44話 春を祝う7 ハズレ
「皆様、親しい間柄ですよね。なぜ揃ってクリスタラー令嬢を?」
「そういう君は、昨日レディに無体を働こうとしていたようだが?」
タデウス様に突っ込まれて、フィッシャー様が慌てる。
「誤解です。ただ静かなところできちんと話したかっただけです。手紙をいくら送っても相手にしてもらえなかったから」
カオスだ。
通りすがる令嬢たちからは、イケメンたちを従えているから、相変わらずパワフルに蔑む言葉が聞こえてくるし、フィッシャー様も、フレディ様もよくわからない。花はきれいに咲き誇っているが、もう、何がなんだか。
「少し、座りませんか?」
ベンチを示されたのでわたしは頷いた。
うっ。殿下がハンカチをひいてくださる。多分わたしのお給料1ヶ月分より高いものだと思う。それをお尻の下に敷くなんて! ありがたく上に座らせてもらいましたけどね!
ほぼ初顔見せのはずなので、自己紹介をしてくださることになった。
わたしを座らせて、皆様、跪いて挨拶をしてくださる。現代では男女の恋愛のあり方として男性が特攻し、女性は受け入れる側というのが通例なので、身分はわたしが低かろうともこうしてまつりあげられてしまう。それはものすごく居心地が悪い。
殿下から始まり、タデウス様、ラモン様、テオドール様、マテュー様。そしてフィッシャー様の番になった。
「私を覚えていますか?」
手下かなんかに足を払わせたよね? けっこう痛かったので根に持っている。
「……昨日、夜会で」
フィッシャー様は寂しそうに笑う。
「やはり、覚えていらっしゃいませんでしたね。今の姿ではわからないかもしれません」
え? 今の姿ということは、会ったのは子供の頃?
「申し訳ありません。どちらでお会いしましたかしら?」
「……いっぱい話をしましょう。そして思い出してください」
ふと一歩近づいて、他の人に聞こえないように声を潜めた。
「私はあなたの秘密を今も守っているのですから」
!
見上げれば、満足そうに微笑む。
何それ。秘密って何? フィッシャー様と会ったことなんかない。
なぜ、脅されなきゃいけないのよ。
「僕のことは覚えていらっしゃいますか?」
榛色の瞳をキラキラと輝かせて……。マテュー様を大型犬とするなら、こちらの彼は小型犬だろうか。
「ど、どこかでお会いしたことが?」
フレディ様みたいに可愛らしい男の子なら、記憶に残っていそうなものだけど、少しも掠らない。
「残念ですが。思い出していただけるよういっぱい一緒にいさせてください!」
と元気に言い切った。
「クリスタラー令嬢から私たちに何か質問はありませんか?」
殿下に促される。
「皆様、身分の高いかたばかりです。結婚したら、身分は男爵となりますし、クリスタラーの領地で暮らすことになります。その覚悟はおありなのでしょうか?」
「可愛らしい心配事ですね。あなたを伴侶と臨むのに、どうして身分など気になりましょう」
王子様は歯が浮く物語に出てきそうな模範解答をした。
「仕事はどこででもできます。でもその時に隣に誰がいるかが大切だと僕は考えます」
意外! 仕事の話なのにどこか甘さを含んでいる。タデウス様がそんなこと言えるなんて!
「君とずっと一緒にいられるなら、それがどこでも関係ないな」
「君が行きたいところに連れて行くよ。オレを選んでくれれば退屈はさせない」
ラモン様がおきれいな顔して詩でも諳んじるように言えば、テオドール様がイケイケ口調でウインクを決める。
言わせたのはわたしだが、こんな砂糖漬けに蜂蜜をかけたようなセリフを永遠に聞かされなきゃいけないのかと思うと早くも挫けそうだ。
「身分は皆と同じように思うところはありません。隣にいてあなたを守りたいです」
マテュー様は穏やかに言った。
「男爵といってもクリスタラー家は別格ですからね。思うに、令嬢は手紙に書いた言葉では私の想いを信用できなかったってことですね。わかりました。その誤解をしっかりと解けるように、これから精進します」
いや、十分ですフィッシャー様、と言えないところが辛い。
「僕は。皆様のようにいい言葉を思いつけませんが、いっぱい愛して差し上げます!」
と大声で言った。フレディー様は言い切って顔を真っ赤にしたが、花の迷路の奥まったところにいたのに、めちゃくちゃ視線を集めているんですけどっ。
甘い言葉の数々にわたしのHPは底をつきそうだ。
「クリスタラー令嬢、私から2つお願いがあります」
フィッシャー様だ。
「わたしができることかわかりませんが、なんでしょう?」
「ひとつは、フィッシャーではなく、名前で、パトリックと呼んでいただきたい」
「私も便乗したいな。アントーンとお呼びください。そしてファニー嬢と呼ばせていただいてもよろしいですか?」
グイグイくるな。
わたしは頷いた。
「では皆様、お名前で呼ばせていただきますが、異議のある方はおっしゃってください。……ではお名前で呼ばせていただきます。わたしのこともファニーとお呼びください」
あっちがそう呼んでくれというんだから不敬罪とか言われないよね?
