08 亡 ※姫騎士視点
残酷描写注意です!
また、タグに『むごい』『ハッピーエンド』を追加しました!
どこをどう逃げ回ったのか覚えていない。
気付けば私は、城の最上部にまた戻って来ていた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
闇の深まる夜空の下。
生者の悲鳴と亡者の叫びが合わさった不協和音が耳を灼く。
臣下はどこだ、私はここだぞ。
早く手当てしろ、私を守れ。
いい加減、体が寒くなってきた。
「城の中の手下はみんな殺したぞ」
背後からの声。
振り返ると、あの女がいた。
気品も何も感じない、どこにでもいるような小娘。
本来なら私に傅かなければならない立場のくせに、大剣を振り回してどこまでも命を狙って来た魔族の手先だ。
「お前から殺すはずだったのに。エライ奴は逃げるのも巧いな」
「あ……ひ……っ」
「わたしもまだまだだ。さあ、縦か横、どっちの輪切りがいいか選べ」
どっちも嫌だ。
私の体は民を導くためにあるのであって、輪切りにされていい体ではないんだ。
本当にもう味方はいないのか。
助けを求めて周囲を振り返ると、矢倉の隅で動く影。
賤民の女が2人。
身を寄せ合って震えているではないか。
「…………なっ、お前ら……っ」
唐突に怒りが湧いた。
主君である私がこんな目に遭っているのに、自分たちだけ隠れていたのか。
なんという恥知らずだ。
「そこの賤民どもぉ! 出てこい!」
「ひっ」
奴らは立ち上がるのが精一杯で、こちらに来る様子はない。
私はそちらへ歩み寄り、不敬な者どもに蹴りを食らわせた。
「何を隠れてる! 王族であるこのエリューザ様の命が危ないんだぞ! 体を張って止めろ、愚図!」
「痛い! おゆるしを!」
「いざという時に高貴なものを守れないようだからお前らは下層なんだよ! 恥を知れ!」
「うう……!」
強引に押し出してやると、涙と鼻水を垂れ流した情けない表情で女に向かっていく。
そうだ、斬り殺されてしまえ。
下賤が私より後に死ぬなどゆるされない。
「やめて、来ないで……!」
「…………」
しかしあの女は2人に目もくれなかった。
その横をするりと通り抜けて、こちらへやってきた。
そしてあろうことか、片手を伸ばして私の喉を引っ掴む。
「ぐっ、ごぼげっ」
息ができない。
必至に抗ったが、その細腕はぴくりともしない。
そうしている間にも私はズルズルと引きずられ、ふと足裏から床の感触がなくなる。
「ひ……ひ……っ」
私は、城壁の端で宙吊りにされていた。
下を見れば、身のすくむような奈落が広がるのみ。
まさかここから落とす気か。
「やめろ……やめ゛ろぉ……っ」
するとあいつは、私をじっと見ながら今までになかった声音で口を開いた。
「どうして強者が弱者の影に隠れる」
「え゛……?」
「オウゾクなら強いんだろ。強いからエライんだろ」
「……はぁ?」
「ギルバース様が言っていた。『弱者を支配する権利があるのは、弱者を守る力があるものだけだ』」
「そ、それは……」
「わたしたちを虐げたくせに。お母さんをいじめ殺した奴の仲間のくせに。……なんで弱者を足蹴にするんだ」
この女、まさか。
「も、もじかして、お前、奴隷だっだのか……?」
生活がどうとか母親がどうとか、要するに略奪されて人買いに売られたのか。
首こそ振らなかったものの、その表情は私の問いを肯定していた。
じゃあ、私に憎悪を向けたのは。
「……それともオウゾクは強くもないのにエライのか。弱者に守られる権利まであるのか」
「げほっ……!」
「……わたしたちを殴ったり、嫌なことを一杯したりするのがゆるされるのか」
