王太子に毒杯を運んで殺した公爵令嬢の愛し愛される幸せを求めた物語
「貴方の為に取り寄せた特別な紅茶です。お味は如何ですか?」
目の前の男の言葉に、ディアメシア・パレントス公爵令嬢は、形の良い眉を顰めた。
カイル王太子殿下。
このファレス王国の新たな王太子になった男である。
金の髪に青い瞳。王族らしく整った顔をしている。
前の王太子であったマルド王太子はつい先日、国王陛下の命で毒杯を賜り命を落とした。
ディアメシアの婚約者だったマルド王太子。彼は男爵令嬢と浮気をし、婚約破棄を突き付けたのだ。
それでなくても、酷い男だったマルド。
さんざん婚約者だったディアメシアを無視し、交流の場である茶会でもメイドとばかり話をし、プレゼントも変な葉を挟んだしおりみたいな物をよこしたり、馬鹿にしたような態度を取り続けた男にディアメシアはイラついていたのだ。
パレントス公爵家の祖母が、王家の先代の国王の兄に酷い目に遭わされて死にかけたという事件があったのも、公爵家の怒りに火をつけた。
兵を率いて王城を囲み、国王に婚約破棄の責任を問えば、マルド王太子を塔に閉じ込めて毒杯を与える。それで許して欲しいと、そしてマルド王太子は毒杯を与えられて命を落とした。
毒杯を運んだのはわたくし。
だって、許せなかったんですもの。
そう、だから、お茶会でよく出た花の香りのする紅茶に毒を入れて、一緒にお茶を致しましょうと……
あの男が幽閉されている塔の中に丸テーブルを持ち込んで、最後のお茶を飲みましょうと誘いましたの。
あの男は唖然としていたわ。だって毒杯は、それこそ盃に入れて、立会人の元、飲むのがこの王国のしきたりですから。
そしてあの男の命は終わったのだけれども。
何故、第二王子が?わたくしを呼んだのかしら。
いえ、今は王太子カイル殿下ね。
わたくしになんの用?それもこれみよがしに紅茶等出して。
わたくしに対する嫌味かしら。
勿論、護衛騎士6人を連れて、この場に臨んでいる。
当たり前でしょう。
王家は我が公爵家を恨んでいる。
いえ、我が公爵家だって王家を恨んでいる。
おばあ様が死にかけたんですもの。先代国王の兄君のせいで、冤罪をかぶせられて。
だから、我が公爵家の恨みは深いの。
わたくしがないがしろにマルド王太子殿下にされたのも、その恨みに輪をかけたわ。
王家だって、恨んでいるはず。
国王陛下はそれはもう、マルド様を可愛がっていた。
だから、我が公爵家を恨んでいるはず。
そして、弟君の現王太子カイル殿下も。
わたくしとは二つ年下のカイル王太子殿下。
そんな彼がにこやかにわたくしをお茶会に誘い、目の前の紅茶を飲むように、誘ってくる。
何故?わたくしに何の用?
