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終 “次”

 魔王城。

 玉座の間には、我の隣に立つディーネの他、戦地から帰還したジュリオ、バリオン、そしてまだ包帯の取れないアリサが集まっていた。


 すでにエルラーダの残存兵は掃討し、首都以外の都市も制圧――というより、領主が他国へ逃亡したため、ほとんどの領地が領民ごと放棄されたそうだ。

 置き去りにされた領民にも、しっかり選択を提示した。

 他国へ逃れるものと残るものの割合は、現在のところ半々。

 蓄財のあるものほど国を離れる傾向が強く、貧しいものや子供、老人、怪我人を抱えているものほど残留を希望しているらしい。


「此度の戦い見事だった。魔獣軍も魔霊軍も、魔族の威光を知らしめるという当初の役割を十二分に発揮してくれたことと思う。特にバリオン、お前の活躍は目覚ましいものがあった」

「お褒め頂き光栄ですじゃ」

「ジュリオも急な指揮変更によく応えてくれた。アリサ、また力を貸してもらうから、よろしく頼む」

「はっ」

「……はい」


 冴えない表情で頭を下げるアリサ。

 まだまだ完調ではないようだが、それでも以前よりは顔色も良くなってきている。

 これならば、遠くないうちに調子を取り戻してくれるだろう。


「ところで魔王様。ゼスティガの姿が見えませんが、あっちはどうなったんですかのう」

「ああ、お前らには言ってなかったな」

「ゼスティガは7日も前に侵攻を終えたわよー」

「なんと……!」


 これにはバリオンとアリサも驚きを隠せない。

 その日数は、魔獣軍と魔霊軍がエルラーダ侵攻にかけた日数のほぼ半分だったからだ。


「今は残った民を平定させているところだ。オストワルドの大軍勢が瞬く間に灼き尽くされるのは壮観だったぞ」


 魔竜軍は我が軍屈指の戦闘集団。

 一騎当千の竜族と、その竜たちに崇敬されるゼスティガが出撃した以上、生半可な戦力では潰滅が待っているだけだ。

 オストワルドは滅ぶべくして滅んだと言える。


「あ、噂をすれば戻ってきた」


 正面の扉が開き、地鳴りを響かせながら、銀色の甲鱗を輝かせたゼスティガと配下の竜3体が現れる。

 悠然と歩を進める姿は一仕事終えたばかりとは思えぬほど堂々としたものだ。そうして我の下までたどり着くと、ゼスティガたちは可能な限り静かに跪いた。


「おお、帰ったか。エルラーダ側も勝負がついたところだ」


 我の言葉に、何故か無機質な双眸をアリサに傾けるゼスティガ。

 何か思うことでもあったのか。

 しかしその後、すぐにこちらへ向き直った。


「……早速デスガ、生キ残ッタ王族ヲ発見シマシタ。オイ」


 ゼスティガの言葉で、竜の1体が鉱山で使うような荷車を引いて前に出る。

 台には、へらへらと笑みを浮かべた派手な衣装の女が横たえられていた。


「オ前ハ、オストワルド王ノ四女デ違イナイナ」

「うひひっ、そうでぇ~す! でもドラゴンの群れに国ごとぜぇんぶ焼かれちゃいました! お父様もお母様も真っ黒焦げでぇ~っす!」


 ゼスティガに指摘されると、王家の生き残りらしい女は、心底おかしそうに自国の滅亡を語った。


「魔王様ニ国ヲ明ケ渡スト誓エ」

「はぁ~い♪ 魔王さまぁ~ん。もうなぁ~んにも無くなっちゃったオストワルドですが、こんなボロ国で良かったら民も土地も差し上げますので、命だけはゆるしてくださぃ~んっ。ウヒャヒャ」


