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07 魔王と大公4 ※女大公視点

 後日、セレスティア城にて。

 バルコニー横の窓からのぞく外の広場には、首都に住まうほとんどの民が集まっていました。

 廊下には立つのは私と魔王だけ。

 衛兵もメイドも大臣たちも、城外へ退去するよう命じたからです。


「そろそろですね」

「ああ。だが本当に民を説得できるのか?」


 魔王様が尋ねます。

 いくら私が従属を決めても、民が大人しく従うかは別の話。

 納得のいく説明が無ければ、多くの民は失望するでしょう。


「問題ありません。皆、魔王軍を受け入れてくれますわ」


 ですが、大丈夫。

 私の決断に間違いはありませんもの。


 バルコニーへ続く扉を開いた先には、澄み渡るような青空が広がっていました。

 対照的に、民の顔には一様に不安の色が浮かんでいます。

 これから発表されることが彼らにとって好ましいものではないと、風の噂に広まっているからでしょう。


「皆さん静粛に。今日は大切な発表があります。先月から魔王軍が世界各地に侵攻を開始したことは誰もがご存じかと思います。我が国も例外ではありませんが、自国の民を戦禍に晒したくないと考えた私は、魔族の王であるギルバース様と単独交渉をしました。その結果、我が国は魔王軍に全面降伏すると共に、従属化することで合意に至りました」


 魔法で覚醒された声が行き渡ると、皆からは悲鳴じみた叫び声が上がります。


「噂は本当だったのか!」

「私たちに魔族の奴隷になれっていうの!?」

「姫様がこんなことを言うはずない! 脅されているんだ、きっと!」


 反応のほとんどは決定に拒絶を示すものでした。

 ですが、私は努めて冷静に発言を続けます。


「数日前から私の周囲を飛び交っていた噂ですが、全て真実です。本日は新しい主となる魔王様もお越しくださっています。どうぞこちらへ」

「紹介に預かった魔王ギルバースだ。以後よろしく頼む」

「うわああ、本物だ!」

「逃げろ、殺される!」


 魔王様がバルコニーに姿を見せた途端、彼らは一斉に広場から逃げだそうとしました。

 どうしましょう。このままでは怪我人が出てしまうかもしれません。


「む……《フォール》」


 魔王様が何ごとか呟くと、空から塔のように巨大な黒塗りのモノリスが降り注ぎます。

 鉱石のような材質のそれらは道の幅と同じサイズで、民衆の行く手に壁となって立ちはだかりました。


「ひいい! 道を塞がれた!」


 ただ塞いだだけなら雪崩方式で人が詰め寄ってしまうでしょうが、これなら奥からでも逃げ場を失ったことがわかるため安全です。


「主君が大事な話をしているのだから耳を貸してやれ。この状況でどうやってお前たちを説き伏せるのか興味があるのだ」

「そんなこと言われても魔族の手下なんてまっびらだ!」

「お、おれたちはお前になんか屈しないぞ!」


 魔王様を前にしても、ほとんどの民が拒絶を口にしました。

 これでは公国が従属したとは言い難く、魔王様も納得なさらないでしょう。

 ですが。


「……先ほど、どなたかおっしゃいましたね。奴隷になんてなりたくない、と」

「あ、当たり前だろ!」

「では、今までは違ったとおっしゃるのですか」

「……!?」


 皆が足を止め、こちらに振り向きます。


「父や祖父の代からずっと、我々は他者の顔色をうかがってきたではないですか。隣国の都合で関税をかけられ、言いがかりをつけられては領地を荒らされ、戦いたくもないのに剣を取らされ、負けそうになったら多額の仲裁料を払って大国や教会に取りなしてもらう。その繰り返しだったではないですか」


