その場所にいるのは
CODEシリーズ、アドネル神話シリーズに続く話です。
この後に1新世紀異次元ドラゴンスレイヤーが続編で続きます。
様々な話が繋がっているので、これから出る話や過去の話も読んで欲しいです。
プロローグ
大きな屋敷の地下で人影が薄っすら見える。その隣で微笑む男性はもう1つの人影に視線を向ける。
「礼を言うよ。もっとも、運命と死神に操られただけなのだが」
「それには及ばぬ。何しろ、その死神に狙われていたのは我なのだから」
そう言うと、人影は瞳を光らせて姿を消した。
「やれやれ、また地獄をひっくり返そうとしているのか。鬼が出るか蛇が出るか。手に負える内に助けを呼ぶか」
彼はそう独り言を零すと空を仰いで、大太刀を構えて社を後にした。
人影は下界から上界の深淵の森の中の獣道から山道に入ると、大鎌を構える存在が現れる。
「デスか。見逃すことは出来ないよな。冥王の命で来ているだろうが、仮初の箱を渡してもらえないか?」
デスは一切言葉を発することはない。溜息をついて人影は鋭い視線を注ぐ。
「今、時空の器に魂喰いの龍が存在している。倒しに行った私が逆に操られたのだ。あれの動きを止める為には仮初の箱が必要なのだ。仮初の箱の疑似魂であれは大人しくなる。私から冥王サティスを説得するから、連れて行ってくれ」
それでもデスは立ちはだかって動かない。
諦めて善悪のない戦いを行うことを決めて、人影は拳を握って構えた。
「そこまで」
間に入ったのは大男であった。サングラスにバンダナ姿でこの春の時期にも関わらず厚手のコートを羽織っている。
「ジンか」
デスは鎌を下ろしてジンと呼んだ大男を無感情に眺める。ジンは視線だけで人影を見た。
「ダークドラゴンの復活をさせたのは何者だ?」
人影はそっと囁いた。
「アスタロットのモレクだ。既に姿を消している」
「お前は何者で何故、この事態に気付いた?」
そこで、人影はゆっくり灯りの中に入って姿を見せる。
「貴様はアラン-スチュワート。どういうことだ?」
彼は経緯を語り始めた。
かつて、上界の運命を司る者、メビウスによって下界に人形の依り代を作るように操られた中世の宮廷人形師であった。それが上界の存在と関わることによって上界の存在に昇華した珍しい存在である。
しかし、その邪悪性により伝説の号雪という街からもたらされた不思議な血、SNOWCODEの血を受け継ぐ者達によって異界へ排除されたのだ。
「全く独立した位相の次元に輪廻岩に封印されていたダークドラゴン亜種の眷属の1柱であるダンタリオンを解放しようとモレクが動き出したのだ」
ダークドラゴンのディアボリでさえ、巨大なドラゴンの絶界王シュニがディアボリの回りに光の結界を張り七海竜王の力でイサイアスは宝珠の結界を放った。さらに自分の力を放って完全にディアボリを捕らえることが出来た。
そこにイロアスの1柱、剣士王ラルヴァダードを連れて戻ってきた。天から舞い降りたラルヴァダードは神殺しの大剣を封印のオーラに包まれたディアボリに突き刺した。
ディアボリは完全に赤い結晶に閉じ込められた。それを単独高次元の彼方にラルヴァダードが封じて全てが収まった。
イサイアスは存在するだけで全次元の崩壊を起こす程の強力な存在であり、その為に封印の道具を付けられているがそれでも能力は高かったのだ。
これだけの存在がディアボリを倒すことが出来なく封印した存在である。
並大抵な存在が束になって全力を使ってもダンタリオンを倒すことは不可能である。封印を解かせないか、再封印するしかないのだ。
一番なのはモレクを止めるしかないのだ。
「貴様はいつの時代のジンだ?」
アランの質問にジンは鋭い視線を刺した。
「お前の知っている新しいジンの祖父と言えば分かるだろう。代々伝わる知らない人を知る能力、ヴィジョンで既に竜胆について分かっている」
そこでアランは鼻で笑った。
「貴様ら一族の能力は知っている。まだ、ヴィジョンで見ていないのか?貴様は竜胆なんだよ。転生する運命であり前世の全て受け継ぐ者よ」
彼は気に入らなかったのか、指を鳴らして周りを真っ暗にした。
「どうでもいい。モレクに操られて何をした?」
ジンの質問にアランは顎を撫でて唸る。
「輪廻岩の崩壊に必要なサーラと切り取られた次元に行く為のヴェーダの鏡を手に入れる手伝いだ」
そして、手に赤い宝石の付いた鍵を摘まんで見せる。
「剣の一族の玄王の憑依召喚をした少年が時空を超えて、我を覚醒させたのだ」
その鍵が何であるかはジンにはすぐに分かった。鍵は上の次元の存在の特殊な力を持つオーバーコードと呼ばれるものである。
「それがサーラか」
ジンの質問に答えずに一言零した。
「鏡は渡してしまった。それにサーラはヴェーダがないと本来の機能を発揮しない」
ジンは大きく息を吸って赤紫の天を仰いだ。
「だから、パンドラの箱で封印をしようと考えたのだよ。知らんだろうが、あれは魂を戻すだけの箱でない。死する者は蘇生させ不死な者は封印してしまうのだ。ドラゴンは鱗珠という小さな玉にしてしまうのだよ」
アランはそう言って姿を消した。
残された想い
1
南雲美月は所属している大学にある某研究室を探していた。
民族学の研究室であるが、専門以外にも葛城教授はあることを研究していた。
『人間のレゾン・デートルにおける運命学』である。
その学問に多面的で超自然的な入れ知恵を教授に与えたのが、美月が慕っていた我神棗である。彼は既に某有名大学の大学院に進学している。
葛城研究室を見つけると、ノックをする。
「入ってきていいよ」
ドアの中はコンパクトであり、書類でいっぱいの棚が壁を塞いでいた。
「君は?」
視線も向けずにパソコンのキーボードを叩きながら教授が口を開いた。美月は入り口近くの応接空間の椅子に腰かける。
「文学部人文学科の南雲です。高校で先輩だった我神先輩からこの研究室のことを聞いたことがあって…」
そこで急に眼を輝かせた葛城は、パソコンの前から離れると大きな声を上げた。
「我神君の。それは興味深いね」
コーヒーメーカーから紙カップにコーヒーを注ぐとテーブルに置いて彼女の向かい側のソファに腰を下ろした。
「で、君も運命、CODEについて深く関わっているのかい?」
彼女は少し間をおいて答えた。
「少し出来事の際に一緒にいた程度です。詳しいことは分かりませんが、先輩はあまり話してくれないので。こうしてここに来たのもその為です」
彼は少しがっかりしたように溜息をつくが、テーブルに肘をついて両手を組んだ。
「相談を聞こうか」
彼女はポンとプリントアウトした紙を机上に置いた。
死体と思しき存在が写っている写真であるが、明らかにそれは歩いているのだ。
「冥婚って知っているかい?」
