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10 屈辱 ※アリサ視点

 自分の取った行動に当惑している間も、ムカツク奴の攻撃は続いた。


「《ブリザード》」


 こちらへ目掛けて極寒の吹雪が吹き付ける。

 視界が奪われ動きが止まる。

 さらには雪に紛れて氷の矢が次々飛んできた。

 讐刃を飛ばして迎撃。

 追撃の刃も撃ち出したけど吹雪のせいで正確な位置がわからず、単調な攻撃は避けられるか聖剣に掻き消されてしまった。


(くそ、くそ!)


 もっと『パワー』を使ってぎりぎりまで素早さを上げれば懐に飛び込めるか。

 それとも大技で一気にとどめを刺すか。

 なんでこんな奴相手に悩まないといけないんだ。


「このままでは決め手に欠けますね。……ふむ」


 その時、アイツの手から魔法陣が消えて吹雪が途切れた。

 理由はわからないけど好機。

 一気に踏み込んで――


「《ライトニングフィールド》」


 次の瞬間。屋上の半分を覆ってしまうほどの黄金色をした魔法陣が頭上に出現する。

 放たれたのは電撃を降らせる光属性の範囲魔法だった。

 氷系の魔法しか使っていなかったけど他の系統も普通に使えるらしい。


「ぐっ……!」


 稲妻の雨が降り注ぐ。

 白雷が全身を駆け抜け、頭から足の先まで衝撃が襲う。

 でも、動けなくなるほどじゃない。

 わたしの魔鎧には魔法への耐性を上昇させる効果がある。

 少しぐらい攻撃を喰らうぐらい何ともない。このまま決着をつける!


「きゃあーっ!」

「いやああ!」


 その時、後ろから悲鳴が聞こえる。

 あの2人だ。

 魔方陣は2人も巻き込むように展開されていた。


「……! ……!」


 気付けばわたしは、アイツじゃなく2人のほうへ駆け出していた。

 1人は担いで、もう1人は刃で引っかけて、稲妻の範囲外へ運び出す。


(どうして……!)


