迷いのパンドゥーラ
俺の名前は一ノ瀬梨。
駆け出しのMeTuberとして動画投稿をしていた。
東京郊外にある某市に来ていた。
ここにはある噂があった。それは入ったら一生出れない建物があるというものだ。
(これは脱出に成功したら再生回数も伸びて有名になるぞ!)
とにかく有名になってお金を稼ぎたかった俺はそのことで頭がいっぱいになった。
しかし、いくら探してもそれらしき建物を見つけることが出来ない。
それはそのはず掲示板には様々な情報を入り混じっていたからだ。
俺はMeTubeの生配信ライブをやっていたため、リスナーに聞いた。
「ここで有名な一度入ったら出れないと言われてる噂の場所ってどこなんだよ?」
そうするとあるリスナーがコメントした。
駅からある道順で歩かなければならないらしい。
「めんどくせー、これ駅にまた戻んなきゃじゃん!」
そう言いながら俺は足早に駅に戻り、リスナーの行った道順を辿った。
「本当にこっちで合ってんのか?」
不安を口にするが、リスナーからは合ってる!といったコメントや、行ってみたらいいんじゃね?といったコメントがあったため、俺は迷わずにその道順を進んでいった。
この時点で俺の高揚感は絶頂に達しており、後ろを横切る黒い影に気付かなかった。
しかし、どんどんと進む度に周りの光景に異変が出てきた。
建物の窓ガラスや壁、街灯等がいつもよりくすんでいるように見えた。また、空気がどんよりとしており、自分の足が誰かに掴まれているように足取りが重くなった。
ただ、不思議と怖さはなく、むしろその先に何があるのか気になる好奇心の方が強くなっていた。
「なんか、お化けが出てきそうな雰囲気してきたわー、やべぇー。」
「もう『もと来た道戻れないかもしれない』。」
「この理髪店、少し年季がある感じでチョーエモい!」
最初は疑心暗鬼になっていたため、口数が少なかったが、段々と景色がいつもと違うようになってからは本当にあるのかもしれないという思いからドンドン喋るようになっていた。
すると道路の真ん中に不自然に建てられた大きなキューブ型の箱をした建物が目の前に出てきた。
周囲を見渡しても窓一つなく、あるのは申し訳ない程度に備え付けられていたドアだけだった。
「この箱みたいな建物がそうなのかな?」
そう言うとどこからか透き通った女性の声がした。
「そうよ。」
「どこだ?どこから声かけてんだ?」
「早くお入りなさい。」
「なんだ?なんなんだよ?」
俺は先ほどの高揚感と打って変わって急激な恐怖に襲われた。
この箱の中に入ってはいけない。そう直観が働き俺は今来た道を全力疾走で走った。
MeTubeのリスナーはそんな様子を見て、「これやばくね?」や「速く逃げろ!」と言ったコメントが寄
せられる中1つだけ可笑しな文面が流れた。
「もう『戻れないよ』」と…
しかし、あまりにも多くの人がコメントしすぎており。、この言葉に気付いた人はだれ一人としていなかった。
俺は無我夢中で走った。走って走って、もう後ろにいないと思っていたらいつの間にか先程の建物の前に立っていた。
「何なんだよ!これは!」
そう大声で叫び何度も何度も同じことを繰り返した。しかし、5回程繰り返したところで諦めた。
「どうすれば…」
途方に暮れていると再びあの声が聴こえてきた。
「早く建物にお入りなさい。」
精も根も尽きた俺はその言葉に誘われるがままに建物の中へ入った。
そして、いつの間にか生放送を行っていたはずのスマホは電源が落ちたのかウンともスンとも言わなくなっていた。
建物からは女性が近づいてきた。
身体は宙に浮いており、ドレスはひらひらとさせながら俺の方にやってきた。怖かったが、足は全く動かなかった。
「やっと見つけた。」
彼女はその一言を告げ、俺の胸元から何かを抜き取った。
この後男は何もなかったかのように家へと帰っていった。
そう、一生出られないというのは噂で、実はその人の持つ大事なものと、それに関わった状況全てを忘れてしまう事だった。
男は元気に暮らしているが、MeTuberとしての活動を一切忘れており、一生出られない建物をさまよっているのではないかと今でも囁かれている。
リスナーとしてコメントをしていたのは彼女だったのかもしれない。
獲物を惹きつけるため策略をしたのだろうか。ただただ、人の心を集めている彼女には本当の心理が分からない。
そこのあなたに問おう。
もし、自分の何か大切な感情を奪われるとして、何を奪われたいのだろうか。
愛情か、強欲か、夢への執念か。
この女の人は一体人々からそれらの感情を奪って何をしたいのか。それは未だ謎に包まれる。