「ありがとう存じます。2つ目は、ヴェールをとっていただけませんか?」
それは嫌。心の中で拒否する。
「悪意に敏感だからヴェールで遮断しているそうだ。それを取れと?」
マテュー様が理由を述べてくださる。
「お顔を見たいのです。ヴェールをしていたら、似たような背格好の誰かと入れ替われるかもしれないじゃないですか?」
ある意味、いいよみをしている。
「わたしを偽物とお思いになるなら、わたしとパトリック様のご縁がそこまでなのでしょう。とんだ茶番劇に参加なさらず、お好きに過ごしてくださってよろしいのですよ?」
「いつもというわけではありません。私たちとご一緒の時だけ外されてもいいのではないですか?」
食い下がるなー。
こっちは、あんたとフレディ様がいるからヴェールをとれないというのに。
「令嬢が嫌がっているのに、君はどうしてヴェールを取らせたいんだい?」
テオドール様が尋ねる。
「おかしいのは皆様の方じゃありませんか? やっと会うことができたのに。顔が見たいのは当然じゃないですか」
「僕もできたら直接目を見てご挨拶をしたいです」
元気にフレディ様がおっしゃる。間違ったことは言っていない。ただ顔を見せるとこの二人にリリアンとして会った場合がまずくなる。
「それから僕もひとつお願いが」
フレディ様に顔を向ける。
「ファニー様がお手紙で一様に断っていたのは、先ほどの質問からしても、僕たちの手紙の言葉が信じられなかったからですよね? こうしてファニー様を慕う者が7人もいるわけですが、どうぞ時間をかけて僕たちと接して気持ちを知って選んでください。もし、身分で決めたりするのなら今すぐおっしゃってください」
賭けの相手に見せるためだし、様子見している間に探っているのだろうから、すぐに決めるのはまずいのだろう。でも殿下たち以外はお断りしたいところが本当のところだ。けれど、それはわたしの意向だから、殿下たちやお兄様に確認を取らないと決断はくだせない。
「……身分で決めるかもしれません。何もお約束できません」
「ファニー様は誠実な方なんですね」
「無理によく受け取らなくて結構ですのよ。皆様も、わたしと話してお気持ちが変わられたりしたのではないでしょうか? そんな時は無理はなさらずに」
「なぜ、嫌われようとするんです?」
フレディ様に強い調子で聞かれる。
「……そうではありません。確かに交際を申し込まれておりますが、わたしだけに決定権があるのもおかしなものですわ。皆様も話して合わないと感じられたのならそこでおっしゃってください。思っていたのと違うなんて世の中にはありふれたことです。それなのに一度言ったことを違えるのは良くないという思い込みの方が、どちらにとっても不幸ですわ」
テオドール様が吹き出した。
「いや、失礼! ファニー嬢は潔い考えをお持ちのようだ」
「僕はそういう考え好きだな。うん、女性も幸せになるのに欲張るべきだと思う」
ラモン様が綺麗な笑顔を浮かべた。
ごほん、とわたしは喉を整える。
「ついでに言っておきますね。我が領地は、精霊の森はありますが、それ以外に何もなく、本当に特別な物が何もないのです。そして……貧乏です」
「貧乏?」
タデウス様が首を傾げる。
「恥ずかしながらいつも家計は切迫しています。わたしは領地から出てはいけないと言われているので、領地から出るのも難しいのです。屋敷はとても古いです。わたしは緑を持っていません。精霊を感じたこともありません」
わたしの結婚相手はハズレを引くようなものだと思う。それなのに、本当にそんな相手に交際を申し込んでいいのかとわたしは問いたい。
殿下たちだって、いくら取り返したいものがあるからって、ファニーが承諾したらどうする気だったんだろう。いや、優秀な彼らのことだ。家庭の顔を増やすぐらいどってことないのかもしれないけど。
「ファニー嬢、ここからは一人ずつとお話ししていただけませんか?」
え? 殿下に言われて慄く。5人とはいいとして、パトリック様とフレディ様と一対一ってめちゃくちゃストレスなんですけど。
220814>背格好との誰か→背格好の誰か
すっきりと、ありがとうございますm(_ _)m