「あの死人と結婚するという」
「その習慣があった廃村が東北の山奥にあったんだ」
そこで美月は目を皿のように見開いた。
「だって、あれは男系社会の中華文化が主で…」
葛城は手で制して彼女は口を閉じた。
「実はヨーロッパのごく一部や日本にも限られた場所に存在しているので、一概に中華圏のみとは言えないんだ。例を上げると山形県天童市だね。そこの若松寺のムカサリ絵馬は未婚の死者を供養する意味合いがある。これも冥婚と言えるだろう。さらに青森県つがる市の西の高野山弘法寺に人形堂がある。花嫁花婿の人形を使って死者を供養するんだ」
「それって…」
思わず彼女は声を漏らした。葛城は構わずに話を続けた。
「人形婚は1950年から1960年に始まった。意外に新しいだろう。太平洋戦争の戦没者の為というのが始まりらしいが、当時は郷土人形が使われていた。1970年半ばに青森県の各地に広がり80年代前後に人形堂が建てられた。少し前はガラスケースに婚礼人形が主流になった」
そこで、溜息をついてさらに付け加えた。
「日本では生きている人間を冥婚の相手にしてはいけないという習慣がある。何故なら、その相手も黄泉に誘われるからだ」
それを聞いて美月は目を見開いた。
「つまり、今回の件は日本の伝統的な冥婚と関係ないと言える。特殊で前例のない独自のものらしい」
それでも、全くの無関係とは言い切れないと美月は思った。
「同じ東北に冥婚という共通点があるのは、関係ないとは言えないと思います」
それ以上、彼の話は続かなかった。
彼はタブレットをデスクから持ってくると、ある写真を表示させた。
「人形?」
「詳しくは分からないのだが、人形を代わりにしているのか。又は遺体保護の為に蝋か特殊な素材で表面を加工しているのか」
それを見て彼女はふと顔を見上げた。
「私が彼に相談したかったのは…」
すると、教授は右手を上げて制すると首を横に振った。
「ジョン-スチュワートという我神君の知り合いから生きる人形の話を聞いていてね」
そう言ってコーヒーを注いでテーブルに置いて、教授も自分の分を入れ始める。振り返って口を再び開いた。
「君は関係していると思っているようだが、今回はそれとは違うらしい。人形に魂を入れるという儀式のことを君は考えているようだけど、人形ではなく人間の躯だ」
そこで美月は疑問を持った。これは運命を司る者の仕業なのか。以前の事件は彼らが下界に降りるための依り代を必要で人形を用意させたのだ。
今までと違う人間の躯を使う必要性がない。
「はっきり言うと、彼らは魔術書として人形の作成方法を残した。人形でないといけない訳だ。つまり、今回の件は別の怪異の仕業だ」
確かに、今回の始まりは冥婚が始まりである。彼女が研究の為にそれを調べて、ある村で失踪事件を知って死人が関係していると思ったのがきっかけである。
「ジョンなら何か知っているかもしれない。彼は飛び級で大学院に来ていて君より年下だが、かなり賢明な学生でね」
彼女はお礼を言うとすぐにジョンを探してキャンパスを駆け回った。
2
廃ビルにやってきたのは槐真紀である。中学のオカルト好きの仲間で話していた時に怪異が起こると聞いたので、そこに彼女の兄の知り合いである霊感のある矢戦要を頼み込んで連れて来たのだ。
JRの某駅を出て細い通りにどんどん入っていく。すると、ふと気付くと廃墟と化したビルが姿を現した。
足を止めた要が鋭い眼差しで囁く。
「真紀、ここは止めた方が良い。気軽に入るレベルじゃないし、この手の怪異に縁を作る必要はない」
その言葉にセミショートの髪を触って彼女は機嫌を損ねる。
「一緒に行ってくれるって言ったじゃん。危険だから要君を連れて来たのに」
その後が面倒になると髪を掻きながら要は溜息をついた。
「…分かったよ、その代わり中では言うことを聞けよ」
その言葉に彼女は立ち止まって目を細めて振り返る。
「変な命令しないでね、変態」
「だ、誰が変態だ。子供相手に何も求めないって。まったく…」
要は追い越して先に行こうとするが、建物の前で足を止める。入口の店舗用シャッターが全部締まっていた。
シャッターの端の錆び付いたドアノブに手を掛けたその時、後ろから建物の陰から2人のスーツ姿の男性が現れた。1人は真面目そうな長身痩躯の眼鏡の男性にもう1人は多少若いようで部下のように見える。
彼らは警察手帳を中が見えるように提示した。
「警視庁捜査1課の佐々木とこちらは佐藤です」
急に真紀は体をこわばらせるが要は冷静に冷たい視線を2人に向ける。
「どういった用ですか?」
すると、佐々木と名乗った男性が淡々と説明を始める。
「いえ、ここに何の用かと思いまして」
要は頭の中をフル回転させて色々脳裏に巡らせていた。
「この中で窃盗事件がありまして」
そこですかさず要は佐々木に視線を注ぐ。
「本庁の捜査1課が単なる窃盗で見張りを、ですか?」
佐々木は表情1つ変えずに慌てる佐藤を背中に隠して続ける。
「流石ですね。確かに窃盗だけの捜査ではありませんが、捜査内容を漏洩させることは出来ないのでご容赦下さい」
そこで何かを感じた要はシャッターに視線を向けて息を深く吐く。
「このドアの中を少し見せてもらえないでしょうか」
佐々木は意外な表情を見せるが、佐藤に頷いて見せる。彼はゆっくりとドアを開けてすぐに思わず声を出した。
「何故、人形がここに?」
要も彼の後ろから中を見ると、ドアの向こうに人間大の女性の姿のリアルな人形がくの字で倒れていた。
すぐに全てを悟ると要はスーツの2人に囁いた。
「すぐにこの件の仕事を終わらせてもらいますよ」
と少し離れてスマートフォンでどこかに電話をした。すると、佐々木にしばらくして電話が掛かり苦虫を潰した顔で要を見た。
「君は何者なんだ?」
「ただのフリーライターですよ。この件の終了の命令が出たはずですが?佐々木警視」
そして、この場を離れるように手を道の先に手で誘導する。2人はそのまま速足で去って行った。それを見ていた真紀は目を輝かせた。
「本当に要君は何者なの?」
「深く知らない方が良い。それに今回は知り合いに今回の件を報告しただけだ」
要は手で制して廃ビルに入ることを待っていた。すると、すぐにバンダナにサングラスの大柄の男性がコートを翻してやってきた。
彼は2人に視線を向けずにシャッターに凭れ掛かり腕を組む。サングラスから微かに金色の三白眼が向けられたのが分かる。白い髪がバンダナから風に揺れた。
「で、見解を端的に」
彼はそう言うと要は親指でドアの奥を示す。
「人形の出現と本庁1課の捜査から、この廃墟で不審死があって人形が関係するが、あり得ない場所からここに移動したということだろうな」
