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短編

方法なんていくらでもある

作者: 猫宮蒼



 はーもうやってらんねこいつら殺そ。


 そう思ってからの行動は早かった。


 といっても、何も包丁だとかナイフ片手に殺害対象に接近なんてするはずがない。下手をすれば返り討ちだ。

 だからこそ、決して反撃されずに相手を死に至らしめる方法をとる事にしたのだ。



 私アマンダ! 前世では割とどこにでもいる平凡な主婦でした。

 えぇ、平凡すぎてたいして語るべき部分なんてありません。

 夫の稼ぎだけでは生活が大変なのでパートで支え、更に夫の母の介護をしているうちに旦那には浮気され慰謝料ぶんどって離婚した後はそれなりに職にもありつけたし生活も夫がいなくなった方がむしろ裕福だったくらいです。その後はそれなりに生きて、ある程度の年齢で倒れたあたりで病院に行ったら病気が発覚してその後はあれよあれよといううちに死んだわけですが。


 ね? 面白味のない人生でしょう?


 さて、新たな人生はアマンダという名でもって生まれたわけですが。


 あらこれが異世界転生ってやつね、と自覚したのは今世の父が母が死んだ直後に再婚して後妻とその娘を家に引き入れた時でした。

 前世はちょっと田舎の方で暮らしてたから娯楽があまりなくてねぇ……スマホが手放せなかったものよ……電子書籍とかであれこれ本も読みたかったけど、それよりは無料の投稿サイトの作品を読む事が多かったかしら。何せお金がなかったもので。図書館は遠くて頻繁に行ける感じじゃなかったし。

 えぇ、夫が浮気相手に貢いでこっちに金を渡さなかったってのも原因だったけど!


 ともあれ、今世の私が生まれた家はネットで読んだ小説の、ファンタジーにありがちな中世ヨーロッパテイストな、それでいてどこか現代日本の面影が垣間見える世界だった。

 自分の家は貴族だけれど、男爵だからそこまで珍しいものでもない。それに生活はどちらかといえば平民寄りだった。


 まぁ、今の私はともかく中身が中身なので、お嬢様然とした行動を取れるかっていうと……いえ、猫被るのは得意だけれど。やれっていうならできるけど。


 ともあれ、後妻とその娘。私にとっては義理の妹。

 ちなみに父の浮気相手とかではなかった。けれども初対面からあまり良い印象はなかった。


 後妻は露骨にこっちを見ていやーな顔するし、娘の方はそうでもないけど、その母親に育てられてきたせいか、なんていうかちょっとした部分で「あ、こいつ性格悪いな」っていうのがにじみ出ている。

 仲良く……なれそうにないなぁ、と思ったのは仕方がないのかもしれない。

 それでもこっちのが中身は大人だから歩み寄りの努力はした。

 無駄だったけど。


 もうね、私の名前アマンダだけど実はシンデレラって言われても信じたよ!?

 シンデレラの場合は義理の姉だったっけ?

 あっちは二人いたんだったっけしかも。そう考えるとこっちは妹一人……あ、いや、一人だろうと面倒なのは面倒だわ。というか義母が本気で私とそりが合わない。

 というか多分だけどこの義母他に友人とかいないんじゃないかしら。なんていうか女に嫌われる典型的な女って言えばおわかりになるだろうか?


 父はどうやら女を見る目がなかったのではないかしら。今世の私の母親はさておき。というか母とは親が決めた婚約者だったんだっけ? じゃあ父の見る目どうこうで決まったわけじゃないからやっぱ父の女を見る目は悪かったんだろうなぁ。いや前世の事を思い出すと私もあまり人の事は言えないんだけども。



 とりあえず父が仕事で家を空けている時、使用人も二人くらいしかいなかった我が家を義母はそりゃもう我が世の春とばかりに謳歌した。私を虐げ、それを見た義妹も私を虐げていい存在だと認識し、使用人は最初助けてくれようとしていたけれど、帰ってきた父に義母が何かを吹き込んだ結果使用人は解雇された。

 そしてその後の家事は全部私に回ってきた。


 当時の私の年齢まだ七歳だったんですけど!? 中身がおばちゃんだからまだしも普通の七歳児、それもロクに家事も教わってない相手に何を期待しているんですかねぇ!? 仕事ができるとでも思ってる? 教えられてないのにできるわけがないでしょうが、普通であれば。私に前世の記憶があったからどうにかなったけど。


 ともあれ七つの時からそれはもう一体どこの昼ドラだとばかりに虐められた。あからさまな暴力はなかったけれど、精神的にねちねちねちねち……っていうか、嫁いびりか。異世界でもやり方は似たり寄ったりなのね。

 どこかで嫁いびりのための教科書でもあるのかしら? それともそういうタイプの人間が考えるのは大体同じって事なのかしら?

