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12 傷

「いやあ見応えのある戦闘ばかりだった。こうして観戦に興じるのも悪くないな」


 戦闘に区切りがついたのを見届け、我は上機嫌で玉座の間へ戻った。

 我が軍の侵攻は滞りなく進んでいた。

 エルラーダ側だけでも2つの都市を占領。

 魔獣軍、魔霊軍ともに人間の軍勢をことごとく討ち果たしてくれた。

 好き放題に暴れ回るあいつらを見ていると、こっちまで胸がすく思いだ。

 この勢いならば2つの国を落とすのも時間の問題だろう。


「浮かれてる場合じゃないですよ。どーすんですか、サッちゃんのこと」

「まったく……『力』の配分も考えずに飛ばしまくるからああなるんだ。敵を追い掛け回したり、犬かあいつは」


 両側に立つディーネとジュリオがアリサへの不満を口にする。

 戦闘中に魔力切れを起こしたアリサは、意識不明のまま魔王城まで担がれてきた。

 現在は処置室で治療の最中だ。

 命に別状はなく、7日もすれば失った魔力ともども回復するとのことだった。


「ははは、アリサも良い経験になったろ」

「笑いごとじゃありませんったら。魔王軍幹部が敗北して逃げ帰ってくるなんて。懲罰ものですよこれは」

「指揮を放り出したのも2度目。このままでは配下に示しがつきません」

「何? うーむ」


 2人に言われ、我は顎に手をあてる。


 罰と言われても、そこまでのことはしていないと思うのだが。

 たしかに敗北はしたが、別に軍を壊滅させたわけではないし、ちゃんと制圧も成功したのだ。

 何か言うとしても、次は頑張れくらいしか思いつかない。

 考えあぐねてたその時、廊下へ続く扉の先が騒がしくなる。


「駄目ですよ、そんな体で!」

「うるさい……げほっ……どけ!」


 間もなく扉が開き、体をひきずるように現れたのは、アリサだった。

 まだまともに治療を受けていないのだろう、肩の傷口からは血が噴き出している。

 魔力欠乏の状態から意識を取り戻したのも驚きだが、症状はまだ全身を襲っているはずだ。

 顔は死人のように青ざめ、まともに立つこともできず、魔剣を杖替わりにするのが精一杯といった様子だ。

 後ろでは配下のレイスが心配そうに佇んでいる。


「アリサ、治療はどうした」

「ま、まだ戦えます……! げほごほっ……転移門を使わせてください……!」


 アリサの口から正気を疑うような言葉が飛び出した。


「わたしは負けてない……このままじゃ終われない……! どうかお願いします……!」


 縋るような目を向けてくるが、当然許可できるはずもない。


「駄目だ。都市の制圧はもう完了した。お前も今は療養しろ」

「いやです……! アイツと戦う……アイツと……うぷ……げぇっ……!」


 吐き出した胃液が絨毯にこぼれる。

 無理に体を動かしているせいで内臓までダメージが回り始めたのだろう。

 このままではいよいよ命が危うい。


「いい加減にしろ。今度という今度は本当に――!」

「待てジュリオ。……なあ、アリサ」


 我は立ち上がり、アリサの前に行く。


「執念や気概は買う。だがな、事実を受け止めなければ先へは進めない。敵は退いた。戦場へ行っても意味がないんだ」

「……やだ、やだやだぁ! 逃げたなら追いかける! お願いだから戦わせて!」

「駄目だ。お前は我が軍の幹部なんだ。無駄死にさせられない」


 アリサの瞳に絶望の色が浮かぶ。

 噛みしめた唇から血がにじむ。

 それから、アリサは。



「だったらもう魔王軍なんかやめる!!」



 堰を切ったように感情を溢れさせた。


「ギルバース様の大嘘つき! げほっ……手を貸してくれるって言ったのに、邪魔ばっかり!」

「……辞めてどうする。配下の指揮を投げ出す気か」

「知らない! 命令されたから幹部になっただけで……うぷっ……指揮なんかしたくない!」

「慣れないことをさせて悪かった。だが、お前にしか頼めないんだ。もう少しだけ頑張ってくれないか」

「やだ! うげぇ……げほ、ごほごほっ……ひとりで戦う、ほっといて!」

「このままでは体を壊すぞ。頼むから大人しくしてくれ」


 その後も、胸の中のどうにもならない気持ちを吐き出し続けるアリサ。

 完全にヤケクソになってしまっている。


「あーあ、救いようがないわね」

「……見損なったぞ」


 ジュリオたちも失望の声を漏らしている。

 弱った。どう収拾をつけたものか。

 困り果てていたその時、扉の奥からバリオンが現れた。


「魔王様、アリサが負けたというのは真ですか! んん、なんじゃこの状況は?」

「ああ、実はな」


 我が経緯を説明すると、まず軍が無事なことに胸を撫で下ろすバリオン。

 それから身悶えるアリサの近くに行き、膝を折って語り掛ける。


「アリサ、そのままでは死んでしまうぞ。早く傷を治せ」

「……やだっ! こんなにうまくいかないんじゃ、もう生きていたくない! 早く死んで楽になりたい!」


 いよいよ自棄が極まってきたが、バリオンは冷静だった。

 落ち着いた様子で言葉を次ぐ。


「そんなことを言ってもお前の心臓は動いとるし、体は今も成長を続けとる。どうして自分に嘘をつくんじゃ」

「……! ……っ」