「ああ、公安の上から情報を得たが、奴らは人形のある場所での密室殺人の捜査をしている。張っていたのも犯人が戻ると思っているからだ」
顔に手を当てて要は呟く。
「同じ警察なんだから情報交換すりゃいいんだよ。まあ、CODEは極秘チームだから無理があると思うがな」
「組織はそんなに単純じゃない」
視線を鋭くしてさらに通称、ジンこと陣竜胆は要に続ける。
「あの人形は冥婚の産物のようだ」
「だが、あれは女系の中華圏の文化で未婚女性が正式な埋葬出来るように遺体を保存して生きた男性と結婚させるのでは?」
「その肉体が失われたら?それにヨーロッパや日本でも冥婚はある。月夜見館の南の高台にある廃村にもな」
「良く知っているな。ヴィジョンか?」
「否、別件で知ったばかりだ」
要は腕を組んでさらに訊く。
「でも、人形に死人の魂を下ろしたということか?聞いたことない」
「似たことはソウルブレイカーのファーストコンタクトであっただろう」
ソウルブレイカーとは上の世界の運命を司る者の使者が初めて人形に召喚された事件である。その中で運命と司る存在の1柱が偶然不完全に召喚されたのだ。
「葵…、SNOWが召喚されたのは死んだ息子の為に、白の魔術書と知らずに花嫁人形が作られたんだろう」
「似たようなものだ」
彼はそう言ってサングラスを上げると、言葉を重くした。
「ただ、今回は霊ではなく別者を召喚してしまったようだがな」
「だから、CODEのボスのジンに連絡したんだ」
要の言葉に鋭い視線を崩さずに囁く。
CODE。そもそも、上の次元である上界の運命を司る者の力、通称CODEを見て使役できる者が少なからず存在した。ジンや彼の父親は他にも能力があるが、その力を使える者を公安は全員引き取って、上で直属の組織を作り上げた。上界の干渉が多少でもあると、彼らの能力で対応させていたのだ。
「ところが運命を司る者でもない。今回はスチュワート家と関係ないようだ」
眼を見開いて要は驚きを隠せなかった。
「何だと、どうやって…。じゃあ、何が呼び出されたんだ?」
ジンは何も答えずにドアの中に入って行った。
人形は人間ではありえない姿で寝ていた。ウィディングドレスの恰好が哀愁を漂わせていた。煙草を取り出して火を付けながら廃墟の中を歩きつつ、ジンは高い天井に煙を吐きながら言う。
「まず、ここにいる強力な悪霊を何とかしてくれないか?」
要は人差し指と中指を立てて刀印を結んで、丹田に力を込める。
霊感を高めると3階から冷気が漂うのを感じる。
「少し待っていてくれ」
要は崩れそうな端にある階段に向かって駆けて行った。真紀はそれを追い掛ける。3階には肝試しにきていた数人の若者がいた。
「バカな、何故こんな危険な場所に。霊感のない者でも呪詛にやられるぞ」
そう言うと、何かを呟いて守護の力を借りて防衛をする。次に手印を結ぶと彼らの側に寄った。目の前に男性が鋭い視線で生きている者達を眺めていた。
一足遅く少年が1人ガラスのない窓から落ちて行った。仲間達は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
窓の側で息を整えると、感情を高ぶらせた。
「お前が死んだ経緯は同情する。しかし、生きる者を死に落とすことは許されない」
要の指は空を切った。すると、何かが苦しみの中で姿を現せた。
「お前は殺し過ぎた」
さっとそれを刀印で切ると呻き声と共に悪霊と呼ばれる残留思念は消えて行った。
振り返り要は真紀に言った。
「霊は魂ではなく、強い想い残留思念だ。アストラル体、アニマは死した時に気絶状態になり残留思念に引きずられてここに繋ぎ止められる。生霊がいい例で、念や呪詛を送るが魂は体内に残る。霊が完全な魂、アストラル体であるならば、生霊は一度死んで魂ごと離れた場所で悪さをすることになるし、別の場所で何かをしている時に魂が別の場所で何かをするという矛盾になる」
そして、下階に戻ると要はジンに頷いた。タバコを握りつぶすと、ジンは口を開いた。
「ご苦労だったな。で、人形の魂はこの人形の元魂だ」
その言葉に要は目を人形に向けて目を細めて呟いた。
「三度、パンドラの箱が開いたのか?あれは上界の冥界に戻しただろう」
要は霊視したことを話した。人形の中に亡骸が埋めてあること。彼女は病死であり、田舎のサナトリウムであること。婚約者が冥婚されそうな彼女を奪ってここに隠れた。
「そして、あいつにやられた…か」
要の話は割愛するが、真紀は彼らの話の何かが琴線に触れたのか少し涙ぐんでいた。
場所を移して古びた喫茶店の奥でジンが口を開いた。
「本来はパンドラの箱は死者のアニマが上界の冥界に行ったり現世を彷徨っているものを戻すものだろう。しかし、今回の場合は死体が新鮮な今までと違って保存された状態だ」
そこで要が割って入る。
「そう、時間が経てばアニマは下界に戻れない状態になるか、下手すれば転生している場合もある。冥婚となれば死亡してすぐに行われるとは考えにくい。だから、関係者は保存しているのだ」
そこで2人の抱く疑問に気付いた真紀が大きな声を出した。
「あの人形に入っていた魂は?」
ジンは目線だけ要に向ける。
「霊視では完全に彼女のものだった。ただ、違和感があって記憶から質まで全く一緒なんだが、作られた感じというかそのものと思えない感覚が混ざっている。強力な霊能力がなければ分からない程度だが」
そこで、ジンは頷く。
「間違いないな。パンドラの箱が開けられたんだ」
彼らは真紀に視線を集めた。
「ここからは俺らの仕事だ。普通の人間が触れるレベルの怪異じゃない。帰れ」
彼女は眉を細めるが、ジンを見て諦めて溜息をつくと言葉を零す。
「借りは返してよね」
借りの意味が分からないが、とりあえず要が了承すると彼女は去っていった。そして、再びジンに視線を戻す。
「で、その話が本当なら廃村の生き残りが冥婚をしている可能性があるな」
彼らは東北の廃村に向かうことにした。
3
ジンがハンドルを握る中で要が口を開いた。
「あの人形が旦那を殺して他に殺人を起こしていたとすると、あのビルで人形から魂を剥がしたのは誰だ?」
ジンはそれに答えずに前を向いている。
「棗か?何が起きて何をしているんだ?」
ジンがやっと口を開いたのは、月夜見館の駐車場につたところであった。
そこは山奥の細道から入った舗装のない道の先にある旅館であった。そこからテニスコートの脇の道を北上すると建物があった跡があり、その西に古い階段があった。そこを上ると廃村が広がっていた。
「誰が何故、彼らにパンドラの箱を与えたのか」
要がそう言うと、ジンが視線だけ彼に向ける。
「俺の予想では偶然に仮初の魂のみが次元を超えて、この世界の死人人形に偶然に影響を与えたんだ」
