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01 赤の王

第4章は※以外ライル視点となります。


今話だけ後半部分が【水】の勇者ヘレン視点になってます!

 グランバルト王国首都ローラン。

 王城に飛び込んだおれは、真っ先に兄上のいる執務室を目指す。


 胸がかきむしられる思いだった。

 まさか、魔王軍がエルラーダとオストワルドに侵攻しただなんて。


「失礼します、兄上!」


 息も絶え絶えになりながら部屋の扉を開くと、そこにはおれと同じ髪の色をした人物が窓の外を眺めていた。


「お帰り、ライル」


 晴天のように穏やかな表情でこちらを振り向いたのは、おれの唯一の肉親であり、たったひとりの兄上。

 グランバルト王国第19代国王、ランフォード・ラクロア・グランバルトその人だ。


 顔立ちが瓜二つと言われるけど、そんなことはない。

 歳は4つも離れているし、兄上のほうがずっと国王らしい威厳に満ちている。


 それにもう1人。


「お久しぶりです。ライル殿下」


 年齢は一回りほど上。

 黒髪を束ね、騎士の正装に身を包んだ男性。

 この人のことも、よく知っている。


「グレイ師匠!」


 グレイ――グレゴリオ・ヒューゴ。

 おれに剣術を教えてくれた師匠であり、戦時には真っ先に出陣することになるグランバルト第5騎士団の現団長。

 そして、兄上が最も信頼を置いている人物だ。


「エルラーダの援軍に行ったって聞いたけど無事だったんだね! 良か――」


 だけど、駆け寄っていく途中で視線が師匠の右腕に止まる。

 包帯を巻かれた部分から先が……無い。


「はは、この通り。命からがら逃げ延びてきました」

「師匠……」

「もう稽古はつけて差し上げられません。残念です」


 そんなことない。

 おれは命が無事だっただけで嬉しいのに。

 でも悲報はそれだけじゃなかった。


「ライル。残念だが、エルラーダとオストワルドは魔王軍の侵攻によって滅ぼされた」

「……っ」

「各地の領主はほとんどが討死。残った民は魔族の奴隷として扱われているらしい」


 膝から力が抜ける。

 頭の中が真っ白だった。

 罪も無い多くの人が犠牲になった。

 勇敢に戦った兵士がたくさん死んだ。


 全部、全部。


「おれの、せいだ」


 あの時、魔王を倒していれば。

 おれに勇者としての力があれば。


 ……誰も死なずに済んだんだ。


「おれが刺し違えてでも、あいつを……ギルバースを倒していれば……」


 どうして目の前の敵から逃げたりしたんだ。

 後悔の念だけが次々と湧いてくる。


 魔王と顔を合わせた時、ほんの少しだけ感じ取った可能性。


 “魔族と和解できるかもしれない”。


 そんな風に考えたのは本心だ。

 現にギルバースは――悪の親玉みたいな性格ではあったけど――芯の通った奴だったと思う。

 結局俺たちを最後まで殺さなかったし、戦いを楽しんでも最悪の事態までは引き起こさない。そんな気がしたから。

 でも違った。

 やっぱりあいつは魔族の王。

 人間の命なんて何とも思っていない、最悪の怪物だった。


「ライル」


 穏やかな声。

 そちらを向くと、兄上が困ったような顔をしておれを見つめていた。


「すまなかったな」

「……どうして兄上が謝るの」

「俺がもっと多くの兵を派遣していれば、エルラーダを救えたかもしれん。おれのせいで、他国とはいえ罪もない民を死なせてしまった」


 そう言って兄上は悔恨をにじませる。

 ……違う。

 おれが東の偵察に失敗したから、戦力の分析ができなかったんだ。


「もっと強く要求すればバルバリアも動かせたはず。全ては俺の至らなさが招いたことだ」

「そんな、兄上は……」

「全ての責は俺にある。だから“刺し違えても”などと言わないでくれ。たった2人の家族だろう」


 その言葉に、おれは目頭が熱くなるのを感じた。


「魔王軍の対処は俺がする。だからライル、魔王はお前が倒すんだ。さあ」


 そう言って手を差し出す兄上。

 ああ、そうだ。

 俺には世界で1番頼りになる兄上がいるんだ。


「ごめん、情けないところを見せちゃって」

「家族だと言っただろう。俺で良ければいくらでも弱音を吐いてくれ」


 暖かなその手を握り締め、おれは立ち上がる。

 くよくよしてたって前には進めない。

 今のおれにできることは1つ。

 勇者としての使命を果たすことだけだ。


「もう大丈夫だな。――グレイ」


 声に応じて師匠が一振りの剣を兄上に手渡す。

 純白の鞘に納められた、神々しささえ感じる剣だ。


