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01 仲良くせよ

「やっと出番が来たな」


 部下の報告を聞き、真っ先に立ち上がったのはアリサだった。


「どこへ行くんだ。父上の話は終わってないぞ」


 身を翻して会議の間を出て行こうとする後ろ姿をジュリオが制止する。

 しかしアリサは一瞥をくれると。


「これ以上勇者を放置したら魔王軍の沽券にかかわる。わたしが行って奴らの首を持ってくる」


 いい加減、戦いたくて仕方がないのだろう。

 黒髪の下の表情は研ぎ澄まされた刃のようにギラついている。

 

「待て待て、勇者討伐はワシの任務じゃろう」

「近場の五閃刃が迎え撃つ話だったはず。東方面ならわたしのほうが近い」

「むむ……」

「いいですよね、ギルバース様」


 東方面は、地上最大の国力を誇るグランバルト及び、魔術師や聖職者の育成機関が存在するテレーザ聖魔国の両方を相手にしなければならない最激戦区だ。

 すでにアリサ率いる『魔霊軍』は当初から東方面に展開していたゼスティガの『魔竜軍』と合流を果たし、戦線に加わっている。

 現在は防衛に専念させているが、そこへ勇者パーティーが加われば戦況が傾くのは容易に想像できる。

 アリサの言う通り、誰かが対処に向かわねばならない。


 前回の我ならば「その意気や好し、魔王軍の威を示してこい」と快く送り出しただろうが――


「駄目だ。お前には任せられん」


 アリサは闇の加護を授かった勇者だと判明している。

 何が原因で奴らに取り込まれるかわからない以上、迂闊に関わらせるわけにはいかない。


「な……そんな……っ」


 ん、なんだ?

 どういうわけか想像以上にショックを受けた様子を見せるアリサ。

 直後、頬杖をつくディーネが嘲笑まじりに吹き出した。


「ぷっ。サッちゃんじゃ実力不足だってさ」


 んん!?

 しまった、任せられないという言葉を“お前では無理”という意味に受け取ったのか!

 まずい、さらに忠誠度が下がってしまう!


「折角“出番が来た”ってドヤッたのにね~。かわいそうだから酢コンブあげる」

「――っ! このっ……!」

「やめよ! 今のは言い方が悪かった。アリサ、お前の実力は、我が誰よりもわかっているつもりだ」

「だったらどうして駄目なんですか!」

「……勇者には幹部の誰も当たらせるつもりはない。奴らは、我自ら相手をする」

「なっ!?」


 奇しくも以前勢いで言った通りになってしまったが、こればかりは止むを得ない。

 それに、奴らに関しては単純に倒せばよいものでもないのだ。


「我の出現により勇者が生まれた以上、決着はこの手でつける。これは魔王としての宿命なのだ」

「で、ですが!」

「女神の加護だか知らぬが、真っ向から否定して人間どもに絶望をくれてやる。久々に腕がなるわ」

「けれども!」

「くどい。この件に関して異論は認めぬ」

「それでも!」

「うん……いや。だから、な?」


 しつこいぞ、おい!

 何故こんなに食い下がって来るのだ!?

 勇者同士で引かれ合っているのではないかと心配になるだろうが!