 どっちにしても嫁と姑ではなく私と義母の関係はあくまでも、父の再婚相手でしかない。


 あからさまな暴力でもやってくれれば父に訴えようもあったというのに、そういう目に見えてわかりやすい事はしてこないんだから無駄に知恵の回る……


 いやでも最初は多少なりとも様子を見ていたの。でも、

「あ、これ駄目だわ」

 って見切りつけちゃったらさ、あとはもうどうにかしないと私ずっとこのままじゃない。

 今はまだいいよ。家事程度で済んでる。

 でももうちょっと大きくなってからできる事が増えたらそれこそこの女、私の事を家出したとか装って娼館に売り飛ばしでもするんじゃないかと思ってるわ。やりそう。偏見って言われてもやりそう。もう私もこの時点で義母の事は目の前でいきなり首落ちて死んでも平然とスルー出来る程度には嫌ってるから、悪意に満ちた感想しかでないのも仕方がない。


 義妹は母が生きてた頃に私に贈ってくれたプレゼントとか勝手に持ってく手癖の悪さを発揮してるし、こりゃあもう矯正不可じゃないですかね?

 父にも一応ね、それとなく言ってはみたけどあいつらの味方したので敵です。

 やっぱあからさまな物証がなかったからダメだったかー。それでも実の娘の言葉くらい信じて欲しかったんだけどなぁ……



 まぁこのままずっと虐げられてるつもりもないので、よしこいつら殺そう、と決めたわけです。

 といっても、包丁だとかで刺し殺したとして、犯人がすぐにわかるだろうし下手すれば私が返り討ちにあってしまう。こいつらが死ぬことに関して何とも思わないけれど、でもこいつらのせいで私の人生今後人殺しとして後ろ指差されるつもりはない。

 というか、そんな事したら私も罰を受けるから流石にそれはちょっと……


 というわけで、時間がかかるのは仕方ないけど確実に死んでもらうための作戦を実行する事にしました。


 これは私に前世の記憶があって、尚且つ料理などの家事も押し付けられていたからこそできる技。


 やり方はとても簡単。

 料理の味付けをとりあえずじわじわと濃くします。

 塩とか脂分とか多めに。


 義母はまだ若いし、義妹は言わずもがな。

 若いうちって濃い味付け好きだよね。薄味が好きって言う人もいるけど義母と義妹は味付けの濃いやつがお好みだった。なんて都合がいい。


 味付けが濃かろうが薄かろうがどのみちこの人たち文句言いつつぺろっと食べるんだけどね。

 普通の料理した事のないお子様の作ったものならどうなったかわからないけど、前世の私の趣味は料理だ。その料理を使ってこいつらを殺すというのもどうなんだとは思うけど、私の武器はこれしかない。


 料理に毒を入れて殺すとなると食材を無駄にする行為なのであれだけど、なんだかんだぺろっと残さず食べた結果死に近づいてるんだから、まぁ自業自得ってやつよねきっと!


 私の料理は別に作ってある。勿論こっちは薄味。

 一緒にテーブル囲んでご飯を食べる事もないから気付かれたりしないと思う。


 そうして私は毎日毎日せっせと手間をかけて美味しい料理を提供していったのです。



 女性って男性と比べると筋肉ができにくくて脂肪を溜めやすいじゃないですか。そしてある程度の年齢になると体力も落ちてくるんですよ。私も前世で覚えがあるわぁ……買い物行って帰ってきただけでぐったりしたもの。まぁそれは買った物の中に米とか味噌とかみりんとかめんつゆとか大きいサイズの調味料があったからってのもあるけど。荷物が大体五キロ超えた状態で徒歩で移動してるとね、そりゃあもうガッツリ体力消耗するんだわ……若い頃ならそうでもなかったはずなのに、と実感する体力の衰え。