 また体が勝手に動いた。

 自分で自分がわからなかった。

 どうしてわたしは、人間なんか助けるような真似をした。

 そっちに目を移すと――


「…………ぁ」


 2人はもう息をしていなかった。

 体中に火傷をつくって大きく目を見開いたまま、動かなくなっていた。

 直接の原因は雷の衝撃で心臓が止まってしまったことだと思う。

 それでも、その瞬間は苦しかったはずだ。

 だって同じように死んだ人を、わたしは知っている。



「隙だらけですよ」



 アイツの声。

 咄嗟に転身した時には、輝く刃がわたしに振り下ろされていた。

 身を捻ねるのが精一杯だった。

 剣は装甲を肩口から破壊して、わたしの左腕を斬り裂いた。

 鮮血が舞って熱が奔る。


「ぐ……ブレード!」


 アイツを囲むように刃を生んで放つ。

 攻撃はあっさりかわされたけど、それ以上追撃してくることはなかった。

 代わりに後ろへ飛んで間合いの外に移動したアイツは、勝ち誇ったように口を開いた。


「やはり自分と似た境遇の人間は見捨てられなかったようですね」

「なに……!」

「貴女、奴隷だったのでしょう? 私へ向かってくるより2人を助けに行ったのも、同情からでは?」


 さっきのエライ奴との話を聞いていたらしい。

 違う、助けになんて行ってない。

 わたしは決めたんだ。

 人間全部に復讐するって。


「勝手なものですね。兵士はあんなに殺したくせに」

「……! お前こそこいつらが巻き込まれたのに平気なのか!」

「巻き込んだんです。作戦ですよ。お陰で貴女を負傷させられたのだから十分な成果です」


 2人を死なせておきながら、アイツは顔色1つ変えずに言った。


「これで貴女を仕留められるのなら賤民の命くらい大したことはないでしょう。大局的に見れば、彼女たちは身分以上の貢献をしてくれたといえます」


 ……違う。

 身分なんかどうでもいい。

 みんな一生懸命だったんだ。

 誰かのためじゃない、自分のために生まれてきたんだ。



『ほう、魔族になって人間に復讐したいか。いいだろう、やってみろ』



 頭の中に響く声。

 それはあの日、絶望していたわたしにギルバース様がかけてくれた言葉。


 そうだ。

 わたしは復讐してイイんだ。

 それだけのことをされたから。


 でもお前らは駄目だ。

 弱いものを痛めつけるな。

 戦えないものを利用するな。

 人を殺していいのは、大切な人を殺されたわたしだけだ。


「……むかつく」


 むかつく。

 本当にむかつく。

 でも1番むかつくのは。

 わたしが本当にゆるせないのは。



「オマエみたいに人の価値を一方的に決めつける奴だぁっ!」



 逆手に構えた魔剣を床に突き立てる。

 刃の繁文までを石畳に潜り込ませた後で、出せるだけの『恨みパワー』を注ぎ込んで技を発動。


「《終焉世界(カタストロファ)》!」


 瞬間。わたしの生み出したありったけの刃が床下を突き破り、津波のごとくアイツへ押し寄せた。


「なっ!? この力は……!」


 紫刃の壁。

 視界を埋め尽くすほどの大量の刃が、怒涛の勢いでアイツに迫る。

 驚愕していたものの、それでもアイツは聖剣で刃を斬り払って応戦する。

 このままでは倒せない。

 だけど一瞬だけ、初めてアイツの意識がわたしから反れる。

 その隙を逃さず、わたしは『パワー』でナイフを生み出して握り締めた。


「――喰らえっ!」


 そのムカツク顔面目掛け、ナイフを投げ放つ。

 刃の奔流に紛れて飛ばした高速の一撃は、今度こそアイツの右目へ吸い込まれた。


「!? ぐぎゃあーっ!」


 アイツの口から汚い悲鳴がまき散らされる。

 頭をぶち抜くはずだったのに、ナイフを軽く造り過ぎたかもしれない。

 だけどこれで動きは止まった。

 魔剣を抜いたわたしは、とどめを刺すべくアイツへと駆け出す。


「今度こそ終わり――あぐっ!?」


 突然、胸が爆発したみたいな感触を覚える。

 視界が歪んで、立っていられないほどの痙攣が全身を襲う。

 頭の中がぐらぐらする。息ができない。

 苦悶に耐え切れず、わたしは石畳に倒れ込んだ。


(そんな。こんな時に()()が来るなんて……!)


 魔剣の能力である《ステータスシフト》は、効果を持続させるのにも魔力を消費する。

 魔力はヒトの生命維持にも作用していて、それが空になると魔力欠乏を引き起こしてしまう。

 わたしはここに降りてからずっと能力を発動し続けていた。

 刃を生み出す際にも魔力は消費するし、今の大技では特に大量の魔力が使われた。

 それでも、後少しだけならもってくれると思ったのに。


「かはっ……たたかえ……うぁ……っ」


 だめだ、止まるな。

 まだやれる、まだ。


「きさまァ! よくも私の目を……!」


 アイツが立ち上がる。

 片目から血と憎悪を溢れさせ、こっちへ向かってくる。


(敵が来る。動け、動いて……!)


 けれどわたしの意志に反して、魔剣の効力が消えて身体能力が元に戻ってしまう。

 更なる倦怠感に襲われ、今度こそわたしは身動きが取れなくなった。


(やだやだ、負けたくない……!)


 悔しい。

 こんなところで終わりなのか。

 まだ何もしてあげられていないのに。

 お母さん……!


「サッちゃん!」


 その時。

 誰かがわたしの両脇を抱えると、ふわりと宙へ飛び上がる。

 横目で見ると、そいつはわたしをここまで連れてきたレイスだった。

 レイスはそのまま屋上を離脱するように高度を上げていく。


「逃がすかぁ!」


 アイツがこちらへ目掛けて攻撃魔法を放ってくる。

 片目だけのせいか精度が荒い分、氷や炎をがむしゃらに撃ち出してきた。

 背後から迫る攻撃を必死で避けながらも、わたしを抱えたレイスの腕から力が抜けることは1度もなかった。


「ごほ……戻れ……けほっ……アイツと戦う……」

「その体じゃ無理です! 後は私たちに任せてください!」


 わたしだって逃げたくない。

 でも、いくら命令してもレイスは引き返してくれなかった。

 やがて屋上が小さくなる頃には攻撃魔法も止んでいた。


(くそぉ……)


 悔しかった。

 みじめだった。

 1番敗けたくない奴に、わたしは敗けてしまったんだ。



 □■□■



「くっ……忌々しい……!」


「――メルキュリア様ご無事でしたか! 下はもう限界です! ご決断を!」


「わかっています! 最低限の目的は果たしました。全軍退却!」


「はっ!」


「……名を覚えましたよ、()()()……」


 様子見のつもりだった。

 勝てそうな相手だと思った。

 支援魔法で能力を極限まで上昇させ、聖剣まで使用したのに。

 それがこのザマだ。


 屈辱だ。

 この私が、元奴隷ごときに。


 魔王軍最高幹部、五閃刃、アリサ。


 その名は忘れない。

 必ずこの手で決着をつけてやる。


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