現在ではパンドラの箱を上界の冥界から持ってくることが出来ない。しかし、箱が欲しい存在が苦肉の策で、この次元に箱があった時代に遡りそれを手に入れようと時空の穴を作り掛けているのだと推測出来た。
「そうか、棗はパンドラの箱を求めている存在とその目的を探っているのか」
要の言葉にジンは微笑んで親指を背後に向けた。
「仮初の魂の気配か」
そう呟き要もその方向を睨んだ。廃村の向こうには森が広がっている。2人は凄まじい速さで廃村を越えて森の中に入っていった。
森の中を大分進むと小さな村が森の中に現れた。集落は限界集落で数十人といった感じである。集落の背後に巨大な大木があり、そこに小さな祠があった。
そこに不思議な力を両手から放つ存在がいた。8歳くらいの少女が巫女のような姿で座っている。その周りに白装束の村人が囲んでいる。
少し離れた場所に青年が隠れて見ていた。ジンはすぐに状況が飲み込めた。
「あの子供は特殊な力を持っている。おそらく、真理に反する存在だろう。アルファオメガの能力で時空を捻じ曲げているんだ」
つまり、あの少女はかつてパンドラの箱が開かれた時に復活した存在から生まれた存在であるのだ。しかし、本来は死した人間が生者として存在してはいけないのである。だから、次元は自己修正作用として、真理の能力を持たせて均衡を保ち次元の歪みを無理やり綱渡りだが修正させたのだ。
…そして、彼も。
「あの子がアルファオメガの力を使ったことで社に時空の穴が開き、同じ次元操作者を未来から呼び寄せたんだろうな」
要が少女の様子を伺っている青年に視線を注ぎながらつぶやいた。そして、ジンに視線を向ける。
「で、どうする?」
「当然、社の先にある過去に行き、パンドラの箱を閉じる」
過去を変えることは不可能である。しかし、過去を変えると未来を変えてしまう。だが、それが出来ないように上界の存在が時空を管理している。
つまり、過去に何をやってもそれはリンク状態となって時間に変化のない状態になるはずである。過去に時空移行出来る存在は過去で現行の未来に変化を与える行為をしない、出来ないと考えられた。欲深く未来を変化させようとする人間は時間を遡ることは不可能と言える。
要とジンは青年に接触することにした。ゆっくり近付き、この村について、そして彼について訊くことにしたのだ。
彼は気配で振り向いて何かを悟ったように、彼らに見つからないように木陰に導いた。
「僕は白鳳白亜です」
すると、要がすぐに表情を変えた。
「白鳳?すると作家で言霊使いの息子さんか?でも、年齢的に…。未来から来ているから、高校生くらいの子供がいても当然か」
「いずれ、未来で会うことになりますよ」
彼はそう言うと社を睨み続けた。今も過去のメビウスの箱の力が漏れ続けている。
ジンは通常の人間と違った存在である。要は救世主でありアストラルコードの能力で次元を操ることが出来る。白亜はルーラーである。3人共、肉体を持ちながら次元を超えることが出来、時空を超えることも出来ると考えられた。実際に、白亜は未来から実際に来ていた。彼らは箱の能力を閉じてこの奇怪な死人で出来た人形を動かさないように時空を超えることにした。
「でも、ルーラーは七輪島の住人のはずだろう?不入の地から復活した者から生まれたんだから。それが何故、こんな辺鄙な限界集落で巫女をしているんだ?」
要の言葉にジンは少女を見ながら答える。
「だから、巫女なんかじゃないんだ。ここの人間の冥婚の道具にされている。人柱というべきか」
それでも、その能力が何故かなり離れた村の民にバレたのか。そうではなく、ここの人間を上手く誘導している存在がいるのだ。
その犯人と目的は棗が解明しているところだろう。
「じゃあ、行くか?」
その要の言葉にジンは手で制した。ジンは時空を超えるリスクを考えているのだ。棗が情報と答えを持ってからでも遅くないということなのだろう。
白亜はそのやり取りに苛立ち始めた。
「じゃあ、さっさと我神先輩を連れてきますよ」
彼がさっと姿を消した。
「あいつ、何故焦っているんだ?それに我神先輩、って言ったよな」
要の詮索に興味がないのか、ジンは頭の後ろに手を組んで寝そべりながら空を見上げた。
「まあ、いいか」
要はさっと高い木の頂上に一瞬で登って遠くにある街を眺めた。
4
都内の郊外にある大豪邸に我神棗は動く人形を追って忍び込んでいた。すると、ジョン-スチュワートから電話が掛かってきた。
「棗?今、お客さんが大学に来ているぞ」
そこで彼は木陰に隠れてブルートゥースで答える。
「今、悪魔の使い魔を追って本拠地に来ているんだけど、急ぎの用?」
ジョンは困ってしまった。
「式神は屋敷に入ったのか?すると、こちらも急がないといけないかもしれないな。君の後輩も出来損ないの復活者の事件に巻き込まれているぞ」
その言葉に棗は首を捻った。
「村から出された使い魔は3匹のはずなんだけど。空間把握の能力は間違いない。1体は殺人をしてビルで自ら殺した男性の霊にあの世に帰された。もう1体は今、目の前で屋敷に入った。最後の1体は僕の作った次元に閉じ込めてある」
ジョンは鼻で笑った。
「もし、あいつらが次元を超えられる存在だったら?または君の言う悪魔が使い魔を取り戻したのだとしたら?」
ジョンの意見はこうだった。
本来はパンドラの箱は死してすぐの人間の体を一時的に完全な状態にして魂、つまりアニマを戻す機能がある。だが、今回の人形は死してしばらく経っている。防腐処理をしていても箱が戻せるほどの身体ではない。そして、戻っているのはアニマではなく、その一部のいわゆる霊に近い幽体的な中途半端な状態、残留思念に近い存在が死体を材料にした人形に入れている。
明らかにパンドラの箱の作用ではないのだ。だが、能力を持つ下界の存在達は感覚でメビウスの箱の作用と考えている。
では、その作用を変化させて作用させているとしたら、出来るのは上の次元の存在かアルファオメガと呼ばれる真理を変化させる能力を持つ存在である。
ルーラーの少女が時空の穴をあけた時に、同時にパンドラの箱の作用を変化させていると考えられた。
ジョンは溜息をついて言葉を吐き捨てた。
「またか、悪魔は上の次元の存在か。どれだけこの下界は次元が不安定になっているんだ。穴だらけにして」
「僕の檻から脱走した使い魔の方は君に任せる。僕はボスの方を相手しないといけないからね」
棗はそう言って通話を切ると木の頂上に跳んで、そこからかなり離れた屋敷の屋根に跳んで屋根に飛び出ているリカーノンの窓を開けて中に入った。彼にとってはクレセントを開けるのは訳がなかった。
「この気配、アスタロットか?」
すぐに物置の布の掛かった家具を避けて廊下に出た。誰かが近付いていたので棗は自分の小さな次元を作ってそこに入って姿を隠した。
