18 親不孝の味
城門を開けさせると、そこにはエルラーダの民と兵士が入り乱れていた。
皆が皆、恐怖と悲嘆の混ざった蒼い顔をしている。
「聞こえなかったか。王はどこだと言ったのだが」
もう1度尋ねるものの、びくりと背筋を震わせるだけで民はすっかり畏縮している。
だがその時、我に返った兵士の1人が声を張り上げた。
「全員集まれ! 魔王が現れた! こいつを倒せば俺たちの逆転――オ゛ンッ」
喋り切る前に、腕の一振りでその胸部から上を吹き飛ばしてやった。
兵と戦いに来たわけではないので余計な口は慎ませるのが筋だろう。
肉塊に変わった兵の姿を見て、民がどよめきたつ。
「ほ、本物の魔王だ……!」
「そんな、どうしたら……」
その膝は一様に震えているが、逃げたい気持ちよりも勝るものがあるのだろう。
そう狼狽えるな。別にとって食いはしない。
しかし――
「……格が下がるよなぁ」
兵士の死体を見て、思わず溜め息が漏れる。
「な、何……?」
「我は、魔王になってから滅多に戦闘の矢面には立っていない。軽々しく戦っても意味が無いからだ」
力を崇拝する魔族にとって、魔王とは力の象徴であり、権化でなければ務まらない。
だからこそ、力を振るう相手を選ぶ必要がある。
「弱者に手を下すなど汚点にしかならない。そこらの羽虫を面白半分に殺し回る奴がいたとして、やばい奴がいるとしか思わんだろう? だから、極力配下にやらせているのだが」
出れるものなら前に出たいが、歯痒いものだ。
そういう意味ではライルたちの成長に期待している部分もあった。
「お前らに手を出す気はない。もう1度だけ聞くぞ、王はどこだ」
すると震えの止まらない腕を上げ、平民の1人が大通りの先の城を指した。
「助かる。ついでに道を開けてくれるか」
我の一言で、人垣がさっと左右に割れ、王城までの道が生まれる。
聞き分けがよくて何よりだ。
道の中央を歩く間、我に視線が集中したが行動を起こすものはいなかった。
□■□■
「王族会議以来だな、エルラーダ王よ」
豪奢な柱が並ぶ宮殿を抜け、謁見の間へ続く扉を開いた先。
身なりのいい初老の男が、血の気の引いた顔を浮かべながら玉座に腰を下ろしている。
正直顔はよく覚えていないが、奴がこの国の王で間違いあるまい。
「此奴が魔王……!」
「戦闘の音など聞こえなかったぞ! 兵たちは何をやっていたのだ!」
周囲の取り巻きが似たような面持ちで騒ぎ出す。
おそらく国の重役を担う家臣・貴族連中だろう。
城の兵では最早どうにもならぬだろうが、特に口を開く必要も感じなかったのでさっさと本題に入る。
「さあ立て、王よ。今こそ決着をつけようではないか」
「な、何をする気だ!」
「決まっているだろう、決闘だ。この魔王ギルバースとな」
すでに勝敗は喫しているが、王族のお前が宣言しない限り国は止まらない。
ならば、支配者と統治者、互いの全てを懸けて最後の勝負といこうではないか。
これが最大限の譲歩だ。
「勝ったほうが負けたほうの全てを手に入れる。単純だろ。無論、どちらかが死ぬまでやる」
「ふざけるな! かかれ、お前たち! 今こそ余への忠誠を見せてみよ!」
この期に及んで貴族をけしかけるエルラーダ王。
なんとも往生際の悪いことだ。
しかし、その声に呼応するものは誰もいない。
「……陛下、ここが正念場ですぞ」
「然り。王族の役目を全うなさいませ」
「何だと!? 余の命が聞けぬと申すか!」
「新しい主が……ギルバース様になるやも知れぬのです」
「我が主君に相応しき御方はどちらか、民のためにも剣をお取りください」
「き……キサマらぁっ!」
奴らの顔にやや落ち着きが戻っている。
どうやら我の言葉で、自分たちにまで害が及ぶことはないと判断したか。
「さあ、潔くなさいませ」
「嫌だ! 余は決闘などしない!」
それでも一向に腰をあげようとしないエルラーダ王。
どこまでも見苦しいことだ。
「話は聞かせてもらった! 父上、貴方は王失格だ!」
その時。
横手の扉が開き、派手な鎧を纏った青年が現れる。
そいつは、つかつかと王のもとへ行き、その体を引っ張り上げて床へ叩き付けた。
「リオル、父に向かって何をする!」
「やかましい。これ以上エルラーダを貶めるつもりか」
「何だとぉ!?」
「浅はかな軍略で大敗を繰り返し、いたずらに兵を死なせたその罪は重い。しかも他国の援軍に見限られたばかりか、罪もない民に犠牲まで出すとは。これでもまだ統治者の資格があると思うか」
「――! お前こそ何故1日と持たずに戻ってきた! 恥を知れ!」
「だまらっしゃい。それはあれだ。魔王軍と和議を結ぶための政治的撤退だ」
会話の内容から察するに、こいつがエルラーダの王子らしい。
顔立ちと性格が似ている気がする。
王子は父である王の首根っこを押さえつけたまま振り向くと、その場で我に跪いた。
「魔王様、申し遅れました。エルラーダ軍国の第一王子であり、王位継承者のリオル・エルラーダであります」
「…………」
「もはや我が国に魔王軍へ抵抗する意志はありませぬ。つきましては、どうか我々も魔王様の傘下に加えてはいただけないでしょうか」
「おい、何をふざけたことを!」