カイル王太子殿下は、
「そう構えなくてもいい。君は婚約者が今はいない。そして、先々も現れることが無いだろう。毒杯を自ら与えた恐ろしい女性。ディアメシア。それが君への評価だ」
「そうとは限りませんわ。我がパレントス公爵家と結びつきたい公爵家は多いはず。いかに悪女であろうとも、わたくしと婚約を結びたい家はあるはずですわ」
「成程。政略か。それならば、私と婚約を結ぼうじゃないか。ディアメシア」
「貴方、馬鹿にしておりますの?何故、王家と結ばなくてはなりませんの?王家と我が公爵家の確執は後戻りできないところへ来ております」
「だからだ。更に確執は深くなる事は確実。それならば、君と私とで結婚をし、確執をなくす。そうする事によって我が王家は生き残る確率が上がる。そうではないのか?」
「それ程までに、我がパレントス公爵家を、王家は恐れておいでですのね?」
「勿論、4千の兵をもってして、王城を囲んだが、本気を出して徴兵をすれば2万の兵を持って囲むのはたやすいであろう。いや、公爵家の兵だけではない。派閥の兵を持ってすれば、もっと膨らむ。王家と親しい対抗派閥。その派閥の兵とぶつかれば王国をまっぷたつにする戦へと発展する。父上も戦を避けたかった。パレントス公爵だってそうだろう?だが、これ以上、両家の亀裂が深くなれば戦に発展する。そして、我が王家は滅びたくはないのだ。愚かな者達は皆処分する。だから私との結婚を考えて欲しい」
ディアメシアは手元の紅茶のカップを見つめながら、
「貴方様はマルド様と仲がよろしかったとお聞きします。わたくしが憎くて憎くてたまらないでしょう?」
「肉親の情より、私は王族だ。このファレス王国の国民の事を一番に考えなくてはならない。私は幼い時から大半を隣国のシュルツ帝国で過ごして来た。国内で争っている隙に、帝国に攻め込まれたらどうする?沢山の人が死ぬ。それが兄上の命一つで今の所はすんでいるんだ。だから、君とは政略で結婚したい。両家の確執をなくすためにも」
この方は本当にファレス王国の事を思っているのね。
でも……
紅茶を一口飲んで、ディアメシアはカイル王太子に向かって微笑んだ。
「人の心は、そう簡単に相手を許すように出来てはおりませんわ。貴方様は政略でわたくしと結婚したいとおっしゃった。わたくしも、我が公爵家と王家との確執を無くし、貴方様と結婚するのも一つの道ではないかと思いましたわ。このファレス王国の平和の為に。それでも、貴方は許せますの?例え離れて過ごしていたマルド様を、わたくしは毒杯で殺した。わたくしとの婚約破棄が原因で、毒杯を賜る事になったのですもの。何故、わたくしに紅茶を?マルド様に最後に飲ませた紅茶を?そう、この紅茶ですわ。この花の香りがするこの紅茶。貴方様はわたくしを許してはいないのね。にこやかなその仮面の下に憎しみを持っているんだわ」
カイル王太子は微笑んで、
「安心して欲しい。その紅茶に毒なんて入っていないよ。君を殺したら即、公爵家は兵を挙げるだろう。王家を滅ぼしたくない。そしてこのファレス王国を戦乱をもたらしたくない。だから、君と政略で結婚しようと持ちかけたのに。人とはなかなか難しいものだ」
「貴方様がこの紅茶をこの場で出さなければ、わたくしは頷いたかもしれませんわ。何故?この花の紅茶を?」
「兄上の事が好きだった。どうしようもない兄上だったけれども、私が帝国で人質のような生活を送っていた時、兄上は励ましの手紙を送ってくれていた。あのどうしようもない兄上がだぞ。甘やかされて、勉強嫌いで、女好きで、どうしようもない兄上。その兄上が何故か私を可愛がってくれていたんだ。本来なら邪魔者だろう?第二王子なんて、いなくなればいい。そう思うだろう?何故だろうな。なんで可愛がってくれたんだろう。そんな事をしない酷い兄上だったら、私は花の紅茶を出さなかった。出さなかったのに」
ディアメシアは立ち上がり、涙を流すカイル王太子殿下の傍に近づいて、その肩に手を添え、