「いい加減にしろアリサ。いつから父上に意見できるほど偉くなったんだ」

「ち、違う! わたしも人間と戦えることを証明したいんだ! ディーネも疑っていたし……!」

「えー、あたしのせいなのぉ?」

「だったらまずは与えられた任務をちゃんと遂行しろ。わがままを言って父上を困らせるんじゃない」

「わがままじゃない! わたしは!」

「何をカリカリしとるのか知らんが、まだまだ子どもじゃのう」

「だから――!」


 周囲からの言葉に、自制するどころかますます顔を赤くするアリサ。

 もはや収拾がつかなくなりつつあった、その時だ。


 ドンッという耳奥を殴りつけるような音が響くと同時に、会議の間が――否、魔王城が揺れ動く。



「全員黙レ」



 深淵の底から競り合がるような唸り声をあげたのはゼスティガだ。

 地震は、奴の竜尾が床を一打ちしたことで起きたものだった。

 甲鱗に包まれた無機質な表情の内からは、凄まじい殺気が放たれている。


「座レ、アリサ。オ前ラモ無駄口ヲ叩クナ」

「……っ」

「あーあ、怒られちゃった」


 発せられる威圧を前に、アリサは目を白黒させながらも席に戻る。

 さすがは魔王軍のナンバー2、見事な貫禄だ。もしかしたら我より威厳があるのではないか。


「すまんなゼスティガ」

「……今ノ内ニ御命令ヲ」

「うむ。アリサ、お前のことはちゃんと評価している。だから機嫌を直せ」

「…………」


 返事ぐらいしてくれまいか。

 小さく溜め息を漏らしつつ、我は今後の戦略と命令を下す。


「地上での足掛りは手に入れた。これからはセレスティアを中心に支配域を拡大していこうと思う。まずジュリオ。先の指示に加え、南方面に展開している『魔人軍』を分割して公国の防衛に回せ。約束は守ってやらんとな」

「はっ!」

「ゼスティガは“オストワルド興国”、バリオンとアリサは“エルラーダ軍国”への侵攻部隊を選出して転移門に待機させておくこと。次は、東と西――一気にもらい受けるぞ」


 転移門は空間同士を繋ぐ魔道具の1つであり、門同士にパスを繋ぐことで遠方の土地からも瞬時に移動できる。北の海を浮上しているこの魔王城にも移動できるため、基本的には我の許可制だ。

 その転移門をセレスティアの国境に設置し、軍を移動させ、前回はとらなかった内陸部から攻め込むのが今回の作戦だった。


「短期戦は断念したが、だらだら戦う気は無い。お前たちの武威を存分に示してやれ」

「御意」

「承知いたした」

「…………」

「アリサ。何か問題あるか」

「……ありません」

「おい、不満があるなら僕が聞くぞ」

「よい。質問がないなら解散だ。全軍の準備が整い次第、総攻撃を開始する。各自行動に移れ」


 我の言葉にそれぞれが立ち上がるなか、アリサだけが椅子の脚をわざとらしく蹴飛ばして出て行った。

 完全に不貞腐れてしまっていた。


「待てこら! 備品を粗末にするなァ!」

「いい! いい! そっとしておいてやれ!」


 そしてジュリオ、お前もスルースキルを覚えたほうが良い。

 駄々っ子を抑えつけるのは逆効果。むしろ普段通りに接しまくって「癇癪を起こしても何も変わらないんだ」と気付かせることが大事なのだ。ソースは息子。


(しかしなぁ……もう少し親密にできないものか)


 このままでは空気が悪くなるばかりだ。

 前回アリサが勇者パーティーに寝返ったのも、結局あっちのほうが居心地の良い場所だったというのもあるのだろう。

 でなければ、7年も在籍した魔王軍を抜ける道理がない。


 見ての通り、幹部たちの仲は決して良くはない。

 それは五閃刃を選定した際に告げた『幹部同士、馴れ合うことなく競争心を持ち切磋琢磨せよ』を厳守している結果でもある。


 間違ったことを言ったつもりは無いが、こいつらの場合、忠実に守るあまり殺伐になり過ぎている傾向がある。

 せめて世間話できるくらいに友好を深めさせられれば、たとえ心を揺さぶられても『仲の良いあいつを裏切るのはちょっと……』と思い直すのではないか。


(その辺りは人間の感性が参考になるか? 後でマリーナにでも聞いてみるか)


 あれこれ考え事をしていたところ、ひとり席に残っていたディーネが控えめに口を開く。


「あの、魔王サマ。海魔軍(ウチ)は今まで通りですか? なーんか、仲間外れな気分ですけど」


 フッ、まさか。

 スパイのお前を放置するわけないだろうが。


「たしかお前は、魔王軍の役職に就きたがっていたな」

「へ? いえ、何でもってわけじゃないかなーって……」

「ならばお前を我が『秘書官』に任命する。だから勇者との対決に付き合え」

「ひ、秘書っ!?」


 秘書として横に侍らせておけば、スパイ活動をする暇はあるまい。

 我ながら妙案ではないか。


「なんだ、やはり掛け持ちは大変か? 手が回らないようなら預けた役職は我の管轄に戻しても……」

「い、いえ! 魔王様の傍仕えができるなんて身に余る光栄ですわ!」


 ふん……裏切りの代償はこんなものではないぞ。

 せいぜいこき使ってやる。

 困惑した表情を浮かべるディーネを尻目に、我は次なる戦いの舞台へ向かった。


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