 この義母はこの家でできる範囲とはいえ前の暮らしより確実に贅沢してるので、重たい物なんて持ち運んだりしてないし、ロクに動いてないから体力だって前世の私より下手したらないだろう。


 効果はすぐ、とはいかなかったけれど、それでも半年もすればでてきた。

 全体的にふっくらしてきた。というか、顎が二重になっている。

 義母は自分が太ったという自覚を薄々ながらでも感じていたようだ。そうだよね、鏡見たら自分の顔っていうか顎の下にもう一段顎あるもんね……

 顎の下の肉って落とそうと思っても中々落ちないのよね……


 胸とかは割とすとーんと落ちるけどその下の腹の贅肉も落ちないのよね……落ちてほしいところからは落ちないくせに、落ちてほしくないところから落ちていくのよ理不尽ねうふふ。


 我が家は男爵家だから、あまり上位貴族と関わる事はないけれどそれでも茶会や夜会に誘われる事もある。

 そこで今までは自分が主役よとばかりに参加していた義母は、しかし今の姿を果たして晒せるだろうか。


 確かにね、再婚相手で新しいお母さんだとか言われて紹介された時は見た目はそれなりに良かった。それなりに。でも、じわじわと太った事でその魅力も半減している。

 デブが皆ブサイクだとは言わないわ。

 前世でもふっくらした友人はいたけど、彼女は常ににこにこして一緒にいて凄く楽しかったもの。痩せたら美人になるとか言われてたけど、別にそのままでも内面がとても魅力的だったもの。

 でも義母は正直うわブッサ……って思っちゃうのよね。この違いは何かしら。好感度? 人間性? 人徳? 人望? あぁじゃあもう駄目ね。


 一応ダイエットを始めようとしたらしいけど、まぁ無理だったわよね。


 そもそもダイエットって言葉が駄目っぽくない?

 プロボクサーの減量とかは意地でも成功させないといけない……! みたいな鬼気迫る感じするけど、ダイエットって何か失敗前提というかリバウンド確定の響きがするわ……!!


 義母はまだこの時点で若かったけれど、それでも体力が落ちつつあるお年頃。

 それがちょっと運動したくらいで減るかしら?


 若いうちはちょっと運動すれば代謝がいいから減るけど、年取ってくると同じだけ動いても全然減らないどころか動いた分だけお腹空いてご飯が美味しくなるから太るのよね……前世の経験談よ。

 若いうちは一日一万歩も歩かなくてもそこそこ体重が減ったけど、年取ってからは一万歩以上歩いても疲れるだけで全然痩せないのよね……筋肉が足りなかったのかしら。

 やはりまず筋肉を味方につけるべきね……だって筋肉は裏切らないもの。


 けれど義母に筋肉はなさそうなので、部屋でヨガっぽい事してるっぽいけど正直効果はあんまりない。

 じわーっとストレッチみたいな事もしてるっぽいけど、身体がポカポカしてきて効果がありそう、って感じのところでやめてるみたいだから正直痩せると思えない。

 汗かくまではやってないみたいなのよ。それで痩せるとお思いか?


 摂取カロリーより消費カロリーが明らか少ないので痩せるはずがない。

 そりゃあね? 昨日より五百グラム痩せた、とかはあるみたいだけど、その後ご飯食べたら普通に戻りますから。


 こってりと味付けしたお肉。

 サラダにもドレッシングをたっぷりと。

 スープも味をやや濃い目に。えぇ、塩分がたっぷりですよ。


 魚はあまり好きじゃないらしく食べないので、本当に太らせるだけなら楽だったわ。

 デザートも作ればそれもぺろっと平らげるのだもの。

 食べておいて文句言うのはどうかと思うけど。

 美味しくないなら食べなきゃいいのに残さず食べてるから太るのよ。

 しかも少しずつ少しずつ一食に出す量も増やしてったから、最初の頃は一人前は一人前だったのに今の一人前は実質二人前。


 食後のデザートは当たり前。

 それどころか午後、三時のおやつも出してるしそれも食べるししかも毎日となればそりゃあ太るのも無理はないわね。


 ダイエットしなきゃ、とかいうならそのお菓子をナッツ類にするとか、高たんぱく低カロリーの物を選ぶとかするんでしょうけど、そもそも食事を全部私任せにしてるからそんなダイエット向け食品は出てこない。


