32話 本日のお仕事22 二回り目
晩ご飯が終わってからお風呂に入り、しっかりと目の下のホクロを一度落としてまた描いた。
そしてひとりになってから、魔具でお兄様に通信だ。
間が悪いことに昨日通信をくれたようで、折り返しもないから心配をかけていた。状況を伝えたところ、やはり一人暮らしはよくないという雰囲気になってきて慌てる。とりあえず連絡も取れるようになったし、夜会のことはまた話そうと言って切った。ミリアからはわたしの身代わりをなんとか承諾してもらえたとのことだ。ああ、ミリアにも埋め合わせをしなくちゃ。
次の日、風の日はタデウス様の付き人だ。お城に行くのは緊張したが、仕事的にはすることがあるので気が紛れる。5の部署の人からものすごく助かったとお菓子をいただいてしまった。タデウス様にもらってやれと言われたので、ありがたく頂戴してパストゥール家のメイドさんたちと一緒に食べた。
付箋があれば楽なのになーと呟いたのを拾われ、タデウス様に渋々話すと、なんか作れないこともないということになった。あれも欲しいものの一つなので、できたら嬉しいな。
その翌日は光の日でラモン様のところだった。この日は神殿で光の治癒を施されていた。治癒は見ていて畏怖さえ感じるほど圧倒された。傷口が見る間に塞がっていくんだもの。
ただラモン様の機嫌はよろしくない。力を使って疲れるのかなと思ったが、そうではなくてシステムが嫌いなようだ。神力の治癒は寄附金なしでは施してはいけない、それが決まりらしい。多くの者を救うのに教会が必要で、教会を成り立たせていくには寄附金なしではやっていけない。そう理解できても、自分の力はか弱き、力のないものに、寄附金が払えない者にこそ必要でそのために神がくれた力じゃないのかと思いながらも、一員であればそこから外れることはできない。その葛藤で整った顔立ちが蝋人形のように表情がなくなり少し怖い感じだ。
確かに寄附金は貴族でないと払えないぐらいと聞く。だから平民は町医者に頼る。そっちもいい値段するけどね。神力は施される者の負担は少ない。聖職者が神力を使うので、聖職者の神力が削られる。町医者は治療や薬の力で治るための補助をする。だから怪我をした者、病気の者、本人の体力勝負なところがある。でも寄付金がなしだったら多くのものが神殿に詰めかけるだろうから、神力は使い果たされることになる気がする。金額が高いのは聖職者を守るための抑止力にもなっているのだろう。
疲れたから膝枕をしてと言われた時はえーと思ったが、顔色が悪かったので休養が必要なら仕方ない。メイドの皆様はラモン様を甘やかしているみたいで、寝ている頭を撫でていろと言われずっと撫でる羽目になった。子供かっ。翌日は手も上がらないぐらいになる、常に50人分のお茶を入れている辛かった仕事の方が楽だった気がしてくるから不思議だ。ただひと眠りすると随分元気になっていらしたので、そこはほっとした。
次の闇の日はテオドール様のところだった。魔塔でのことを詫びられた。わたしもお見舞いのお礼を改めて伝えた。お仕着せが寒かった反省を生かして、マテュー様が買ってくださった服の中に入っていた厚手のローブのようなカーディガンを着るのを許してもらった。うん、また風邪ひいたら間抜けだから。
今日は休日なので、魔塔に行かず買い物に行こうと思っていたという。少し嫌な予感がした。案の定、テオドール様が行くところにどこからか女性が寄ってきてすんごい騒ぎになる。女性がテオドール様に触れないように守っていたんだけど、簡単に押し出されてしまった。女性の垣根に二の足を踏んでいると、テオドール様に手をとられ引き寄せられる。
「ごめんね、デート中なんだ、道を開けてくれる?」
悲鳴があがった。
「め、メイドじゃありませんか!」
どっからかまともな意見が挙がる。
「片時も離れたくないから、メイドでそばにいてもらっているんだ」
甘い笑顔に、台詞に反してノックダウン者多数。
「そんな地味な娘、テオドール様に似合いませんわ」
テオドール様はわたしの頭の天辺にチュッとリップ音を立てた。
「オレの女神だ。容姿は関係ない」
そう言い切ると、わたしの腰をグイッと支えて、女性の渦の中から脱出した。
馬車の中に入ると
「ごめんな」と先に謝られたので、やりすぎのパフォーマンスを怒れなくなってしまった。
それからテオドール様はカフェに行き、チョコクリームという名のパフェをご馳走してくれた。もちろん仕事中ですのでと断ったが、今日はテオドール様に付き合うことが仕事だと諭された。生クリームと果物にチョコクリームがかかったものだった。生クリームにチョコソース、合うねやっぱり。これにアイスがあれば完璧なのに。
