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06 ニセ勇者め

「ハァ……?」


 それは今までにない調子の外れたカルナの声音だった。

 呆気にとられた顔をしているのは彼女だけじゃない。

 ポーラたちも信じられないといった表情でこっちを見ている。


「全員だ。そっちで抱えている難民全員、我が国が救済する」

「……!」

「兄上――ランフォード陛下はそれができる人だ。だからお前たちは手を引くんだ」

「ライル!?」

「無茶ですよ!」

「いい加減なこと言ってどういうつもり!? 勝手な発言した挙げ句、陛下まで巻き込むなんて!」


 すごい剣幕でヘレンが詰め寄って来る。


「そこの女も言った通り、あんた個人の責任じゃ済まないのよ! ここで意地張ったって誰も救われないってわからないの!?」

「意地なんかじゃないよ。たしかにおれの頭じゃ良い方法なんて思いつかないけど」


 横暴で思慮の無いことをしているという自覚はある。

 困窮している100万もの人々をどうやって助けたらいいかなんて、おれにはさっぱりわからないし、解決策も浮かばないまま約束だけするのは空手形もいいところだ。

 だけど、それでも。


「兄上の聡明さは知ってるよね。兄上ならこの現状を打開する策をきっと思いつくはずなんだ」


 王に即位してから、兄上は国のために様々な改革を打ち出してきた。

 父上の代から争いを繰り返していた貴族たちをまとめ上げ、税制を見直して人々の生活を向上させ、未開拓地を開墾して食糧事情を改善し、街道を整備することで商業ギルドを発展させた。

 また当時荒れ放題だった貧民窟の住民にシェルターを提供したのも、孤児院に教員を派遣して支援を行ったのも兄上だ。

 お陰で兄上は歴代でもっとも優れた名君として民から絶大な支持を得るに至っている。


「い、いくら陛下が優れた御方だからって絶対は無いのよ、もし失敗したらどうするのよ!」

「その時は潔く謝ってプランBを考えよう」

「Aがあるかもわからないのに何言ってるの!? ああもう!」


 向こう見ずと言われれば否定しようがない。

 でも、それでも。


「おれたちは最終的に魔王を、ギルバースを倒さなくちゃいけない」

「は? 何よ急に」

「でも正直――少なくとも今の時点では、おれはあいつに勝つ自信がない。ヘレンはどう?」

「い、今はそんなこと関係ないでしょ。どっちみちアタシたちがやるしかないんだから」

「そうだよ、やるしかないんだ。今だって同じ。できるできないじゃない、考えるより先に動かなくちゃいけないんだ」


 行動すること。

 手を差し伸べること。

 それらが先行したっていいはずだ。


「だからそれを自分で考えられるようになって言いなさいよ! ちょっと、みんなも何とか言って!」

「落ち着いて。ライル、確認だけど頭は大丈夫?」


 間に入ったリーシャが辛辣な問いかけをしてくるけど、おれの頭は至って正常なので首肯する。


「あなたが陛下を信頼してるのは伝わった。でもわたしは陛下のことをよく知らない。それに、“きっと”とか“はず”とか言っている時点でライルも完璧じゃないのは自覚してるんだよね」

「……うん。それでもおれは、彼らを何とか助けてあげたい。ここで目を背けたら、“勇者”じゃない気がするんだ」

「……わかった。だったらわたしは賛成する」

「ちょっと!?」


 まさかあっさり折れると思わなかったのだろう、ヘレンがリーシャに目を剥く。

 だけど彼女が非難の声をあげる前に、リーシャのほうが先に口を開いた。


「この先わたしたちが魔王軍の占領地に囚われている人たちを解放したとして、どのみち受け入れ先の目処を立たせないといけない」

「そ、それは!」

「それに……奴隷になることの辛さはわたしがよく知ってる。1度折れたら死ぬまで治らない心の傷を抱えて生きることになる」

「…………っ! そんなの、明日の食事にありつけるかもわからない状況に比べたら……!」


 その後で何か言いかけて、ヘレンは顔を伏せて押し黙る。

 少しの間言いようのない空気が流れて。


「いいじゃねえか。信じてみようぜ、ライルの兄ちゃんを」

「バクト……」

「場合が場合なんだ。こいつの言う通り、駄目ならみんなで謝りゃいい。そりゃ全員は無理かもしれねえけど、でも1人でも多く助けられりゃそれでいい。たとえ恨み言吐かれたってな」