 そうして義母は太っていった。

 直接見てないけど、多分腹とか今三段になってると思う。ドレス越しにたるんでるのわかるし。

 この家に来た当初、ほっそりとしていた足は今ではゾウガメのように太くなり、きゅっとしまっていた足首は見る影もない。

 というか、今まで履いてた靴のヒールが重さに耐え切れず折れた。


 義母だけではない。義妹も勿論順調に太っていった。


 年頃の娘さんならそれなりに美容に興味持つと思うし実際義妹もそうだったけど、私の作ったご飯を食べないという選択肢はなかったようだ。

 もう盗られるような物はなかったけれど、食べる時も相変わらず悪態つくから私は義妹にも容赦はしない。

 既にこっちはお前の好みは把握してるんだ。毎回残さず食べるだけならいざ知らず、おかわりあります、と言えばマズいマズいと文句ばかり言ってるくせにおかわりもするのよね。

 これでせめて美味しい! って言えばまだ可愛げがあるのに。

 鳥の餌以下ね、とか言いながら残さず食べてるんだけど、それ鳥の餌以下なんだよね……? お前そんなの食べるの? プライドってある? と口に出したいけれど言ったら癇癪おこすから言わない。


 義姉扱いではなくこの頃には完全に召使扱いだったけど、順調だったので特に問題はない。



 ところで人がダイエットしようって思うのってどんな時かしら?

 好きな人にデブは無理って言われた時?

 恋の力と振られてこんちくしょう見返してやる! っていう気持ちでダイエットしようってなるっていうのはよく聞く気がするわ。

 お気に入りだった服が着れなくなった時?

 まぁそれもあるけど、私の知る限り大抵はそういうのって諦めて次に自分が着て楽なサイズの服になってそのままお気に入りだった服は思い出の中だけの存在になったりするのよね。

 この理由で成功するのって極一部じゃないかしら。


 生活に支障が出てきた時?

 前世だと狭いアパートとかで暮らしてたら下手に太ると廊下もロクに移動できない、なんて事もあったっけ。

 学生時代に住んでた隣の部屋の人がそれで引っ越していったわ。玄関からリビングまでの短い廊下だったけど、風呂とトイレに行くのにそこを通らないといけないから、その廊下を移動するのに一苦労とかってなると確かに生活できなくなるわね。

 まぁその前に大抵は医者から痩せろって言われるかもしれないわね。



 あまりに太り過ぎて自分の体重を自分の足で支えられなくなった時?

 でももうそれって手遅れじゃないかしら。下手したら手術ものでしょう。


 つまり、その時点になるよりちょっと前で危機感を抱くべきなのに。

 義母も義妹も、太ったという自覚はあるくせに痩せなきゃ~とか義妹が言えば、女の子はぽっちゃりしてるくらいで丁度いいのよ、なんて義母が言う。そうして義妹はそうかなぁ? えへへ、とか笑うんだけど、現実を見ろ。同年代のお年頃女子と比べて横に一人いるんですか? ってくらい幅がある事実を認識しろ。


 義母も義妹も今まで着ていた服が段々入らないものばかりになって、それどころかオシャレなデザインの靴は大体ヒールがあるのでそれらは軒並み重量に耐え切れず折れた。


 新しい服を買いに行こうにも服を買いに行くために着ていく服がない、をリアルで見る日が来ようとは……



 ちなみに仕事で家を空ける事が多かった父だが。

 たまに帰ってくる時にこちらも料理を作り、なおかつワインだとかのお酒と一緒に合うおつまみも作ったりしていたら徐々に帰ってくる頻度が増えてきた。

 父はご飯を美味しい美味しいって食べてたけど、もうこの頃には私の心は父を見限っていたので淡々と塩分お高めなやつを色んな種類出していった。

 お酒に合うおつまみって美味しいとお酒も進むし、ほどほどならいいけど食べ過ぎると……ね?