「テオドール様、氷を作る魔術は高度なものなんですか?」
「氷? ああ、そこまで複雑じゃないぞ」
「それも巻物にして売り出されますかね?」
「……ああ、クロードのところで見たのか。氷なんて何に使うんだ? 火傷をそんな頻繁にしているのか?」
「違いますよ。冷たいお菓子が作れたらなと思って」
「冷たいお菓子?」
「ええ、このパフェじゃない、チョコクリームに冷たいクリームが合うと思って」
「聞いたぞ、リリアンは料理がうまいそうだな」
「そんなことはないです。ただ自分の食べる分を作れるぐらいですので」
「よし、作ろう」
「え?」
「帰るぞ」
「あ、はい」
「その前に」
テオドール様がわたしの後ろにまわった。首に細い冷たいものが当たり、テオドール様がわたしの首に……。
周りで悲鳴が起こる。
こ、これは、もしかしなくても、ネックレスをつけてもらってる? これ、さっきいったお店でひょっとして買われた?
悲鳴の後はわかりやすく睨まれているのを感じる。
ずっしり感じたのは、店のショーケースにあった品物たちの値段の桁を見たからか?
「お礼だ」
前に戻ったテオドール様はニコニコ顔だ。
「似合っている」
も、もらえるわけない。謝ってもらったり、お見舞いの品だけでもう十分なのに。お礼って何の?
「……お礼とは?」
「リリアンの言葉が糸口になり、行き詰まっていた術式が完成した」
そんなのわたしの手柄でもなくて、お礼をもらうことでもない。
指で触れたネックレスには細い鎖の先に繊細な飾りがついている。これもバカ高いに間違いないので返したいところだが、そういうお礼だと向こうがわたしに恩を感じている限りもらうことになりそうな気がする。
「身に余るのですが」
「オレの本気の感謝を伝えるにはそれくらいでは足らないのだが」
本気だ。断ったらさらにすごい物になりそうな。
「あ、ありがとうございます。こちらをいただきます」
「さ、帰ろう」
手を出されてもと躊躇していると、手を取られた。手を結ばれると心臓がドッと跳ねる。こちとら男性に免疫がないのだから勘弁して欲しい。
「テオドール様、こういうのが他の女性を煽るというか、わたしが目の敵にされるんですけど」
悪意の視線を感じて責めるように言ってしまう。
「これからは守るから」
「はい?」
「リリアンが塔で嫌がらせを受けたのは、オレのせいだとナラから怒られた。悪かったと思ったし反省した」
……テオドール様、反省が生かされていません。生かさなければ、反省したことにはなりません。残念な気持ちでテオドール様を見ると
「だから、見せかけの生半可な気持ちで女性に触れない。大切な人は守る」
そう言って結んだ手を持ちあげ、わたしの手の甲に口付けた。
離そうとした手を許してくれない。わたしの代わりに周りから悲鳴があがる。
ドキドキと胸が恐ろしいくらいの音を立てる。
ど、どういう意味? どういうって、そういう意味だろうってしたり顔で言ってくるわたしがいる。
でも、今、わたしはメイドだ。平民のただのメイドだ。伯爵家のご子息様が平民に、そんなわけはない。そう思えば冷静になれた。よくわからないがテオドール様はわたしに恩を感じて、そして崇めてくださっているのだろう。でもそれはいたたまれない。
「テオドール様、お戯れがすぎます」
わたしはもう片方の手でテオドール様の手を剥がしにかかった。
テオドール様はわたしの手を離し、そしてわたしの頬を指で挟んで引っ張った。
「にゃにしゅるんですか!」
「よく伸びるな」
頬から手を離し、そして手を差し出してくる。
「オレを疑うから罰を与えたまで。だが、疑われる水準だったのは予想に反していた。そこはオレにも非があるから今回は引こう。けれど、次はオレの思いまで否定しないでくれ」
それって……。固まってしまったわたしの手をテオドール様が引いて馬車へと歩き出す。
なんか本気っぽく聞こえたし、悪いことをしたような気もしてくるしで。なんで耳まで熱いの? 引かれた手の指先に神経がいってしまって、もう何をどうしたらいいのかわからなくなる。
ふたりきりの馬車の中は非常に気まずく、借りた猫になっていた。
頭の中を巡るのはテオドール様の先ほどの台詞だ。わたしがきれいだったり、可愛かったりすればちょっとはわかる。でもそうではなく、平民でメイドで。テオドール様と過ごしたのは魔塔に行ったあの1日だけだ。わたしの言葉がヒントになり術式が完成したとおっしゃった。それに相当恩を感じたのだろう。そんな大袈裟な!
