51話 春を祝う14 デンジャラス
「クリスタラー令嬢?」
ヘイム侯爵令嬢に呼ばれて、カラクリがわかった気がする。
気は進まなかったが、呼ばれたので窓際から「はい」と返事をした。
入ってきて部屋の中を見渡したヘイム侯爵令嬢と、彼女に似た誰かは顔を青くする。
次に入ってきた殿下が
「ハーバート様、一体何が?」
と慌てたように言った。エルウィス侯爵の前に気を失った男二人がシーツで縛られているからね。殿下の後から皆様が入ってきて、そして最後にフレディ様とおそらくフィッシャー家の方が入ってきた。
「私はこちらで休んでいたんだがね。誰かがそちらの令嬢によからぬことを企んだようだよ」
マテュー様とラモン様がわたしに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「侯爵様に助けていただきました」
ラモン様がわたしの額に触れる。
「変なものはついてないよ」
私は調べてくれたことを感謝して頭を下げた。
「どうやら酒に酔わされたベッドの坊やと令嬢が共にいた状況を作り、それを君たちに見せるつもりだったのではないかな?」
フィッシャー家の方がベッドに駆け寄った。
情けない声があがる。ひん剥かれているからね。
「この男たちが、彼女に無体を働こうとしていたんだよ」
夫婦、もしくは婚約者でない男女が部屋にふたりきりでいれば醜聞だ。ましてや片方が酔ってベッドで、もうひとりもベッドでなくとも気を失いでもしていれば、そんな現場を誰かが目撃したら、社交界人生は終わっただろう。
スッと殿下が侯爵様にむかい膝を折った。
え? 膝を?
4人の方々が、同じように侯爵様に膝を折った。
「感謝致します。ファニー嬢をお守りくださり、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
皆様が声を揃えた。
フレディ様も慌てて膝をつき首を垂れた。
「君たちの国のことだから口を出しはしないけれど、これに関してはきちんと追及した方がいいよ。でないと、彼女がまた危険な目に遭う」
そう言って部屋を出て行かれた。
「衛兵、彼らを牢に」
殿下が声を張り上げる。
「ひとまず、事が大きくならずに良かったですね。私たちはこれで失礼します」
ヘイム侯爵令嬢の兄上に見える方が殿下たちに礼をとった。
「ヘイム侯爵子息と令嬢に申し上げる」
出て行こうとした彼らは肩をびくっとさせた。
「この件はきっちり調べますので、そのおつもりで」
「それがいいでしょう。王宮の夜会で未婚の男女の醜態話など語り継がれてしまったら陛下の輝かしい御代に傷がつきますからな」
腐っても貴族。王族にけん制かけてるよ。そしてあんなことを言うのはバレない自信があるんだ。
「他言無用に願います。知るのはこの中の者だけですから」
子息は肩を竦めて、部屋から出て行った。
フィッシャー家の方々はわたしに謝罪と殿下たちに挨拶をして裏から出て行く。
フレディ様からも謝られた。わたしを置いていくべきでなかったと。
いや、わたしがふたりきり(ではなかったけど)になったのが悪かった。
昨日の花垣の時も、今もフレディ様といた時に起こったことなので、可哀想なぐらい項垂れている。
殿下たちからもものすごく謝られた。わたしも今回のは脱力したけれど、うん、侯爵様のおかげで切り抜けられたから。でも、もしあの場に侯爵様がいなかったらと思うと……。
「これ、やっぱりお兄様に話します?」
「……嫌なのかい?」
「心配ばかりかけるから」
でも、言わなくてはならないこともわかっていた。
部屋に戻りお兄様にことの顛末を話すと、心配をかけ、そして怒りが爆発し、殿下たちには今日のところはお引き取りを願った。
「私に力がないばかりに守れなくてごめんな」
と苦しい声で言われて、首を横に振るしかできない。
わたしはお茶会や夜会がこんな危険なものだと思っていなかった。勝手に目の敵にされたり、賭けに引きずりこまれたり。令嬢ってなんてデンジャラスなの!?