 そう言って、王女は荷台に頭を擦り付ける。

 魔竜軍の侵攻を目の当たりにして、すっかり精神をやられてしまったようだ。


「コレデ平定ハ完了デス」

「あ、うむ。よくやった」


 ……よくやったのだろうか。

 まあ、兵を一掃した以上はオストワルドの民も我らに従うしかないだろう。

 それでも近いうち顔を出しておくか。

 その後、オストワルド王女は荷車に引かれて元の場所に返って行った。


「やはりお前の能力は抜きん出ているな。頼もしい限りだ」

「……魔王様ニ、伺イタイコトガアリマス」


 労いの言葉をかけたにも関わらず、珍しく質問をしてくるゼスティガ。

 相変わらず表情は読めないが、どこか神妙な声色をしていた。


「何だ、どうかしたか」

「……次ノ侵攻先ハ、オ決マリデショウカ」


 なんと、休む間もなく戦場を求めるとは。

 生き甲斐なのはわかるが、あまり働き過ぎるのもどうかと思うぞ。


「まだ決めてはいないが、ふむ……」


 地上に残る勢力は4つ。

 グランバルト王国、バルバリア帝国、テレーザ聖魔国、そしてハークス自治領連合。


 その内、我が軍の支配地域と隣接しているのはグランバルトとバルバリア。

 他にはセレスティアを含む各地に、ハークスの亜人種自治領が点在している。


 前回の侵略で選んだのはハークスだった。


 しかし、奴らはこちらが仕掛ける前に土地を捨て、ドワーフの居住する地下鉱脈から大移動を開始。

 全種族がグランバルト側の自治領に合流してしまっていた。

 以降、奴らは同国の同盟軍となって我が軍の前に立ちはだかることになる。

 今回もそうなるとは限らないが、もぬけの殻になった土地を接収してもむなしいものがある。


(となると、やはりバルバリア帝国か)


 帝国の領地は南側の砂漠を挟んで支配地域と接している。

 今回はお預けをくらったジュリオ率いる『魔人軍』も力を持て余していることだろう。

 増援も送らず、日和見に徹した戦力がどれほどのものか、見せてもらおうではないか。


「ひとまずは南の帝国を考えている。勿論、魔竜軍にも出てもらうつもりだが」


 我の言葉に目を輝かせるかと思いきや、ゼスティガの反応は違った。


「恐レナガラ……我々魔竜軍ニ、東国ノ侵攻ヲオ任セ頂キタイ」

「なんだと?」


 東国とは言うまでもなくグランバルトのことだ。

 発言の意図をはかりかねていると、奴のほうから先に口を開く。


「今回ノ戦、竜族ノ誰モガ納得シテイマセン。余リニ敵ガ脆弱デシタ」


 たしかにオストワルドは大軍ではあったが、エルラーダと同じでどこか我々を侮っている節があった。

 地理的に攻め入られる機会が少なかったためか、防戦は苦手だったようにも思える。


「タッタ一撃デ蜘蛛ノ子ヲ散ラスヨウニ逃ゲ惑ウトハ……東国ノ兵ハ、我々ヲ恐レナドシナカッタ」

「ふむ……」

「好敵手トノ戦イヲ、竜族ハ望ンデイマス。ドウカ魔竜軍()()デノ戦闘ヲオ許シクダサイ」


 つまり肩すかしだったということか。

 魔竜軍はグランバルトと侵略当初に戦を交えている。

 それだけに、彼我の差を余計に感じたのかもしれない。

 だがそうなると。


「ま、待て! わたしも戦いたい! 東は魔霊軍の管轄だろ!」


 焦ったように言葉を放つアリサ。

 そう。魔竜軍単独でとなると、魔霊軍は2度目の配置転換を余儀なくされる。

 東本陣では色々あったようだし、譲れないものがあるのだろう。

 だがその時、ゼスティガがすぐにそれとわかる凍り付くような視線をアリサへ向ける。


「っ……」


 射すような重圧を前に、アリサの額に大粒の汗が浮かぶ。

 ややあって、ゼスティガが厳かに告げる。


「……人間ニ負ケタソウダナ」

「――!」

「魔王軍ノ幹部ガ何トイウザマダ」

「あ、あれは! 今度こそはきっと……!」

「……半端者ガ。常勝ギルバース魔王軍ノ戦史ニ傷ヲ付ケルトハ、恥ヲ知レ」

「は、はんぱもの……」


 まるで雷が落ちたようにアリサの表情がくしゃりと歪む。

 待て。我は常勝軍団などつくる気はない。

 失敗しても先輩が優しくフォローしてくれる、アットホームな魔王軍が我の理想なのに。


「おい。話を聞け――」

「本来ナラバ命デ償ウベキダガ、侵略ソノモノハ成功シタ故、一時ノ猶予ヲ与エル。――次ハ無イト思エ」


 だから勝手に沙汰を下すな!

 我より魔王っぽいことを言うんじゃない!


「よく言ってくれた、ゼスティガ!」

「さすがはあたしたちのゼスティガね!」


 だから、ジュリオもディーネも喝采を送るんじゃない!


