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15 闘争の本質

「今回の侵略もいよいよ大詰めだな」


 水晶には平原を挟んで睨み合う魔獣軍と亡者を含む魔霊軍、そして都市部への城壁を背後にしたエルラーダの大軍勢が映し出されていた。

 ここまで危なげなく勝利を続けた我が軍の士気は最高潮。

 皆が皆、有り余る力を滾らせている。

 対するエルラーダ軍はというと、こちらも多くの兵士が目を血走らせ、我らとは違った奮起を見せている。


「またスゴイ兵の数ですね。うわっ、ケガ人まで駆り出してますよ。カワイソー」


 ディーネが憐れみなど少しも感じていない調子で口を開く。


「奴らも後がないからな。まさに総力戦というわけだ」


 この地を落とせば後はエルラーダ首都のみ。

 国の存亡がかかっている以上、敵も死にもの狂いで抵抗してくるに違いない。

 まさに今侵略最大の見せ場といっていいだろう。


「でも振り返ってみれば想定より兵の数が少なかったですね」

「南の帝国が援軍に動かなったからな。まさか本当に一兵も出さぬとは」

『父上、少しよろしいですか』


 その時、水晶の先から声が届く。

 現地で指揮を執るジュリオだ。


「どうした」

『我々の戦う姿をセレスティアに流して頂いてもよろしいでしょうか』

「構わないが、何故だ?」

『公国はまだ魔王軍の実力を目にしていません。映像を通して体感させれば、より一層我々への畏怖と忠義を深めるのではないかと』

「成程な。わかった、どうせなら過去の映像も含めて大々的にやってやるか」


 考えてみれば戦う前から従属を宣言したのは公国が初めてだ。

 ジュリオの言う通り、魔王軍の力を知らしめる良い機会だろう。


「油断して負けちゃダメよー。あたしらまで恥かいちゃうから」

『……僕をあいつと一緒にするな。では始めます』

「ああ、魔族の武威を見せつけてやれ」


 そして、ジュリオの号令を受けた魔王軍が地響きを立てて進軍を開始した。


「さてと、引き受けたからには早めに済ませてしまうか」


 録り置きした幾つかと戦場の様子を映す水晶に魔力を込め、セレスティアの上空に映像を転送。

 空ならば誰の目にも留まる。

 ひとまず首都を含めた目ぼしい領地に映しておけばよいだろう。


「……あら。魔王サマ、なんか変な奴らが出てきましたよ」


 ふとディーネから声がかかる。

 どうやら敵陣に動きがあったようだ。


「んん? どうしたんだ、こいつら」


 水晶に目を映すと、兵が居並ぶさらに前線に、ぼろぼろの衣服を纏った戦場には似つかわしくない集団の姿。

 男も女も、子供も老人も。

 光のない瞳で、泣き腫らし、蒼い顔で、体を震わせている。

 武器のつもりかクワやらスキを構えているが、とにかく腰が引けてしまっている。


「何かの策ですかね?」

「背後の兵が喚いているな。音を拾わせるか」


 上空の魔族に伝達すると、すぐに映像が拡大され、声が入ってきた。


「おい早く戦え! キサマら掃溜めの命が役に立つ時が来たんだぞ!」

「う……うぅ……」


 おいおい。

 まさか無理矢理連れてきたのか。

 ()()()()を、武器と呼ぶにも拙い物を持たせて。


「そこから一歩でも退いたら斬り刻む! お前らが生き残るには魔族に突撃するしかないんだよ!」


 兵士の怒号が飛んでも、そいつらは動かなかった。

 無理もない。

 我ら魔族は生まれつき闘争本能を持ち合わせているが、訓練も受けていない人間が戦場に出て何ができる。

 戦いを挑めばどうなるか、当人たちが一番わかっているだろう。


「まだ立場がわからんのか! ったく、オラァ!」

「痛い、やめて!」


 背中を蹴られ、前に追いやられる人間たち。

 仕方なく、どうしようもなく、おぼつかない足取りで前に出る。

 そうしている間も、すでに魔獣軍は目と鼻の先にまで迫っていた。


「ヒヒッ! おらぁ、さっさとかかれ!」


 その細い背中を嬉々とした様子で煽るエルラーダ兵。

 全てを諦めたように、農具を構えるどころか抱きかかえて涙を流す。


「なんでいつも俺たちばっかり……」

「怖い、こわいよ……」


 先頭を走るフェンリルが人間の姿を捉える。


「ひぃっ…………!」

「グルル……」


 勢いそのまま喉笛を噛み千切る――とはならなかった。

 動きを止め、眼前の人間をねぶるように見渡す魔狼。

 後から来た他の魔族たちも一斉に立ち止まる。

 横並びになると、彼らを睨み据えじっくりと観察した。

 やがて状況を理解し進軍を再開する魔族たち。

 取った行動は1つだ。



「………………え?」



 悲嘆にくれる奴らの隣を、魔族は素通りした。

 オークも、トロルも、ミノタウルスも、誰も手を出すものはいない。

 立ちすくむ人間たちを須らく無視し、その先へと進んでいた。


「は……はぁ!?」


 よほど心外だったのか、頓狂な声をあげるエルラーダ兵。

 我からすれば当然の帰結だ。

 ここは戦場。

 そして、そこにいる魔族は全員戦いに来たのだ。

 無抵抗の者を襲っても虚しいだけ。

 戦う意志のない者と、どうやって戦えというのだ。

 

「何故だ! 好きにして構わない賤民が目の前にいるのに見逃す必要がどこにある……!」

「ボーットシテドウシタァッ!」

「な――ひぎゃぁっ!?」


 オウルベアに強襲され、八つ裂きにされる兵士。

 戦えぬ者たちは呆気にとられた顔でその様子を見つめている。


「キサマら何故動かん! 偉大なるエルラーダの矜持を忘れたかぁっ!」

「ダッタラテメェガ手本ヲ見セロヤ。フンッ!」

「ごべぇっ!?」


 兵の1人が剣を手に彼らへ斬りかかるが、あっさりトロルに頭蓋を砕かれた。

 その後も間を抜けだした魔族が次々に兵士を襲い始める。

 こっちは堂々と正面から戦いを挑んだはずなのだが、まるで奇襲を受けたかのようにエルラーダ軍は総崩れを起こしていた。


 空腹でもないのに無抵抗な者を傷付ける意味はない。

 それは後からやってきた魔霊軍も同様だ。

 亡者が命令されたのは『兵士を襲え』というただそれだけ。戦意も殺気もない人間を攻撃対象と認識することはない。

 魔霊たちも元は不遇な人間だったものが多い。奴らの状況にはむしろ同情するだろう。


「踏マレルゾ。アッチ行ッテロ」

「え……あ……」


 横を通るオークの1匹がそう言っても、奴らは呆然としていた。

 それどころか、自分たちに背を向けエルラーダ軍と戦う魔族の姿を、かすかな光を宿した瞳で見据えていた。

 

「……一体何がしたかったのだ?」

「さぁ……手前のニンゲンを囮にして横から攻撃するとかですかね」


 馬鹿な、理解できん。

 勝つために手段を選ばぬことを卑怯とは言わない。

 だが自分より弱い者を盾にして勝利することに何の意味がある。


「ちっ……」

 

 出鼻をくじかれた気分だ。

 我の内心をよそに、魔王軍とエルラーダ軍、最後の戦いが始まった。


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