When I Come Around-01
01
季節は初夏を過ぎ気温の方も本気を出し始めた頃。
ここは地球圏内の日本と差して変わらないところ、しかし厳密には違う場所。人は重力によって地に足を着け酸素を吸って生き、文明レベルで言えばパソコンやスマホが当たり前のように人々の手にあり最近では電気自動車などのエコがようやく定着してきたくらいで車はまだ空を飛ぶまでには至らない程度。
時にあなたの周りで奇妙なことはないだろうか?
いきなりこんな漠然とした質問をされてもどうかと思うが、そう例えばいつも通り会社や学校に向かったはずでいつもと同じ電車に乗ったのに全く見覚えがないとか今まで人混みを歩いていたのにふと気づくと周りに誰もいなかったり簡単な文字なのにどう読むかわからない、漢字が反転したような文字の標識や看板が当たり前のように街中にある……後は異様なほど竜を信仰している世界とか。
ここではあなたが思っているより少しだけドラゴンというものの存在感が強くその昔はもっと身近に、それこそ家族の様に人と寄り添っていた時代もあった。
しかし地球上の生物の数より種類の多いといわれるドラゴンは薬にもなれば毒になるものも多く実際人類が把握できてない数の方が多い。
例えば、火を吹くドラゴンの子がまた火を吹くようになるといった決まった遺伝がなくこれを研究しようにも時期も季節も関係なく生態を変えるものもいるので研究費や自身の寿命などもありまともに研究を続けられる者も次第にいなくなった。
結局ドラゴンは「兵器」として乱用された時代を境に世界で条例が制定され核は隠し持ってもドラゴンだけは隠せないと言ったほどに厳しく規制され多くの謎だけを残し時代とともにその姿を消していくこととなる。
そして今日にいたってはあなたの世界とおそらく同じ伝説、想像上の生き物になり絵や石造、物語やぬいぐるみなどに姿を変え人々の身近な存在となった……と、だいたいの文献等ではこのような書き方をしているだろうか。
様々な種類がいるが基本的には大変賢く気高く高貴で一般的に人と関わる機会は無いとは思うがもしあなたが偶然にでも遭遇してしまった、その上で無事生きて帰ってこれたら是非この男に連絡すると良い。
秘密厳守、迅速丁寧な対応を約束できるがそれはあなたがこの男の存在を認識することができればの話になるが。
男の名は主
ある時から記憶がなく両親の存在も不明、物心ついたころからある条件を満たさないとその存在を認識されない者とされる呪いを受け現在は次元等を管理する機関で働いていて気づけば姫と竜のスパイクに加え自称神様の玉藻とそのお子達(玉藻は子供ではなく分身と主張している)と暮らしている。
「主~ お昼ごはんできたから呼んで来いって玉藻が言ってたじょ」
先日出張に行った際の報告書を眺めていると主の書斎へ姫がやってきた。
『おや、もうそんな時間ですか。ありがとうございます』
「手々さん洗ってさっさと行くんだな。ご飯さんなの♪」
そう言って姫は座っている主の膝へとよじ登るとその場に腰掛けた。
「ご飯さん、ご飯さん。さっさと行くの♪」
軽く机の上を整理しいつもの流れなのか主は当たり前の様に姫を肩に乗せると書斎を後にしリビングへと向かった。
S S
その日、空に雲は無く日差しは数日前の雨が干上がると思うほど強くそれに比例して温度もまた高かった。
「トカゲー!どこ行ったんだな~!」
姫の声が家中に響き後に続いてばたばたと駆け回る音が聞こえてきた。
「まったく妾が遊んでやろうって時に居ないんだな。玉藻ぉ~トカゲいないの」
「あらあらぁ お散歩でもいったんでしょうか?玉藻ちゃんの方にも来てませんよぉ」
「仕方ないから子狐のとこ行くんだな」
諦め早く次の遊び相手のところに向かおうとする姫を台所から慣れた様子で割烹着を着こなし妙な貫禄を醸し出している玉藻が呼び止める。
「あら姫様、裏に行くならお使いお願いしてもよろしいですかぁ?」
そう言うと玉藻は姫の返事を聞く前に紫の風呂敷包みをちらつかせた。
「ん?お弁当なの?」
「はいぃ。お子のお昼ご飯ですぅ」
「妾の分は?」
「中身はおいなりさんですのでお子達とご相談くださぃ♪でもぉもうちょっとしたら玉藻ちゃん達もお昼ですよぉ?」
「むぅ、今食べたらお昼いっぱい食べられないのな……でもお弁当ってワードはとても魅惑なんだじょ」
誘惑に翻弄され包みと玉藻を交互に見る姫だがそうこうしてると腹の虫が抗議の警鐘を鳴らす。
「あらぁ早くしないと虫さん怒って姫様のお腹に穴開けちゃいますよぉ」
「んぁ!とりあえず届けたら子狐に一個の半分もらうんだな!お稲荷さんにおいなりさん持ってくの!」
包みを頭の上に掲げ駆け足で家を後にする姫だが実際は家の裏に行くだけなのでそう大した距離ではない。
「お昼できましたら伝心しますので戻ってきてくださいねぇ~」