「待て待て。アリサもまだ若いんじゃ。ここは子を見守るように成長を待ってやってくれんか」

「竜族ノ子育テハ、卵ヲ産ンダ瞬間ニ終ワッテイル」

「ぐぬぅっ!?」

「戦場デ子守リヲスル概念ハナイ。成長トイウナラ、モット厳シクスベキダ」

「い、いや、しかしじゃな!」


 慌ててバリオンがフォローに入るも、ゼスティガの主張は微塵も揺るがない。

 頑固者め、だが妙だ。何故こうも早く情報が伝わっている。


(――はっ、まさか)


 咄嗟に隣のディーネを見る。

 我の視線に気付いた奴は、こちらの意図を察したように、額の前で指2本を立てると。


「はい、チクりました☆ ゼスティガだけ知らないんじゃ不公平ですし☆」


 畜生、お前か!

 さては敗北の部分をやたら強調して伝えたな。

 油断も隙もないスパイだな、おい!


「魔獣軍ト魔人軍、ソレニ魔霊軍モ入レバ南ハ十分征圧デキル。魔王様、ゴ採択ヲ」


 まっすぐにこちらを見据えるゼスティガ。

 対してアリサはどこか上の空で視線を泳がせている。


(勝手に方針を決めるな、まったく)


 逡巡の後、我は大きく息を吐く。


「……わかった。東はお前に任せる」


 主張自体は間違っていない。

 ゼスティガも魔竜軍を考えてのことだ。

 意欲を低下させるような真似はできない。


「魔霊軍はオストワルドへ駐留させる。……勇者が我の獲物ということは忘れるなよ?」

「御意」

「お前たちも聞いた通りだ。半月の休養を設けた後、ジュリオ、バリオン、アリサにはバルバリアを攻略してもらう。各自準備を整えておけ」

「はっ」

「ううむ、承知した」

「…………」


 こうして次の地上侵略への大勢は決まった。

 まあ、戦略としてはそれほど悪くない。

 魔竜軍がグランバルトと戦えば、必然的にテレーザとも戦を交えることになる。

 あの2国が相手では正直ゼスティガも手を拱くだろうが、その間はジュリオたちも増援を気にすることなく帝国の攻略に集中できるはず。

 ゼスティガたちも『強敵と戦う』という目標を果たせるし、万事まとまるというわけだ。


 さて、後は。


「アリサ。今回の決定は戦略上のものだ。あまり気に病むなよ」


 我の決定で1人だけ不遇にさせてしまったからな。

 しっかりケアをしておかねば。


「何度も言うが我はお前を――お、おい、どこへ行く?」


 だが我の言葉が耳に入っていないのか。

 ふらふらとおぼつかない足取りで、アリサはそのまま扉のほうへ向かっていく。


「はんぱ、もの……このままじゃ……」

「おい、アリサ? 聞いてるか?」

「わたし……どうしたら……」

「アリサ? サッちゃん? サチコさん? おーい?」


 いくら呼び止めてもアリサは振り向いてくれなかった。

 小さな背中を丸めてとぼとぼと去って行く。

 駆けつけてやりたかったが、掛ける言葉が見つからない。


「あーあ。本当に面倒くさい子ねー」


 ディーネのぼやきが聞こえるが、思い詰めたアリサの表情が目に焼き付いて離れない。


(おい、まさか)


 また裏切るなんてことは無いよな。


 わかっているのか。


 お前は、魔王軍の最高幹部。


 そして、我の――――



『お願いです。ギルバース様』



 ふと、記憶がよみがえる。

 これはあの時の……。



『ライルと、勇者たちと話し合ってください』



 我に、人間と和解して欲しいと懇願してきた、あの時のアリサ。



『わたしは、あなたを――』



 ……手遅れだ。

 あの時バリオンを殺された我は、もう人間を滅ぼすしかなかった。


 だが今は生きている。

 誰も死んでない。

 誰も裏切っていない。


 

 我は……誰にも死んで欲しくなかった。


(だとして、どうする)


 それともあるのか。


 違う未来が。


 殺し合う以外の道が。





 玉座の間。

 いつの間にか、我はひとりになっていた。

 記憶は混濁したままだ。

 過去と未来。

 今はもう何が起きたことで、何が起きなかったことなのかもわからない。


 だとしても、我のやるべきことは1つ。


 侵略だ。


 我は戦い続ける。


 全てを支配するために。


 この世界を――――ために。


次回より第4章ですが、本作品もう1人の主人公でもある勇者ライル君の視点になります!


引き続き応援よろしくお願いします!

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