36話 本日のお仕事25 お礼(下)
王子様たちに料理に過分なお言葉をもらう。
王子様とタデウス様は唐揚げ、ラモン様はグラタン、テオドール様とマテュー様は炊き込みご飯のおにぎりがすっごく気に入ったとのことだ。心遣いが嬉しい。うん、今日は素直に嬉しいと思おう。と続く会話に耳を傾けていた。王子様にウチのドアを壊した時の話になったんだけど、立場も忘れて、思わず突っ込んでしまう。
「そ、そんなこと言ったんですか?」
大家さんが怖がった目をしていたことを思い出した。
「だって、あんな板じゃすぐ蹴破れるから」
「何言ってるんですか? マテュー様以外、蹴破るなんてできませんよ。ですよね、タデウス様?」
「……いや、僕も蹴破れる」
え?
マテュー様は体格いいし、身体を鍛えられているから、力技で蹴破ったんだろうけど、タデウス様は常識人だし、いくらなんでもドアを……。
「ちなみに、僕だってできるよ」
ラモン様まで何故。そんな細っこくおキレイな感じで無理に決まっているだろうに。
「オレだっていけるぞ」
「はは、私もできるぞ」
テオドール様に王子様まで。何コレ。
アレ?
昔お勤めに行ったところで、兄弟がなんでも張り合っていた。
自分の方ができると次々とアピールしてきた。アレか?
男の子って歳を重ねても、こう張り合いたがるのね。聞いたわたしがバカだった。
「わ、わかりました。蹴破れるとしましょう。でも蹴破ろうと思う人はまずいませんから!」
「でも蹴破れるドアなんかあっても無意味だろう?」
「貴族の家ではないのですから、平民なら普通の厚さのあるドアですよ」
「いや、駄目だ。そんなドアの意味もなさないような家に暮らすなんて反対だ」
マテュー様と言い合いになる。
「うん、リリーは一人暮らしなんだから、もうちょっと防犯に力を入れたところに住む方がいいんじゃない? あ、うちに来たら? 毎朝起こしてくれれば、家賃はいらないよ」
目覚ましになったら、家賃ロハ? マジか!?
いや、ただより怖いものはないし、よくない考えだわ。
「……ラモン、お前、メイドに起こしてもらっているのか?」
タデウス様が半開きの目でラモン様に問いただした。ラモン様は笑顔で公言を避けた。
「お前、家で裸で過ごしてなかったか?」
テオドール様に暴露されるとラモン様は平然と頷いた。
「そうだよ。植物と仲良くするには身に何も纏わない方がいいんだ」
あ、そういう理由があったんだ。ただ裸でいるのが好きなのかと思った。
そして起こしてもらうのは明言はしないけど、裸族なのは誇りを持っていらっしゃるのね。
「そ、そんな家にリリアンを勤めさせるわけにはいかない」
「なんでマテューが保護者みたいになってるんだよ」
「ウチでもいいぞ、リリアン」
テオドール様も誘ってくださる。
「いえ、元のところに戻りますので」
「それなんだが……」
とそのことを告げようと話し出したんだというタデウス様の話に驚く。
蹴破れないドアにする、費用は全部持つとマテュー様が言ったところ、そんなめんどくさい入居者は出て行ってもらうという話になっていると。
「嘘、ですよね?」
「申し訳ないが、本当なんだ」
えええええっ?
では、わたしはどこに住めば?
「ウチに来てくれても構わない。父もいいと言っている」
「「「「!」」」」
「……そういうわけには」
マテュー様が咳払いをした。
「ウチでももちろんいいが、同じ家賃の候補をみつけてある」
マテュー様が勢い込んでいう。どのあたりか教えてもらう。だいたいわかった。
「でも、あのあたりはもっと高いはずです」
引っ越す時に調べたから覚えている。市場にも近いのと大通りに近いから値段が跳ね上がってあのあたりは無理だと思った記憶がある。自警団と町医者にも近いんだよね。それに部屋自体もゆったりした広さのところが多かった。だからか、その分家賃がベラボーだった。
「……何気にパストゥール家に近くないか」
「うちにもだがオーディーンメイド紹介所に近いんだ」
疑問を口にしたテオドール様にマテュー様が答えた。
確かに。
「元々、大家の息子夫婦が住んでいた部屋だそうなんだが。商売が成功して他の街で腰を据えることになったからその部屋を貸したいそうなんだ。ただ、息子夫婦の部屋だったから中で大家の家とドア一枚で繋がっている。もちろん部屋を貸すときはそのドアを開けないし、鍵をつけるそうだが。そんな事情で家賃を安くするそうだ」
なるほど!
「それにケイトの家とも近いぞ」
ふむ、そうなのか。
「もしお家賃が同じなら、見に行ってみたいです」
「そうか。では明日の夕方にでも行ってみよう」
「はい」
「……君たち、リリアンとずいぶん仲良くなっているみたいだね」
王子様は笑顔だけど、なんか怒ってる?