廊下の奥から来たのは異形なる存在であった。アスタロットのモレクである。後ろには偽物の蘇生者が続いている。
次元の隙間から棗は様子を伺った。
「で、ダンタリオンはあの次元を超えることが出来ないのか?ヴェーダでは小さ過ぎるというのか。ダークドラゴンという存在が災いしたのか。肉体を持ちながら次元を超える存在か」
モレクの言葉に蘇生者は口を開いた。
「モレク様。だから、我々をお生みになり過去のパンドラの箱を手に入れようとされているのでは?」
「小さく封印してヴェーダから出すのさ。ただし、アラン-スチュワートの動向が心配だが」
モレクはアンティークのアールデコ調のシルバーの手鏡を眺めて囁く。
「あ奴はサーラを持っている。万が一、封印次元に侵入されたらダンタリオンの輪廻岩を破壊されたら元も子もない」
人形は振り返り無表情のままモレクに言う。
「しかし、彼らにはヴェーダがないので、あの場所に行くことさえ出来ません」
しかし、ヴェーダがなくてもサーラを使用する方法を見つけていたら。他にあの次元に行く方法があったとしたら。
「それが完全ではないから、こうやってお前達、狐鬼を集めているのだ。冥界の箱の力を利用してこの次元の妖を集めれば、私があちらに行く際の結界を作り時間が稼げるのだよ。後を付けられれば終わりだ」
つまり、モレクは次元を超えて輪廻岩の次元に行く為に偽の魂を召喚しているということだ。棗は次元を閉じて別の次元の穴をあけて屋敷から出ると、要達のもとに急いだ。
逆を言えば、冥婚の生ける屍を倒し続ければモレクはダンタリオンを復活させに行かないということになるのだ。
5
ジョンの元に来た美月の話を聞いた彼は、棗の話で大体の状況が分かってきた。
「行方不明の友達がゾンビのように歩いていたというのは、残念ながら彼女はこの世のものじゃないね」
ジョンがそう言うと美月は溜息をついて俯いた。目には涙を溜めている。
「どうして、そんな集落に行ったんだい?」
彼女はジョンの質問に答えることなく、ただ沈黙していた。
「あの場所は、あの山は神隠しが多いと言われている。何か関係があるのかもしれないな。とりあえず、行ってみよう」
ジョンはスポーツカーを出して美月と呪われた村に向かった。ハンドルを握りながらこれから行く場所について話し始める。
「あの場所には飯綱がいるんだ。管狐、妖というか鬼というか。鬼と言っても既成概念の存在ではない存在だよ。昔は今と違う意味で鬼や鬼神をイメージしていたのに、丑寅の鬼門の概念が変えて行ったという説もある」
車は高速に乗ってさらに北上する。
「つまり、異次元の存在が沢山いるんだ。山にそれは多くいる。そして、神隠しはそういう場所に起こるんだ。神隠しとは山の異次元に迷い込むことだから」
雲行きが怪しくなっていき、まるで行く手を防ぐように土砂降りの雨になった。
「これは邪魔が入っているな。ということは味方が揃っているということか」
ジョンは人外にように何でも把握できるようであった。実際に彼は人間とは言い切れないのだが。
高速を降りて大分走って山の中に入っても目的地は一向に見えてこない。それは距離だけの問題ではないようだった。
「怪異は見えるものを隠したり、行けるところに辿り着けなくするんだ」
と言いながら右手を前に向けて力を放つ。すると、霧が晴れるように山道の先に右や左への道が見え始めた。
「ナビはもう役に立たないから感覚で行く。目的にの北の廃村は行ったことがあるから大丈夫だよ」
急に左の舗装のないかなりギリギリの山道に入る。左は断崖絶壁で脱輪すれば一巻の終わりである。
ところが魔法のようにいきなり開かれた場所に出た。
「救世主どもの仕業だな」
そう、要や棗は上界の力を使えるのだ。木々の中に車を残して気配を探りながら森の中を彷徨って空き家の中に躊躇なく入っていった。そこには矢戦要、ジンこと陣竜胆、白鳳白亜、我神棗がいた。そして、少年が剣を構えて視線だけを向けた。
「お、亜鈴じゃないか、久しぶり」
しかし、亜鈴は無表情のまま、窓の外を眺めていた。その先には木々の間にある空き地、その先にある群衆が見えた。
急にジョンは真顔になって亜鈴に言う。
「上に行っていたな。デスまで敵にして何故、アラン-スチュワートなどに」
すると、要が間に入る。
「同じスチュワート一族の面汚しだから、目の敵にするのは分かる。現に悪であることもな。しかし、今は休戦状態で敵の敵は味方。だから、助けたのだろう?」
亜鈴は何も答えなかった。ジョンは溜息をついた。
「そういうことなら仕方がない。確かにダークドラゴン相手なら、手がゴミでも多い方が良い」
手が多い方が良いというのは確かである。しかし、彼らではまだ戦力としては弱い。モレク相手でも難しい可能性がある。あれは白いアスタロットの一種なのだ。
「パンドラの箱を手に入れたら、箱のある時代にいる過去の戦士を味方にしよう」
要の言葉に頷いて椅子に座るとジョンはジンに視線を向けた。
「ああ、他の救世主は呼んでいない。龍皇の魂の宿った者も俺達と同行出来ない。特にセブンズクライシスがあり相手がダークドラゴンであり」
ジンは一瞬、間を置いた。
「白亜みたいなイサイアスというセブンズドラゴンズと同じ全世界を破滅させる力と一緒にいるのに危険が多い状態だ。予想外の事態は出来るだけ可能性から削除したい」
そう、白亜はイサイアスの能力を持ってしまっているルーラーである。
「今はあの人身御供、人柱の巫女のお嬢ちゃんと時空の祠に入ってしまえば集落の連中は何も出来ないし、仮初の魂の人形も終わる。さらに敵も後を追ってくるとこちらの思惑通りという訳だ」
要の言葉は共感出来ないものがあったが、それが真実でもあった。
集落の老人達はただの人間である。中に別のルーラーがいてもいくらでも何でもなるのだ。
「じゃあ、行きますか」
少し物憂げに棗がそう言った。
「その前に棗君、本当に友達は、加奈はもう生きていないの?」
その言葉に彼は俯いた。
「1回捕らえて僕の作った次元に入れたんだけどね。今はあの中にいるよ」
村人の群れを見ながら言った。
「で、でも、死ななければゾンビにならなかった訳でしょ。人形にしたということはあの村人がそうしたってことだし」
そこでジョンが口を開いた。
「ご想像通り、あいつらが自分達の習慣を守る為に人殺しをしてゾンビにした、ということだ」
村ぐるみで犯罪を犯しているカルト集団なのだ。何が実際に起こっていてもおかしくはない。
時空を超えられる救世主の要、棗と上の次元の転生者であり半分上の存在の血を引くジョン、アルファオメガが使えるのルーラーである白亜と人柱の少女、CODEやスノウコードの血の力が使用出来て七輪島の森の一族であるジン、別の上界の転生者であり様々な力を持つ亜鈴は過去の祠に入ることが出来る。美月は置いていくしかないのだ。
