17 帰
今回も視点変更多めです!
会話 → ラジェッタ → 会話 → エルラーダ王視点になります。
「見ろ、空に何か映ってるぞ」
「あれは……魔王軍とエルラーダ軍が戦ってるの?」
「凄ェ、魔王軍の圧勝じゃねえか」
「やっぱり姫様の判断は間違ってなかったんだ」
「ざまぁみろエルラーダ! セレスティア万歳!」
「いい気味ね! そのまま潰れればいいんだわ!」
「……で、でもよ。ここまでしなくてもいいんじゃねえかな」
「何言ってんだお前。長年の恨みを忘れたのか」
「だけど、せめて無理矢理戦わされたやつらくらい……」
「おい、エルラーダの奴ら、女を壁から落としてるぞ!」
「ひどい……!」
「ママ。あの人たちもテキなの? ぼくたちにわるいことしたの?」
「そ、それは……」
「いたそうだよ。かわいそうだよ。たすけてあげられないの?」
「姫様、顔色がすぐれませんな」
「…………大臣。ジュリオ様の使者に伝達を」
□■□■
「クソッ、わかっちゃいたけど敵の動きが早いねえ」
「無理に交戦せず矢で応戦しろ。とにかく反対側へ抜けるんだ」
ハーディーの都市は狂乱の波に呑まれていた。
撤退するエルラーダ兵と、それを追撃する魔族の怒号。
2つが重なって、耳を裂くような阿鼻叫喚が充満していた。
少しでも足を止めたら待つのは、死。
そんな冥府の只中を、あたしたちの部隊は駆け抜ける。
部下や自治領連合の同胞と、無事に退却するために。
幸い、魔王軍はあたしたち亜人にはあまり興味を見せていない。
獣人もエルフも運動神経は人間よりも遥かに俊敏だ。
逃げ切って見せる、絶対に。
「サリュースさん。足の早い奴を仕留めてくるから、まとめて先に行ってくれ」
「おい、ラジェッタ!」
「連れてきた面子の中じゃ1番あたしが俊敏なんだ。死にやしないよ」
それだけ言って、あたしは隊の後方へ移る。
こっちへ突撃してきたデスパンサーやキマイラを確認すると、あたしは得物の双剣を両手に斬りかかる。
「ふっ!」
まさか転身してくる敵がいるとは思いもしなかったのだろう。
反応の遅れた奴らの頸を刻んでやると、血を吹きだして呆気なく絶命した。
次に襲ってきたのはエビルバットやジャイアントワスプといった飛行能力を持つ魔族。
集団で来られたら厄介だが、追討戦に変わったせいか動きはばらばらだ。
(伊達に副隊長を任されちゃいないんだよっ)
いくら飛行していたって、襲撃方法は突っ込んでくるだけ。
剣を舞わせ、あっさりと迎撃する。
「ふう……こんなもんかね」
逃げ遅れてしまっては元も子もない。
そろそろ仲間の後を追おうとしたところで、ふと声がかかった。
「あ、あの、ウサギ耳の獣人さん!」
「あん?」
近くの建物のドアが開いて、人間の女が怯えた様子でこっちを見ている。
歩いていって中を覗くと、十数人はいるだろう女や子供が身を寄せ合って震えていた。
首都から無理やり連れて来られた女たちだ。まだ生き残りがいたらしい。
なんだか嫌な予感がする。
「……どうしたんだい。隠れてたって魔族は鼻がいいから見つかるよ。早く逃げな」
「わ、私たちだけじゃ無理です! お願いです、私たちも一緒に連れて行ってください!」
予感は瞬く間に的中した。
できるわけないだろう、そんなこと。
「悪いけど自軍の兵士に頼みな」
「あ……あんな奴ら味方じゃない! みんな酷いことされた……! 今だって、わたしたちを見捨てて自分たちだけ……!」
「知ったこっちゃないよ。都合の良い時だけ擦り寄らないでおくれ」
あたしは踵を返してその場を後にする。
普段は獣人ってだけで散々見下してるくせに。
仮にこいつらが違うとしたって、そういう偏見を許してるのはこいつら人間だ。
助ける義理なんかどこにもない。
「あたしたちは家に帰りたいだけなの!」
「せめて娘だけでもお願いします……!」
うるさいうるさい。
あたしは仲間を守らなくちゃいけないんだ。
むしろこいつらが、ここで注意を引いてくれたほうが助かるってものだ。
「……悪いね」
そう言って、振り返ることなく先を急ぐ。
余計な時間を食った。早く仲間と合流しないと。
「オウオウ。人間ノ女ガイルゼェ」