「それなんだけど、そのことで相談があるんだよねー」
そんな王子様に気軽に声をかけるラモン様、怖くないのかしら。
「リリアンさん、そろそろデザートを出しますか?」
料理人さんに声をかけられて、わたしは皆様の御前を失礼した。
さすが! いろんなケーキにアイスをのっけてサーブしてくれている。
お料理を下げて、そこにデザートを並べていてくれた。
「皆さん、デザートです。お腹に余裕のある方は是非」
伯爵や奥様、宰相様には持って行ってくれていた。わたしも王子様たちに運ぶ。
「なんだ、この冷たいの、すっごくうまい!」
「テオドール様に手伝っていただきました!」
伯爵や奥様からも温かい言葉をもらった。おいしいと言ってもらって、宰相様も家畜の餌と言われる米がこんなにおいしいものだとはと驚いていた。小麦よりもたくましい植物だけに、これが世の中に浸透すれば助かるものが多くいるだろうとおっしゃっていた。
パーティーは大成功! 夕方には楽しいままみんなが帰っていって、後片付けに奔走する。
王子様がいらしたのに。
夜会の辞退を願いでないとと思っていたのに。
二軍の見習いさんたちがお礼を言ってくれて、ご家族やメイドさん、それに料理人の人からも温かい言葉をもらって、そして王子様、タデウス様、ラモン様、テオドール様からもお言葉をもらってしまい、言いそびれてしまった。心のどこかでこの立ち位置を心地いいと感じている自分に驚く。みんな見せかけのわたしに、とてもよくしてくれている。いつも表面上の仕事で終わらせているから、こんなことまで思うことはなかったけれど。
嘘って、相手に嘘をつくことになるけれど、自分も嘘をついた罰を受けるんだ。
謝ることもできない、罰。偉い人ってよくわかっているんだな。打ち明けること、謝ることをしちゃいけないのって、何よりの打撃を受ける。
皆様、ごめんなさい。そんなわたしができることは、リリアンとしてもファニーとしても協力することだ。それしか、できない。
先ほどまでは笑顔が溢れていた庭は、全てが片付けられいつもの表情を取り戻していた。
薄暗くなってきた庭で、楽しかった過ぎてしまった時間を惜しんでいると呼びかけられた。
「リリアン」
振り返ってみつけた人の名を呼ぶ。
「マテュー様」
マテュー様はふと表情を曇らせる。
「呆れていますか?」
「え?」
「大家を怒らせてしまったから」
「……ああ。驚きましたが、わたしを心配してくださったことですので。それに次のところの目星をつけてくださって、ありがとうございます」
「そう言ってもらえると、気が軽くなった、ありがとう」
「いいえ、お礼をいうのはわたしの方です。今日のことだって、皆様に少しでも何かできて、とても嬉しいです。こんな機会をくださって、考えてくださって。どんなに感謝しているか、どんな言葉を言ったら伝えられるのかわかりません」
「リリアンにそう思ってもらえたならよかった」
空気が柔らかくなるような笑顔をくれる。
「マテュー様はメイドにまで、本当にお優しいですね」
そう告げるとマテュー様は少し困った顔をされた。
「俺は優しくしたい人にしかしない」
まぁ、そうかもしれないけれど。
「……春の夜会が終わったら、聞いて欲しいことがある」
見上げれば、真剣さしかない眼差しで。後ずさりしそうになるのを抑え込む。
「夜会での言動で惑わせるかもしれないが、これだけ信じて欲しい。俺はリリアンが大切だ。誰よりも近くにいたい」
マテュー様の手がわたしの頬に添えられる。
「俺が触れたいと思うのは、君だけだ」
青色の瞳がわたしを映す。
手に力が入り、少しだけ上を見上げるようになる。
熱っぽくなった瞳に酔いそうになった。ほんの1、2秒だったのかもしれないけれど、長い時間に思えた。添えられた親指が名残惜しそうに頬を撫でた。
「覚えていてほしい、いいね?」
熱に浮かされたかのように、わたしは頷いていた。
マテュー様は微笑んで、気持ちを振り払うかのように踵を返した。
わたしはその背中を見送った。
ハッと我に返る。
えっ、今何があったの?
キスされるかと思った! って何をわたしは期待しているの?
期待? 期待したの、わたし? 手で顔を覆う。
そんなわけないのに。
でも……それは置いておいて、告白みたいじゃなかった?
近くにいたいって……どういう意味? 近くにって、近くにって意味だよね? それ以外にないよね?
夜会が終わったら……頷いちゃったよわたし。
今日で気持ちにケリをつけるつもりでいたのに。
期待したくない。期待した分、違ったときに傷は深くなるから。
現実が容赦ないのは知っていることだ。マテュー様とわたしは身分が違いすぎるし、わたしは嘘つきだ。事実とすり合わせれば、傷つく未来しか予想できない。それなのに心は期待したがっている。希望を持ちたがっている。マテュー様をもっと知りたいと思っている。
頬が熱い。大きな男の人の手だった。とても大きな手だった。
触れられた頬に手を重ねる。
今だけ。もう少し、もうちょっとだけ。あの人を思うことを許してください……。
220706>違かった→違った
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220708>務めさせる→勤めさせる
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
230117>
とは驚いて→とはと驚いて
汲み取ってくださりありがとうございましたm(_ _)m




