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05 兄上なら

「……それはどういう意味だ?」


 含みのある言葉に心がざわつく。

 はっきり言って彼女――カルナは苦手な部類の人間だった。

 なんだろう、まだ何かあるのだろうか。


「今の話はアレですか、“避難者に関して帝国の助けは要らない”という意味でよいでしょうかぁ?」

「ああ。どうせろくな扱いはしないんだろ」

「まぁ否定はしませんがぁ。う~ん」


 はっきり言えばいいのに、もったいぶるように腕を組むカルナ。

 この分だとまだまだ助けなくちゃいけない人々がいる。

 ここで時間をとられている場合じゃないのに。


「ですが国で保護するとなったら血税が使われるのですよ。民は納得なさるので?」

「彼らの窮状を知れば進んで手を差し伸べるはずだ。我が国の民には良心がある」

「ふっ、良心と来たか。国庫にゆとりがあって羨ましい限り。では――」


 言った後で目を細めるとカルナは。


「それでは帝国(ウチ)が今までに保護してきた避難者は、放出しちゃってかまいませんね」


(は――!?)


 それはまさに寝耳に水だった。


「どういうことだ? 他にも難民がいるのか!?」

「そりゃいますよ。魔族の侵攻から何日経ったと思ってるんですか」

「で、でもさっきは保護どころか彼らを襲ってたじゃないか!」

「方針が変わったんです。当初は我々も避難者を受け入れていたのですよ。あの時の忙しさったら、国境警備に回された自分の運命を呪ったものです」


 冷や水を浴びせられたような衝撃を受ける。

 だけど考えてみれば当たり前、戦禍から逃げ出した人々が彼らだけのはずがない。

 だったらその人たちがどこへ向かうかといえば、答えは限られてくる。


「ウチはテレーザ以外全ての国と領土を接してますから、嫌でもこっちに来ちゃうんですよねぇ。あわよくば安い労働力としてコキ使えないかって他の所属国もノリノリで確保に動いてたんですが。いざ抱え込んでみれば、飯を食わさないといけない、寝床は用意しないといけないで、とんでもない手間でして」


 特に食料はすんなり調達できるものではない。

 ただでさえ有事だというのに、万が一にも同胞が飢えるようなことになってしまっては元も子もない。

 だから先に住まわせてしまった分は止む無しとして、今は売れそうな女や子供に限定して国境を開いている、と彼女は続けた。

 ほとんど詭弁だったが今は咎めている場合じゃない。問題は――


「……難民の規模はどのくらいなんだ?」

「う~ん、100万人ぐらいかなぁ」

「ひゃ!?」


 さらなる衝撃に思わず変な声が出てしまう。

 グランバルトでさえ地方都市の人口は多くても2〜5万、王都であっても20万程度。

 事実ならあまりに膨大過ぎる。

 いや、それよりも。


「なんでそんなに難民が出るのよ! セレスティアの時とえらい違いじゃない!」


 ヘレンがおれの気持ちを代弁して叫ぶ。

 そう、セレスティア公国が魔王軍の手に落ちた時は1万人もいなかったはずだ。

 今でこそ国を売り渡した稀代の悪女としてマリーナ大公には懸賞金がかけられているけど、おれはギルバースが策略を用いて彼女を罠に嵌めたのだと考えている。

 お陰で民への被害が無かったのは不幸中の幸いだけど、だからこそ魔王軍が侵攻したと聞いた時はにわかに信じれないものがあった。


「国が2つも崩壊した上に、魔族の奴ら今回は普通に攻撃してますからねぇ。特にオストワルド方面は大惨事だそうで」

「それにしたって……!」

「待って。それだけ人間が逃げ出しているのに魔王軍は追手も放ってないの?」

「あぁ、その辺は当人らに聞いたほうが早いなぁ」


 リーシャの質問にカルナが難民に視線を移す。

 すると難民の男性が背筋を震わせながらも応える。


「その、魔王曰く『支配されたいものだけ残れ』と。手下になるかは自主性を尊重するそうで」

「なんだそりゃ……意味わかんねえな」


 呆れたように呟くバクト。

 誰も好き好んで魔族なんかに支配されたいと思わないだろうに、何がしたいんだギルバースは。


「どっちみち他国に伝手が無ければ生きてはいけませんから残らざるを得なかったものも多いようで。とはいえまぁ、逃げたものは助かりましたな。貴国がなんとかしてくださるんですよねぇ」


 そう言って今までに見たことのないほど爽やかな笑みを浮かべる。

 おれが口を開く前に誰かが服の裾をつかむ。眉尻の下がった表情をこちらへ向けているのはポーラだ。


「ライル。さすがに先ほどの発言は改めたほうが……」

「ポーラ……」

「いくらなんでも単位が違いすぎます。帝国の協力がなければ彼らを助けることは難しいです。せめてグランバルトとテレーザで皆さんを迎え入れられる施策が発令されるまでは、皆に酷いことをしないよう、ここは頭を下げて説得しましょう」

「悔しいけどわたしも同意見。このままじゃ混乱を招くだけ」


 続いてリーシャもそう訴えてくる。


「わたしたちの見立てが甘かった。すぐに彼らの土地を奪還できない以上、現実的な対策を練らないと」

「そうだよな……クソ。そりゃみんな食い物も要るし、家だっているよな」

「これからもっと増えるかもしれないんでしょ……ああもう」


 バクトもヘレンも表情を落としている。

 そんな様子を見て口端を一層歪めるカルナ。


「フフフ。だから言ったでしょう、安請け合いしないほうがいいと」

「…………」

「情で目先の数人助けても大局は変わらない。無計画に避難者を抱え込んで、やっぱり“面倒見切れません”なんて状況になったらどうします」

「…………」

「最終的には貴国もウチと同じように切り捨てる選択を選ぶでしょうなぁ。その時、彼らは今度こそ絶望するでしょう。張りぼての希望を持たせたどこかの誰かに怨嗟を残してね」

「…………」

「この世でもっとも質が悪いのは“憐憫からひり出た上辺だけの偽善”。それが人の上に立つ者の気まぐれなら尚のこと。僭越ながらライル殿下は王族という身分を軽んじていらっしゃる。発言1つで国が傾いた例などいくらでもあるのですから、もっとご自身の立場をわきまえたほうがよろしいかと」


 もう何度も耳にした言葉。だけど今回は重みの形が違った。

 たしかに、おれは想像力も足りていなかった。


 目の前には現実を見定めて嗤うカルナの顔。

 皆を助けたかったはずなのに助けられない。力がない。

 懊悩を見通しているからこそできる蔑み。

  

 状況はもっと深刻だった。

 そしてそれは時間が経つほど一層酷くなっていく。


 でも1つだけ。


「…………………………る」

「――? はい?」


 たとえおれが至らなくても、おれは、それが出来るを人物を知っている。

 そう、あの人なら。



「できる! 兄上なら彼らを救える! さっきの発言は撤回はしない!」



 ランフォード・ラクロア・グランバルトなら。

 おれよりもずっと聡明で、いつだってずっと先の未来を見通している。

 おれが憧れ、もっとも尊敬している、兄上なら。


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