 稼いだお金はむしり取られ。

 したくもない殺し合いをさせられ。

 いつまでたっても豊かになれない。

 私たちは平和に暮らせればそれでよかったのに。

 今度は何をされるのだろうと不安ばかりの毎日が繰り返すだけ。


「セレスティア人というだけで他国のものに見下され、虐げられて来たではないですか」


 今回だってそう。

 真っ先に血を流せと言われ、戦場に立たされるのは我々の役目。

 こんなの、奴隷そのものではないですか。


 皆も心当たりがあったのでしょう。

 ある者は唇をかみしめ、またある者は拳を握りしめていました。


「魔王軍が戦争を始めた時、私は胸が躍りましたよ」

「!?」

「エルラーダもオストワルドも蹂躙されてしまえばいい。裏であぐらをかく王国も帝国も教会も……いつ生活を奪われるかわからない恐怖を思い知ればいい。そう願わずにはいられませんでした。当然でしょう。奴らのせいで今までにどれだけの民が犠牲になったと思うのですか?」


 人間同士協力するのが当たり前だというなら、どうして助けてくれないのですか。

 味方なんてどこにもいないのが現実ではないですか。


「この戦争、私は魔王軍の勝利を確信しています。耐え忍ぶだけの時間が未来永劫続くなら、世界を変えてくれるかもしれない存在と手を組むのが、そんなに間違ったことでしょうか」


 出現からわずか半月足らずで、外海と周辺の要塞を制圧した魔王軍。

 強国と渡り合える戦力を有する彼らの庇護下に収まるという私の決断は、間違ってなんかいない。


「魔族に与することへの不安はわかります。ですが……ああ、その前に」


 その場に跪き、頭を垂れると。


「魔王様配下を民が傷つけたこと、心より謝罪いたします。ついては罪を犯した冒険者たちの代わりに私の首を捧げさせていただきたく存じます。それで全てを水に流し、我が国を傘下に加えていただけませんか」