「マルド様の最後は立派でしたわ。わたくしに謝罪をして、どうかファレス王国を、派閥を真っ二つに分けた戦乱だけは、避けて欲しいと願っておいででした。わたくしもこのファレス王国の平和を願っております。でも、わたくしが王家に嫁ぐ訳には参りません。わたくしはマルド様を殺した女です。ですから、我が一族の女性の誰かを王家に嫁ぐように致しましょう。王家と我がパレントス公爵家の確執は無くすべきです。そうですわね?カイル王太子殿下」
「有難う。ディアメシア。有難う」
そう、わたくしは悪女なのだから、この王国の王妃にふさわしくない。
ディアメシアが婚約した次の相手が、派閥の伯爵令息だった。誰も悪女として知られたディアメシアと結婚したいとは思わないだろう。
しかし、パレントス公爵家の令嬢と婚姻することは家に取っては利益になる。
政略でトレス・マルディウス伯爵令息と婚約することになったディアメシア。
初めて顔合わせをした時の茶会で、トレスは、
「私はトレス・マルディウスと申します。よろしく頼みます」
にこやかに挨拶をしてきた。
ディアメシアは優雅に微笑んで、
「よろしくお願いしますわ」
ディアメシアは思った。
政略だとしても、愛のない生活は嫌。かつてのマルド王太子殿下の婚約者だった時、さんざん嫌な思いをしたのだ。
愛のある生活を送りたい。例え政略でも、今度こそ、愛し愛される結婚をするのよ。
トレスは地味な黒髪の青年だ。そして、ディアメシアを大事にしてくれそうだった。
交流の茶会でも、
「ディアメシア嬢はどういう物が好みですか?」
「わたくしは花が好きですわ。赤い薔薇が好き」
「それならば、今度、プレゼントをしよう」
そう言ってくれて、沢山の赤い薔薇をプレゼントしてくれた。
今度こそ、幸せになれる。そう思っていたのに。
父が苦い顔をして、ディアメシアに言ってきた言葉。
「トレスに愛人がいるようだ。平民の女に入れあげている」
「嘘よっ!」
「お前の目で確かめるがいい。私の調査不足だった。いや、最近になって出来た愛人か?付き合いはまだ浅いみたいだが」
「わたくしの目で確かめます」
ディアメシアは自らの目で確かめる為、トレスが通い詰めている平民の女の家に護衛騎士達と共に向かった。
小さな家の扉をノックすれば、乱れた格好の派手な化粧の女が出てきて、
「あんた誰?」
「トレス・マルディウス伯爵令息がいるでしょう?」
「え?まぁいるけど」
中に入れば、裸でベッドで寝ていたトレスを発見した。
「トレス?貴方、どういう事かしら」
「えっ?ディアメシア様っ??」
「わたくしという者がありながら」
「いや、彼女とは遊びで」
女が不機嫌そうに、
「遊び?私の事を愛してるって言ったでしょう。だから、私だって貴方を愛してっ」
「お前は平民だろう?遊びに決まっているじゃないか」
「それは酷いわっ」
ディアメシアは怒りまくった。
「わたくしを馬鹿にした罪は重いわ」
トレスはベッドから降りてディアメシアに向かって叫んだ。
「だったら私を殺しますか?貴方は悪女だ。平然と元婚約者であった王太子を殺した悪女。私は本当は嫌だったんだ。だがマルディウス伯爵家の為に貴方様と婚約をした。あああっ。でも、お許しをっ。平民の女なんて本気じゃない。家の為に貴方にこれからも尽くしますから」
「本当は嫌だったんでしょう。安心して下さいませ。婚約は破棄させて頂きます」
「二度の婚約破棄。もう、貴方を貰ってくれる人はいませんよっ」
「結構だわ。わたくしは二度と、結婚したいとも思えません」
ディアメシアは護衛騎士達とその場を去った。
馬車に乗り込んで、涙が出てくる。
わたくしは愛し愛される人と幸せになりたかった。
このまま一生悪女のままで終わるんだわ。一人ぼっちで。
悲しかった。涙がこぼれる。
マルディウス伯爵家に、慰謝料を請求して婚約破棄をした。
トレスは廃籍されて、平民に落とされたようだ。
しかし、ディアメシアの心は晴れなかった。
そのディアメシアの心に追い打ちをかけるかのように、情報が入って来た。
「マルド様が生きているですって?」
「そうだ」
父であるパレントス公爵はディアメシアに向かって、
「国王陛下が用意した毒が仮死状態にする毒で、マルドは隣国のシュルツ帝国へ逃がされていた。マルドを旗印にして、シュルツ帝国が攻めてくる。国境に面している我が公爵領も至急、兵を集めている所だ。今度は、四千ではない。二万は集めなくてはならないだろう。他の貴族達にも援軍を頼まなくてはならない」