 基本そういうのって味濃いやつだし。


 父も家に戻ってくる頻度が増えた事で私の料理を食べる機会が増え、結果としてみるみる太った。

 義母や義妹はそれでも一応食生活以外は規則正しい生活してたんだけどさ、父は仕事があるから遅くに帰ってくることもあるし、結構不規則な生活してたのよね。

 それもあって父も太った。

 中年太りって言ってしまえばそれまでだけど、下っ腹がぽよんぽよんしてるわ。

 太った義母や義妹にみっともないから痩せろとか言ってた本人も太ったせいか、今では義母や義妹に言い返されている。どの口がそんな事を言うのかと。


 というか父は太り始めてからなんて言うか全体的に油ギッシュになった。ついでに何か臭い。

 これ加齢臭かな……体臭って匂いのキツイ食べ物とか食べたら割と影響されるよね。


 それもあって義妹からは距離を置かれるようになった。

 私は元々距離を置いてるので何も問題がない。



 というかこの頃には父も義母も義妹も、皆自分の部屋から出てこれなくなってしまった。


 社交に出かけようにも義母はドレスが着れない。新たに仕立てるにしても、我が家は男爵家でそこまで位の高い貴族というわけではない。商人を家に呼び寄せてあれこれ注文する、とかそういうの、もうちょっと上の貴族様ならできるけどウチは無理。

 となると自力で店に行かないといけないんだけど、その店に行く、というのがもうできないくらいに手遅れです……ってなったのよね。

 義母は最初私に何とかしろとか言ってきたけど、では事情を説明してどなたかお店の方を連れてきましょうか? その姿を晒せるのなら、と言えばすぐさまなかった事にされた。


 言いながら手鏡突き付けたのが駄目だったかな。手鏡に顔全部映りきらないくらいまぁるくなられてしまったものね。


 今じゃ下着もロクに入らないからって布を巻いておむつみたいになってるものね。

 っていうか、トイレも今じゃ一人でマトモにできないのでは?

 なんか最近服の汚れが目立つのよね……


 前世で介護とかちょっとでもやってなかったら大変だったわ。

 ここまでくるともう義母とかちょっとやかましいだけの肉の塊。同じ人間とも思わず畜生の世話をしてるみたいな気分になってたもの。


 義妹も似たようなものだった。

 年頃の娘とはいえ、もう同年代の女の子からのお茶会の誘いもそもそもなかったし。

 血の繋がってないお姉さまに虐められてるんですぅ、とか言ってたみたいだけど、むしろ虐めてるの貴方だって知られてますから。

 ご飯もロクに食べさせてもらえなくてぇ……とかめそめそしてたけど、ロクに食べさせてもらってないのは私だ。いや、普通に食べてるけど。もうこいつらの目をかいくぐる必要もないし。

 でもすぐ近くにジャンボサイズがいたら標準サイズでもひょろひょろに見えちゃうものね。食材買いに行く時に町中のお店でとても同情されたわ。


 出しても出してもまだ足りないって言われるんです……とか言ってもあんだけ太ればそりゃそうよな、とか思われるし、下手に食事制限しようとしても私の立場はあの家ではどん底。更に逆らえば暴力を振るわれる、とかのたまえばあのサイズに殴られたら私じゃひとたまりもないと思われてる。


 ともあれ義妹の性格の悪さはとっくに周囲に知れ渡ってるので、まだ自力で移動できてた頃から既にハブられつつあった。そしてそこから家にこもりきりになり、デブまっしぐら。


 家の中ででもせめて運動して痩せて見返してやる! みたいなガッツもないのね。


 父もまた同様で、太り始めただけならまだ社交に出てもどうにかなっただろう。

 けれど、徐々に髪の毛が薄くなり始めてから人の目を気にし始めて、あまり人前に出なくなってしまった。

 デブはよくてもハゲには耐えられませんでしたか。


 この世界カツラはあるけどそこまで優れた感じじゃなさそうだし、かぶったらとてもあからさま。そんなんで社交に行けば確実に笑いのためのネタ投下状態だ。


 父がそんななので家はどんどん落ち目になってるけど、私はそれでも気にせず料理を作り続けた。


 動けないくらいに太ったからこそ、ロクな娯楽もなくなって今はもう食べるのだけが楽しみ、みたいな状態らしい。


 甘いおやつだけだと飽きるかなと思ってしょっぱい系として揚げたポテトだとかを出せばそりゃもうもりもり食べるし、お腹がすぐに空いてひもじいとか言い出すからお腹にガッツリ溜まるようなライスの上にお肉をどーんと載せてさらにマヨネーズとかで味付けしたものを出したり。