女の瞳に、うっすら涙のようなものが浮かぶ。
奴の問いに、私は――
「当たり前だろうがあっ! 奴隷が一丁前に意思を持づなァっ!」
渾身の力で喉を奮わせる。
穢らわしい、汚らしい。
奴隷の分際で王族に触れるな、盾突くな。
「賤民以下の物風情が! 人じゃない゛家畜と同等の存在をどう使おうが、私たぢの勝手だ!」
身に覚えのない憎悪の正体がやっとわかった。
顔を見た時から受けつけなかったのは、天と地ほどに離れた身分差のせいだったのか。
要するにやりたかったのは復讐か。
復讐心を魔王につけこまれたとか、そんなところか。
自分が酷い目に遭わされたから私に八つ当たりしてきたのか。
完全な逆恨みだ。
ふざけるなよ糞が。
「いい゛かド底辺! 人間は強さじゃない゛! 身分で優劣が決まるんだ! 身分に゛よって役目が与えられ、相応の扱いを約束されてるんだよっ!」
王族、貴族、平民、下民、賤民、奴隷。
人間にはすべからく序列が与えられる。
全てはより上位の存在に奉仕するためだ。
王族とは、それらを取りまとめ導く、尊きもの。
人そのものといっていいだろう。
上のものが下のものを好きに扱えるのは当たり前。
そうやって我々は有史以来の誇らしき世界を築き上げてきたのだ。
「それが世の中だ! 皆が受け入れて生ぎでんだ! 全員が城に住めるわけないだろうっ!? お前だけが特別視されると思うな!」
「…………」
「お前とお前の母親が奴隷に落ちぶれたのは運が悪かったからだろ! そんなに嫌なら略奪されなげれば良かっだだろうが! 自分の不遇さを人のぜいにする゛なァ!」
学の無い小娘。
奴隷相応の、救いようのない人間性だから魔族と手を組んだのか。
こんなチンピラに私は腕を斬られ、人生を台無しにされたのか。
泣きたいのはこっちだ!
「……そう。じゃあ仕方ない」
次の瞬間には、奴はもう泣きべそを浮かべていなかった。
どうやら王族の威光が通じて我に返ったようだ。
「そう゛だ、やっどわかっだか! わかったら、お前は償わなげればならない! それにはまず私の身を――」
「やっぱり全員殺すしかないか」
「安全な場所へ――あ、あれ゛?」
奴隷の小娘は、なぜか大剣の先をこちらへ向けてきた。
あれ?
ど、どうして?
私の言葉に改心したんじゃなかったの?
なんでそんな殺気を向けてくるの。
「輪切りのほうが楽に死ねたと思うけど、やっぱり串刺しにする。体中の血が流れ出るまで苦しめ」
え? あれ?
なんでなんでぇ。
王族を串刺しにして良い道理は無いのに。
「お前のお陰ですっきりした。やっぱり人間はクソだ。中でもオウゾクは特にクソだ。お前の家族も一匹残らず同じ目に遭わせてやるからな」
いやいや、控えろよ奴隷娘。
私はまだ死ぬ運命に無い。
もう1度説教してやるから喉を絞めるのをやめろ。
口が利けない。
「お母さんを殺したのはやっぱり人間だ。こんな世界をつくったお前らと、それを受け入れた人間全部だ」
待て。
そんなに力を込めるな。
喉が潰れる。
話を聞いて。
「もっと早くギルバース様に会っていれば。……お母さん、絶対無念を晴らすから待っててね」
待て、わかった理解した。
母親が死んでそんなに悲しかったか。
では特別に、我が国の税でお前の母親を祀る墓標を建てられないか検討しよう。
奴隷の身でこんな栄誉は他にないぞ。
だから私を解放しろ。
「じゃあね。名前聞いてなかったな。まあいい、死ね」
「ま、ま、待っでぇっ……!」
わ、私は。
エルラーダ軍国次期女お――
「《ブルーパルス》」
その時。
蒼い閃光が瞬いたかと思うと、奴隷娘へ高速で迫る。
「――っ!?」
閃光は大剣であっさり弾かれた。
