14 亜人 ※女獣人戦士視点
あたしはラジェッタ。
ウサギ型の獣人でエルラーダ東部の丘陵地に拠点を構える女戦士だ。
エルフやドワーフと形成するハークス自治領連合の増援部隊副隊長を務めている。
そして現在は。
「フハハ、最強じゃないか我が軍は!」
ハーディー城の城壁にて。
派手な鎧を着て悦に浸っているアホ殿下――リオル・エルラーダの意味不明な独白を聞かされていた。
隣では、隊長でありエルフのサリュースが白い目でアホを見ている。
遥か彼方には魔王軍と大量の亡者の蠢く影が確認できる。
開戦まであと半刻を切ったといったところだろう。
リオル殿下は対魔王軍の全軍指揮権が与えられていた。
つまり増援として合流したあたしたちも一応、彼の指揮下にある。
孤立し混乱状態のまま魔王軍の侵攻を受けて無駄死にするだけだった南側要塞の兵をどうにかまとめて帰還したあたしたちに、労いの言葉1つ掛けなかったこの男がだ。
「くくく、目の上の瘤だった姉上はいない! ついにチャンスが回って来た。これで俺が次期国王だ。天運に恵まれた俺がいる限り、この戦、勝てるぞォ!」
全く根拠の無い勝算を高らかに宣言するアホ。
王位どころか国の存続が危ぶまれているのに、どうしてここまで嬉々としていられるのか。
長所があるとすれば、その前向きさくらいだろう。
「おいエルフの隊長。亜人の増援はいつ到着するのだ」
唐突に王子がこちらを向いて口を開く。
「すでに各部族の長に伝令を出しています」
「出したかどうかではなくいつ来るのか、と聞いたのだ」
「不明です。確認の伝令を出しましょうか?」
「なんだ皮肉か。チッ……この分だと今日明日の合流は無理か」
「ついでに我らの持ち場をお聞きしても?」
「フン……お前たちは右翼3列目の担当だ。わずか5千の軍では大した活躍はできぬだろうが、せいぜいエルラーダに貢献するがいい」
いちいちイラつく言葉を付け加えてくる。
アホだとわかっている相手に反抗してもアホの仲間入りをするだけなので、あたしたちは早々に場を離れた。
城壁を歩く道すがら、あたしは隣のサリュースに尋ねる。
「ホントに伝令なんて出したのかい?」
「出すわけないだろ。どう見てもこの国は終わりだ。犬死にするのは奴らだけでいい」
「だよねぇ。グランバルトの隊長が言った通りになったね」
「ああ。魔王軍はこちらの戦力を把握していた。十分にな」
確実に勝てると思ったから侵略した。
蓋を開けてみれば実に簡単な話だ。
それでなくとも7万という寡兵を、エルラーダは侮りすぎた。
中央に出現した魔獣の群れと途中から現れた悪霊の群れは、30万近い人間の戦力を遥かに凌駕する戦力を持っていたのだ。
そんな相手にエルラーダは軍を小分けにし、結果として各個撃破されてしまった。
勝つためには、はじめから全軍で戦うしかなかった。
それこそ防衛に徹していればグランバルトの援軍が来たかもしれないし、南の帝国が動いたかもしれない。
いずれにしても、勝ちの目はとっくに過ぎ去っているとしか思えなかった。
「おい、下を見ろ」
「あん? ……うっわ」
城壁の下にはエルラーダ軍が整然と並び進軍に備えている。
その中に混ざり、ぼろぼろの農具や長槍を手に右往左往する痩せ細った人間たちの姿があった。
年寄りから子ども、男も女もいる。全員、悲愴な面持ちをしていた。
周りは鎧を着ているのに彼らは平服のままだ。
首都から連れてきた賤民と呼ばれる者たちだそうだ。
数にしたら3千もいないだろうが、後から後から引き連れられ、今も数を増やしている。
「先に突撃させて囮にするんだそうだ」
「……えげつない真似するねぇ」
大人数でのさばってるくせに、いざとなったら味方でも平気で切り捨てる。
こういうのを見ると心底同情する。
それ以前にも、あたしたち亜人は見た目や能力の違いを理由に虐げられてきた。
森や村を追われて奴隷に落ちたエルフや獣人の話なんてしょっちゅうだ。
人間と魔族、何がどう違うのか、あたしにはさっぱりわからない。
「いいか。グランバルトもテレーザも離脱した以上、俺たちだけが付き合う義理はない。適当に戦って後退するから、お前の部隊も命優先で動いてくれ」
城内に入り周囲に兵士がいなくなったところで、サリュースが耳打ちする。
内容はエルラーダへの背信だが、あたしは特に後ろめたさもなく承諾した。
「あいよ。でもさ、この国が落ちたら次はあたしらの番かもしんないよ」
「そうならないよう、族長たちも知恵を絞っているそうだ」
知恵を絞ってる、か。
だけど、どんなに頭を使ったって魔王軍をどうにかできるとは思えない。
公国のように全面降伏するくらいしか助かる道は無い気がするが、それも容易にはいかない。
自治領は大陸中に分布しているから、どこかの部族が裏切れば、その皺寄せがよそに行ってしまう。
仮に、エルラーダに住むあたしたちが魔王についたことで、他国の部族が粛清でもされたら目もあてられない。
降伏もままならず、勝ち目のない敵が目の前に迫っているのだから、お先真っ暗としか言いようがなかった。
「ふう。溜まらねえな」
「まさか女を恵んでくれるなんて、陛下には忠誠しかないぜ」
その時、近くの部屋の扉が開き、鎧を外した兵士たちが飛び出してくる。
こちらの顔を見た途端、睨み付けて来たが、そのまま横を過ぎていった。
中をのぞくと、異臭が鼻を突くと同時に、衣類で体を隠しながら嗚咽を漏らしている人間の母子がいた。
「貴方……ごめんなさい……」
「ひぐっ……帰りたいよぉ……」
何が起きたかなんて容易に想像がつく。
なんでだ。
なんでこの世界は、弱い奴ばっかに厳しいんだよ。




