07 逃 ※姫騎士視点
「ぬぎゃあああああっ!?」
のたうち回りたくなるような激痛が、失われた両腕の断面から吹き上がる。
なんで私がこんな目にぃ!
「そんな!? エリューザ様……っ!」
配下の慌てふためく声が耳に入る。
馬鹿、早く助けろ!
これでは戦うどころではない。
それどころか次期女王の座もやばい!
ああ、どうしたらいいのだ。
しかし私の内心も知らず、黒髪の女は癇癪じみた一方的な感情をぶつけてくる。
「ちょっと聞いただけなのに余計なことまでベラベラ喋るな! これだからエライ奴は嫌いだ、くどくて!」
その昂りに呼応するかのごとく、女を包む紫の光がより輝きを増した。
なんなんだこいつは。
私が王族だとわからないのか。
「これが魔王を倒した剣だと? ギルバース様がこんなピカピカ光ってるだけの色モノで傷付くわけないだろ! 嘘つき!」
「い、いや、本当に……!」
「1番豪華な鎧を着ているお前が頭だな!? 2度とヒトを騙せないよう輪切りにしてやる! 覚悟しろ!」
「ひ、ひいいいい!」
駄目だ、この女は本気だ。
王族である私を本気で殺すつもりだ。
「お前ら゛、かがれ! あいづを止めろ゛ぉっ!」
激痛で回らなくなった舌を動かしどうにか号令をかけると、私は脱兎の如くその場を駆け出した。
「とにかくエリューザ様を守――ぐがっ!?」
「は、速過ぎ――ぎゃあっ!」
「なんだこの力は! 本当に人間か!?」
聞こえてくる戦況は芳しくない。
しかし今は私の安全が第一。
時間が稼げればそれでいい。
(そうだ。テレーザ軍なら回復魔法の使い手もいるはずだ……!)
腕が無くなったのはショックだが、このままでは血が流れすぎて死ぬ。
まずは止血しなければ。
私は城の内部へ戻り、壁に寄りかかりながら階段を駆け降りる。
ああ、どうして私がこんな目に。
今日何度目かの自問に答えをくれるものは誰もいない。
だが代わりに。
「逃げるなキサマァーーっ!」
石造の城内に響き渡る咆哮。
振り向けば、走って追いかけてくるアイツの姿!
「い、いやああぁーーっ!」
こんなところで死にたくない!
私は騎士団の駐屯する外を目指して、回廊をがむしゃらに駆け抜ける。
「エリューザ様、その腕は!?」
「あいづを止めろぉーっ!」
すれ違った警備の兵士は全部足止めに差し向けた。
しかし、どいつも役に立った様子はない。
背中に張り付くような殺気は強さを増すばかりだ。
(王家に忠誠を誓っておきながら不甲斐ない奴らめ……!)
命を散らすにしても、少しは貢献してから散らせ。
しかしその矢先、耳元を何かが掠めていく。
「!? ひっ!」
兵士を一撃で串刺しにした紫光の剣だった。
魔法か何かで生み出した剣を女が投擲したのだ。
その後も矢のごとく剣が飛んでくる。
「串刺しになれ! ふんっ、ふんっ!」
「や、やめ、やめでぇっ!」
次々に射出されたそれらを、私は必死の思いでかわし続けた。
角を曲がり、柱の陰に隠れ、途中の兵を盾代わりにしながら私は走った。
死にたくない一心だった。
やがて思い報われ、城の一階までどうにかたどり着くと、中庭への扉に体当たりする形で外へ飛び出す。
そこには待機させていた騎士団500人の姿があった。
「なっ!? 姫様、その腕は!?」
「それはもういい! 後ろのあいつを殺せ!」
騎士長にそれだけ命じて、騎士の間を駆ける。
遅れて奴も「逃がさないぞ嘘つき女ァ!」と喚き散らしながら広場に躍り出てきた。
「ヒィ、来た!」
「こ、こいつは!? とにかく姫様を守れ!」
そうだ、守れ!
