09 恨みパワー ※アリサ視点
メルキュリアこと“ムカツク奴”と戦う少し前。
夕闇に染まる空の上で。
悲鳴と怒号の沸き起こる戦地を見下ろしながら、わたしを担いで浮遊するレイスの女が嬉しそうに言った。
「ほらほらサッちゃん様。みんながんばって人間を襲ってますよ!」
「サッちゃんて呼ぶな。斬るぞ」
新顔らしいけど、なれなれしい奴だった。
頭からすっぽりヴェールをかぶっているから顔はわからないけど、たぶん享年30歳ぐらいだと思う。
「さすがバリオン様ですね! 死体に憑依して移動すれば、陽の光に弱い私たちも平気です!」
「ふん」
魔獣軍が先行して敵の兵を倒し、その死体に魔霊軍を憑依させて日除けにする。
その後、退却する負傷兵に紛れて次の都市まで進軍。
敵陣へ入り込んだところで一気に襲撃する。
全部バリオンが考えた作戦だ。
お陰でわたしは序盤から参戦できなかった。
戦いはずっとこちらが優勢で進んだ。
今まで仲間だった奴らに攻撃されてすごく混乱しているみたいだ。
反撃する奴もいたけど、取り憑いている死体を攻撃されても中身の霊体にダメージは一切ない。
むしろ陽が沈んだここからが本番。
死体から姿を現したスペクターやゴーストたちが意気揚々と襲い掛かる。
「アハハ、今晩ハ人間タチ! ソシテ黄昏ニサヨナラ!」
「魔族が取り憑いていたのか……ぎゃあっ!」
「アンタ、ワタシヲ捨テタ男ニ輪郭ガソックリ! 殺ス!」
「来るなぁ! あひぃぃっ」
死んだ者の強い情念が瘴気に変わり、不浄な存在となったのが死霊や悪霊と呼ばれる魔霊軍の魔族たち。
物理・魔法攻撃の両方に耐性を持つ反面、生命の象徴である陽光をはじめとして、光属性魔法にもめっぽう弱い。
日中は大体、暗いところでぶつぶつ言っている。
「わたしも戦いたかったのに、なんで朝昼弱いんだお前ら。軟弱だぞ」
「そんなこと言われても習性なので……」
「はぁ、魔獣軍を任せてもらいたかったな」
「そんな寂しいこと仰らず。私たちのほとんどは未練や憎しみの塊ですからサッちゃん様とは気が合うって言ってますよ」
「恋人にフられたとかしょうもない理由で悪霊になったのもいるけどな」
魔霊となるにはある程度の知性と感情も必要なため、元人間だったものが多い。
未練が生まれる様々。
わたしと同様、家族を殺されたものもいる。
お母さんを殺した奴らが憎い。
お母さんを見捨てた奴らが憎い。
だから殺す。
こんな世界をつくった奴らと、それを受け入れた奴らの全部。
それがわたしの復讐。
一緒にいてあげられなかったわたしの、たった1つの存在意義だから。
「――城の屋上に人がいる。あそこまで行け」
「はい。ですが本当におひとりで大丈夫ですか?」
「当たり前だ。あんな奴らに負けてたまるか」
人間の中でも特にゆるせないのがエライ奴らだ。
奴らは城や高いところに住んでいることが多い。
ギルバース様も言っていた。
集団と戦う時は、まず群れの“頭”から潰せって。
あの屋上で戦いを眺めてる奴らの中に、頭がいるに違いない。
みんな斬ってやる。
「あ。下の連中の指揮はお前がやっといて」
「えっ!?」
「殺した奴はリッチに言って片っ端から亡者にさせて。よろしくね」
「そんな急に言われてもー!?」
ちゃんと引き継ぎをしたわたしは、レイスの腕を振り払って宙に身を躍らせた。
わたしに与えられた力は2つ。
1つは、ギルバース様が授けてくれた魔剣【ギルソード】。
そしてもう1つは、いつの間にかわたしの内側に宿っていた紫に光る“何か”だ。
魔剣は重くて、始めはまともに構えることさえできなかったけど、わたしは一生懸命修行した。
手がまめだらけになっても、ギルバース様の師事を守って腕を磨いた。
お陰でそこそこ強くなれたけど、それだけでは不十分だった。
魔剣には持ち主の魔力を吸収して身体能力に変換する《ステータスシフト》の特殊能力がある。
でもわたしの持つ魔力は並以下で、ぎりぎりまで消費しても大人くらいの力しか得られなかった。
だけど、ある時わたしは気が付いた。
魔力と一緒に“何か”を吸収させても、魔剣の能力を発動させられることに。
その恩恵は絶大で、お陰でわたしは何百人を相手にしようと圧倒できるほどの力を得た。