「ひぃっ……!」
「丁度退屈シテタンダ、相手シテクレヤ」
運が悪かったのか、さっそく魔物に見つかったらしい。
声の感じからしてオークかトロールか。
目を付けられる前に、早く退散しなければ。
「モウ俺タチノ勝チダ。女ヲ頂ククライ当然ノ褒美ダゼ」
「やめて! いや、いやぁっ!」
「バリオン様モ堅ェヨナァ。オッ、奥に一杯イルジャネエカ」
あたしには守るべきものがあるんだ。
立ち止まってられないんだ。
「サテ、誰カラ味見スルカ」
「選リ取リミドリダナァ」
獣人は誇り高いんだ。
仲間は決して見捨てない。
お前らとは違う。
お前らとは。
「決メタゼ。1番尻ノデカイオマエカラ――」
お前らみたいには。
「楽シマ――ハッ!?」
「…………死んでもなるかあああーっ!」
気づけばあたしの体は跳んでいた。
女に襲いかかろうとしたオークの、頭蓋へ向けて。
「グホッ!?」
剣を叩き込み、腐った頭の中を掻き回してやる。
間もなく石畳に倒れたオークは動かなくなったが、代わりに他の魔族に見つかった。
「何ダ、テメェ!?」
「獣人カァ!」
本当に何なんだ、あたし。
これで逃げられるか微妙になった。
「逃げな! とにかく走れ!」
何を言ってんだ、あたし。
人間なんか助けるなんて、正気かい。
「あ……ありがとうございますっ!」
「いいから早く!」
建物から一斉に駆け出していく女たち。
後を追おうとする魔族の前に、双剣を手にしたあたしが立ちはだかる。
「……どいつもこいつも。よく意地汚い真似ばかりできるねぇ」
「アァ?」
「みっともない生き方して恥ずかしくないのかって言ってんだよ!」
自分よりも遥かにデカイ魔族共を睨み、猛る。
そうだ。あたしは人間とは違う。
自分が恥ずかしくなるようなことはしない。
してたまるか。
「性欲の発散ならあたしが付き合ってやる。股の間の利かん坊を2度とおっ立てられないようにしてやるから覚悟しな!」
「ウヒャヒャ、マダ威勢ノイイノガ残ッテタミテェダナ」
「上等ダ。イクゼ女ァ!」
それから、どのくらい時間が経ったか。
「…………けほ」
うつ伏せで倒れたまま、あたしは小さく血を吐いた。
もう指の1本も動かせそうにない。
次から次へと襲い来る魔族に、あたしは迫り来る攻撃をかわし、剣を振るい続けた。
俊敏性では負けなかったけど、それでも何発かはいいのをもらってしまった。
頭に一撃受けてからは、ほとんど何も覚えちゃいない。
がむしゃらに戦い続けた記憶だけがぼんやりと脳裏に浮かんでいる。
そうして気付いたら、あたしの周りは奴らの屍だらけになっていた。
(もっともこのままじゃ、あたしも死体の仲間入りだけどね)
今ならゴブリン1匹にだって好きにされてしまうのに、どういうわけか魔族の姿は見えない。
いや、それどころか都市内は今や鎮まり返り――
「ああ、くそ」
あたしはウサギの獣人だ。
敵の気配には人一倍敏感だからこそ、わかる。
とんでもない大物がこっちに向かっている。
上目遣いに見ると、雷を全身に纏わせたみたいなライオンの化け物の姿が映った。
(ハッ……ありゃ万全でも無理さね)
多分、アレが“頭”だ。強さの桁が違う。
さすがにここまでか……あたしの人生なんだったんだか。
まあ、でも。
戦士として悔いのない生き方はできたかな。
□■□■
「いつまでも帰らん連中がいるかと思えば。なんと、コイツらを1人でやったのか。手合わせしたいものじゃが、今はここまでか」
「あの人間たちが教えてくれたのはこの辺か――なっ!? おい、ラジェッタ! ……キサマ!」
「おう、其奴の仲間か。まだ息はあるぞ。介抱してやれ」
「……見逃してくれるのか?」
「口惜しいが戦闘は終わった。後は魔王様の仕事じゃ。無論、戦りたいというのであれば受けて立つが」
「…………行くぞ、ラジェッタ」
「うむ、賢明じゃ。いつかお前たち亜人とも戦えるのを楽しみにしとるぞ」
「ちっ……なぁ、帰ろう。お前のお陰でみんな無事だ。お前だけ死ぬなんて許さないからな」
□■□■
「討伐軍が全員退却してきただとぉ!?」
兵からの報告に、余は耳を疑うしかなかった。
(馬鹿な! 早過ぎるとかいう次元ではないぞ!)