彼女に近くの街に行くことを勧めて全員で駆けて行った。ただの人間である村人は簡単に退けることが出来、あっさりと少女を連れて祠の時空の穴に飛び込んだ。
モレクの邪魔が入ると思ったのだが、彼らの手が入ることがなかった。
別の世界へ
1
時は飛鳥時代。奈良県の大峯山に社を建造した後、修行僧は滝の上の岩で座禅を組んでいた。
近くの木陰に現れた棗達はまず、箱の場所を知っているのは能力を一番持っていそうな滝の上の存在と判断した。要が白亜に視線を向けた。
「僕が?確かに一番、力がないから好都合かもだけど。分かりましたよ」
そして、木陰から崖を下りて川原に来た。遥か上空の修行僧に逢う必要がある。
白亜は思考を巡らせた。力を多く出すことは出来なくても、刀印に力を集めることで武器として戦うことが出来る。つまり、体の一部に力を集めれば、その能力を使えると考えられる。右足にアルファオメガを集めて地面を蹴ると、簡単に滝の上の岩に跳ぶことが出来た。
彼は静かに口を開いた。
「まだ、力を出せないのかい?」
白亜はゆっくり頷くと名乗って隣に座った。
「私は役行者と呼ばれている。役小角でも行者でも好きに呼んでくれ」
その言葉に目を丸くして白亜は唖然とした。
「貴方が呪禁道の使い手の役小角さんですか。式神として鬼神を使役していたのですよね」
彼はうむと唸ると手を横に振る。
「鬼は式神として、というより鬼を操作しているんだよ。本来、鬼や大鬼のような妖は別の平行世界から来ているのだよ。それを見つけて術で使役する。ただそれだけだ」
そして、手印を結んで囁く。
「力が多く出せないのなら、発した力を体の周りに溜めておけばいい。出来るはずだ」
役小角の言葉に白亜は右手を握ってアルファオメガを発すると、それを腕に溜めることにした。しばらくするとコツを掴んで出来るようになる。
「次にそれを自分の身体からはみ出す形で具現化する。それが出来たら、それを放つ訓練をしなさい。少しは今より強くなれる」
溜めた力を刀印に集めると、指から光の刃を発することが出来た。
その時、山に大きな狼が見えた。
「慌てるな、敵じゃない。犬神も知らないのか」
この時代には異次元の存在が下界に多く来ているようであった。
―――または、そういう場所なのか。
「鬼を使役する術を教えてもらえない、ですよね」
横目で白亜を見た役行者は溜息をついた。
「我が術は相当の修行が必要だよ。私とて一朝一夕で手に入れた訳ではないのだよ」
白亜は謝罪と共にやり方だけでも聞いた。
「異次元の存在をそなたの特殊な自然の能力でいなす感覚をしなさい。運が良ければ、従ってくれるかもしれぬ」
役行者は立ち上がると白亜を見下ろして言った。
「食事でもどうかね?尤も君には物足りないだろうが」
2人は小さな小屋に入ると、山菜のみの食事で晩餐を始める。すると、窓から黒い影がさっと通り過ぎる。
「今のは、鬼」
その白亜の言葉に修行僧は微笑む。
「狐だ。と言っても、獣の狐ではないがね」
すぐに窓の方に駆け寄ると、黒い煙が森の中に消えるところが見えた。
「邪悪な念の塊?」
白亜の言葉にまた師匠は微笑む。
「邪悪ではない、穢れだ。だから、あれらは倒すのではなく払うんだ」
その言葉に彼はふと思った。
「倒すのではなく、払う。まるで、霊か悪魔みたいですね」
彼は椀の中身を食しながら言う。
「山は躯を捨てる場だ。それは魂の抜けた躯は穢れていると思われているからだ」
この時代では、まだ仏教の習慣が完全に入ってきていなく、葬式や墓に葬るという習慣は存在しない。鎌倉時代でさえ、葬られるのは身分の高い存在であった。
「穢れ、邪。そして聖。この概念の対立は宗教にも通ずるところがある」
そこで彼は狐が現れた方に指をさす。
「あの方向に箱はある。ただし、次元の結界が張ってあるから手に触れることは出来ない」
「だから、あの時代に作用していたのか。僕が力を使えるようになれば」
彼は拳を握りしめた。
翌日、白亜は役小角に連れられて箱の封印の場所に着いた。
祠の中に箱が安置されている。
「こればかりは私の呪言道でも破ることが出来ない」
白亜は力を発して体に溜め始める。刀印に力を集中させてそれを振って放った。すると、光の弾が祠に向かって飛んだ。しかし、周りの見えないバリアに阻まれて破裂した。
「その程度では駄目だ。もっと大きなエネルギーでなければ」
そこで大きなエネルギーを出す方法を考えた。
「役行者様、今ある力を一時的に全て放つ術はないでしょうか?」
「呪禁道では中にあるものを強制的に全て出す法はあるが」
そして、白亜の手を握った。
「力を具現化して刀を出せぬか?」
白亜は難しそうな表情を見せた。
「それに力を注いで思い切り振れば、弦に含まれた水分を振って遠心力で残っている全ての水分を飛ばすが如く力を出せる。ただし、前借した力が戻るまで一切のその不思議な能力は使えなくなるがな」
思い切り剣の具現化と共に全てのアルファオメガを出せば、その技を使えるようになるだろう。白亜は距離を取って力を両手に集めた。凄まじいエネルギーが周囲に放ち始める。
心の中で呟いた。
「グランドブラスター」
両手に光を剣が現れた。それを天に掲げて一気に振り下ろした。凄まじいエネルギーが光の剣の先から振り下ろされると同時にエネルギー波が放たれた。
それは箱の封印を破壊した。次元の歪みが周りに広がる。
「行け、箱を手にしろ」
役小角の叫びに白亜は祠に飛び込んだ。箱を抱えた瞬間に次元の狭間に引き込まれていった。側に隠れていたジン、亜鈴とルーラーの少女が飛び出して、その次元の歪みに一緒に飛び込んだ。
次元の狭間で彷徨っている中で亜鈴は創生龍グランフォーゼを憑依召喚させて次元を作り出そうとした。少女もアルファオメガの力を発した。要、棗が次元創生の力を発揮する。ジョンもアポリオで助力した。彼らは狭間から新たな次元を作り出して中に入ることで助かった。
彼らが作り出した新しい次元は自然豊かであった。彼らはどのくらい倒れていただろうか。
起き上がると箱の蓋を閉めて抱えた白亜が不安定な次元の地面に両手を付けてアルファオメガを放った。すると、平行次元グラノガードの次元と繋げることでこの次元を安定させた。
メビウスの箱を手に入れることに成功はした。しかし、自分達の作った次元に閉じ込められたのだ。さらに、ダークドラゴンのいる封印の次元に行くことさえ叶わなかった。
全員は目を覚ますと、とりあえず無意識に作り出した自分達の次元を進むことにした。
2
森の中でルーラーの少女は初めて口を開いた。