「勿論、魔王軍にも被害が多少なり発生しているため心収まらぬものもありましょう。さすれば決闘などと無駄な時間をお使いになられるまでもない。このような暗愚でも王は王。首を差し上げますゆえ、手打ちとさせて頂けないでしょうか」
「貴様……この父を裏切るのかぁっ!?」
信じられぬといった表情で息子を見る王。
だが、押さえつける力が加減されることはない。
「もう親ではない。血筋以外には何の取り柄も無い中年が。恥を知れ」
「ぐううううっ」
「貴族の諸君、俺は間違った判断をしているか?」
「とんでもございません。国を思えばこその英断かと」
「今こそ愚鈍な王を断罪する時」
「無能ここに極まれり。死んで礎になるがいい」
「リオル次期国王万歳!」
「お、お前らまで……!」
王子の言葉に貴族らも追従する。
奴らの中では、王の首を差し出せば全てが丸く収まることになっているらしい。
だが――我にはもう、どうでもいいことだ。
「ふ…………ふふふ」
「おお、魔王様が笑われておられる。それは了しょ――」
「父親を裏切る息子がどこにいるかああああああああああ!!!!!」
それは魂からの叫び。
我は笑ってなどいない。
怒りで体が震えただけだ。
「は――おげっ!?」
我は王子の首を引っ掴んで宙釣りにし、眼光を突き付ける。
「いいかァ、よく聞け。親だってなァ、判断を間違えることもあれば、うっかり感情的になっちまうこともあるんだよォ」
「ひ……ひ……!?」
「それを理解して受け止めてやるのも親子ってもんだろうがァ。おしめだって毎日替えたんだぞ俺は……!」
かつての記憶が脳内にぶり返す。
わかっている。悪いのはうっかり口をすべらせた我だ。
だがジュリオ、それでも……ほんの少し感情を吐露するぐらい良いじゃないか!
「……よく見たらお前、女や子供を率先して壁から突き落としていた男か」
「ぐ、ぐるじいい……っ」
「どうしてあんな真似をした。民に犠牲が出たのはお前のせいだろ、オイ」
「そ、それ゛は……人間の゛肉を献上させでいただくことで、魔族の皆様にお喜び頂こうと……!」
は!?
そんなことで、我が支配するはずの民を傷つけたのか!?
テメ……! このっ……!
「……丁度いい……ならば今ここで、その肉を献上してもらおうか」
「は、はぇっ……?」
我はまず奴の片腕をつかむと、鎧ごと肩口から強引にねじ切った。
「ほぎゃああああああっ!!??」
そのまま顎をあて、生肉を骨ごと咀嚼する。
――グチャッ、バリ、ボリ。
血と肉と骨が口内で調味されるが、そこには甘みも酸味もない上に臭みも強い。
まるで樹脂でも食べているような最悪の味わいだった。
「これが親不孝者の味か。つまらん味だなァ」
もう片腕のほうにも歯を立てたが、筋張っているだけで喉を通すのも億劫になってくる。
「次はモモとスネだ。今度は火を通すか」
「やめ゛――あんぎゃあああああっ」
おもむろに両の脚を根本から引き千切る。
火球を生み、それらを炙る。
胴体だけになった親不孝は適当に放り出した。
血抜きをしていないからか、すえた血臭が辺りに広がった。
「どれ。チッ、少し焼いた程度で硬くなるとは。脂身も少ない。こんな粗品を献上しようとしたのか」
「ひゃひっ……びゃあああああっ!」
失くした四肢からびしゃびしゃと血をまき散らし、身悶える肉。
すでに調理する気も失くしたので、後は体をぶち抜いて内臓を適当に漁る。
どんなゲテモノでも1つぐらいはアタリがあるものだが、こいつの場合、どれも苦味が強くて食えたものではなかった。
「ち……ちぢうえっ……ゴボッ……だずげでぇっ! あ゛――」
最後に大口を開けて頭部を噛み千切ってやる。
――ゴリッ、グチャッ、ボリッ。
親不孝成分で熟成しきった脳みそはどのような味がするか興味があったが、不快な臭みが舌鼓を打つだけの、救いようのない食感が続くだけだった。
「フン。家畜のエサにもならん」
取っておいた心臓から血液を絞って口内をゆすぎ、吐き捨てる。
まったく、余計な時間を使わせてくれた。
ひとまず続きだ。
目を移せば、眼前の光景が信じがたいものだったのか、呆然とした表情でへたりこむ貴族連中の姿。
「――さて、次はお前らだ」
「「「……へっ!?」」」
頓狂な声を上げ、目を見開く。
勿論、言葉通りの意味だ。
こいつらは殺す。
「何故!? 私たちは魔王様に忠誠を捧げると心に決めております!」
「あぁ? 土壇場で主君を見捨てるような奴らに忠誠心などあるわけないだろうが」
「そ、それは……!」
「支配者にとって大切なのは非常時の忠誠だ。万一の事態にどれだけの味方がいてくれるかで真価が問われる。追い詰められたのを見てあっさり手の平を返す――ましてや主君の首を差し出そうとするものなど、配下に必要ない」
大抵の場合はどちらかなどわからないが、こいつらは自らの行動で証明してしまった。
人間側だろうと裏切り者は大嫌いだ。
少し前から同じ空間にいるのすら不快な存在だった。
「違うというなら証明してみせろ。“王命”だろう。かかってこい」
当然のように奴らは背を向けて逃げ出すが、全員に魔弾を喰らわせ絶命させる。
これで残すはエルラーダ王、ただ1人。
「待たせたな。……では今度こそ決着といこうか」