背後に立っていたのは、テレーザの増援部隊を指揮する青い髪の女だ。
「……あ、あー!?」
だが私にとっては最悪だった。
咄嗟のことに奴隷娘が手を放してしまい、私は最上部から真っ逆さまに転落した。
「ああああーっ、ぐげっ!」
しかも真下に落ちるまでの途中、私の体は外壁の突出した部分に何度も打ち付けられた。
「はぐっ! あぎっ! おげっぷ……っ!」
顔面がひしゃげて関節はバラバラ。
最後には地べたに勢いよく叩き付けられる。
「げぶっ」
喉奥から体液がぶちまけられる。
もはや指先1本動かすことはかなわない。
全身の骨はバラバラ、臓腑のほとんどは破裂し、後は死を待つのみ。
(み、みじめだ……)
奴隷風情にこんな目に遭わされて、私の人生は何だったのか。
たった1つ抗えたといえば、串刺しにはされなかったことくら――
ひゅるんっ。
刹那、上空から降ってきた紫光の刃が胸当てごと私の心臓をぶちぬいた。
「ん゛ほぉっ」
奴隷娘は口にしたことをしっかり実行した。
こうして私、エリューザ・エルラーダの生涯は幕を閉じた。
奴隷に人生を踏み躙られた史上最も憐れな王女として、私の名は永遠に刻まれることだろう。
(……あ、あれ)
おかしい。
まだ意識がある。
それどころか体が動く。
嘘だろう、全身の骨が折れているはずなのに、勝手に動いてしまう。
やめろ、い、い……!
「ウギイイイイイイイ!!?? 痛イ、痛イ、痛イイイイイイ!!」
全身を襲う激痛に、喉を引き裂かんばかりの悲鳴が口から溢れ出す。
心臓はもう止まっているはずのに、それでも私は意識を保ち続けた。
バラバラになった骨同士が擦り合わさる度にハンマーで殴られたような衝撃が襲う。
さらには体の内外をじわりじわりと、針でできた布で締め付けられるような激痛が蝕んでくるのだ。
加えて頭の中を染め上げるのは、まるで数日は飲まず食わずだったかのような苛烈極まりない飢餓感だ。
「ヒャヒャヒャ! サッチャン様ノ御命令ダ。死体ハ片ッ端カラ亡者ニ変エロッテナァ!」
傍にいたのは、リッチと呼ばれる髑髏頭の魔物だった。
私は死体を利用され、リビングデッドにされてしまっていた。
「サァ戦エ! 身内ヲ喰エ! 更ナル同胞ヲ生ミ出スノダ!」
「ギアアアア痛アアアアアアッ!」
動きを止めたくても「兵士を襲え」という命令を与えられているため止められず、腐敗の進行による苦痛はどんどん強さを増す。
「ンン? モシカシテ全身バラバラダカラ立テネーノ? 使エネェ死体ダナァ、一生ノタウッテロ」
いっそ心が壊れてしまえばいいのに、飢えという渇望を与えられたことで意識が途切れることもない。
脳が完全に腐り落ちるまで、私はあらゆる責め苦を味わう羽目になった。
「ウッギイイイイイ!!!!」
(全身が痛い! 頭が割れる! 喉が渇く! 食べ物をくれ!)
父様! リオル! 誰でもいい、助けてえーっ!
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「指揮官が無能だと4万の兵も一晩保たないのですね。勉強になります」
「……誰だ、お前」
「テレーザ軍の隊長を引き受けるメルキュリアと申します。魔王軍の関係者とお見受けしましたが、名前をお聞きしても?」
「魔王軍最高幹部『五閃刃』――アリサだ」
「おや、“五”。つまり幹部は5名。魔王本人と合わせて6名全員倒せば我々の勝利ということですか。名前だけで良かったのに有益な情報までいただけて感謝いたします」
「……お前ムカツクな」
「私も魔族に与する人間なんて吐き気がします」
「色々頭に来てるんだ。さっさと殺してやる」
「できるものなら。幹部級の力がどれほどか、見定めさせてもらいますよ」