王家から使者が来た。
兄であるリュウドが、
「私が王都へ行きましょう」
ディアメシアも、
「わたくしもついていきますわ。お兄様」
あのカイル王太子が何を考えているのか。国王陛下は今回の不始末をどうするつもりなのか。
王都へ馬車で行き、王宮へ着いてみれば、
国王がリュウドとディアメシアの前で土下座した。
「私は息子が可愛かったのだ。誰が殺すことが出来ようか。だから、仮死状態になる薬で息子を生かした。隣国へ逃がした。まさか息子が帝国と共に攻めてくるとは思わなかったのだ。どうか許してくれっ」
カイル王太子は国王陛下の傍に立って、頭を下げ、
「この度の不始末。申し訳ない」
ディアメシアは冷たく言い放つ。
「我がパレントス公爵家を馬鹿にしておいでですか?マルド王太子殿下に毒杯を賜る。それが我が公爵家の怒りをなだめる約束だったはず。王家は滅ぼします。当たり前でしょう」
兄のリュウドに止められた。
「妹は過激で困る。今はシュルツ帝国をどうするか。私はシュルツ帝国の属国になるだなんて嫌です。滅ぼされて王国がなくなるのも嫌です。ここは全ての貴族達を集めて、一丸となって兵をもってシュルツ帝国の侵略から守るべきです。我が王国をっ」
反対派閥の王妃の弟のドレッセン公爵。国王の弟のブライトン大公。
前回、兵4千で王都へパレントス公爵家が乗り込んだ時には、国王の説得により静かにしていた。
しかし、ドレッセン公爵は、
「我が宿敵パレントス公爵家と力を合わせるくらいなら、帝国と話し合いをし、我が公爵家だけでも残して貰う」
ブライトン大公は、ドレッセン公爵に対して怒り出し、
「王家が滅びても良いのかっ」
「我が公爵家の方が大事だ。そもそも帝国に勝てるのかっ」
汚い言い争いを始めた。
リュウドが二人の間に割って入り、
「まずはシュルツ帝国をのける事が大事でしょう。ドレッセン公爵は裏切るおつもりか。我が王国を帝国に差し出すつもりか」
カイル王太子が、皆に向かって宣言する。
「皆、私達に力を貸して欲しい。帝国の軍と戦う。今はそれが大事ではないのか。叔父上。もし、帝国に我が王国を売り渡すというのなら、ここで私は叔父上を斬らねばならん」
剣を抜き、ドレッセン公爵へ近づくと、その首に剣を押し当てた。
ドレッセン公爵は真っ青になり、
「申し訳ございませんっ。私が間違っておりました」
「それならよい」
剣を収めればドレッセン公爵は腰を抜かした。
皆、唖然としながら、カイル王太子を見つめる。
カイル王太子は宣言した。
「今より、戦支度を始める。皆、兵を率いてパレントス公爵領へ集結しろ。必ずや帝国軍に我らは勝つ」
ディアメシアは唖然とした。
マルドが生きている事自体に驚いているというのに、とんでもない事になったわと。
王家は憎い。滅ぼしたい程に。
それでも、なんて自分の視界は狭いのだろう。
愛されなかったから、裏切られたから、公爵家のプライドをへし折られたから、マルドへ毒杯を運んで、自ら彼が死ぬのを見届けた。
彼は死んでいなかったようだけれども。
今は王家を滅ぼすどころの話ではない。
シュルツ帝国との戦を勝たなければ、ファレス王国は滅亡するのだ。
我がパレントス公爵家も無くなるのだ。
帝国軍を迎え撃つ為、全王国軍20万が帝国との国境、パレントス公爵領へ終結した。
国王の代わりに、カイル王太子が全軍の大将である。
パレントス公爵領へ着いて、カイル王太子は国境へ向かい、布陣した中で、ディアメシアが呼ばれた。
ディアメシアも出陣軍の中に加わっていたのだ。
マルドの顔を見て、彼を殺さなくては、それはディアメシアの悲願。
でも、それよりも優先されるのは帝国軍に勝つこと。解ってはいるのだけれども。
カイル王太子の幕に護衛達と共に向かう。
「ディアメシアでございます」
「待っていたぞ。ディアメシア」
幕の中へ入れば、奥の椅子に臣下と共にカイル王太子が軍服で座っていた。
「兄上が生きていたとは、まことに申し訳ない」
「いえ、花の紅茶へ入れた王家の毒が偽物だったわけですわね。今はただ、帝国軍に勝って、彼らを追い払う事」
