05 “頭” ※姫騎士視点
「そんな馬鹿な……!」
前線手前、アルケイ伯爵領の居城に構えられた本営にて。
告げられた報に、私――エリューゼ・エルラーダは耳を疑うしかなかった。
わずか1日で5万の軍が大敗し、マムルーク辺境伯の要塞都市が陥落したというのだ。
中央の一点突破だと。
北と南には少しも回さなかったのか。
それにしたって、1日は早すぎる。
何かの間違いではないか。
しかし、その後に続く報告も敗北を裏付けるものばかりで、私は生まれて初めて頭を抱えた。
(せっかく対魔王軍の総指揮を任されたのに……!)
諸侯からは『姫騎士』と讃えられ、次期女王として栄光の道を歩まねばならないというのに、父様に何と言えばいいのか。
「これでは、あの憎らしい騎士が言ったことそのままではないか……!」
□■□■
軍議の場にて。
グランバルト軍の指揮官グレ何とかは、首を傾げて言った。
「えっ、全軍で向かうのではないのですか?」
「……貴男は本気で言っているのか」
たしかに父様は25万の兵を集めた。
しかしそれは国内の防衛も込みの数だ。
国境沿いに現れた魔王軍の数は約6、7万。
大小多数の種族で構成されているため正確な数は不明だが、そんな寡兵相手に、全軍はいくらなんでも過剰だ。
別働隊がいる可能性だってあるし、首都の防衛も疎かにはできない。
正面の敵には、私の騎士団4万と各国からの増援約2万を含めた16万が向かう。
ひとまず前線には北と南に3万、中央に5万を送り込んだ。
それでも十分過ぎる数だ。
「魔族を数で判断してはいけません。個体によっては戦力が何倍も変わります」
「偵察の話ではゴブリンやオークも混ざっているそうだ。冒険者でも勝てるような相手だぞ。総合的には1:1で見ても構わないだろ」
納得がいかないのか、男はあからさまに渋面をつくった。
不敬極まりなかった。
グランバルトの教育はどうなっているんだ。
「それとも何か案があるのか」
「お聞きくださるのですか」
「まともな案ならな」
まともでなければ、いい加減首を刎ねる。
それでは、と男はその場の全員へ聞こえるように話を始めた。
「まず北と南に兵を向かわせるのは止めましょう。代わりに、中央に戦力を集中させます」
「……はぁ?」
「敵は、必ず中央に侵攻してきます」
どうしてそう言い切れる。
理由を問えば、グレ何とかは「公国ですよ」と口を開く。
「従属した民の中には魔王軍の実力に懐疑的な者もいます。本当に世界と戦える力があるのかとね。疑念を払拭するには、勝利という結果を出すしかありません」
さらには国を掠め取るような真似でなく、堂々と戦って勝たねば意味がない。
奴らは、人間の軍勢を打ち破ることを重要視している。
つまりは、人を集中させたところへ勝手に集まってくるのだというのだ。
「言い換えれば、我々が魔王軍を退ければ、戦況は一気にこちらへ傾きます」
もし魔王軍の敗北が明らかになれば――
大公も為政者だ。
このままでは国が守れぬと、魔王に付き従う以外の道も視野に入れるだろう。
従属以降も公国の体制に変化はなく、軍の解体さえされていないと聞く。
公国が手のひらを戻すようなことになれば、魔王軍にとっては内部を突かれる形となる。
魔王が仕掛けた一連の行動全てが無駄になるのだ。
「ただそれは相手も承知のこと。侵略する以上は、こちらの戦力を分析した上で軍を編成しているでしょう」
各地に攻め込んできた魔王軍の全体数と比較すれば、敵の軍勢は遥かに少ない。おそらく5分の1も出してはいないだろう。
しかし、敵は魔族。
寡兵だからと侮ってはならないし、勝てる自信があるからこその少数だとも言える。
「ここで重要なのは、我々と魔王軍の勝利条件は異なることです。是が非でも我々を倒して侵略を成功させねばならない魔王軍に対して、こちらは必ずしもそうではない」