「私は神崎優月。お兄さん達はどこかに行きたいの?」
同じルーラーの白亜は微笑みを作りながら言った。
「ダンタリオンというダークドラゴンのいる次元に行きたいんだ」
そこで彼女は指をある方向に差した。
「お兄ちゃんが別の場所と繋げた場所に行けるよ」
棗がそこで大きな声を出した。
「グラノガードにはグランフォーゼがいる。ダンタリオン封印の次元への入り口を作ってもらおう」
しかし、力尽くした状態で無意識に次元安定をさせたので、どこで何をすればグラノガードに行けるか白亜にも分からなかった。
そこでジンが無感情で言った。
「とりあえず、行くしかないだろう。で、この世界はどんな世界なんだ?」
彼らは顔を見合わせた。
「お前達が力を合わせて自ら作っておきながら、この世界について何も分からないのか」
優月、要、棗、白亜、亜鈴、ジョンは溜息をついた。ジンは無反応である。
「じゃあ、白亜、お守りをよろしくな」
要の言葉に白亜は頷いて少女を見た。彼女は無邪気に微笑んでいた。
「君はあの優月だよね?」
そう言うと彼女は不思議そうな表情を見せた。それを見て棗が訊いた。
「白亜の時代の知り合いかい?その子」
彼は首を傾げた。
「同姓同名で同じルーラーなのかもしれないけど」
「ルーラーがそんなに沢山いてたまるか」
棗の言葉も確かであった。白亜は静かに話始めた。
「同級生で僕と同じくルーラーであり、イサイアスに力をもらった存在でイサイアスのオーバーコードを託された存在です」
棗は目を丸くして少女を見た。
「最初のパンドラの箱で生まれた存在が3回目の箱を開けたということです。皮肉ですね。未来ではこの事件は明白になっていないので、僕達は上手く対応するはずです」
そこで、ジョンが棗に訊いた。
「そういえば、棗が逃したゾンビと少女の友達のゾンビは?」
棗は表情を歪めた。
「あの連中に秘密を見つけて殺された少女には申し訳ないけど、2体ともパンドラの箱の効力がなくなったので遺体に戻っているさ」
彼らは森の中を進んでいくとこの世界に狐狸と思われる存在がいた。役小角が言っていた狐という穢れの存在である。
役小角に習った鬼を式紙にする方法で白亜はアルファオメガ、ルーラーの力で発揮して何とか森を抜けることが出来た。
彼らは実体が不確かなので式神として使役が出来なかったが、邪を払うことは出来た。
森の外は草原が広がり街があった。
「どうして、人間が?」
棗が目を丸くしているとジンがやっと口を開いた。
「向こうの人間を巻き込んだんだ」
飛鳥時代の役小角のいた神隠しの山にいた住民がこちらに来たのだ。
言語は現代のそれに変換されているので、発音も言葉も通じて役小角のように会話が出来るようであった。
村に行くと急にジンが振り返り手を前に出した。後ろから炎が放たれが、ジンがそれを一瞬で消した。
「もう、グラノガードから魔導族が来たぞ。その内、チェイサーエンドも来るだろう」
棗と要が地面に手を当てて次元操作をして奈良の村を島として海の果てに移動させた。そして、管理としてアラン-スチュワートをこの上の次元に置くことにした。仮に今は置いておき、直に別の複数の存在を置く予定にした。
「で、どうやって本丸に行くんだ?」
要の質問に亜鈴は村を指さした。
「飛鳥人に力を持つ者達が?」
棗の問いに視線だけで答えた。
白亜は村に走り出した。すると、優月もそれを追っていった。
彼は村の前にいる青年達に声を掛ける。
「君達は呪禁道の修行をしているね」
長身痩躯の少年が言う。
「俺は狗裡。狐を式神にしている」
次に大人しそうな少女が口を開く。
「私は桔梗。鬼を式神にしている。でも、失敗すると大鬼になって暴走するからあまり使わない」
小さな少年がさらに続く。
「僕は空。蟲を式神にしている」
最後に白亜にそっくりな少年が言った。
「僕は白。霊や妖を式紙にしています」
そこで、独立次元に行く方法を聞くと空が目を細めて聞いた。
「君達は何故ここに?」
白亜はすぐに答える。
「過去のパンドラの箱に呼ばれた?ルーラーの真理の力によって」
そこでさらに空が問う。
「なら、この次元が生まれているのもパンドラの箱とやらのせいということだな。何故、箱はそれをする?」
パンと手を叩いて白亜が言った。
「そうか、上界のデスがダークドラゴンを倒す為に僕をあの時代に下ろして彼らとここに来させたのか」
「なら、答えは自ずと出る。我らもここにいるなら、力を貸さんといけないらしい。どちらにしても、我らだけでは元の世界に戻れない」
後ろから歩み出て白は言う。
「次元は沢山あるんだろう?しかも、作れて増える。なら、次元を渡る力にパンドラの箱の力を合わせれば、暗黒竜のいる場所に行けるだろう」
白亜が頭を抱えて俯く。
「ところが好きな次元に行ける訳でも、どこにでも行ける訳でもないんだ。僕達の力を全て使えば近くの次元移行は可能かもしれないけど、独立次元までは行けないと思う」
そこで狗裡は指を鳴らした。緑の炎が発せられて円形になった。
「上界の法の焔だ。人間は燃やさない。そして、次元の境を作った。あとは君達の力とパンドラの箱が独立次元に導く。そもそも、我らの式神は次元を超えて現世に来ている。だから、次元を超える力を少しは持っている」
他のメンバーも近寄って来て次元の力をその炎の扉に注いだ。アルファオメガを白亜が発するとジンがメビウスの箱を炎に入れた。すると、炎が開いた。中に全員が入ると小さな次元に移行した。
そこは岩と土の世界であった。そして、空に巨大な黒いドラゴンが降りてきた。
「ダンタリオンだ、逃げろ」
ジンが叫ぶと全員はドラゴンから散り散りに距離を取った。
役小角の弟子達は蟲であるワームと鬼である巨人と霊の青い剣士を呼び出して戦わせる。
狗裡は犬神、巨大な狼を呼び出して味方の回収に回った。
メビウスの箱で封印を試みようとジョンは箱を受け取って駆け出した。
手で光の魔法円を発して高く飛びながらドラゴンに光弾を放って、メビウスの箱を開いて向ける。
「何故?」
箱は凄まじい勢いでダンタリオンに黒い渦で吸引を行うが、力の一部だけ封印して閉じてしまった。
「完全封印が失敗した」
ジンが腕を振ると金色の瞳を輝かせる。
炎のブレスは弾かれた。
白亜は力を溜め始める。
「今の僕では力が足りない。戦力になるまで溜めるから、時間稼ぎを頼みます」
優月は白亜の後ろでドラゴンを睨んでいる。
「倒すしかないか。しかし、種族がドラゴンである限りアンデッドに変化するし倒した者に呪いが掛かる…」
「でも、やるしかない」
白亜の呟きに少女が無情に囁いた。
要と棗は出口の次元の扉を必死で作り上げていた。亜鈴はグランフォーゼの力を借りてその次元の扉の創造を手伝っていた。
ジンが亜鈴に訊く。
