表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

終 このままの顔ぶれで

(よし、万事うまくいった)


 幹部たちの集まる会議室に戻ってきた我は、心の中で拳を握り締める。


 上出来だ。

 何しろ一兵も損せずに半月で国1つを落としたのだ。

 これ以上の戦果はあるまい。

 さらに、今後は力押しだけでなく策略を用いた戦いも重視するという意思を、自らの手で示したともいえる。


(どれ、幹部たちの反応はどうだ)


 我は奴らの声に聞き耳を立ててみる。



「魔族のみならず人心まで掌握してしまうとは、さすが父上!」


「意外と頭も切れるのね。あの御方にご報告しなきゃ……」



 ふむ。軍略や諜報を担当するジュリオやディーネからは、おおむね評価を得ているようだ。

 それに対して。



「何でこんな人間に取り入るような真似……!」


「部下に被害が無かったのはいいが、物足りんのう」


「……魔王様ハ仕エルニ値スル御方ナノダロウカ」



 アリサやゼスティガは明らかに不満を覚えている。

 あいつらは戦い自体が目的みたいなものだから、面白くないのも無理はない。

 バリオンも微妙な口ぶりだ。

 何もさせていないのだから仕方ない。


 現時点での忠誠度は、こんな感じか。


  ジュリオ:★★★★★  

  バリオン:★★★

   アリサ:★★

 ゼスティガ:★★

  ディーネ:★


 あまり忠誠度が下がり過ぎると造反のリスクも高まる。

 今回はほぼ我のスタンドプレイだったこともあるし、次回の侵略は活躍の場を与えてやらねばならないだろう。


 ――そう、次だ。


 不本意ながら、我は幹部たちの処分を取り止めることにした。


 理由はいくつかあるが、まず侵攻はすでに始まっているため、今さら撤退は難しい点。

 そして、こいつらの代わりになる人材が早々に見つからないという点だ。


 五閃刃の実力は魔族全体で見ても指折りだ。

 加えて軍団を任せられるだけの智力、統率力がある。


 魔界に戻れば同じような実力の魔族もいるにはいるが、知性も理性も兼ね備えたものとなると、かなり稀だ。


 力押しで地上侵略が適わなかった以上、戦略的に軍を動かせる部下は必須。

 その点ジュリオやバリオンは配下の面倒見もよく、細かな指示にも対処できる貴重な人材だ。

 ゼスティガもその圧倒的な実力から畏敬を集めているし、勇者の力を持つアリサを手放すのも惜しい。


 そもそも新たに幹部を加えたとして、そいつも裏切らない保証がどこにある。

 絶対に裏切らない者など存在しないのではないか。


 そこで我は閃いた。


 何が理由で裏切るかわからないものを新たに採用するより、裏切る理由がはっきりしているこいつらをそのまま使ったほうが得策ではないだろうか、と。


 こいつら自身に野心はない。

 原因から遠ざけてさえいれば裏切りは未然に防げるのだ。


 アリサとゼスティガは勇者と関わらせなければいいのだし、ジュリオは失言だけ気を付ければいい。バリオンも無茶な戦いをさせなければ結果は出すはず。


 問題はディーネだが、仮に処分したとして知略に長ける冥王のこと、どうせすぐ次のスパイを送ってくるに違いない。

 ならばこのまま泳がせていたほうが、どこから情報が漏れているのかわかっている分、疑心暗鬼にならずに済むというものだろう。


(とはいえ放置は問題だな。対策を考えるか)


 そういうわけで、何の奇跡か再び与えられた侵略の機会だが、我の結論は『同じ顔ぶれのまま続行する』に落ち着いた。


 大陸は地方をまとめる領主や部族と、それらを束ねる7つの勢力によって統治されている。



 西側から横並びで位置するオストワルド興国、セレスティア大公国、エルラーダ軍国。


 東側に広大な領地を持つグランバルト王国。


 南岸一帯の支配者、バルバリア帝国。


 北東の半島に栄える女神イリジアナ教の総本山、テレーザ聖魔国。


 エルフ・獣人・ドワーフの各部族で構成されるハークス自治領連合。



 これら全てを支配下に置いて初めて地上侵略は完了する。


 ひとまずセレスティアは籠絡した。残す勢力は6つ。

 先は長い。

 再び裏切りの憂き目に遭わぬよう、敵にも身内にも細心の注意を払って行動せねば。


「父上、改めて見事な計略でした。人間たちの感情や情勢を完璧に読み、ただの一兵も損害を出さず国をまるごと手に入れてしまうとは、お見事という他ありません。よろしければ後学のために質問しても構わないでしょうか」

「何だ、ジュリオ」

「広場での一連の流れ……父上はどうしてあの女君主が命を投げ打つとわかったのですか。事前の打ち合わせもなかったのですよね。あれが無ければ満場一致での従属化は困難だったでしょう。もしや読心術の心得でもあるのですか?」


 ああ、あれには驚いた。

 まさか自らの命で禊を立てに来るなど、あの女に限っては()()()()()と思っていたからだ。


「あの場で言った通り、興味があったから好きにやらせただけだ。民を誘導できたのは偶然に過ぎん。ただし、どんな展開になろうと国を支配下に置く算段はあったと言っておこう」