「な……姫様!?」


 魔物を傷つけてはならないことを通達したなかったのは、完全に私の落ち度。

 責任をとらねばならないのは、この世でたった1人。


 セレスティアに生きる全ての民の命を任された、君主たる私です。


「これは、我が身可愛さから従属を申し出たのではないことを証明するためでもあります。――よろしくお願いします」

「!? …………うーむ、わかった良いだろう。お前の命と引き換えに此度の失態は不問にする」


 何やら驚かれたご様子でしたが、魔王様は承諾してくださいました。

 良かった、これで誰も死なずに済みます。


「待ってください! 姫様は何故そこまで魔王を信用しているのです! 魔族が本気で俺たちの生活を守ると思ってるんですか!?」


 そうですね。

 今まで散々手を焼かされてきたことを思えば、ゴブリンやオークが私たちを守る姿なんて想像もつきません。

 ですが私には確信がありました。


「大丈夫です。魔王様は王族会議の場でおっしゃいましたよね? “大人しく服従するなら命は保証する”と」

「……ああ、言った」

「聞いたでしょう。言い換えるなら従ってさえいれば彼は手を出さない。国ごと魔王軍に服属すれば、誰も血を流さなくて済むのです」

「いや敵ですよ、そいつは! 侵略者が我々との約束を本気で守ると思っているのですか!?」 


 もちろんその可能性はあります。

 魔族の心なんて……いえ、人の心でさえわからないことだらけだもの。

 それでも、私は忘れません。

 王族たちを相手に堂々たる姿を見せた貴方は、その場の誰よりも『王』であったことを。


「魔王様はこうもおっしゃいました。1度口にしたことは必ずやる、と。彼はただの侵略者ではない、誇りを重んじる王なのです」


 今ならわかります。

 会議の場で言い放ったあれらは全て、私へ向けた言葉だったのです。

 貴方は最初からずっと、力のない私と公平に戦ってくれたのです。

 その証拠に、貴方は民の誰も傷付けていない。

 自らの部下にやらせるのではなく、村を襲ったゴブリンをわざわざ調べて引き渡したくらいですもの。


「自分で公言したんだもの、守ってくれますね? 貴方は王の中の王だもの」

「…………」

「もし民を傷つけることがあれば、裏切るような真似をしたら……その瞬間から貴方はもう王じゃない。つまらない虚言で国を騙し取った詐欺師に成り下がるのよ」


 どうか忘れないで。

 これが国を治めるものとして、最後の使命。


「だからお願いします……! 私の生まれ育った……ぐすっ……愛する国をお守りください……!」


 私の願いに、しかし魔王は無言のまま。


 顔を上げるとその視線は、私の背後に向けられていました。

 そちらに目を移すと。


「姫様」


 そこには大臣や軍務卿をはじめ、私を支え続けてくれた士官、兵士、メイドたちが集まっていました。


 国を売り渡すような真似をする私に、恨み言をぶつけに来たのでしょうか。

 ですが彼らの表情に暗い色はありません。

 それどころか皆が皆、暖かい眼差しを送ってくれていました。


「姫様、英断をなされましたな。心細かったでしょう」

「皆、どうして……」


 すると大臣は魔王様に向かって信じられない言葉を口にします。


「魔王様。死んだゴブリンは100を超えるのでしたな。今のままでは頭数が合いませぬ。ついては我らの命で埋め合わせをしたい」


 ……!?

 何を言っているの!


「皆まで付き合う必要はありません! セレスティアのためにも生きるのよ!」


 私がいなくなった後、国を支えていくのは貴方たちなのに。


「誰よりも国のことを考え抜いた姫様をおひとりでは逝かせません。どうかお供させてください」


 ――大臣。


「平和を望む姫様に戦勝の報を挙げられぬは全て私の力不足からきたこと、申し訳ありませぬ」


 ――軍務卿。


「誰がなんと言おうと姫様は我らの誇りです」

「来世でもお仕えさせてください」


 ――皆。


「う、うう……ありがとう……みんなぁっ!」


 君主になってから両肩にのしかかってきた重責。

 私はそれを、ずっとひとりで抱えていくものだと思っていました。

 でも、違いました。

 その陰にはいつだって、支えてくれる人たちがいたのです。

 私を姫と慕ってくれる、心より愛する家臣の皆が。

 するとその時。


「羨ましい」


 声が響きます。

 振り返ると、それは魔王様のものでした。


「今、なんと」

「羨ましいと言った。我には運命を共にしてくれる配下などいない。――おい」


 次に、広場の民衆へ振り返ると。


「良い主君に恵まれたな。たとえ命を投げ打つことになろうとも民を守る……我には決して真似できぬ統治者としての生き様、しかと見届けた」


 それから魔王様は。



「お前たちの命と生活は魔王ギルバースの名において保証しよう。国に殉ずる姫と、忠臣たちの覚悟をもってな」



 心の底から欲してやまなかった言葉を口にします。

 ああ、良かった。

 ようやく私は“統治者”になれました。


「後のことは心配するな。楽にしてやる」


 そして、差し出したものを受け取るべく魔王様の腕がゆっくりとこちらへ伸びます。


(ありがとう……ギルバース様)


 これでもう思い残すことはありません。

 民の幸福を祈りながら、私は静かに目を閉じました。








「だ……駄目だーーーーーーーっ!」







 それは、民の1人から発せられたものでした。


「姫様たちを殺さないでくれ! その人はこの国に必要なんだ!」


 響き渡る必死の懇願。

 彼は続けて耳を疑うようなことを口にします。


「俺が死ぬ! 犠牲になる! ゴブリンの身代わりなら俺で十分だろ!?」

「なっ……!」


 駄目に決まっているでしょう……!

 私たちは、貴方たちを守るために――


「そうだ、死んじゃ駄目だ! 平民の命じゃ足りないっていうなら俺も死ぬ! だから姫様は助けてくれ!」

「じゃあ俺は大臣の代わりだ! 俺なんかよりよっぽど生きてなくちゃいけない人だ!」

「頭の良い士官さんより、馬鹿でしょうもないわたしの命を使っておくれ!」


(皆……!)