「聖剣【クラウソラス】。テレーザ軍が持ち帰ったものだ」

「これが……」


 話に聞いたことはある。

 歴代魔王を何体も討伐してきた、エルラーダに伝わる勇者の武器の1つだ。


「エリューザ殿下は聖剣を振るい、最後まで魔王軍と戦い続けたそうだ。受け取れライル。お前がこれを継げ。その手で魔王を討つんだ」


 エルラーダが滅亡した今、王家の承諾を得ようとしても仕方がない。

 おれは確固たる意志で聖剣を受け取る。

 その瞬間、剣の奥から力と想いが流れてくる。

 きっとこれが歴代勇者の……民のため、命をかけて戦ったエリューザ殿下の心。


「誓うよ。おれがみんなの仇をとる」


 ギルバース、お前は間違ってる。

 人間には誰もが幸せになる権利があるんだ。

“好きだから支配する”――そんな考えで命を弄ぶお前を、おれは決してゆるさない。



 □■□■



「陛下の弟君とは思えませんね。ライル殿下は」


「仕方あるまい。あいつは姉上から理想を、俺は現実を教えられた」


「フリア様がご存命ならば、我々も違ったのですかね」


「……話を戻す。メルが得た情報通りならば、魔王の他に倒さねばならない敵の幹部は“5体”ということになるな」


「はい。当初、大陸を四方から襲った軍団を率いていたのが『五閃刃』でしょう。私が戦った獅子の獣や、メルが相討ちになった人間と目撃情報が一致します。そうなると数が足りませんが」


「おそらく残りの1体は海魔を率いているのだろう。魔王軍は種族の特徴ごとに軍団を編成している節がある。それで、戦ってみた感想はどうだ」


「腕を落とされてなんですが、途方もない戦力差は感じませんでした。現時点での脅威はやはり魔王、そして我が国を襲撃した竜族かと」


「どのみち防衛に力を入れるしかないな。今はただ勇者の成長を待つのみか」


「……ですが、ライル殿下で勝てますかね。いきなり現れた魔王にまるで歯が立たなかったそうですが」


「問題ない。勇者は必ず魔王を討つ。()()()()()()()()()()()。……それはそうとグレイ、頼みがある」


「満身創痍ですが、お役に立てることがあれば何なりと」


「エルラーダから我が国へ大量の“難民”が流れている。()()を頼みたい」



 □■□■



「入るわよ」


 王城の客室に入ると、ベッドの上で外を眺めるメルの姿があった。


「ヘレン……ノックぐらいしなさい。行儀の悪い」

「いいじゃない。アタシたちの仲でしょ。ほら、リンゴ」


 サイドボードに見舞いの品が入ったバスケットを置き、近くにあった椅子に座る。

 メル――魔術学校でのアタシのライバルだ。

 どんなにがんばっても、彼女にだけは魔法も筆記も勝てなかった。

 多分、アタシたちの間には才能の壁が存在するのだ。


(でも……それで良かったのかも)


 もし主席になってしまっていたら、あっさり成り上がってしまっていたら。

 アタシはきっと腐ってたと思う。


 ライルたちに本心を打ち明けてわかった。

 アタシは――誰かに自分のことを認めてもらいたかったんだ。


 生まれの貧しさを言い訳にして、世の中を呪って、人を傷つけたことを正当化する。

 そんな自分が嫌いで仕方なかった。


 欲しかったのは名誉なんかじゃない。

 まっとうな道に導いてくれる仲間だったんだ。


「まさか学生のアンタが隊長になって出陣するなんて思わなかったわ。主教様はなに考えてるのよ」

「私は認められて嬉しかったですが」

「だけど大怪我しちゃったじゃない」


 メルの右目には眼帯があてがわれていた。

 眼球が潰されてしまったため回復は絶望的らしい。


「安心しなさい。五閃刃だか知らないけど、仇はアタシが討ってあげるから」

「それは困ります。あいつはこの手でリベンジするって決めてますから」

「ふふっ。そんな口がきけるんじゃ大丈夫そうね」


 強気な台詞が聞けて安堵する。

 壁があっても、彼女はアタシのライバルであることに変わりはない。

 いつまでも俯いていて欲しくなかった。


「帰ってください。貴女には使命があるはずです」

「そうするわ。お大事にね」


 学校ではいつも目の敵にしてたから、馴れ馴れしかったかもしれない。

 でも、お見舞いに来たのは本気で心配だったから。


「またね、メル」

「ええ……また」


 そして、仇を討ちたいっていうのも本当だ。

 任せて。勇者パーティーの1人として、アタシが必ず魔王を討つから。















「鬱陶しい……どうしてお前みたいな貧乏人のおいはぎが勇者なんだ」



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