「なるほど……ではもう1つ。なぜ女君主と家臣を始末しなかったのですか?」

「……ん? いやお前、あの流れでできたと思うか……?」

「ですが、旧来の指導者勢をそのままにしておくのは、我々の統治に支障をきたす恐れがあります。特に人間は能力より血筋を重視しますから、生かしておけば“御旗”になりかねません。今回は本人たちが申し出たことですから、処分しても民の心証悪化は最低限で済んだでしょう。彼我の関係をはっきりさせるためにも、必要な措置だと考えますが」


 たしかに他勢力を取り込む際に以前のリーダーを残すのは不穏分子を抱えるのと同じ。

 普通は処刑するか、良くて追放だろう。


 だが、実はあるのだ。

 あの女だけは処分できない理由が。


「方針を短期戦から中長期戦に変更したことで新たな問題が浮上した。兵糧だ」

「……あっ!」

「元々略奪して賄うはずだったからな。しかし腰を据えるなら安定した食糧供給は必須だ」


 地上に運んできた食糧にも限りがある。軍を維持するために兵糧の安定確保は避けて通れぬ問題だ。

 もちろん魔界から定期的に輸送させるつもりではいるが、そこで脳裏を過ぎるのは『冥王軍』による奇襲攻撃だ。

 あの時、退路を断たれたことはもとより、補給路を失ったことが大幅な士気低下に繋がったのは事実。

 そういった経験から、我は地上にも補給拠点を確保しておきたいと考えていた。


「セレスティアに与える命令は我ら魔族の食糧生産だ。ただそれは生命線の一部を握らせるようなもの。だからこそ多少譲っても恩を売っておきたかったわけだ」

「すっかり失念していました。すでに先を見据えて行動しておられたとは、感服です」

「フッ。というわけでジュリオ、お前にセレスティアの太守を命じる。方法は一任するゆえ、人間たちを使って可能な限り食糧を確保するのだ。今のところ関係は良好だが、人間は移り気な生き物だ。寝返りにも目を光らせておけよ」

「はっ!」


 内政回りはジュリオの得意とするところ。変に口出ししないほうがうまくやるだろう。

 そしてどうやら、別に理由があるとまでは勘付かれなかったようだ。


 マリーナを生かした理由はもう1つ。


 というのも、知っているのだ。

 あの女を殺した先にあるとんでもない事態を。


 前回、一向に進まぬ侵略に苛立ちを募らせた我は、今回と同じく部下たちに手本を示すため、自らセレスティアの攻略に乗り出した。

 策略など一切ない、力による征圧だ。


 集団を相手取る時は真っ先にトップを潰すのが我が勝利の常道。

 執務室へ飛び込んだ我は、泣き喚く大公を躊躇なく公衆の面前へと引きずり出した。


 “やめてぇっ、命だけは助けてえっ!”


 その時のマリーナは、先刻の覚悟に染まり切った表情とはまるで違う、顔の穴という穴から体液を垂れ流す醜態を晒していた。


 こんな小物が統治者とはよほど人材不足なのだろうと、我は大した戸惑いもなく首をもぎ取り、恐怖に歪んだその顔を広場に投げ捨ててやった。

 民はさぞや絶望するだろう、そう思っていたのだが。


 “よくも姫様を……!” 

 “魔王を殺せ! 魔族を根絶やしにしろ……!”


 主君の死を眼前で見せつけられた民は、意気消沈するどころか魔王軍に徹底抗戦を挑んできた。

 公国全土を征服した後も平民によるパルチザンは続き、我が軍は終盤まで抵抗に悩まされた。

 死を恐れず魔物を狩り続ける奴らの姿は、どちらが魔族かわからぬほどだった。

 人間相手に身震いしたのは、あれが初めてだ。


 頼りなく見えようとも、あの女はあの女なりの統治をしっかりとやっていたのだろう。

 でなければ、民が死兵に変わるなどあろうはずがない。


 そんなわけもあり、今回計略を用いたのは、大公の排除を極力避ける意味もあった。

 それがまさか、前回とはまるで真逆の展開になろうとは。

 大公には命を差し出され、民に喝采を浴びることになるなど、誰が想像できようか。


 これで良いのかと疑問に思わなくもないが、既に賽は投げられた。

 ひとまずは様子を見るしかないだろう。


「それにしても“運命を共にするものはいない”などと悲しいことをおっしゃらないでください。他の奴らはともかく、僕だけは最後まで父上について行きます!」

「はっはっは、心にもないことを」

「あははは。えっ」


 ああ、まったく羨ましい。


 その時、会議の間に配下の魔物が飛び込んで来る。


「ご報告です。例の勇者パーティーなる者たちが、我が軍が拠点としていた東方面の村に出現。守備隊の奮戦も空しく、奪還されました」


 ……来たか、ライル。

 もう保留にはできんな。


 1度は敗北を喫した『勇者パーティー』。

 奴らにどう対抗するべきか、我は全力で思考を巡らせた。


次回から第2章でっす!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