慣れた扱いで姫を送り出した玉藻だが確かに先程から姫が「トカゲ」と呼んでいるドラゴンのスパイクの姿を見ていないのを思い出した。
「お掃除するからお外で遊んできてくださいって言ったのでその辺で浮かんでるとは思いますがぁ ま、用意できたら伝心すれば良いでしょ♪」
呟きながら特に変わらない毎日ではあるが本日は少しだけ特別なのである。
その理由は玉藻がチラチラと見ている箱にあった。
何度見たところで中身が変わるわけではないが今朝から事あるごとに気になってしまうので一息ついたところで再度中身を確認する。
「……はぁ~主様申し訳ありません~ 主様が仕事に汗して励んでいる時に家にいる女共(自分も含め)は涼しい部屋でなんとか並んでゲットできた閻魔屋たらふくの地獄焼き(夏季限定水餅餡)をいただくなんて主に隠れてあるまじきぃ……なんて(てへっ)あ、でも家を預かる身として心のゆとりはむしろ義務!その分~お帰りになられたら……夜はぁ……うふふふふ……」
前述したように姫は家の裏に行くだけなので行儀悪く窓から出て柵を越えれば最短。
しかしながら人の1/3程度の身長しかない身からすると行けないことは無いがちょっとしたアスレチックを通過するようなものなので荷物を持ったままだと遠回りだが正規のルートで行った方が早い。
だがこちらも人用に作られた石造りの階段があるのでどちらにせよ軽い運動をすることになる。
「まったく、主に言ったのにいつまで経っても妾用の階段を作ってくれないんだな。……子狐~ 玉藻からお昼さんなんだじょ、妾お使いしたからお駄賃で一個の半分ちょうだいなの」
呼ばれたままを裏切らず小柄で狐に似た耳を生やし神社の神主が着るような袴姿と古風な井出達の中唯一現代的なアイテムである携帯端末の画面を見ていた相手は身長的には大差のない客人へと顔を向ける。
「なんじゃ、いつもはもっと欲しがるのに可笑しな遠慮するのぉ?あ、それはそうと姫、[バースト]に無反動式レーザー投石機が実装されたのじゃ!」
「ぬ!スマホ家に置いて来ちゃったの。それもう手に入れた?」
「んにゃ、新兵器はいつものごとくほぼ出ないガチャに課金するかそれより幾分か確率の高いクエストクリアか……待て、掲示板によると最近開いたステージのボスがドロップするのが一番コスパが良いらしいのじゃが……」
……遠くにいても騒がしくよく聞こえる声だなと思いながら主の家より少し高い所で先程姫に「トカゲ」と呼ばれた張本人は見た目おおよそ浮力など生み出してないのでは?と思うような小さな翼をゆらりとはためかせ寝てはいないが宙に浮いて優雅に日光浴をしていた。
「まったく姫しゃまは。いっつもこの気高き竜族のあたちをトカゲ呼ばわりしちぇ。それにいくら玉藻しゃんの結界があるからってオープンに騒ぎしゅぎでしゅ」
それは艶やかな炎のような鱗が太陽の日差しを吸収し周囲に薄い陽炎を作り周囲からは見えない迷彩のようなものを形成していた。
名前はスパイク、自ら望んで主と使い魔としての契約を交わしたが本来は人に使役されることなど無い気高き竜である。それもかなり位は高い。
「こんな日差しの良い日に鱗の手入れをしないなんて勿体無いでしゅ。お昼ごはんまでは子狐しゃんに姫しゃまの相手をしててもらうでしゅ」
短い両手足を広げ軽く伸びの姿勢をすると再び目を閉じ日光浴に興じようとしたが少し強めの風がスパイクを掠めていった。
「……何でしゅ?妙に纏まった風でしたが……」
スパイクは自分を抜けていった風の方を少し訝しげに目で追ってみると、それは埃や塵、幾匹の虫が集まった様にも見える影になり都市部に近いとはいえ地主が土地を売らず田畑にしているのが散見できる中一際手入れされた緑が目立つ会員制のゴルフ場の方へと向かっていた。
「ウシュゥ~、ご飯に出遅れると姫しゃまに勝手にトレードされるのでしゅが……」
主の家付近は玉藻の術により結界が張ってあり外敵などに見つかったり襲われたりの心配はない。
なので姿を隠せるとはいえ一種の天然記念物、重要保護対象、絶滅危惧種(厳密には違う)の自分が結界外へと出るべきではないのだが、
「サッと偵察して帰って来るでしゅ!」
そう言ってスパイクは怪しげな影を追って行く。
こういった時一言玉藻に連絡しておけばトラブルやお叱りも最小限に、何より自分の好物を勝手に交換されることも免れたかもしれなかったが高貴とはいえ幼いドラゴンはまだまだ経験値が足りないのであった。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございますm(__)m
7/29まで継続しての投稿となりますので引き続きお付き合いください。
夏コミに新刊を出すということで投稿していますので続きに興味をもっていただければ幸いです。
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それではまた明日ノシ