19 つまらない者
章タイトルに『第3章』って入ってなかったの初めて気付きました(泣
そして第3章は次回で完結です!
「待て! 頼む、助けてくれ!」
歩み寄る我に対して、王が取った行動は両膝をつき頭を垂れることだった。
「余が間違っていた。魔王軍に楯突くなど恐れ多いことだと今更ながら気付かされた。我が国も魔王軍に従属する。今後は国をあげて全面協力する。民にもおぬしへの忠誠を誓わせる。だから余の命は助けてくれ!」
顔を伏せて告げるのは実に今更なことばかり。
これが敗残したものの姿かと、溜め息すらこぼれる。
「大公も必死に媚びを売って助命を乞ったのだろう? おぬしも女には弱いと見える。我が国が従属したあかつきには、民の中から選りすぐった美しい娘を毎月でも献上しようではないか」
たしかに命乞いはしたが、大公が願い出たのは自分以外の命だ。
我が認めた数少ない人間を侮辱するとは、実に度し難い。
色に溺れるような神経をしていると思われたのも虫唾が走る。
どうしてこいつは、次から次へと不快な言動ができるのか。
「はぁ……来い」
我は奴の首を掴み、そのまま外へ引きずっていく。
「な、何をする気だ!」
「現実を教えてやるのだ」
回廊を過ぎて庭園、そして正門へ。
そこにはエルラーダの民が首都中から集まっていた。
「おお国民よ! お前たちからも嘆願してくれ。このままでは余の命が危ういのだ」
手前で王を解放してやると、奴は表情を輝かせて民へ擦り寄っていく。
「「「…………」」」
「余は魔王と手を組むことにした。今後は我以外に魔王へも献身するように心掛けよ。それと貴族の数が足りなくなった故に、我の忠臣として仕えたいと思うものは――」
「……せ」
ぽつりと、誰かが呟く。
「おい、誰が発言を許可した。不敬であるぞ」
「返せ」
「貴様か。後で沙汰を言い渡すゆえ、今は下がっておれ」
「返せって言ってるだろ」
「んん? なんだ貴様まで。一体どうし――」
硬直する王。
そこに来てようやく気付いたようだ。
目の前に佇む民衆全てが、まるで魔族のような形相をしていることに。
「「「俺たちの家族を返せえええええっ!」」」
憤怒が爆ぜる。
感情が裏返ったのを皮切りに、民が四方から王を取り囲む。
「お前さえいなければ妻は!」
「あの子があんな死に方をしたのはお前のクソ息子のせいだ!」
「娘を返せ、孫を返せ。さもなくば道連れだ……!」
民の口から次々に吹き出す血を吐くような思い。
それらは全て自分たちと家族を引き離した王に向けられたものだった。
「血迷ったか!? 余は王――ぶぎゃっ」
「うるせえ。お前のせいで全部メチャクチャだ」
「なぶり殺しにしてやる!」
1人がこぶしを振るえば、伝搬するのは一瞬だった。
雪崩のように押し寄せる民たちに、王は全身を余すことなく打ち据えられた。
「やめろ、やめてくれぇっ」
泣き叫ぼうが、暴動が止まることはない。
やがて男が馬乗りになると、王の首を両手で絞める。
「みんなの仇だ、苦しんで死ね」
「ぐええっ……」
その顔はみるみる内に蒼白なものに変わった。
気持ちはわからんでもない。
だが先約しているのは我だ。
「おい、やめろ」
「――っ。ま、魔王……」
「今からその男と国を賭けて決闘を行う。我が負けたら、その後で好きにしろ」
男は唇を噛みしめ葛藤していたものの、最終的には王の上から退いた。
「わかったろ。お前にはもう子も、臣下も、ついてくる民もいない」
「う……うう」
「お前に残ったのは、王という空虚な器だけだ」
勝利するのは当たり前。敗北は全部自分のせい。
失言はゆるされず、いつかその座を降ろされる日まで、誰にもわかってもらえない孤独と向き合わねばならない。
それが我ら“王”の宿命だ。
「今まで楽しかったか。臣下に指図するのは。民を顎で使うのは」
「…………っ」