「そうだな。私としては複雑だ。王国を裏切るなんて。兄上が……」
「しっかりして下さいませ。兄上兄上兄上。わたくしだってマルド様の事は気になります。それでも、貴方様がしっかりして下さらないと、まずは帝国に勝つ事でしょう。マルド様の事は二の次です。勿論、出会いましたら容赦は致しませんが」
「有難う。ディアメシア。私がしっかりしないといけないな。目が覚めた。必ずや帝国軍に勝って王国を守らなくては」
そして、二日後、帝国軍25万と、王国軍20万が激突した。
戦況は互いに互角で。王国軍は良く戦った。
特にゴレス・ガレイオン将軍。パレントス公爵家の軍事を担っている将軍が、大活躍した。
騎馬で戦場を駆け巡り、何人もの名のある将兵の首を挙げたのだ。
本陣にカイル王太子と共にいたディアメシア。
いきなり本陣の横から責め立ててくる敵軍がいて、そこにマルド元王太子の姿を見た。
マルドは馬に乗り、こちらに向かって叫んでいた。
「私を見捨てた王国なんて滅ぼしてやるっ。ディアメシア。覚悟しろっ」
ディアメシアを守って、護衛騎士達が兵を相手に奮戦する。
カイル王太子はディアメシアの前に出て、マルドに向かって叫んだ。
「兄上っ。愚かな事はやめて下さい。どうか、王国を裏切る事だけはっ」
「お前なんて死ねばいい。私の後に王太子になってなりやがって。殺してやるっ」
ディアメシアは叫んだ。
「貴方なんてっ。最低だわっ。この王国の為に、滅びるがいいわっ」
助けに来てくれたガレイオン将軍の投げた槍に、マルドは胸を貫かれて、落馬した。
他の馬に踏まれて、兵たちが入り乱れて、マルドの姿は見えなくなった。
本陣に騎兵たちが駆けつけて、本陣に迫った兵達を次々と倒し、カイル王太子もディアメシアも無事だった。
そして、帝国軍は多数の負傷者や死者を抱えて撤退した。
何とかパレントス公爵領を、ファレス王国を守り切ったのだ。
こちらの被害も甚大で、まだまだ油断できないので、兵はそのまま駐留させた。
そしてシュルツ帝国から和平の使者が来て、この戦いは終わったのであった。
マルドが生きていた。
パレントス公爵家は王家をどうするのか。
パレントス公爵領は戦の場となった為に、領内が荒れた。
その立て直しが大変でパレントス公爵と息子のリュウドはその後始末に奔走している。
ディアメシアは諦めた。
マルドは死に、見事、カイル王太子は王国を守ったのだ。
今更、王家に罪を問うてどうする?
ただ、国王陛下は自ら退位し、カイル王太子が国王になった。
カイル国王はディアメシアに、
「まだまだこの王国は大変だ。どうか君に王妃になって欲しい」
「わたくしは悪女ですわ。お断りしたはずです。我が公爵家の一族の女性を代わりにと」
「それでも、私は君になって欲しいのだ。この混乱した王国を共に導いてくれるのは君しかいない。他の女性では頼りないのだ」
カイル国王は、ディアメシアを王妃に迎える事によって、我が公爵家との確執をなくしたいのだろう。結局、マルドを殺した悪女と言われたが、マルドは生きていて帝国から我が王国を滅ぼそうとしたわけだし。
「解りましたわ。こんな悪女ですけれども、頑張らせて頂きます」
カイル国王とは政略である。
愛し愛される結婚をしたかったけれども、結局、わたくしはそのような生き方は出来ないのね。
シュルツ帝国とは和平をしたけれども、後に再びファレス王国を攻めてきた。
それをカイル国王は勇ましく自ら指揮を執り、再び跳ねのけた。
政治にも優秀な手腕を示し、その陰には悪女と言われた女、王妃となってからは、国王を支える有能なやり手と言われたディアメシアが、国王を助けたと言われている。
ファレス王国は、カイル国王の次代で、シュルツ帝国の猛攻に敗れて王国は帝国領になった。
ディアメシアには子が出来ず、処刑されたのは側妃の子だったが、それでもその子の冥福を祈った。
彼女はひっそりと、帝国領になっても残されたパレントス公爵領の小さな屋敷で余生を過ごした。
それなりに、カイル国王とは愛し愛される生活を送ったのか……時折、遠い日々を懐かしむように、壁にかけられたカイル国王の絵姿を眺めて過ごしていたと言われている。