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   治癒の癒花_10

毒蟲(タンシ)はねえ。呪術なんだあ」


 呑気な口調で、恐ろしい事実を煙混じりに吐き出された。


「毒蟲は癒花(ジユファ)を喰らう卑しい禁呪。呪の塊。触れるだけでも呪いを受け、寄生されれば、たとえ毒蟲を散らしたとしても瘴気で傷んだ癒花は二度と治らない。毒蟲に穢された癒花は、誰の血を与えても、どんな癒花を添えても、最高位の花結師がどれだけ手を尽くしても、どうにもならなかったんだよ。そうだよねえ、黄紗(キィシャ)?」

「はい。どれだけ手を尽くしても、辛うじて癒花から漏れ出る華氣(フアリ)を抑えられるだけでした。傷んだ癒花そのものは、治せません」


 草苺(ツァオメイ)は咄嗟に黄紗の金百合(バイホ)を見やる。

 蛇苺が添えられた金百合は、凛と咲き誇っていた。


「先日、毒蟲に穢された癒花が初めて回復したよ。紫陽花(バーシエンフア)の癒花だ。覚えがあるよねえ?」

「は、はい……」

「いま花結いをしてもらった黄紗の金百合も……。治り始めているねえ?」

「……そう、見えます」


 震えそうになる唇で、草苺は目に映るままに答えた。


「ねえ、黄紗。君自身は、小苺の癒花をどう感じる?」

「間違いございません。私めが身をもって経験し、確信いたしました」


 皆の視線が一斉に草苺へと、正確には草苺の頭の癒花――――蛇苺の癒花へと注がれる。


「彼女の癒花には、毒蟲に穢された癒花を治す力がございます」


 静かな声で、しかし強い確証をもって黄紗は告げた。


「しかも、君は毒蟲に直接触れたのになんともない」


 白匣(ハクコウ)の隠された視線が草苺の右手へと落ちる。

 草苺はつい右手を左手で覆い隠した。


「どうやら君の癒花には、他の癒花にはない特別な治癒能力があるようだ」

「わ、たしは……」


 両手を握り締めて、声を絞り出す。


「わたしの癒花に、そんな力があるとは信じられません……」


 こんな、雑草の癒花に……。


「けど、事実だよお」


 草苺の消え入りそうなか細い呟きすら、白匣は聞き逃さない。


「後宮にはいま毒蟲が蔓延している。薔華(ソウカ)貴妃が伏せているのは知っているね? あの子も、毒蟲によって癒花を穢され、寝込んでいる。あの子は()にとって特別だ。必ず、助けたい。そのためならなんにでも縋ろう。そう、なんにでもね」


 なんにでも――――

 つまり、雑草にでも。


「蛇苺の草苺。君には薔華貴妃の花結いをしてもらいたい」


 己の薔薇を助けるために、賢帝は雑草にすら縋った。

 皇帝の切実さに、皇帝の真剣さに、雑草娘娘は眩暈を覚えた。


「わたしの花結いは独学です。真似事のようなもの。そんなわたしが、貴妃の花結いなど……」

「それについては問題ありません」


 黄紗が毅然と草苺の言い訳を断ち切る。


「些か気になるところはありますが、それはこれから学べばいいこと。むしろ、独学でここまでできることに驚きます。花結師として、十二分に通じる腕前でしょう」

開花省(かいかしょう)長官たる黄紗が言うなら間違いないねえ」

「開花省? ……まさか! 開花省長官――(キン)黄紗花結長⁉︎」


 草苺は驚愕した。

 見覚えがあると思っていたが、あって当たり前だ。


「史上最年少で花試(かし)に首席合格し、いまは花結師の属する開花省を束ねる……あの……」

「ええ。私を知っていたのですね」


 黄紗は懐から花断鋏を取り出すと帯に吊るした。

 花結師は、佩玉(はいぎょく)の代わりに花断鋏を大帯にかける慣わしだ。


「知っていて当たり前です! お亡くなりになられた蒼薇(ソウビ)皇太后の花結いもご経験されたという、花結師の憧れたる花結長(はなゆいちょう)ですから!」

「当時の私はただの補佐です。皇太后の花結いは、当時の花結長がなさっておりましたよ」

「そ、そそそれでもです! えっ? つまり、まさか……! わ、わたしは、わたしは金花結長の花結いをさせていただいて……っ!」


 花結師を目指す者なら誰もが憧れる彼女の花結いをした事実に、草苺は頬を桜色に染めた。

 感情が入り乱れて体温が上がり、火照った頬を両手で押さえる。

 白匣が「蛇苺になったねえ」とくつくつと喉奥で笑う。いつの間にかマカロンを頬張っている角星には「落ち着け」と突っ込まれた。


「あれ? でも……」


 草苺は先程行った花結いで黄紗の反応が鈍かったことを思い出す。


 ――さっきのあの感じ、よくない雰囲気だったんじゃ……⁉︎


 今度は血の気が引いた。

 腕前は認めてもらえたが、花結いの型を認めてもらえたかどうかは別だ。花結長に直接「花結いの型はどうですか?」と気軽に聞くわけにもいかず、けれども気になってしまって、はわはわと目を回す。

 一人で慌てふためく草苺の心情を察した黄紗が穏やかに唇を開いた。


「私は、いつもこの花結いの型です」


 黄紗が束ねられた髪を手の甲でさらりと撫でる。


「この結い方が、私の癒花が一等美しく魅せられると自負しておりますもの」

「そうだねえ。余もその花結い姿の黄紗が一番美しいと思うよお」

「それに、なにより。彼女は癒花が傷んだ相手を自然と労ることができます。癒花そのものにも敬意を持って触れているのが手付きから感じられました。それは、技術以上に花結師にもっとも必要とされることです」

「あっ、ありがとうございます! わたしには、勿体無いお言葉です……!」


 憧れの相手から賛美され、気恥ずかしさと嬉しさの板挟みにあう。


「貴女なら、貴妃の花結いも任せられるでしょう」


 後宮の花結師よりも……。

 と、黄紗は複雑な面持ちで長い睫毛を伏せた。

 どこか仄暗くなった彼女の言葉に、草苺は現実へと引き戻される。


「最初に角星から報告が上がった時、君の血と癒花、どちらにその力があるか分からなくてねえ。こうして実践してもらったんだよ。癒花のほうでよかったあ! 苺みたいに小さな君じゃあ、血だったらすーぐに干からびちゃうよお」

「おい。わざと怖がらせるな」


 笑顔で不穏なことを口走る白匣をすかさず角星が咎めた。


「君の癒花を、毒蟲に穢された余の花たちを取り戻すために使わせてもらいたい。しばらく、そばに置かせてもらうよ。監視に、おっと……。護衛には、角星をつけよう」

 わざとらしい白匣の言い直しに角星が苛立った。耳飾りを強く弾いた音が聞こえる。

「ただ綺麗に咲くだけのおしゃべりなお花も可愛いけれど、余は価値のある雑草も愛しいよお。しかも毒蟲を食える蛇の景物(おまけ)付きだなんてえ。運がいい」


 白匣が音もなく立ち上がった。


「気持ちの整理も必要だろう? 返答はあとで構わない」

 嬉々と吊り上がった己の口元を、彼は指甲套でゆったりとなぞる。


「期待しているよお」


 にはっ、と。

 白匣は猫を思わせる尖った添歯(そいば)を見せて、笑った。

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