03 ダークエルフ
バアル砂漠。
大陸中央以南に広がる大砂丘地帯であり、南北の国を分ける国境線の役割も果たしている。
グランバルトを含む国境を隣接する国々の間で何度も領土紛争が起きた経緯があり、人間が定住した記録はない。
また気温の変化も激しいため、サソリやトカゲといった局所に対応した生き物しか棲息していない不毛な土地でもある。
そんな人の営みからは最も遠い死の砂漠を、おれたちは馬に乗り西へと横断していた。
黄砂と赤土の混ざった乾燥帯を、遠くに見える山麓や星だけを頼りに進む。
そうして8日ほどが経過した頃だ。
「おいライル。あれ」
バクトが指差す方角を見ると、2つの集団が向かい合っていた。
一方は荷馬車に家財道具を積んだ家族連れと思われる人たち。
おそらくはエルラーダからの難民だ。
もう一方は黒い鎧に身を包んだ兵士十数名。
姿は人間に似ているけど、褐色の肌に黒髪、エルフ種と同じ尖った耳が特徴的な彼らは、ダークエルフと呼ばれる亜人種だ。
「頼む、俺たちを帝国の領土に入れてくれ」
「魔族の奴隷になるなんて嫌だ。この通り、通行料も用意した」
難民と思われる初老の男たちが必死の形相で兵士に掛け合っている。
ダークエルフはハークスに所属せず、バルバリア帝国内に国と領土を持っている。
エルラーダとの境には丁度ダークエルフの国があったはずだから、おそらく巡視兵である彼らが許可を出せば難民は帝国内への通行を許されるはずだ。
「…………」
貨幣を受け取ったダークエルフは抑揚のない表情で額を確認した。
やがて自分たちの乗ってきた馬の鞍袋にそれらをしまうと、難民の男に向き合う。
「他にはないのか」
「え……もしかして足りなかったか?」
兵士は男を無視して荷馬車に向かい、荒っぽい仕草で荷物を漁り始める。
「おっ。ここにまだ金があるじゃないか」
「こっちには銀細工もあるぞ」
「待て。それはそっちで生活するための資金で……」
慌てて男が駆け寄るものの、ダークエルフたちの物色は続く。
そして今度は男の妻や息子に目を向けると。
「お前の家族か。歳はいくつだ?」
「!? そんなこと今は関係ないだろう!」
「……チッ」
舌打ち1つした後で、ダークエルフの兵士はまるで何ともないことのように腰の剣を抜いた。
そして。
――どつっ。
「えっ……!?」
まるで何ともないことのように、刃を彼の胸へと突き立てたのだ。
「なっ……げふ……っ」
「あ、貴方!?」
「パパ!」
鮮血をこぼして倒れ伏す男性。
にわかには信じられない行動だった。
「大人しくしてりゃ身ぐるみ剥ぐだけで勘弁してやったのに」
「こうなったら仕方ない。1人も逃がすなよ」
それまでの態度を一変させて、何の武器も持たない難民たちに襲い掛かるダークエルフ。
にわかには信じられない行動だった。
「やめろ、お前たち!」
これ以上は放っておけなかった。
俺たちは武器を手に彼らの間へ割って入る。
「あん? なんだこいつら。お前らも密入国者か」
「この人たちは魔王軍の侵略から避難してきた人たちだ。密入国者じゃない!」
「そっちの事情なんぞ知るか。通行手形を持たずに越境を試みるものは例外なく犯罪者だ。バルバリアじゃ、そう決まってるんだよ」
そう言ってダークエルフたちは平然と剣を振るってくる。
俺は聖剣を抜いて受け止める。
少しの躊躇もない一撃だった。
彼らは本気だ。相手が同じ人間だろうと命を奪うことになんの戸惑いも感じていない。
バクトの予想通りだった。帝国は、自分たち以外の存在に一切の容赦がなかった。
「やっぱりこうなったか……! オレたちもいくぞ!」
「ポーラは傷の手当てをしてあげて!」
「はい!」
バクトとヘレンたちも臨戦態勢を取り、その間にポーラが負傷者に回復魔法をかける。
その間もダークエルフたちは攻撃の手を緩めない。
剣だけでなく石弩まで持ち出し、こちらへ撃ち出してくる。
「《アイスウォール》!」
魔法で氷の壁を生み出して矢を防御するヘレン。
その隙をついて俺とバクトはダークエルフ兵士へ距離を詰める。
「うおりゃあああ!」
「ぐっ……コイツ、傭兵連中と動きが似てるな」
「このっ!」
「っ!? なんだ、その剣……!」
聖剣【クラウソラス】の力を発動。
輝く聖炎を纏わせた一撃で、ダークエルフの持つ剣を中心から半分に折ってやる。
闇属性でなくとも、数打ちの剣くらいなら刃を合わせるまでもない。
「みんな!」
砂丘の上から響く声。
そこには、ギルバースから奪って以来使用している【魔王弓】に矢をつがえたリーシャの姿。
「《ゲイルレイン》!」
天に向かってスキルが放たれると、遥か上空で分散。ダークエルフの一団に魔力の矢が降り注ぐ。
魔王弓の能力――“消費した魔力をスキル効果に変換する能力”で、威力と命中精度が格段に上昇した弓術スキルによる範囲攻撃だ。
もちろん殺傷するわけにはいかないため、腕や足元を狙っている。
「ぐっ!?」
「チィッ。エルフのくせにやるなぁ!」
「だが、ただの威嚇で俺たちが退くと思ったら大間違いだぜ!」
おれたちの力を見てもダークエルフたちの攻勢は衰えない。
「ライル、わかったろ。帝国はこういう奴らの集まりなんだ。ここは、覚悟を決めるしかねえ」
「……っ。うん、魔族以外に勇者の力を使うなんてしたくなかったけど、仕方ないね」
俺とバクトはそれぞれの武器に女神の加護を込める。
このままでは難民に危害が及ぶ。
彼らを守るためにも、ダークエルフたちを無力化しなければ。
「んん? なんだその光、まさか――!」
命までは奪わない。でも、全員戦闘不能くらいにはなってもらう。
十分に力を溜めた武器を振りかぶり、おれはバクトと息を合わせる。
「いくぞ! 《ブレイズ――》」
魔王との戦いの中で会得した、加護を重ね合わせた一撃を放とうとしたその時。
「止めておけぇ。それ以上は外交問題になるぞ、勇者様」
横からかかる声。
顔を移すと、そこには帝国の別動隊と思われる騎馬兵の一団。
その先頭で異彩を放つダークエルフの女性が軍馬の上から不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。