「そうだよな。楽しくなければ、やってられないよなぁ」
こんなこと、好きでなければ務まるか。
だがもういいだろう。
我は、適当に持ってきた剣を奴の手前に放り投げる。
「“たったひとりになろうとも、お前は王族としての矜持を曲げず魔王と戦った”。それで十分名誉は保たれる。さあ、剣を取れ」
これは、慈悲だ。
たとえお前がどれほど愚者だろうと、同情している部分もなくはない。
息子に裏切られ、配下に寝返られ……お前の現状は、前回の我そのものだ。
「…………」
ふらふらと立ち上がった王は、痣だらけの腕で剣を抜くと――
「……ええいどけぇ!」
一転して身をひるがえし、剣を振り回して周囲の民を追い払いながら広場を離れようとする。
しかもその先で、離れたところから事の成り行きを見守っていた年端も無い子供を見つけると、その首筋に刃をあてがったではないか。
「全員動くな。ガキを殺すぞ」
「ひっ……」
絶望の中に光明を見出したような顔で、奴は吠える。
「ガキの命が惜しければ魔王と戦え。余が安全な場所まで逃げるまでな」
まさかの人質作戦。
一体どこまで自分を貶めれば気が済むのか。
「いい加減にしろよ、てめぇ!」
「やかましい裏切り者ども。何が家族を返せだ、そんなもの新しい伴侶を見つければいいだけだろうが」
「このクズ……っ」
「余を見ろ。リオルたちが生まれてすぐ言動が気に障った妃を手打ちにしたが、むしろ1人に縛られんで済むようになり心も軽くなったわ。以来、貴族令嬢やメイドを食い放題よ」
顔を紅潮させ憤る民を挑発するように、まるで自分のほうが勝っていると言わんばかりの笑みを浮かべる王。
「余は生きる。亡命し、必ず再起を果たす。ほれ、かかれ。ガキを見殺しにはできんよなぁ。ええ?」
「たすけて! うわぁーんっ!」
(……はぁ)
周囲を犠牲にせねば気が済まないのは、血筋か。
救えぬものはどこまでいっても救えぬらしい。
「ええい泣くな、耳障りだ。なんなら少し喉を掻き切って「困るなァ」――!?」
奴との距離を一瞬で詰めた我は、剣をつかむ腕の関節を反対側に折ってやった。
「ぎにゃああんっ!?」
「この子どもも、もうすぐ我が支配下に入るかもしれんのだぞ。これ以上民を傷つけられてたまるか」
最後くらい格好つかせてやろうと思ったが、蛇足だったようだ。
そのまま奴の頭を鷲掴みにすると、腰を落として狙いを定める。
「しかし吃驚だ。同じ統治者でも、大公にはあれ程感心させられたのに」
「あ゛ひっ――」
腕を振るい、王を投擲する。
「お前は、本当につまらんなァ」
その先には鐘楼が備わる王城の中央塔。
最上部にびたんと叩きつけられたエルラーダ王は、全身を破裂させ、壁のシミに変わった。
そうして、我が軍のエルラーダ侵略は終わりを迎えた。
「さて、お前たち」
放心状態の民に、我は告げる。
「王族が死に絶えたことでエルラーダ軍国は消滅した。今後、お前たちは魔王軍が支配する。これからは我のために心血を注げ」
その言葉を聞いた途端、民の表情が一気に強張る。
今以上に苦しい日々が訪れるのか。そんなことを考えている顔だ。
「……とはいえ、ロクでもない王の統治に苦しんだ心中は察するに余りある。だから特別だ。半月やろう。それまでに各々身の振り方を考えるがいい」
「身の、振り方……?」
「ああ。支配されたい奴だけがここに残れ。他国へ逃亡するもよし。流浪の民となるもよし。無論、同胞の仇を討つため留まって我らと戦うもよし。半月の間は、どこで何をしようと見逃してやる。だからお前たちそれぞれで答えを出せ」
民は戸惑ったように互いの顔を見つめあっていた。
まるで自分で自分の生き方を考えるのは初めてだとでも言うように。
「以上だ。――ではな」
やるべきことは終えた。
我は転移門を開くと、人間たちの前から姿を消した。