「いくらある程度能力をパンドラの箱で封印したとは言え、今の俺達には勝ち目はない。残月から剣を預かっているな」
そこ問いに少年は鋭い視線を投げる。
「そうだ、キーホルダーの持つ6つの鍵でセブンズクライシスを呼び出す」
ジンがそう言うと彼は首を横に振った。
「全ての次元を破壊するつもりか?」
「だが、あれを解放していても次元は崩壊する。セブンズクライシスが次元を破壊する前に鍵を放せば」
それでも危険を掛けることは亜鈴には出来なかった。呼び出した7柱の強力な存在が呼び出しのバアルのラッパをバラバラにしただけで消える保証はないのだ。
亜鈴は憑依召喚で剣豪の上の存在、幻王を呼び出し合体して剣でダンタリオンと戦いを始めた。
ジンは溜息をついて高く飛んで勝てない敵に真空の刃を放ち始めた。
飛鳥時代の術士の式神達もドラゴンに攻撃をするが、霊という精霊のような存在と蟲はやられてしまった。
鬼と犬神はそれでもダークドラゴンと戦い続けていた。
―――使役者の力と意図のままに。
白亜はある程度力を溜めると足に力を集中して高く飛ぶと指に力を集めて光弾を連打した。しかし、ドラゴンに傷さえつかなかった。
ここでグランドブラスターを出せば、強大な攻撃を出せるがしばらく能力を使えなくなるので、危険を回避すべき。
かと言って、溜めた力を小出しにしていても攻撃が通用しない。そこで、溜められる限りアルファオメガを発して溜めて行くことにした。
ドラゴンは凄まじいブレスを吐いた。白亜を守ろうと桔梗の鬼を優月がアルファオメガで操って弾いた。
「勝手なことしないで」
桔梗は少女に鋭い視線を注ぐと今度はドラゴンが式神を失った白を叩こうとした。狗裡が犬神を使って白を咥えて間一髪、攻撃を避けた。
鬼を使って桔梗は再びドラゴンに向かっていった。
攻撃組が苦戦をしている中で白亜が最大に力を溜めて行った。
すると、突然強大な力が発せられた。白亜が体に溜めていたアルファオメガの力がある程度溜まった途端に今度は急激に体内から逆流してアルファオメガが溢れ出した。
水のサイフォン現象のように白亜の体内から膨大なアルファオメガが噴出して体が光り出して光の羽根を発した。
空に浮かぶと光の剣を発すると、白亜は膨大な力を出して溜めると力を自分で発しなくても逆に自然に膨大な力が噴き出すことを確認すると、ダークドラゴンに向かって飛んで剣を振り下ろした。
凄まじい剣圧がダンタリオンを襲って初めて地に落とすことが出来た。
全員が変化した白亜を見て驚愕した。
「イサイアスの再来か」
ジンが呟いた。
「まあ、あいつは未来から来ているということは、ダンタリオンを倒すか封印に成功していないと次元が崩壊して未来からあいつが来ないよな」
要が次元の穴を開けながらそう言った。
圧倒的な力は超高次元の存在、イサイアスと同様の力でダンタリオンを押していた。パンドラの箱で力の一部を封印していなければ分からないが、今のダンタリオンならイサイアスほどでなくともエネルギーの量が人間では規格外の白亜には敵ではなかった。
ブレスも手で防ぎ腕を剣で受けて切り落とした。
どんなダンタリオンの攻撃も簡単に跳ね除けると、簡単に手から光のエネルギー弾を放ってダンタリオンを倒した。
硬い魔石山に当たって4つも壊してダークドラゴンは生きた終えた。
すると、瓦礫の中からドロドロの腐った肉を垂らしながら、ドラゴンゾンビが起き上がった。
さらに強力になったそれは、ゆっくりと近付いてきた。倒すと壮絶なドラゴンの呪いが掛かるので封印するしかない。
白亜は強力な力でこの独立した次元自体を強固な封印を施した。
「よし、次元の抜け穴が完成した。皆行くぞ」
ジンが叫んでそちらを白亜が向いた瞬間、ゾンビのダンタリオンは毒のブレスを放った。全員を庇うように白が妖の力で盾になった。彼は毒のブレスにやられて倒れた。
刹那、桔梗は叫び声を上げて鬼が大鬼となって暴走を始めた。
「桔梗は俺に任せて、先に皆行け」
空がそう言って、巨大なタマムシを出して言った。
「行こう」
狗裡が歯を食いしばってそう言うと、全員は棗達が作った次元の穴から脱出した。
大鬼は暴走してダンタリオンとぶつかった。
ダンタリオンは大鬼に真っ二つにされて消えた。すると、桔梗は呪いを受けて気絶した。息絶えた白を埋めて空はタマムシで桔梗を連れて、消えかかった次元の穴に飛び込んだ。
前回生み出した次元に戻ってくると、凄まじい力を放つ白亜は巨大な大樹を地に手を付いて発生させた。
「それは?」
要の問いに答える。
「生命の木、セフィロトです。この世界に人間を発生させて飛鳥の人間を守るんです。生憎、グラノガードと繋がったせいで様々な脅威が来てしまうから」
そして、手を空に上げると光の穴が開き、仲間を飛鳥時代の下界に戻した。さらに、要達を彼らの時代に戻すと、その力で未来に帰っていった。
ただし、飛鳥の仲間や住民を下界に戻すことは出来なかった。
エピローグ
森に帰った棗、要はジンと共に冥婚の村人達は人形を埋葬して落ち込んでいた。
モレクの気配が全く感知出来ないところから、策を失敗してこの次元を後にしたのだと推測出来た。
デスが亜鈴の背後に現れる。彼はデスにパンドラの箱を返すとデスは姿を消した。
集落の住人はジンの手回しで警察の手が入り、遺体の適切な対応をしなかった住民はこぞって逮捕されていった。
人形とされた遺体は適切に葬られて、近くに共同墓地が作られた。
南雲美月は我神棗とカフェで会話をしていた。
「でも、何故その次元は下界より時間が進むのが遅いの?あっちに行っていた時間がこっちの1秒にも満たないんでしょ」
「それは次元創生が未熟だったからだよ。15分寝ていても夢の中では1日過ごしたり、一晩寝ていて1回の夢で数日過ごすということもあるように、感覚の違いに近いのかもしれないね」
美月は首を捻ってさっぱりという仕草をした。
「でも、モレクの目的が分からないんだ。あの悪魔を解き放って全ての次元を破壊しようとしたとしても、それがあのアスタロットのどんな利益になるのかが分からないんだ」
「それより、モレクを逃がしたままで良いの?また、悪さをするかもしれないでしょ」
「それが出来れば既にしているさ。今回だって、これだけのことをやって失敗しているし、これだけ邪魔をする者がいると分かっているから、もう何もしないだろう。それに…」
棗は人差し指を空に向けた。
「既に追っている奴もいるし、10年は平和であることも分かっているしね」
白亜が10年後から来た事を言っているのだ。
「追っているって誰が?」
棗は答えずにただ無邪気に微笑んだ。
了
これから書くものの為に、色々伏線をひそめています。
これからの作品に期待をして下さい。