わたしはメイドの方が性に合っている気がする。
「ファニー、領地に帰るか?」
トムお兄様もミリアもわたしの答えを待っている。
「わたし令嬢に向いてないって思いました」
ただ綺麗なドレスを着て、優雅に微笑んで、お菓子をちょっと摘んで。エスコートされて気高くある。それがお嬢様だと思っていた。けれど、実情はとってもデンジャラス。きっと嗜みの一つなんだわ。悪口言われるし、意地悪されるし。企まれるし、蔑まされるし。靴は素敵に見えるけれど、長く歩くのには適してないし。ひとりでいようとしても許してもらえないし。制約多いし、覚えることいっぱいだし。いつも気を張ってないといけないんだろうし。……でもわたしがファニーである限り、それはついてくることなんだ。
「でも、わたしはファニーだから。緑の乙女だから。賭けに組み込まれているし。それなら領地で戦うより、味方が多い方がいいのかなって思うんです」
「……わかった。ファニーの意志を尊重する」
「ありがとうございます。お兄様。早速ですが、ヘイム侯爵家とうちって何か関わりがあります? 今日のことはヘイム侯爵家がやったことだと思うんですよね」
あのタイミングで鍵を持って開けにきたなんて、自分が犯人だと名乗っているようなものだ。ヘイム家の方々はわたしたちの姿が見えなくなり探していた殿下たちに、先ほど休憩室に入っていくのを見たと言ったそうだ。
お兄様はコホンと喉を整えた。
「お前に交際が申し込まれる前は、ヘイム侯爵令嬢がアントーン殿下の婚約者の第一候補と言われていた」
息を飲む。
「婚約話があったんですか?」
それならわたしが割り込みじゃん。
「ヘイム家が煽って出したようだ」
あーー。そりゃ、気に食わないわ。企てたことはえげつないし良くないけれど、……男性と部屋でふたりきり(ではなかったけれど)になったわたしもよくないし。心情的には理解できる。
……賭けのためだと言うこともできないし。
「お前が気に病む必要はない。殿下も再三、婚約はないとヘイム家にも言っていたそうだし、お前に交際を申し込む前に婚約者候補の家には全て断りを入れている」
「殿下がそうおっしゃったの?」
「いや、調べた」
「調べた?」
「仮にもお前に交際を申し込んできたんだ。緑の乙女にだぞ。持ち込まれた縁談の男は全員調べている」
……お兄様。
「これは普通に父親がやることだ。お前の保護者は私だ。だから私が調べた。殿下と4人の方々は優秀で履歴がキレイなんだ。またそれがむかつくんだがな」
みんなが味方でいてくれる。わたしは開いた掌を握りしめる。
令嬢はデンジャラスで怖いけど。向いてないと思うけど。味方がいるから、大丈夫、頑張れる。
ちんたらやっていたら、いろんなところに恨みをかうだけだ。
殿下だけじゃない。皆様に思いを寄せている令嬢は数多くいるはずだ。
そう思えば……ちくんと胸が痛んだ。
思いを寄せている男性が、幾人もの婚約者候補のひとりだったら。誰が見ても綺麗で美しくて、何か秀でていたり、身分が高くて淑女だったら気持ちにおさまりもつくだろう。それがただの血筋だけで名前が知られているだけの男爵令嬢で。貧乏で顔を隠していて。そんなのがよりどりみどりを気取っていたら、すっごく嫌だろうな。この賭けはそんな方たちにも影響を及ぼしているはず。
何を考えている?って様子を窺うばかりじゃ何も進展しない。
たったかやって、全てを終わらせないとね。腹を決める。だからお兄様にお願いした。
「お兄様、明日の早い時間に皆様を呼んでください」
220726> 伺うばかり→窺うばかり
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
230117>
追求→追及
誤字報告ありがとうございましたm(_ _)m