 そう言ってバクトは笑いかけて来る。


「そうですね。もしグランバルトが動くとなれば同盟国のテレーザも腰を上げるでしょう。何より、人助けなら慈愛の女神イリジアナさまを信仰する教会も協力を惜しみません」


 ポーラもおれに頷いてくれた。

 賛同を得たおれが改めてヘレンのほうを見る。

 物凄くバツの悪そうな顔をしていたけれど。


「くっ……もう知らないから!」


 と、そっぽを向きながらもそれ以上は何も言わなかった。

 これでおれたちの意志は固まった。


「改めて言うぞ。難民はおれたちが助ける。だから帝国で抱えている全員を解放して、速やかにこちらへ送ってくれ」


 まっすぐにカルナを見据え、告げる。

 ダークエルフの無機質な瞳がほんの少しだけ動揺したように泳いだ気がした。

 それもまた、初めてみる彼女の情動だった。

 やがて小さく息を吐いたカルナはぼそり、と。


「――冷静になってみればだ」


 ……?




「こんな砂漠の僻地に、勇者サマ御一行がいらっしゃるはずがない」




 刹那、カルナが恐ろしい速度で腰の剣を抜き、おれ目掛けて振り下ろす。

 黒い輝きをした刃身には、明確な死の輝きが乗っていた。


「!? ぐっ!」


 咄嗟におれは剣を抜いてそれを受け止める。

 長身から繰り出される一撃は速い、そして重い。

 斬り結んだまま、彼女は口端を歪めて告げる。


「この()()()()め、我らが成敗してくれるぅ。お前たちかかれぇ!」


 その言葉を皮切りに、他のダークエルフたちも一斉に襲い掛かってきた。


「ライル! きゃあっ!?」

「なっ……イカれてんのあんた!」

「カルナ! なんのつもりだ!」

「この痴れ者めがぁ。おそれ多くもライル殿下の名を騙り国家間に混乱を生じさせるつもりだったのだろうが、そうはいかんぞぉ!」

「最初と言ってることが滅茶苦茶だ! おれは本物――」

「あっはっは、お手向かいいたす、喰らえぇ!」


 カルナは剣を持ったまま右手を離すと、腰のホルダーに備え付けてあった小型のクロスボウを抜き、既に装填済みの矢を至近距離からおれの顔目掛けて容赦なく撃ってきた。


「くっ!?」


 体勢を崩したおれへと振るわれる剣。

 寸でのところで払ったおれは大きく後ろへ下がる。


「――おい、お前たち。避難者のほうを先に狙え」


 カルナがあろうことか難民への攻撃を指示すると、バクトたちと交戦していたダークエルフの兵士が何の躊躇もなく腰のクロスボウをおれたちの背後にいる難民の一家へと向けた。


