。
「局長から何か渡されませんでしたか?」
主には呪いがかかっており条件を満たすことにより段階的にその存在を認識することができるようになる。
結界の効果の為、局内に至っては殆どの局員が主の事を姿だけは認識できる状態ではあるが玉藻の札を使用する以外は次の段階への条件を満たしていない者との意思疎通は基本的にはできない。
普段は姫を介することで会話が成立するのだが本日は不在、秘書から話しかけてくることの方が珍しいので札を使おうか考えていると秘書は構わず続ける。
「鞄の中、出してください」
入室の際にもチェック(霊視のようなもの)は受けているのだが特にやましい物も持っていないので素直に指示に従う。
書類の他は連絡用の携帯端末、武器の類は基本局内では自分の机かロッカーに保管しているので今は所持していない。そして先ほど局長から無理やり渡されたどれも似たような顔のキャラクターが詰め込まれたビニールを取り出すと先ほどより明らかに大きい声で、
「それ!」
指をさして主の手にしている袋を凝視する秘書。
「拝見してもよろしいですか?」
答える代わりに秘書へと袋を渡す主。
もしかしたらチェックで局長が誤って大事な物を入れてしまったのを察知したのかもしれない。
封を開け再び机に展開されるキャラクター群。
秘書の手が幾重にも残像を作り出し瞬く間にその隊列を整える。
それだけではなく被っているキャラごとにグループ別けされているようでその中から選出された一体ずつが秘書の元へと集められていた。
「いただいてよろしいでしょうか?」
拒否権を与えない強い意思を感じさせるその眼差しはどことなく局長とは違うが近いものを感じる。
しかし本意では無いにしろ相手の好意によって頂いた物、それもほんの数分前に。
それを右から左へ通す様に渡してしまうのは如何なものかと思案していると秘書は自身の取り分以外を袋へと戻し始めたが先ほどの機微な動作とは違いその仕草はどこか試合に負けた高校球児が砂を詰める様を連想させた。
主の気持ちとしては『そんなに好きなら一体ずつと言わずいっそ全部』と言いたいのだがそう促すジェスチャーをしようとした時妙な気配を感じた。
正面ではない、横、今自分が出てきたそう局長室。
しかし素直に横を向いてはいけない気持ちで踏みとどまりほんの僅かに顔を横に向け視野角の端限界の所でその原因を捉えた。
僅かに開いた戸の隙間から覗く満面の笑みの局長の顔を。
何をしているのだろう?いや反応を見せてはいけない、そう自分に言い聞かせる。
確かに無理やり押し付けられたかもしれないがあくまで局長は善意からのこと。
自分は慣れ切ってそんな雰囲気も霞んで見えているが最高位の神。
その神からの頂き物を秘書とはいえ本人に一言も無く渡すのは相手が誰であろうと礼儀を欠く所業。
自分の考えも軽率だったか、どうする?今ならまだ秘書に見せているだけという言い訳も通る段階ではないか?そして順当に手順を踏み秘書に『所長に一言断っておきましょう』と言うだけでこの状況は収まるしそれがおそらく正しい行動だろう。
一通り考えがまとまり局長から視線を外そうとした時、視界の隅がチラチラと小刻みに動いているので先ほどよりもう少しだけ顔を傾けると局長が人差し指を口元に当てもう片方のては秘書の方を指さしている姿を確認できた。
理解ができずにゆっくりと秘書の方を見ると先ほど袋に詰められたはずのグループが再び机の上に広がっていた。
それを一体ずつ名残惜しそうに人差し指で頭を撫でていて主が見ている事にはまるで気づいていない様子である。
主はなるべく音を立てないように局長室へのドアに手をかけ局長を押し込めるように中へと入った。
『何をされているのですか?』
依然笑顔のままの局長は背伸びをして主の肩越し、完全に閉まっていない戸の隙間を伺いながら答えた。
「いやぁ~あの子もあれ好きみたいでさ、あたしが買い始めた時は「あまり局内に関係のない私物は……」とか言ってたんだけどなんかハマったらしくてね。でも厳しい事言った手前あたしがダブってるやつあげるよって言っても素直にくださいって言わないからああして局長室に来た者に多目に渡してあの子の所に行くようお膳立てしてあげてるのよ」
『それなら最初に言っていただければ』
「ほら、秘書て普段表情ないじゃない?良いもの見れたでしょ♪」
『確かに貴重な場面に立ち会えたかと。ではクロさんにお譲りしてよろしいのですね?』
「良いよ良いよ~、なんだったらもっと持って行く?さすがに引き出し圧迫し始めてるのよね」
今度ははっきりと遠慮し局長室を後にした主は音が鳴るようにドアを閉めると我に返ったクロは姿勢を正しいつもの様に取り繕っている。しかし状況をからそのよそよそしさを完全に拭うことはできない。
まだ机の上にいたものを袋に詰めようとしたが主は手を差し出し『その必要はありません』という意思を態度で示した。
「でも、全部はさすがに主さんにも局長にも悪いので……」
明らかに欲しい気持ちを隠し切れず最後の方は聞き取れないくらい小さな声になっていた。
主が口元に人差し指を当てると一瞬だけ目を輝かせたクロはすぐさま机の引き出しを開ける。
こちらを向いたその顔は無表情だがどこか自信が窺える。小さく手を招くように動かしているのでクロの方へ回り込みその中を見た主は言葉を失った。
彼女からすれば気前よく自身の集めている物をくれた相手に何も返さないのは気が引けたのか自分のコレクションの中から持って行くように言っていたが主は机の上に出ていたそのお菓子だけで充分といくつか手に取ってその場を立ち去った。
その後経理に立ち寄り諸々の手続きを終えて11時を少し過ぎたあたりで昼食を局内の食堂で済ませた主が管理局の外に出ると不在着信を知らせるようにジャケットの内ポケットに入れてある札が飛び出してきたので玉藻達と会話の時に用いる伝心の術を展開した。
「あ、主さまぁ 局の中でしたかぁ?相変わらず電波悪いですねぇ 玉藻ちゃんのはぁとはいつでもバリ3ですよ~♪そうだ、それよりスパイクさんってご一緒じゃありませんよね?お昼になっても戻って来ないので伝心したんですが繋がらないんですのぉ」
『スパイクさんも今日は家にいるはずですが。こちらでも辿ってみますね』
「申し訳~ 見つかりましたらペンペンか嫌い嫌いか選ぶよう言っておいてくださいねぇ 玉藻ちゃんに無断でどっか行くなんてお仕置きですぅ」
『かしこまりました。あまり遅くならないように戻ります……ところで玉藻さん……』
普段から疎かにしているわけではないが局長に言われたようになんでもない日に思い付いたような家族サービスをしても良いのかもしれないと考え帰りに買って行くケーキの希望を聞いて伝心を終えた。
最寄りの駅へと歩く途中ふと先ほどの秘書の引き出しを思い出す。
『シークレットの数もミリオンなのでしょうか?』
夜21時の投稿は変りませんが日中はランダムな時間に一話投稿する予定です。
明日も違う時間にする予定ですが来週からは固定すると思います。
それではまた今夜ノシ