 前世でも皆大好きだけど確実にデブる素、と言われるような料理は一通り作った。



 意外にも最初に死んだのは父だった。

 ベッドの上でどうにか上半身を起こすのを手伝ったあと私は食事を運んでそれっきりだった。

 もう何日も食べてません、みたいな勢いでご飯を掻っ込むうちに、どうやら喉に詰まらせたらしい。私が義母や義妹の部屋に食事を運んでる間に、父はぽっくりお亡くなりになっていた。


 流石に死体をそのままにしておくわけにもいかず、私は外に出た。

 そして私の境遇を憐れんでいた教会の神父さんの所へ行って、父が死んだ事を告げる。


 家の事を押し付けられていたとはいえ、実際私がやっていたのは家事ばかり。それ以外の仕事はそもそもやる時間もなかった。

 だからどうしたらいいのかわからない……と泣きそうな顔で言えば神父さんは早速他にも何人かに話をつけに行ってくれた。


 ……まぁ、冷静に考えると、もし父の死体を放置したままだと腐るからね。

 何かヤバい病気とか広まったらそれこそシャレにならないものね。

 最終的に焼却処分とか考えても被害を考えると早期発見早期解決が望ましいわよね。


 父が死んだ事で、男爵家を取り仕切る事ができる人物がいなくなってしまった。

 私は父と血のつながった娘ではあるけれど、貴族としての教育なんて早々にやめさせられてしまったから、跡を継ぐのなんてまずもって無理。

 義母と義妹はそもそも貴族の血を引いていない。


 私は爵位を返上し、修道院へ行く事にした。

 平民である義母と義妹の事は知らない。


 あぁ、いや、知らないというのは語弊がある。


 うちの男爵家は領地があったりするようなところじゃなかったから、あの家にある物だけが財産みたいな扱いだ。

 私は跡を継げそうにないし自分の物はとっくに義妹に奪われて壊されたり二束三文で売り払われたりしていたから、とても身軽だった。だからもう後の事は頼れる大人にぜーんぶ任せた。


 神父さん経由で頼れる大人の人たちに連絡がいったらしく、男爵家のあの家はどこぞの別の貴族が買い取る事になったらしいのだけれど。

 あの家にまだいた義母と義妹はどうなったんだろう。

 いくら父が死んだとはいえ、夫の代わりに妻が家の事を取り仕切るとか言ったとしてアレはもう自力で動く事もできない。あんなでっかい肉の塊、追い出すにしても相当苦労するだろう。

 成人男性何人がかりで持ち運べるだろうか。


 義妹の方はまだ義母に比べればマシかもしれないけど、それでも多少マシ、といった程度だ。


 でも、最近義母は目が見えないとか言ってたし、義妹も何か足の感覚がないの、とか言ってたからもしかしたらそう長くはないのではないかしら。


 この世界で聞いた覚えはないけれど、前世なら成人病だとか生活習慣病なんて言葉はどこかで一度は耳にするものだ。

 血糖値とかきっととんでもない事になってるだろうし、血管内部の血液はきっとどろっどろになってるに違いない。

 けれども私の知った事ではない。ずっと前に私はあの人たちを殺そうと思ってそれを実行した。

 今はまだ義母も義妹も生きてはいるけれど、多分そう遠くないうちに結果は出るだろう。


 修道院での生活は、雑用が多くて毎日とても忙しいけれど、家で生活していた時と比べれば全然マシだ。むしろ健康に気を使った料理を作れるし、それを出すと他のシスターたちが喜んでくれる。

 健康だけではなく美容にもいい感じのメニューを作り、シスターたちにせっせと提供する。


 そうこうしているうちに、一時的に修道院に身を寄せていたとある貴族のご令嬢に見初められた。

 見初められた、という言い方は間違ってる気がするけれど、とにかく私は彼女にとんでもなく気に入られ、実家に帰る際是非うちで働かないかと熱烈ラブコールをもらったのだ。


 なんでそんなに、と聞けば、


「だって貴女の料理を食べ始めてからよ。肌のぶつぶつが治ったのも今まではどれだけ手入れしてもすぐにボロボロになっていた爪が割れなくなったのも!