大切なのは国を守り切ること。
そして侵略を失敗させること。
そのためには。
「総員で専守防衛に努めましょう。いたずらに兵を犠牲にせず、都市に篭って敵の攻撃を耐え凌ぐのです。そのためには中央の要塞が最も堅牢で迎え撃つのに最適です」
籠城戦。
なんとも腰の引けた策。
グレ何とかの案は、それだった。
そんなもの、いつか奴らに取り囲まれて終わりだろうと告げれば。
「こちらも増援を出します。私の提案を呑んでくださるなら、本国から追加で20万の派兵をお約束します」
これには議場がどよめいた。
グランバルトは我が国の兵力に匹敵する兵を援軍に送るという。
それも、たかが一騎士の要請でだ。
「半月、戦線を維持してください。それならば兵糧も持ちましょう」
私は総指揮官として、奴の話を――
「却下だ」
一蹴した。
ふん、馬鹿め。
呑めるわけがない。
「陛下は、魔王軍を討ち果たせと命じられたのだ。籠城など、みっともない真似ができるか」
都市部をすすんで戦禍に晒す統治者がどこにいる。
敵が正面から来るなら、我々も正面から打ち破るのみだ。
父様も言っていた。
魔王軍は恐れるほどの相手ではないと。
開戦当初、我々が北部で相対した魔王軍は霊体やスケルトンの群れだった。
その動きは、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
まるで統率が無く、軍の体すら為していない滑稽ぶり。
目下の魔族も、知性も品性も感じられないケダモノだらけ。
あんな奴らに我が軍が敗ける姿など、想像もつかない。
必ず中央に来るだと。
違ったらどうする。
北と南をみすみす明け渡せというのか。
仮にその通りになったとしても、正面の5万が耐え凌いでいる間に他が駆けつけ、奴らを包囲、殲滅すればいい。
大体、後詰めの軍を動かしても戦費は発生するのだぞ。
私は軍属だが、国政を担う立場でもあるのだ。
必要最小限の人員と費用で戦闘を終結させることも考えなくてはいけない。
そもそも20万の増援など本当なのか。
仮にそんなものが来たとして、手柄を横取りする腹積もりではなかろうな。
「援軍など必要ない。我々だけで十分だ」
見た目からなにまで胡散臭いぞ騎士風情が。
王族に対して調子に乗るなよ。
「……そうですか~。出過ぎた真似をいたしました」
「次期女王である私に大層な口を叩いた手前だ。帰りたいなら帰って良いぞ」
「いえいえ。当初の予定通り北に向かいます~」
一転、顔を緩ませて男は恭しく頭を下げた。
そういうところが調子に乗っているのだ。
「遊撃でも何でも好きにしろ。なんなら仲の良いテレーザ軍も同行するか?」
私より3、4つ年下か。
やりとりをじっと静観していた聖魔国の女指揮官に顔を移す。
「……いえ、私たちは方針通りここで待機したく。馬での移動は苦手なものも多いですから」
同盟国であるから通じるものがあるかと思ったが、意外にも断りをいれてきた。
魔法職と神官職ばかりを連れてきたから前に出るのは苦手というのだ。
何しに来たんだこいつら。
「まあいい。では解散だ。武運を――」
「あ、言い忘れました~。魔王軍にも魔王以外に軍を統率する“頭”がいます。そいつを倒せば奴らは瓦解します」
「わかったわかった。他にないなら解散だ」
最後まで気に障る発言をして去って行くグレ何とか。
戦死すればいいのに。
とはいえ、いよいよ開戦だ。
さあ、私のエルラーダ軍よ。
魔物の群れなど蹴散らしてやれ。
□■□■
そして現在。
「マムルーク辺境伯は、やはり討ち死にした可能性が高いと……」
「うぐぐ……っ」
誰の報告でも戦況の悪化は否定されなかった。
要塞は落ち、中央に展開した軍はすでに敗走を開始。