守り抜いてくれたら勲章を山ほど授けてやる。
だから私を助けろぉっ!
「嘘つきを守るオマエラも嘘つき! 皆殺しだ!」
「なんだこのガキは! 調子に乗るなよ!」
女は少しも物怖じすることなく我が騎士団に正面から突っ込んでくる。
怒号が飛び交うなか、私は地を這うように間を掻い潜って距離を取る。どうにか逃げ切った。
この数なら、いくらあの女が化け物でも止まるはず。
「大剣を棒切れみたいに振り回してるぞ……!」
「魔族の手先か! とにかくかかれ!」
テレーザの連中は外にいるのか。
落ち着いている場合じゃない。
誰かに止血させないと。
「なんだ、大剣の輝きが増して……げひゅっ!?」
「鎧ごと斬った!? がはっ!」
何を油断している。
全員で一斉にかかるんだ。
お前たちならやれる。
早くそいつを仕留めろ。
「気をつけろ! 光に触れても斬られるぞ――ぎっ!?」
「とにかく囲め! 勢いを――あぐっ!」
おいおい。
お前たちは我がエルラーダ最強の騎士団だろ。
そんな奴に何やってる。
早く止めろ。
止め――
「駄目だ強すぎる! 援軍を――うげっ!?」
「く、来るな……がっ!?」
「もしかしてこいつが魔王なのか!? ――おぐッ!」
振り向いた私の目に飛び込んだのは、騎士団の男たちを薙ぎ払いながら掻き分けて来る女の姿。
「助けてくれ! たす――」
「やめろ! やめ……ッ!」
「ば、化け物ぉっ!」
高速で振り回される大剣に巻き込まれた者は、ことごとく肉片に変わった。
頭蓋を無くし、臓腑を撒き散らして死んだ。
(と、と、止まるか。これ?)
恐ろしい勢いで味方が減っていく。
まるで死の嵐。
やがて、こちらに迫った奴と目があう。
周りの騎士なんて眼中にも無く、ただこちらに憎悪の篭った眼差しを向けてくる。
ダメだ。
こいつは死神だ。
たとえ1万人の味方がいても勝てない。
死ぬ……死ぬ!
「ひっ……ひあああーっ!」
反対側に抜け出した私は、騎士たちの悲鳴に背を向け、城外を目指して走り出す。
駐留している4万人全員で、私を守らせるためだ。
城門まではすんなりたどり着いた。
しかし外が騒がしい。
こちらの騒ぎを聞きつけ、味方が集まっているのかもしれない。
すがるような思いで門を開けると。
「ウギイイイイイイ!!」
「ぎゃああー、助けてくれぇっ!」
そこは阿鼻叫喚が充満する戦場だった。
敵の侵攻は、すでに城の手前まで進んでいたのだ。
「な……なにこれ」
自軍同士がぶつかりあう異様な光景。
しかしどちらが味方かは明らかだった。
片方は、明らかに生気が無い。
体が欠けようが深手を負おうが、そんなものは関係ないと兵士に襲いかかっている。
それは呪法により蘇った生ける屍とも呼ばれる存在だった。
だが、それだけではない。
「アアア! 生者ガ憎イ! 幸福ナ奴ガ許セナイ!」
「やめろ、俺たちは味方――ぐげぇっ!」
「ウヒャヒャ! 死ンデ俺ラト遊ビマショーッ!」
「こいつら魔族か!? うわぁーーっ!」
奴らの中に、明らかに意思を持った個体がいる。
向こう側が透けて見えるそいつらは、ゴーストとかレイスと呼ばれる悪霊種だろう。
それぞれが武器を持ち、次々に兵士を手にかけていく。
そうして死んだ兵士が、さらに生ける屍となって味方に牙を剥く。
「……何よ、これぇ」
これでは挟み撃ちだ。
逃げ場を失った私は、それでも必死に足を動かして、気の遠くなる逃避を続けた。