「う、うわぁっ!?」

「やめろ――!」


 繰り出された矢を間に入ったバクトが大盾で防ぐ。

 だがダークエルフたちはそれからも執拗に難民を狙ってきた。


「このクズ……! もうブチ切れたわ! 極大呪文で吹っ飛ばしてやる!」

「待ってください! 範囲魔法は難民の皆さんも巻き込む恐れが!」

「このままじゃ不利……!」


 明らかに奴らの攻撃はおれたちじゃなく難民へと集中していた。

 大技を使えば蹴散らせるだろうけど、これでは迂闊に攻められない。

 悔しいけどここは退却するしかなかった。


「おれとバクトとリーシャでこいつらを抑える! ポーラとヘレンは彼らを防御魔法で守りながら後退して!」

「はい!」


 指示を出して再びカルナに向き直る。

 彼女はといえば、すでに矢の装填を終えてこちらにクロスボウを突きつけていた。


「くそっ……本当に話し合いの余地はなかったのか!?」

「やかましいぃ。そもそも高官でもない一兵士と取り決めた約束に効力などあるわけないだろうがぁ!」

「っ!」

「それでもお前が本気なら、向き合うものは別にある! 救えるものなら救ってみせろぉ!」


 その時、構えられたクロスボウの先端が黒い渦のような魔力を湛え始める。


「なんだ、ダークエルフの魔法か……!?」

「そんな、彼らは魔法が不得手なはず……!」


 力を充填したであろう魔力の収束体が矢に集まると、カルナはその狙いを手前の地面に定める。


「《黒嵐(ブラックストーム)》!」


 クロスボウの引き金が弾かれ、放たれる魔力。

 漆黒の光弾が黄砂に吸い込まれると、まるで海面に巨石が打ち付けられたように砂漠が決壊し、空を覆うほどの砂が津波となっておれたちへ押し寄せた。


「2人ともオレにつかまれ!」


 流砂が巻き起こす轟音の中、響く声。

 体を吹き飛ばされそうになりながらも、おれとリーシャは盾を構えたバクトの肩をつかむ。


「なんとか反撃しないとこのままじゃ……!」

「砂で目が開けられない……! 魔術師でもないのに、こんな高威力の魔法をどうして……!?」

「だが耐えられないほどじゃねえっ! このまま突っ切――」


 バクトが盾を構えたまま歩みを進めようとしたその時。


「さらばだぁ、ニセモノ諸君」


 盾の目の前にクロスボウを構えたカルナの姿。

 その先にはすでに2発目の魔力が込められていた。

 零距離から開口する黒の暴風は、まるで鉄砲水のようにおれたちを襲い――


「うわあああああああっ!」


 足底が呆気なく砂地を離れて視界が晴天の空をぐるりと巡る。

 それはおれたちが空の彼方を舞った証左だった。



 □■□■




「さぁて仕事は終わった。帰るぞぉ」


「うーっす。あーあ、成果ゼロかよ」


「いいじゃねえか。勇者の打ち上げ花火が見れたんだからよ」


「マジで偽者じゃねえのか。本物であの弱さじゃ人類絶望だぜ」


「…………なぁお前ら、今のグランバルト王はそんなにできた奴なのかぁ?」


「へ? まあ手腕はあるんじゃないすか。内乱で崩壊手前だった国を立て直したんすから」


「敵対する貴族を殺し回ってな。その分、民草にはお優しいみたいだが」


「税金下げたり国内の奴隷制度を撤廃したんだろ。ついでに職の斡旋までしたとか」


「いや、たしか撤廃したのは()()()()だったはずだぞ」


「そうだったか? まあウチの皇帝と同レベルじゃねえの」


「ふむ…………」


「それより隊長、今は魔王軍だ」


「戦力を温存したのはいいけどよ、このままじゃ南の海岸と北で挟み撃ちだぜ」


「軍事は帝都のお偉方に従うしかないからなぁ。だがまぁ、いざとなったら――私が魔王を倒すかぁ」


「ははは、こりゃまた大きく出ましたね!」


「だけど隊長の“力”を使えば夢じゃねえかもな」


「上でふんぞり返ってる人間なんざにゃ死んでも協力したかねえが、あんたのためならいつでも動くからよ。そん時ゃ全員でぶちかまそうぜ」


「ああ!」


「ふっ……」




 ――そうだぁ。


 人間にも魔族にも、我らの自由を奪わせるものか。


 魔王は、【()()()()である、この私が倒す。




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