「命を懸けてやりたいことがあるんじゃろう。だったら必死で成し遂げてみろ。それとも1度負けた程度で投げ出すほど、お前の決意は軽いもんじゃったのか」

「! ち、ちが……」

「いい傷をもらったのう。そうやって傷だらけになってワシら魔族は強くなる」

「……わ、わたし……」

「じゃがなあ、自分で自分を傷つけても成長はできん」

「……」

「見ろ。ついさっきワシも油断してこの通り、腹を裂かれて死ぬところじゃった」

「え……あ……っ」


 そう言ってバリオンは損壊した胸当てを外して見せた。

 巻きつけただけの包帯には赤黒い血が滲んでいた。


「なんだ、奇襲か」

「然り。返り討ちにしたものの敵の隊長にはまんまと逃げられてしまいました。申し訳ありませぬ」

「ああ、気にするな。そのうち挽回してくれればいい」

「はっ。――というわけでワシでも失敗するんじゃ。気に病むな」


 笑みを浮かべ、アリサの頭をなでるバリオン。

 アリサは居心地が悪そうにしながらも、その手を拒絶することはなかった。


「……その。傷、平気?」

「む。治療はちゃんと受けるぞ。一緒に行くか?」

「……」

「サッちゃん様」


 わだかまりは残っているのだろう。

 しかし隣のレイスに促されると、アリサは小さく首を縦に振った。

 それから大人しく肩を貸されると玉座の間を後にする。


「助かったぞバリオン。年の功だな」

「何の、まだまだ若いもんには負けませんわい。では失礼します」

「うむ。ああ待て、アリサ」

「……?」


 去って行く小さな背中に言葉をかける。


「我も1度、負けたことがある」

「えっ……」


 振り向きざまの瞳が大きく見開かれる。

 ああ、信じられないだろうな。

 だが負けた。人間相手にな。

 我の告白にジュリオたちも驚いた顔をしていたが、そのまま話を続ける。


「負けるのは悔しいよな。我も同じだ。それでも、いつかは事実を認めて向き合わねばならん」


 いくらでも悔しがっていい。

 自棄になっても構わない。

 だが最後は必ず、現実を受け止めねばならない。

 どんなに足掻いても、たとえ過去に戻ることができたとしても、事実は帳消しにはできないのだ。


「あそこはああすべきだった。今度はこうする、とな。そうやって顧みることが成長には必要なんだ。できるよな?」

「……」

「傷が癒えるまでは謹慎だ。次は期待しているぞ、アリサ」


 掠れた声で「はい」と答えると、今度こそアリサはバリオンたちと共に去っていった。


「フッ。一件落着だな」

「落着じゃないですよ! やっぱりサッちゃんだけゲロ甘じゃないですか!」

「あれだけ暴言を吐き散らかしたのに謹慎で済ませないでください! 父上がゆるしても僕はゆるしませんから!」


 案の定、残った2人が不平をぶちまける。

 甘いのだろうな。

 自分でもそう思う。


 だがな、本当につらいのだ。

 どうしても負けたくない相手に負けてしまうというのはな。


「わかったわかった。後5回くらい失敗したら叱ろう」

「多っ」

「せめて『次はない』くらい言ってください!」


 我もそれだけ失敗したからな。

 お前らもちゃんと反省しろよ。


「まあ、今回は相手が悪かった。まさかあの女が現れるとはな」

「……あの人間をご存じなのですか?」

「ああ。あいつはメル――本名メルキュリア・アガペー、18歳。テレーザ聖魔国の魔法学校にて主席を務める稀代の天才賢者だ」

「ず、随分詳しいですね」


 前回同様、ライルたちの誰かが死ねば次の勇者はメルになる可能性が高い。

 勇者パーティー以外で警戒している人間がいるとすれば、間違いなくあいつだ。


(大人しそうに見えたが、意外と苛烈な性格をしているのだな)


 魔法の実力はこの身で味わっていたが、常に後方支援と火力に徹していたため、口を利いたことはなかった。

 まさか剣まで扱えるとは、案外前衛向きなのではないだろうか。


「エルラーダに聖剣が存在していたのも良くなかったな。色々と不利な条件が重なり過ぎたのだ。我でさえ想定外だったのだから大目に見てやってくれ」

「むう……」

「納得いかなーい」


 2人とも憮然としていたが、それ以上文句を言ってくることはなかった。

 ひとまずこれでいいだろう。


「さて、ジュリオ。すまないが――」

「魔霊軍の指揮を代わりに執れ、ですか」

「話が早くて助かる」

「……あいつの尻拭いをするのは今回だけです」

「ははは、よろしくな」


 バリオンに二軍とも預けるのはさすがに負担が大き過ぎる。

 ここらでジュリオに経験を積ませるのも悪くないだろう。


 その後、今日は解散しようと思ったところでディーネが口を開く。


「あのー。さっきの負けたことがあるってホントなんですか?」

「ん? ああ……」

「まさか冥王さ――冥王に?」

「馬鹿を言うな。……あいつに負けたことは1度もない」


 ――勝ち逃げされたことはあってもな。


「昔の話だ。我がまだ至らなかった頃のな」

「はぁ……」

「さて、今日はもう寝るぞ」


 話はここまでだと、玉座を後にする。


 戦いは続く。

 まだまだ、我らは負けられない。


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