ほとんど全兵力を投入したというのに、還ってきた兵はわずか1万ほど。
他は散り散りになったか魔族の餌食になったらしい。
戦地から首都まで戻るのに3日かかるとすれば、現地に集結させた討伐軍は1日保たなかったことになる。軍の総数は18万を超えていたはずだぞ、有り得るのか。
「信じられぬ。リオルは何をやっていた……!」
バルコニーに出て城下を見渡すと、帰還した兵に多くの平民の男共が詰め寄っている。
「妻と子供はどこだ! なんでお前らだけ帰ってきた!」
「さっさと門を開けろ! 自分で探しに行く!」
「やめろ! 城門の外には魔王軍がいるかもしれないんだぞ!」
「じゃあ質問に答えろ! 娘たちはどこだ!」
「お、お前たちの妻子ならちゃんと逃がした。他領を迂回して向かっているから時間がかかってるんだ」
「本当だろうな!」
「まず怪我の手当てをさせてくれ。落ち着いてから経緯を話す……!」
くっ……敗退したのは真実なのか。
であれば次はいよいよこの首都か!?
まずい、まずいぞ。
「……! おい、空に何か現れたぞ」
その時。晴天の向こうが大きく歪み、喧騒と共にエルラーダと魔王軍の交戦する模様が映し出された。
戦闘は途中からのものだったが、終始魔王軍がエルラーダの軍勢を圧倒していた。
魔王軍の魔法か何かか。
卑怯な。我が国の恥を晒して貶める気か。
だが次の瞬間。
城壁の上でリオルと兵士が平民の女共を斬りつけ、壁の上から投げ落とす映像に切り替わる。
「助けてぇ! あなたぁーーーーーー!」
「この子だけは勘弁して……いやあーーーーー!」
「…………はっ!!」
ふいに強烈な怖気が走り、階下を見渡す。
そこには、ごっそりと感情の抜け落ちた顔でこちらを見る、平民の男共の視線があった。
「ふ……ふ……ふざけるなぁ!」
一瞬の間の後、奴らはその理性を吹き飛ばす。
「よくも妻を……ぶち殺してやる!」
「お前らのせいで2人は……そこをどけぇ!」
「お、落ち着け、あれはきっと幻――げふっ!」
理性の吹き飛んだ男共が兵士をなぎ倒し、一斉に城門へ突撃する。
そのまま閂を外すと、巨大な扉を一塊になって押し出した。
馬鹿やめろ、家族と国とどっちが大事だ。
そんなことをしたら魔王軍が!
「待ってろ、今助けに行くからな! あ……ああっ!?」
だが、その先に佇む者の姿を見て、男共の動きが止まる。
「出迎えご苦労」
忘れもしない。
どす黒い瘴気を纏った魔族の王。
魔王ギルバースがそこにいた。
「尋ねるが、エルラーダ王は城か? 我自ら決着をつけに来たぞ」




