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   後宮の花結師たち_05

 開花省の殿舎こそ、公的機関たる外廷と癒花を重要視する内廷こと後宮の境そのものと言ってもいいだろう。


「それに開花省の一部は後宮と繋がってるし。角星が特別な立場とは言え、男性が堂々と入るのもよくないでしょ? 少し見てくるだけ」


 草苺(ツァオメイ)は気軽に扉へと手を掛けて「なにかあれば」

 その手を角星に掴まれる。


「なにかあれば、すぐに呼べよ」

「? うん」


 妙に真剣な眼の角星に草苺は内心で首を捻るも大人しく頷いた。

 手は離してくれたが、彼はどことなく落ち着きがなくなる。


「行ってくるね」


 腕を組む角星を横目に、草苺は開花省へと身を浸した。そこは小さくも婉麗な吹き抜けの中庭で、四方のうち三方を格子壁に囲われている。


「……あっ、これがそのままなのは失礼だよね」


 蝶が舞う中庭へと進む前に、草苺は花断鋏(はなたちばさみ)を帯から外す。

 教本は修練場にいた猫妖に預けたが、花断鋏は身に付けたままだった。


 貴妃の花結いを皇帝から願われているのは内々の話。国の定めた花試に合格していない下級女官が花断鋏を吊るしているなど、正規の花結師からしたら気持ちの良いことではない。

 花断鋏を懐へとしまうと、草苺は声の出所を探る。


「あっちかな?」


 喧々とした人声は格子壁にあいた円形の洞門から溢れていた。小走りに中庭を横切り、洞門から室を覗き込んだ。


 朗笑が、響き渡る。


 至る所に花が飾られた室には、五人の女が――花結師たちがいた。

 添え花によって派手さを増した癒花。下級妃嬪よりもずっと良い身なり。濃い化粧の花結師たちは、それぞれが甲高い笑い声を紅をたっぷりと塗りたくった唇から響かせている。


「…………」


 不快感に襲われて、草苺は片眉を顰める。

 草苺はこの嫌な嗤い方をよく知っていた。


 雑草むしりの日々でよく聞いていた、よく投げ付けられていた嗤い方。

 悪意のこもった嘲笑。


 嫌悪感から踵を返したくなったが、草苺は彼女たちの隙間からあるものを見てしまい、逆に大股に前へと踏み出してしまった。


「どうしたんですか⁉︎」


 草苺の動揺を隠せない声に花結師たちが一瞬肩をびくつかせた。

 上等な衣を見て妃嬪が現れたと思ったのか、一斉に強張った視線が降り掛かってくるが、彼女らは草苺の雑草頭を目にすると緊張を解し、露骨に態度を一変させた。


 草苺はそんな花結師たちの間を縫い、倒れていた女性に近付いた。

 派手な花結師が囲んでいたのはまた別の、三人の花結師。意識はあるものの、三人は青い顔に大粒の脂汗を浮かせて、ぐったりと床にへたり込んでいる。


「大丈夫ですか? いったいなにが……」


 草苺は呻く一人の花結師の肩を支える。

 毒蟲(タンシ)にやられたのかと気を張ったが、これはそうではない。


「なんて癒花(ジユファ)の数……」


 彼女の癒花にはざっと見ても五種類以上の花が添えられていた。他の二人も同様で。


 ――添え花が多くて華氣が乱れてるんだ!


 草苺は、すぐに状態を察する。


 添え花とは癒花が痛んだり、弱っていたりする際に行う処置だ。健康な癒花に過剰な添え花をすれば、大量の華氣(フアリ)に当てられて逆に体調を崩す。


「この方たち、添え花のし過ぎで体調を崩していますよね? この方たちの剪定を……」


 このままでは他者の癒花の力に負けて、本人の癒花まで傷んでしまう。早く剪定をするべきだと伝えようとして、奇妙な引っ掛かりを覚える。

 ここにいる者は皆、花試(かし)に合格し開花省に属した後宮の花結師たちだ。

 草苺に助言されずとも、過剰な添え花の危険性は知っているはず。


「いいのよ。自業自得だもの」


 他の花結師と違い、頬に靨鈿(ようでん)をあしらった花結師が前に出てくる。

 草苺の乱入に困惑気味だった他の四人が途端に強気になり、首を縦に振って同意した。

 どうやらこの花結師が事の中心人物らしい。


「自業自得? どういうことでしょうか?」

「関係ないでしょう。どこの誰か知らないけど、突然入ってきてなんの……えっ、嘘!」


 きつい口調の花結師の視線が草苺の癒花へと移る。彼女は口を押さえて、噴飯した。


「その癒花! 知ってるわ! 雑草むしりしかできない雑草頭の女官! 無駄に身なりだけはいいから誰かと思ったら……やだあ! これじゃあ本当に雑草(ザーツァオ)娘娘(ニャンニャン)じゃない!」


 靨鈿の花結師の嗤笑に合わせ、周りの花結師も口角を持ち上げて肩を揺らす。

 雑草娘娘の名は、花結師にまで広まっていた。


「いいわ、雑草娘娘。教えてさしあげる」


 草苺を露骨に見下し蔑む花結師は、意地悪く口端を歪めた。


「いま後宮には癒花を傷付けるこわーい呪術が蔓延してるわ。こいつら、花結師のくせに呪術を恐れて自分で添え花をしたのよ。添え花をすると呪術から逃れられるって噂を聞いてね。それでこのざま。変な噂に踊らされて、笑っちゃうわ」


 ああでも……と、嫌な微笑みのまま、彼女は草苺の顔を覗き込む。


「癒花を傷付ける呪術は実際にあるのよ。気を付けてね?」


 草苺を怯えさせようとしているのか、彼女は怖い話を語るふうに声音を変えた。

 周りの花結師たちが悪意に便乗して「雑草なのに?」「気を付けるところどこ?」と楽しげに囁き合う。すると、靨鈿の花結師も「そうよねえ!」と草苺をあざけた。

 花結師ゆえに毒蟲の存在は認知している様子だが、草苺の癒花については知らないようだ。


 騒ぎを聞きつけた他の花結師たちが、室の外にちらちらと集まり始める。

 このままではどうしようもない、と草苺は外の花結師に倒れている人たちの剪定を頼もうとして――――声を出せずに、終わった。


 外から聞こえてきたのは仲間の心配ではなく歓喜。

 競争相手が減った、と喜ぶ囁き声。


「これで薔華(ソウカ)貴妃の花結いをするのはきっと私ね」


 靨鈿の花結師が妙に通る、強い声で言い放った。

 それは草苺ではなく外にいる花結師たちに向けての牽制。彼女は高圧的に腕を組み、外にいる花結師たちを睨んだ。

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