だってその他に何かしたっけ? 紅をさしてもらって、嫌われようとして、解雇に持ち込もうとしてできなくて。魔術の話を聞いて、嫌がらせを受けて、結果熱をだしたみたいになった。どこにも興味を持ってもらえるようなところはない。
あ、そっか。不憫で、かわいそうで、そして少し毛色が違う気がして興味を持たれた。きっとそんなところだ。そう思えば、納得できて少し落ち着いてきた。
家に帰ってから本当に厨房にお邪魔してアイスを作ることになった。ギクシャク気味ではあったけれど。でもテオドール様便利! 冷やして欲しい時に一瞬で凍らせてくれたりするから、すぐにできた。巻物で氷を出すのができたら絶対買いたいと思った。それには働いてお金を貯めなければ。
牛乳と砂糖をあたため、そこに卵黄と泡立てた生クリームを投入。混ぜ合わせ、凍らせながら何度かかき混ぜれば完成だ。
味をみたテオドール様は目を見開いた。
「うまい」
「これと生クリームとふわふわ生地と合わせたり、チョコソースかけても美味しそうと思いません?」
テオドール様は頷かれて、わたしの頭を撫でた。作業中は忘れていたのに、アイスが溶けそうな甘い顔を向けられ、ドキドキが加速する。
凍らせられるなら、ヨーグルトに果物と砂糖いれて凍らせて砕いてもティストの違うアイスになるしね。暑い日にはこんなデザートを食べたい。早く氷の巻物出て欲しい。安かったらさらに嬉しい。一生懸命考えを他のことにする。
そうだよ、勘違いして舞い上がってしまったら目も当てられない。舞い上がってしまったら……あとで傷つくだけだ。
お迎えの馬車では目ざとくネックレスに言及され「お礼だそうです」といえば黙ってしまわれた。もらってまずかったのかな。お菓子の時はなんでもなかった。まあ、お菓子とネックレスでは値段が全然違うからな。パストゥール家で働く者は他家から施しをうけるような物をもらったらアウトなのかもしれない。でもわたしが正式な家の者ではないから、黙ってしまわれたのかも。
それまでテオドール様とのことでいっぱいだった頭が、目の前のマテュー様を窺うことしかできなくなっていた。チラチラ視線を走らせながら、マテュー様の心を推し量ってみたが、答えは出ない。ダメだ、わからない。お兄様に相談しよう。わたしは考えることを放棄した。
220706>暑い日にこんなデザートは食べたい→暑い日にはこんなデザートを食べたい
適切に、ありがとうございましたm(_ _)m
220726> 伺うこと→窺うこと
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220726> 砕いでも→砕いても
どうして、そう入力したんだろう?Σ(゜д゜lll)
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220726> マテュー様の→マテュー様が
〝の〟が続きすぎましたね。
読みやすく、ありがとうございましたm(_ _)m
220726> 圧巻だった→畏怖さえ感じるほど圧倒された
ご指摘と適切に、ありがとうございましたm(_ _)m 少し足しました。
220807>バカだかい→バカ高い
濁らないんですね。思い込んでました(°▽°)
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m
220813>目を開いた→目を見開いた
刮目せよバリのイメージだったのに、それまで閉じてたのかってなってましたね;
汲んでくださり、ありがとうございましたm(_ _)m




