31話 本日のお仕事21 晩餐
朝ごはんをしっかり食べ、お腹がいっぱいだったためお昼は味見でとどめておいて正解だった。夕方になりやっとご飯が食べられそうになってきた。こんなに食べて胃が大きくなってしまったら、また小さくするまでにひもじい思いをするなぁ。
演習場から帰ってきてからも部屋にはてんこ盛りにお菓子があって、メルさんからもすかさず食べるように勧められる。
本当にわたしなんかがご家族の団欒にお邪魔するなんて、メイドごときが一緒の食卓を囲むなんてと散々思ったが、スクル様にもご挨拶した時に夕食でまた話そうと言われたし、夕ご飯用の着替えをメルさんもいいつかっていたしで、わたしは晩餐スタイルだ。
薄い若草色のワンピースで、袖と首回りのV字がレースになっている。細いベルトには宝石のようなキラキラ輝く物が縫い付けられていた。お腹を締め付けるタイプでないのでそこは助かった。スカートは左右にスリットが入っているので歩きやすい。もちろん横から後ろにかけて布がふんだんに使われているから、足が見えすぎることもない。髪はハーフアップで可愛くしてもらっている。身内以外の貴族と食事した事は数えるほどしかない。緊張してきた。喉に通らないとかにならないといいなぁ。おいしいものをいただけるチャンスには、しっかりおいしくいただく予定である。
ノック音がしてメルさんが取り次いでくれる。マテュー様だった。
きちっとしたシャツにタイをして細身のズボン。いつも見るのとまた違う感じだが、上品な貴族感がよく出ている。
「お迎えにあがりました」
貴族は家での夕飯でもエスコートがいるものだったっけ?と記憶をめぐらす。今まで行ったお屋敷でそんなことはなかったけれど。
「リリアンは家族の団欒にわたしなんかがと辞退するのではと思って呼びにきました」
愛想笑いをなんとか返すと、手を差し出された。本物のエスコートだ。うわーと思っていると、口にほんのり笑みを添えて貴族の嗜みを披露してくださる。
「物語の妖精のように、可愛らしく、可憐だ」
カーッと顔に血が集まる。なんだってそんなこと言えちゃうの?
わたしはこれ以上そんな言葉を聞きたくないので、マテュー様の手に手を乗せる。彼はその手を自分の腕にしっかりと絡ませた。
「マテュー様こそ、決まっていて凛々しく素敵です」
わたしのは心からの言葉だ。
マテュー様はにっこり微笑まれて、では、と晩餐の部屋へと歩きだした。
恥ずかしすぎる。顔を手で覆いたい。貴族の嗜みなのに、聞き流せばいいのに、恥ずかしいってどういうことなんだろうと考える。
わたしが本当に可愛かったり、可憐だったりしたら、そう言われても納得できて、きっと嬉しいんだろうな、と思う。でも、実際そうじゃないのを知っているから。着飾ったことへの礼儀として言ってるのはわかっているのに、嬉しくなってしまって、きっとそれを見透かされるのが恥ずかしいのじゃないかと思う。そう言われて喜んでしまっていることを見透かされたくないんだ、きっと。
初めてお会いする伯爵様に滞在のお礼を申し上げる。
「いや、ウチの末のが家を破壊して、本当に申し訳ない。家だと思ってゆるりと過ごされよ」
スクル様とそっくりだ。いや、逆で伯爵様にスクル様が似たんだろうけど。どっしりした一家の大黒柱って感じだ。総騎士団長らしく視線は鋭い。
奥様に目礼をして、スクル様、ホルン様にも会釈をした。
晩餐は和やかに始まった。
皆さんはワインで、わたしはオレンジジュースにしてもらった。
フレッシュだ。爽やかな甘さが体に沁みわたっていく。おいしー。
ジュースなんていつぶりだろう?
と思っているうちに前菜が運ばれてきた。野菜を使った三種盛りだ。
野菜ダレと、柑橘系の爽やかなエキスで和えたもの、そして何かに漬け込んだもの。
うーー、野菜だけでこんな豊かに味を変えられるなんて。ああ、こういう料理人さんにお醤油とか味噌とかを使って欲しい! きっといろんなメニューが増えるに違いない。
ああ、これって何に漬け込んだんだろう? チキンスープとかかな? そして取り出して冷やしたのかな?