 最近はね、体調がとても良いの。ここに来た時から少しずつ良くはなっていたのだけれど、でも貴女が来てからよ、全部解決し始めたのは!」


 あ、あー、うん。そういえばデトックス効果のあるお茶とか出したし、ビタミン豊富なメニューだとか、お通じ改善に効果あり、とか言われたやつとか、色々作ったものね。

 確かにここに来た当初に比べるとこのお嬢さん、大分見違えたと思う。

 他の人たちも薄々それは感じていたようだけど、それが私によるものだと断言したのは彼女だけだ。


「ねぇお願い。何も一生貴女を縛り付けるつもりはないの。お休みだってきちんとあるし、お給料だって奮発するわ。他にやりたい事があるなら言ってくれればできる範囲で協力もする。

 私には貴女が必要なのよ……」


 と、両手で私の手を包み込んで上目遣いでそんな事を言われたら、男の人ならノックアウトされていたに違いない。くっ……まだ若干のお肌の荒れが目につくがそれでも元がいい……ッ!!


「私、お料理が好きなんですよ。色んな料理作ってみたいし、色んな食材を使ってみたい。食費、かさみますよ?」

「構わないわ。貴女の作る料理は初めて見るものもあったけど、どれも美味しかったもの」

 目をキラキラさせて語る令嬢に、うーんと悩まし気な声を出しつつ考える。


 とりあえずご令嬢の実家はうちとは比べ物にならないくらい大金持ちの上位貴族ときた。

 つまり、今までは縛りプレイを料理でしてたけど、たまになら好きな食材を好きに使えたりもするのでは……?

 義母や義妹に作ったって一瞬でぺろりと平らげる割にそのくせ文句しか出てこなかったけど、このお嬢様なら私が作ったフルーツたっぷりの宝石箱みたいにキラキラしたタルトを食べても文句は言わないで褒めてくれるだろうか?

 家にいた時は果物はちょっとお高めだったので沢山の種類は一度に買えなかったのよね。


「……私の料理を褒めてくれるのであれば、ないがしろにされるまで」

「いいのね!? 後からやっぱやめたは無しよ!? 嗚呼! 嗚呼!! 貴女との出会いを神様に感謝しなくちゃ!!」


 きゃあ、と歓声を上げて抱き着かれそんな事を言われる。


 そんなにか!? と思ったが、生まれ変わってからここまで自分を必要としてくれた人に出会った事がないのでそれが余計に戸惑いしかない。


 そんなわけで私は就職先としてこのご令嬢のお家へ行く事になったのである。


 仮にも家族と、家族になった相手を殺そうとした私にとっては破格の待遇ではないだろうか。まぁ世間では虐げられていた可哀そうな娘扱いだけど。


 七つの時に殺意を抱き、そこからコツコツと実行して三年。

 たった三年でこうなってしまった。


 殺そうと思ってからの三年となれば長いと思うかもしれない。けれど、私はもっと時間をかけるつもりでもいた。正直娼館とかに売り飛ばされる前までに決着がつけばいいとは思っていた。そういう意味では思惑通りと言えなくもないけれど……


 まぁいいか。

 どうせもう義母だった人は貴族として振舞う事もできそうにない。元々貴族じゃなかったのに茶会とか夜会に参加してたけど、それは一応再婚相手が男爵だったからまだ多少目こぼしされてた部分もある。夜会は父と一緒なら行けるからね。

 そこから知り合いになった人経由で義妹もお茶会に参加したみたいだけど、もう父が死んだのであの人たちが貴族の集まりに誘われる事は絶対にないし、ましてや参加したいとのたまってもそれも叶わないだろう。


 というか、まずあんなまるまると成長しちゃった以上、平民に逆戻りしてもロクな仕事もできないんじゃないかしら。あの人たちあとどれくらい生き延びる事ができるのかしらね。





 ――私を熱心に勧誘したお嬢様、シャルロット様の家について早一年。

 その間に私は色んなお料理を作ってお嬢様を喜ばせてきた。どうにもお嬢様とそのご家族、今までちょっと食生活が偏っていたようで、口内炎とは切っても切れない仲だったらしいし、ニキビも同じくズッ友状態。

 肉は確かに適当に調理してもそれなりに美味しいかもしれないけど、野菜を食べろ!