わたしはこれを『恨みパワー』と呼ぶことにした。
きっと神様が、わたしの復讐に協力してくれたんだと思う。
屋上に降りたわたしは、目に映った奴を斬り伏せた。
その中には奴らの“頭”と思われる金髪の女がいたが、腕を斬ってやったらすぐに逃げ出した。
そいつを追いかけながら、わたしは敵を一杯倒した。
「もっとだ。もっと」
いつも優しかったお母さん。
いつかわたしも働いて、楽させてあげたかった。
何もかもお前らが奪ったんだ。
城中の人間を斬り捨てたけど、わたしの心は少しも軽くならなかった。
きっとこの程度じゃダメなんだ。
もっともっと殺さないと、この恨みは晴れないんだ。
□■□■
「仲間が来ては厄介です。早めに――」
「ふっ」
わたしは床を蹴るとムカツク奴まで一気に距離を詰めて斬りかかった。
大抵の敵は、魔剣から繰り出される攻撃の速さについてこれない。
鎧じゃなくてふわっとしたローブを身に着けているから、多分こいつは魔法使いだろう。
あまり強そうには見えないけど油断は禁物。一発で仕留める。
敵はその場を動かなかった。両断だ。
「いい踏み込みですね」
「……!?」
次の瞬間、“ムカツク奴”はローブの裾から取り出した剣でわたしの一撃を受け流した。
ピカピカ光るその剣には見覚えがあった。
たしか聖剣と呼ばれていたものだ。
叩き折れなかったのは仕方ないとして、まさか反応されるとは予想外だった。
「このっ!」
その後も魔剣を振るうけど、動きが読まれているみたいに軌道が反らされる。
やりづらい。
「常人とは思えない威力ですね。同じ人間なのにどこからそんな力が出てくるのでしょう」
「人間はもうやめた!」
耳に障る言葉を吐いてくる。
力任せに踏み込むと、今度は剣の根元を抑えられた。
そのまま魔剣と聖剣の刃がかち合う。
だけど力はこちらが上。
そのまま刃を押し込んでやろうとしたけど。
「《フローズンアロー》」
眼前に氷の矢が出現。
ゼロ距離からわたし目掛けて撃ち出される。
咄嗟にバックステップして回避するけど、今度はあっちから剣を振るって肉迫してくる。
左右から繰り出される連撃は、速い上に軌道が読めない。
小回りの利かない大剣では防御がきつい。
(なんだコイツ……!)
魔法だけじゃなく剣も扱えるなんて。
ムカツク上に面倒くさい。
「《讐剣》」
わたしは魔剣を通して、内なる光を変形させて空中に刃を展開する。
その数、左右に3本ずつ。
「《讐片射突》!」
具現化した刃は実際の剣と同等の強度を持ち、自分の意思で操作もできる。
これは恨みパワーの応用の1つ。
確実に串刺しにできる軌道で、計6本の刃を高速で射出する。
今度こそ終わりだ。
「聖剣よ、闇を払え」
「なっ!?」
突如、あいつの持つ剣の光が輝度を増したかと思うと、まるで炎のように燃え上がる。
そのまま手首を回転させると、弧を描いた炎がわたしの撃ち出したブレードを消失させた。
「聖炎は魔の力を灼いて無力化します。見た目から闇っぽい貴女の技には、特に効果を発揮します」
「……くそっ!」
人間ひとりに苦戦してる場合じゃないのに!
こんなに面倒くさいなんて、もしかしてこいつも勇者の1人なのか。
ギルバース様が見せてくれた映像にはいなかった。
「中距離攻撃なら私も得意ですよ。《ヘイルブラスト》」
そう言ってかざした手に蒼光の魔法陣が生まれると、こぶし大の氷塊が無数に撃ち出され、広範囲に拡散する。
魔剣で防御しようとしたその時、目端に何かが映る。
「ああっ!?」
「ひぃっ……」
さっきエライ奴に蹴られていた2人組だった。
へたり込んで動けないでいる。
このままだと流れた氷塊があたる。
おそらく2人はぼろぼろになって死ぬだろう。
どうでもいい。
まだ残っていたのが悪い。
(えっ)
その時、意に反してわたしの体が動く。
構えを解いたせいで何発か攻撃を喰らったけど、足は止まらない。
それから2人に向かって来た氷塊を打ち落とす。
「…………っ?」
何が起こったのかわからなかった。
背後では、無傷の2人が呆然とわたしを見ていた。
なんで、どうして。
これじゃ、まるで――
人間を、守ったみたいだ。
「どう、して」
氷塊が掠めた額から、ぽたぽたと赤い血が流れた。