「……口に合うかな?」
伯爵様に尋ねられて、わたしは口の中にあるものを必死に飲み込んだ。
「とても、おいしいです。こんなにいろいろな深みのある味になるなんて、すばらしいです!」
「そうか、それはよかった。しっかりと食べてくれ」
「ありがとうございます」
次に運ばれてきたのはコーンの冷たいスープ。キンキンに冷えているのに甘さが際立っている。
パンとかでお皿に残ったスープを全部きれいにしていただきたいくらいだ。
伯爵様がわたしに話しかけた以外会話はされず、淡々と晩餐は続いていく。
ポテトでチーズと肉だねを挟んだものが絶品だ。こってりしているのに、油分が少ないからなのか、いくらでも食べられちゃいそう。
「作法はメイド紹介所で習ったのですか?」
「オーディーン夫人からも、多くのことを教えていただきました」
わたしの場合、作法はお母様からだったけれど、掃除などは自己流&前世の記憶からだったので、メイド紹介所での研修を受けた。それがとてもためになっている。
羊肉のステーキ。お肉はもちろん、ソースが素晴らしかった。パンは小さ目のをひとついただいて、ソースをきれいに掬っていただく。肉汁がコクを引きあげ、本当においしい。
それにしても皆様、時折わたしを気にかけて尋ねられる以外は全然喋らないんだけど。食事は団欒と言っていたから、やっぱり部外者のわたしがいるから会話がないのでは?と心配になる。
ホルン様と目があうと、貴公子様は微笑まれた。
「とてもキレイに食べるね」
「あ、すみません。ソースがとてもおいしくて」
意地汚いわたしだけお皿が洗われたようにキレイだった。
「そんなキレイに食べてもらえば、料理人も嬉しいだろう」
伯爵様がとりなしてくれるように言った。
「料理はどこで習ったんだい?」
スクル様がナプキンで口を拭きながら尋ねられる。
「いえ、習ったというほどでは、ただの家庭料理しか知りません」
「そうだとしても、尚更すごい。決められた予算の中で材料を買い込み、なるべく腹が膨れるような物を揃え、品数も増やそうと工夫をし、しかもバランスが取れている。あの年代なら肉に固執しそうだが、野菜が常に一緒に口に入るようになっていた」
伯爵様が口を開く。
「それは素晴らしい能力だ」
「いえ、わたしは少し口を出しただけで……」
「そして、ちゃんとおいしいのです。遠征の時と違って」
ホルン様はわたしを見て、にっこりと微笑んだ。
「それは遠征の時に是非とも欲しい能力だな」
皆様でひたすら持ち上げてくださる。
「リリアンが言っていたのですが、現地調達も面白そうかと思いました」
マテュー様、何をいう気だ?
「現地調達?」
コーヒーが配られた。
首を傾げられた伯爵様にマテュー様は説明する。
「はい、強くなれば獲物を狩って、その肉を存分に食べられると」
「父上、それは面白そうです!」
「遠征の訓練に組み込みましょう! その時には是非リリアン我々の指導についてくれ」
スクル様が本気のような勢いだ。
「いえ、あの、わたしはただのメイドでして。料理はただ自分で食べるために作っているだけで、指導できるほどのものでは」
「そうか、オーディーンメイド紹介所に指名で依頼をすればいいんだな」
…………。
「兄上、リリアンが困っているじゃありませんか」
「二軍を鍛えるのにもちょうどいいと思ったのだが」
そう言われるとマテュー様は少し考えて、わたしに向き直る。
「リリアン、騎士と一緒にいれば、危険な目には合わせないから」
これはなんかわたしも参加する流れになってる? と不安になってくる。
「あの、申し訳ありませんが、わたし捌けないんです。ですから」
「ああ、捌くのは騎士はみんなできるよ」
え? ホルン様は優しい笑顔だ。
「ああ、父上、見習いのうちからあれは完全に組み込んだ方がいいのではありませんか?」
「うむ、考えてみよう」
ホルン様に言われて、騎士団長様も考える流れになってる。
なんか、わたし、こうやってこのままいろいろ巻き込まれまくっていくんじゃ?
どこかで止めないと、流されるままにいつの間にやら深みにハマっていそうな未来が見える。
「ずるいわ」
皆様が今まで一言も言葉を発しなかった、呟いた奥様を見遣る。
「どうした?」
伯爵様が奥様に心配そうに声を掛けた。
「私だけリリアンさんの作ったものを食べていないなんて」
「いや、私も食べてな……」
「私も食べたいですわ」
キラキラした目を向けられる。
「いえ、あの、わたしのは本当に料理とまで呼べる物では……」
こんなおいしいプロの料理人の料理を毎日食べている人が、わたしの作ったものなんか食べたら吹き出すよ。
「庭で炊き出しをするのはどうだろう?」
「「庭で炊き出し?」」
お兄様たちの声が重なる。
「リリアン、炊き出しの要領で食事を作ってもらえないだろうか。リリアンの休みの日は来週の闇の日だ。休日を潰すのは申し訳ないが。二軍やみんなを招待して」
みんな?
「タデウスやラモンやテオもリリアンの料理を食べたいって言ってるんだ。庭でやれば母上も食べられる」
えーーーー。皆様、貴族なのに何言っちゃってるの。
「リリアンはお礼状を書くしかできないって言っていたけれど、手料理は十分なお礼になると思う」
まさか。マテュー様は何を言い出すんだと思ったけれど、そういうこと? わたしはお礼状だけじゃ感謝を伝えきれないって呟いただけなのに……。
「ある材料から作るのが得意と言っていたから、材料はこちらで用意する。父上、それなら遠征時の条件と同じでよくはないですか?」
伯爵様は顎を触った。
「では……肉類は用意しなくていい」
「ええ? 肉なしですか?」
スクル様が情けない声をあげる。
「まさか。来週の闇の日と言ったな。私が肉を狩ってこよう」
「え? ずるいです。おれも狩りたいです」
「久しぶりですね」
お兄様たちが盛り上がる。
「あなた?」
「心配するな、近くの森で午前中だけで帰ってくる」
話は大きく広がってきて、なんだか大変なパーティーになりそうで、しかもそのパーティーの料理の総指揮を任されてしまった。
そして当日まで材料はわからない……。
いや、お礼ができるのは純粋に嬉しい。それが手料理なんかで許されるのかが疑問だけどね!
その上、材料もわたし用意できないしね!
もうこれはマテュー様とパストゥール伯爵家の皆様のご好意だ。
そのご好意にどう報いれるのかわからなくて……やはりできることしかできないから、闇の日のご飯を精一杯心を込めて作ろうと、わたしは思った。
220706>今まで言った→今まで行った
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




