エゴン・シーレの絵画返却
4日前、ニューヨークマンハッタンの検事が、あるユダヤ人の子孫に7作のエゴン・シーレの絵画を返却したという発表をした。
その総額は$9.5ミリオン。
すごい。
エゴン・シーレ(1890-1918)はオーストリア人の画家。この人がどんな画家かというと、最初っから、自分のスタイルを持っていた人。若くしてスペイン風邪で死んでしまった人。悪くて、エロくて、天才。とても真似できない。クリムトがその才能を見て弟子にしたが、クリムトから習うというより、クリムトに与えたもののほうが大きいように見える。
そのエゴン・シーレの絵をオーストリアに住んでいたユダヤ人、フリッツ・グリューンバウム氏(キャバレーで活躍していた)は50 作ほど所有していた。第二次世界大戦前のことだ。
しかし、グリュームバウム氏はナチスに逮捕され、ドイツの収容所で殺された。ヒットラーはシーレの作品を廃退絵画として嫌っていたから、焼滅される運命なはずだったが、関係者が没収したり、安く買った後、外国に売っていた、そういう例はいくつもある。
80年という月日が流れた後、そのうちの7作が戻ったというのである。
そのうちの1枚は「靴をはく女」はニューヨーク現代美術館(MoMA)にあり、私も見たことがある。
ところで、グリューンバウム氏の子孫が裁判に訴えたのが、去年の12月。9カ 月で返却されたなんて、その速さには驚き。
こんなに早くことが進むなんて、普通はない話だ。
私はこういう盗難画とか没収画についてはとても興味があり、昔はよくブログに書いていた。それで、昔取った杵柄ではないけれど、返却されるまでの過程を、自分なりに考えてみた。
きっかけはあの事件だろう。
2018年、ヨーロッパにいるグリューンバウム氏の子孫が、ロンドンの大手画廊を相手に、エゴン・シーレの2枚の水彩画の返却を求めて裁判を起こした。
ひとつは「黒いエプロン」、もう1枚は「顔を隠して隠れる女性」。私は新聞で見ただけだが、後者の絵はとてもおもしろいと思った。
そのロンドンの画側の弁護士は、これらの水彩画はグリューンバウム氏の死後は妻のものに、その妻の死後はその妹もものになり、妹が正式に売った。その絵は、画廊がスイスのオークションで、法的な手続きをしっかりと踏んで買ったと主張した。
一方、子孫側の弁護士は、売り手に圧力がかかり、無理に、格安の値段で、売却させられたと主張。その結果、裁判所は子孫側の主張を認め、絵の返却を命令したのだった。絵の額、$5ミリオン。
この裁判の結果は画期的だった。この画廊は芸術品の買い方には気をつけており、これは大丈夫なケースだと信じていて、勝てると信じられる証拠もあった。それでも、負けた。
それを知ったアメリカに住む子孫が、自分たちにも権利があると気づき、絵の捜索を始めたのだろう。そしてアメリカには7作あることを突き止め、裁判にもっていったとのだと思われる。
他にも、ナチスに没収された絵が返却された例は少なくない。
返された作品は、たいていはそのまますぐに売却される。弁護士費用もかかっていることだし、保険金が高いから、家にはおいてはおけない。税金の支払いもある。
今回返却されたあのMoMAにあった1枚は、たぶんMoMAに買い戻されて、いつもの場所に戻ると思うのだけれど、どうだろうか。税金の控除のために、寄付というのはどうだろうか、と私は思う。
しかし、このグリーンバウム氏が所有していた絵は、他にも500作品はあったと言われるから、これからも、こういう返却要求の裁判は続いていくのだろう。