犠牲は3万を超える規模に及ぶ可能性もあるという。
「……いかがなさいますか、エリューザ様」
私が悩んでいるというのに。
こちらの気も知らず、部下が矢継ぎ早に意見を求めてくる。
どうするかなんて決まっているだろう。
「すぐにでも打って出る! 北と南の軍は無事なんだろう。連携して要塞を取り戻す!」
「……えっ!?」
とにかく挽回しなければ。
私の名誉を守るには、都市の奪還、それしかない。
ここにはまだ手付かずの騎士団とテレーザの増援が残っている。
北と南の6万を動かして合計11万で攻めれば、まだ取り戻せるはずだ。
……11万、か。
「……念のため父様に連絡して援軍を1万くらい送るよう伝えてくれ」
「い、1万くらい……?」
そのくらいなら要請しても問題にならないだろう。
後方のハーディー領には、兵士2万が待機している。
この有事だ。
急がせれば3日ほどで到着するだろう。
それでも駄目そうなら、また追加してもらえばいい。
なんだ、勝機が見えてきた。
「そうと決まれば準備を――っ!?」
転身した私の足下に何かがぶつかる。
小間使いに使っていた奴隷の女だった。
「何してる鈍間! 賤民が私に触れていいと思っているのか!」
「あ……お、お許しを……っ」
王族の行く先を妨げるなど万死に値する。
怒りのあまりに抜いた剣で、私は奴隷を斬り捨てた。
「う……うぐ……っ」
「……まだだ! 私の怒りはこんなものじゃないぞ!」
1度だけでは物足りなかったので、私は容赦なく剣舞を繰り出す。
この、この!
よくも私に逆らったな。
その内、奴隷はただの肉塊になった。
いい気味だ。
「ふうふう……少しは気が収まった」
「エリューザ様、よろしいでしょうか」
「今度は何だァ!」
今度は何だ。
もう勘弁してくれ!
「それが、中央に送ったと思われる兵がこちらへ向かっているのですが」
「は? おめおめ逃げ帰った負け犬共め。適当に傷を治したら動ける奴から従軍させろ」
「……それが、様子がおかしいのです」
空はすでに薄暮に染まっていた。
部下を引き連れ、城の最上部から首都の方角を見渡す。
彼方からは、我が国の旗を掲げた兵団がゆっくりとこちらへ行進していた。
その数は1万。
もっと多いかもしれない。
「……何だ? 本当にマムルークから逃げ帰ってきた連中なのか」
敗残兵らしく外見はぼろぼろ。
それなのに、とても満身創痍とは思えない整然とした足取りだ。
行軍は続き、やがて騎士団と接触する。
「止まれ。お前らどうした。そんなに動けるならまだ戦えたんじゃないのか」
「…………」
「おい、何とか言――」
「…………ウッギイイイイイイイ!!!」
唐突だった。
その中の1人が奇声をあげて騎士に飛びつき、その首筋に噛みついた。
「がふっ! な、何を……!?」
それを皮切りに、歯茎を剥き出しにした敗残兵たちが次から次へと周囲の人間へ襲い掛かり始めた。
「おい、やめろ! ひっ!? ぎゃあーーっ!」
「正気か!? お前らしっかり……う、うわぁーー!?」
「「「ウギィィィィーーーーー!!」」」
自国の兵に襲い掛かるその様相は、まさに獣。
とても生きた人間のそれとは思えなかった。
「なんだ、何が起きてるんだ……?」
戦地から帰還した兵士が、我々に牙を剝いている。
城下は瞬く間に大混乱に陥った。
何なんだ、これは。
どうして私にばかり、こんなことが起こる。
「ん、何だ……?」
兵士の1人が空を差す。
夜の帳から何かが落ちてくるのが見えた。
薄紫の輝きを背負った何かだった。
それは一直線に、私たちのいる最上部へ降り立った。
女だった。
長い黒髪。
自分の背丈ほどもある大剣を携えた、漆黒の鎧に身を包んだ少女。
鳶色の瞳を向けたそいつは、静かに呟いた。
「まず、敵の頭を潰す」




