30話 本日のお仕事20 兄
優しげな容姿の貴公子。騎士の格好をしているけれど、華奢で繊細そうな人。淡い金髪にサファイアの青。なんか見たことがあるような気がするけれど、気のせいだろう。騎士様に知り合いはいない。
「策略をめぐらせることも時には必要だが、騎士道はもとより、人として道を外したら卑怯者と見下されるだけだ。覚えておくといい」
訓練着の集団は貴公子に頭を下げると、慌てて立ち去った。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、花がほころぶような笑顔をもらった。イケメンだ。こんな顔して、騎士で、優しかったらモテるんだろうなと余計なことを考える。
そこに軽快な足音が聞こえて、やってきたのはマテュー様だった。
「兄上」
兄上?
わたしはマテュー様とふたりを見比べる。似ていない。マテュー様はがっしりした体格で力強い感じの方だ。
あ、奥様! 奥様に似ているから、だから見たことがあるような気がしたんだ。
「君がマテューが破壊した家のメイド殿かな?」
破壊した家ってと思いながら、わたしは頭を下げた。
「ご挨拶申し上げます。温情によりパストゥール家でお世話になっている、リリアン……でございます」
苗字は、聞かれたときにだけ名乗ることにしようと決めた。
「リリアン、か。私は次男のホルンだ。朝食に来なかったから残念だったよ」
そっか、朝食の席で挨拶するべきだったんだ。
「考えが至らず、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「いや、そんなことはいいんだけど。パストゥール家では食事をする時が家族の団欒でね」
ホルン様を見上げれば、その横のマテュー様が首を傾げている。
「ご、ご家族の団欒の邪魔をするわけには……」
「お客様でも滞在中は是非一緒に食事を囲って欲しい」
「……寛大なお心遣い、ありがとう存じます」
ホルン様は王子様と同じ属性をお持ちな気がする。厄介そうな人だ。
先回りして誘導されて、自分で道を選んでいるつもりで選ばされているような……。
「兄上はどうしてこちらに? 俺に用ですか?」
「お前に用というより、演習場で面白いことをやっているようだから様子を見に来た。ここまで来てみればリリアンが絡まれていたから」
「絡まれていた? 誰に?」
マテュー様がわたしに尋ねる。掴まれた肩が痛い。
「マテュー、女性には優しく触れないといけないよ」
「あ、すみません、リリアン」
力が緩んでほっとする。
「いえ。ええと一軍の方だと思います。神聖な演習場で炊き出しをしているのが怒りに触れたようで……」
マテュー様が考え込む。
「マテュー、対処を考えるのは後にしたら? 私は炊き出ししているのを見たいんだ」
マテュー様はわたしからお鍋を取り上げて歩き出す。
「こちらにどうぞ」
「マテュー様、わたしが持ちます」
聞こえているだろうに、歩みを止めない。
「では、リリアン、行こうか」
持たせておけばいいと言わんばかりにホルン様がウインクされた。
うわー、ウインク決めて違和感ない人に初めて遭遇した。
二軍のみんながホルン様を見るなり胸に手をあて頭を下げた。ホルン様と呟く子もいて、マテュー様のお兄様だからか、みんな見知っているようだ。
ホルン様は炊き出しの様子を見にきただけだとおっしゃった。
憧れの騎士が目の届くところにいて嬉しいのか、チラチラ見ていてそれが可愛らしい。
わたしはスープのお鍋のチェックをする。
ちゃんと鶏皮を救い出してくれていた。
スープにお水を足して温め、鶏皮は空いた鉄板で焼き付ける。
「え、それ焼くの?」
「茹でてスープの出汁になって、さらに鉄板で焼いてもまだ油出てくるから見てて。カラカラになるまで焼き揚げるのもおいしいんだよ、鶏皮って」
ただ茹でて野菜と和えてもおいしいし。鶏皮はいろんなお料理に使える。それなのに、皮は外されたものが売られている。おまけでもらえるからラッキーなんだけど。お金出してもいいから鶏皮だけ買いたいぐらいだ。
塩漬けのお肉はシンプルに焼き付けて、ご飯の上に生野菜と一緒に盛った。そして特製醤油ダレを上からかける。野菜スープと切り端などの野菜の塩漬けと、鶏皮せんべい。以上が今日の献立だ。
ホルン様も食べてみたいとおっしゃるので、用意をする。
「ホルンも来てたのか?」
「スクル兄上!」
今度は体が大きくがっしりした騎士様だ。
「なぜ、ここに?」
「お前がちゃんとやれているのか見にきたんだ」
マテュー様は疑い深い顔をしている。
こちらはマテュー様をさらにがっしり大きくした体格だ。
二軍のみんなが勢揃いした3兄弟に憧れビームを送っている。
「差し入れを持ってきてやったから、そっちをちょっと食わせろ」
強引にマテュー様のお皿を奪う。フォークに乗せて口に運んだ。
「……これは」
ガツガツガツ。
ホルン様も一口掬って、そして目を見張る。
「これは、うまい」
「これは誰が作ったんだ? メイドか?」
スクル様がわたしに視線を合わせる。
「いえ、みんなで作りました」
「材料はどう仕入れた?」
「市場に行って、当番ふたりと俺とで、リリアンに相談しながら買いました」
スクル様に細かい段取りを聞かれ、わたしたちはそれに答えていった。尋問みたいだった。
スクル様が差し入れてくださったのは、お肉の入った小さなおまんじゅうだった。みんな嬉しそうに頬張っている。数多く持ってきてくださったので子供たちにも食べさせてあげられた。初めて食べるおいしいものに、目を輝かせている。みんなでお礼を言った。
熱烈な視線に応えて、お兄さんたちは食事の礼だと現騎士への質問を許した。
騎士見習いたちは、まだ自分たちは体が作れていないこと。一軍と二軍で力量にかなり差が開いていること。そんな二軍でも何か騎士になれるよう、くらいついていけることはないかを聞いた。
みんな目が真剣で、圧倒される。
スクル様は体はひと月やふた月で作れるものではなく、急に出来上がるものでもないと説いた。ただ積み重ねていけばそれは絶対に自分を裏切らないとおっしゃった。
それからみんなが同じである必要はないと。違うところが強みになるんだと。自分の特化したところを磨け、と。
ホルン様は、騎士だからといっても、結局のところ何を守りたいのか常に自分に問いかけ、履き違えないことが大事だと思うとおっしゃった。
それは至言だった。
わたしは結局のところ何を守りたいんだろう?
生活? クリスタラー家? 領地? お兄様? オーディーン夫人?
わたしは何が大切なんだろう?
リリアンとしての人生? ファニーの人生?
自分に問いかけても、その答えはみつけられなかった。
220706>一口救って→一口掬って
ホルン様、一口で何か助けとるっΣ(゜д゜lll)
誤字報告、ありがとうございましたm(_ _)m