 お野菜だって調理次第ではとても美味しいんですからね!?

 というわけで私はこの一家に肉もそうだけど魚や野菜の美味しさを伝えるべく様々な料理を作った。


 結果としてシャルロット様以外のご家族の方々も徐々にお肌が改善され、口内炎とも疎遠になりつつある。


 口内炎のせいでずっと難しい顔をしていたシャルロット様のお父様は最近外交の仕事などでも今まで以上に話をするようになり、いくつかの成果を叩きだしたらしい。

 シャルロット様のお母様もお肌の調子が良くなった事で人前に出る事も苦にならなくなってきたとの事。

 シャルロット様の弟君が少々手強かったけれど、食の大切さを懇々と語り聞かせた結果、とりあえずわかっていただけた。

 そうね、成長期に栄養偏った食生活してると将来的に響くものね。若いうちはともかく年取ってから一気に今までのツケとばかりにやってくるのよ。


 元々シャルロット様のお家で料理長をやっていた人とも意気投合し切磋琢磨しているし、なんだかとても充実した日々を過ごしている。

 いいのかしら、こんなに幸せで。



 あぁ、そういえば風の噂で聞いた話なんですが。

 元義母はどうやら少し前に亡くなったようです。

 目が見えない、なんて言ってたけどあれもしかしたら瞼の肉が太ったせいで垂れ下がったからかしら? なんて思ってたけどどうやら本当に生活習慣病に該当する症状だったようで。

 この世界、そこそこ医療は進んでたけど前世と比べればまだそこまででもなかったので、助かる事はなかったようです。仮にどうにかできたとしても、お金を払えないのであればどのみちこうなるのは当然だったのでしょう。

 チラホラと前世との共通点があったとしても、医療に関しては海外仕様といえば気軽に病院に行けないのもお察しというもの。


 たった一人残された元義妹はどうなったのだろう、と思いましたが、どうやらあの人たちの親戚筋のどなたかに引き取られたようです。

 そこで多少心を入れ替えたのか必死にダイエットに励んだらしく、まだ太くはあるようですがそれでも自分の足で移動する事ができるくらいにはなったようです。

 彼女は足の感覚がないの、なんて言ってたけれど単純に太り過ぎて感覚が鈍くなっていただけのようでした。

 といっても、常に危険性は潜んでるようなものですけれど。


 どうにか痩せたとはいえ、太る以前のような見た目に戻れるはずもなく、伸びてしまった皮のせいで近所の同年代の子から笑われて揶揄われるのだとか。

 あぁ、あとはご飯が美味しくないとか言ってるようですが、それは我が家で過ごしてた時でもそうだったのであまり真剣に受け止められていないようです。


 私が作っていた時はもりもり食べていたご飯が、しかし今では本当に美味しくないらしくお腹は空くのに食べる気がしない、となればそれはそれで相当なストレスになるのでしょうね。


 まぁ、なんです。

 今まで私から色んな物を奪ってきたのだから、その分のしっぺ返しがきたようなものでしょう。とりあえず私を虐げていた三年間と同じ期間は頑張ってほしいですね。

 まだ幼い子供なんだから、という気持ちもないわけじゃないんですけど、幼いからこそ今のうちに矯正できるならしておかないと大人になったら手が付けられませんよあんなの。

 あのまま成長していたら間違いなく義母そっくりになってますます面倒な相手として見なされたでしょうし。下手したら犯罪者にでもなってたかもしれません。


 正直名前もロクに覚えていない元義妹ですけれど。


 更生できるならそれに越した事もないでしょう。

 というか、もう関わる事もないので私としてはどうでもよくなった、というのが本音でしょうか。未だに一つ屋根の下で生活していかなければならなかったのなら、延々カロリーと油分と塩分大量なご飯を食べ続けさせて最終的には殺していたでしょう。でもわざわざ今彼女のところへ赴いてまでやろうとは思わないんですよね。


 だからこそ、とても無責任ではあるけれど。



 君に幸あれ!



 そんなエールを送っておきます。



 もしまたいつか関わるような事があったとして、またやっぱり殺しておくべきだった、なんて思ったのならその時は――



 殺す方法なんていくらでもありますから。ね?

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