 民の皆が、堰を切ったように次々と命を差し出します。

 それは傍から見れば狂っているとしか思えない光景でした。

 なのに……。


「貴方たちは国を、俺たちを今まで立派に守ってくれたんだ! 今が恩を返す時だ!」

「疑ってごめんなさい! おわびに私の命を捧げますから!」

「老い先短いわしこそ死ぬべきじゃ! だから若い目を摘まんでくだされ!」


 駄目なのに。

 そんなことをしたら全部無駄になってしまうのに。

 貴方たちを守らなくちゃいけないはずなのに。


「だめ、だめよ……みんな」


 止めなくちゃいけないのに。

 それなのに、私は。



「うう……うわあああーーーーーーーん!」



 溢れ出す涙と共に爆ぜる感情。

 もう、堪えきれませんでした。


「ありがとう、みんなぁ……っ」


 私は、こんなにも多くの人に愛されていた。

 そのことが嬉しくて、涙が止まりませんでした。


「姫様……良かったですね」

「ええ……ええっ……! わたし……この国に生まれで良かっだぁ……っ」


 辛いことは一杯あったけど。


 ちゃんと、姫をやれていて良かった。


 やっぱり私は間違っていなかった。


「ふ、ふふ」


 その時、誰かの含んだような笑い声。


「ははは、やられたな。素晴らしい、よくやった」

「魔王様……?」

「成程。これでお前を殺せば民は従属どころか敵に回る。かといって民を殺せばお前の言った通り我は詐欺師に成り下がる、か。いいぞ、これでは我の意志が介入する余地はないな」


 そう話す魔王様は、今まで見たこともないほど清々しい表情をしていました。

 その上機嫌な姿は、こちらまで拍子抜けしてしまうほどです。


「あ、あの」

「言っただろう。どうやって民を説得するのか興味があると。お前は見事に果たしたのだ。残ったのは約束だけだな」

「え……?」

「お前は従属を申し出た。我はお前たちを守ると言った。統治者として口にしたことは実行しなければならない。違うか?」


 魔王様は今一度、民へと向き直ります。


「セレスティアの民よ。我に従うのはお前たちと同じ人間に対しての裏切りだ。もう異国の縁類に顔向けはできんが、構わんのだな?」

「ああ! 元より俺たちに味方なんていねえ!」

「どいつもこいつも痛い目見ればいいのよ!」

「負けんなよ、魔王!」

「フッ、気に入った。よし、今日からお前らは魔王軍の一員だ! 共に世界をつかもうではないか!」



「「「わああああああーーーーっ!」」」



 ――マリーナ様万歳! ギルバース様万歳! セレスティア大公国に栄光を! 魔王軍に栄光を!


 大波のように巻き起こった歓声は、世界に拡散されていくようでした。

 魔族の支配下になるなど本来は絶望にも等しい事態なのに、民の声は希望に満ち溢れていました。


 もう何がなんだかわかりません。

 覚悟していた死への恐怖は、いつの間にかどこかへ吹き飛んでいました。

 呆気に取られる私に、魔王様は。


「というわけだ。後ほど我が側近を遣わせる。今後はそいつの指示を聞くように」


 片手を上げ魔法の壁を取り除くと、

 爽やかな顔でそう言い放ちました。


「あの、私たちのことはよろしいのですか……?」

「ん? この上なく綺麗にまとまったのだ、他に何を望むものがある。それより気前の良い国民じゃないか。気に入ったぞ」

「はあ……」

「これからもお前の統治に励めよ。――ではな」


 そう言って魔王様は民に手を振ってからあっさりと姿を消しました。


 ふわふわした気分のまま、へたり込んでぼうっとしている私に、大臣が囁きます。


「姫様。これからは様変わりしますな」

「……ええ。もしかしたら今まで以上に大変かもしれない」


 だって魔王様と、世界を滅ぼすかもしれない存在と手を組んでしまったのだもの。


「でも何だか肩の荷が軽くなったわ」

「それだけ信頼が生まれたのですよ。姫様と国民の間に」

「……そうね。ふふっ、さっきまでの悲壮感が嘘みたい」


 こんなこと、あるのですね。


 世界が、セレスティアが、これからどうなるのかわからないけど。

 でも、統治者として、民を導くものとして、できるだけのことはやろう。


「頑張らなくちゃ、皆のために」


 ……魔王様のように堂々と。


 いまだに民の歓声が収まりきらない青空の下で、私は固く誓うのでした。



 その後、魔王軍への従属は速やかに各領主へ通達されました。

 使者となったのは、広場でやり取りを耳にしていた国民でした。


 隣国への鞍替えや亡命を望む国民も少なからずいましたが、私の決断は8割もの領主と領民から支持され、セレスティアは地上で初めて『魔族と手を組んだ国』となりました。


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