02 開戦 ※エルラーダ王視点
余の名はデシオン・エルラーダ。
大陸中央に君臨するエルラーダ軍国の偉大なる王だ。
「おぬし、今何と言った」
玉座の上から余が問うと、目の前で傅く男は、黒髪の奥から畏敬の欠片も感じぬ視線をこちらへ向けた。
「ですから~。何故、貴国はセレスティアの援軍要請に応じなかったのですか? ランフォード陛下は疑問に思われています~」
歳は30代前後。
騎士の鎧に身を包んだ男は、のっぺりとした口調で先ほどと同じ質問を繰り返した。
王である余の決断に意見するとは、此奴がグランバルトからの援軍を指揮する将軍でなければ、迷わず首を刎ねていただろう。
「そんなもの、あの国が早々に我々を裏切ったからに決まっているだろうが……!」
それ以外に何があるというのだ。
わかりきったことを聞くな、忌々しい。
「大公は浅ましくも魔王と通じ、自分の国だけは見逃すよう動いていた! 援軍など送れるはずがない!」
現に奴は魔王軍への従属を宣言した。
まさか本気で魔族に国を売り渡すとは、正気か。
『もはや人世界に我々の居場所はないと思い至りました』だと。
ふざけおって……!
お陰で我がエルラーダは名指しで魔王軍の侵攻を受ける羽目になった。
きっとあの女が魔王に媚びへつらって頼み込んだのだ。
セレスティアとの国境沿いにはすでに魔王軍が大規模な展開を見せている。
反対側のオストワルドも同様に宣戦布告を受けたらしい。
何もかもあの売女のせいだ。
「恐れながら~。経緯をみれば魔王ギルバースの分断工作であることは明白。いきなり魔王が押しかけ強弁を張ったのであれば、判断を誤るのも無理はないものかと~」
余の葛藤をよそに、目の前の男は憎たらしいほど冷静に口を開いてくる。
何なんだその間延びした声音は。
煩わしい、殺すぞ。
「だからどうした。失策は失策。真っ先に血肉となるぐらいして汚名を返上するのが筋ではないか」
「人は早々思い通り動かぬものですよ~。ましてや統治者なら、あらゆる選択を視野に入れるものではないかと~」
「……何が言いたいのだ。はっきり申せ」
「では遠慮なく……“孤立”です。貴国とオストワルドが助けを出さず孤立させてしまったせいで、セレスティアは魔王軍に寝返らざるを得なかったのではないでしょうか」
「はっ!?」
頓狂な声が口をつく。
急に活舌を正した奴の言葉は、まさに寝耳に水だった。
「従属が公表されたのは援軍要請の後。大公もぎりぎりまでは魔王軍と戦うつもりだったと思われる。実際、軍を向かわせています」
「っ!? いや、それは!」
「民が死ぬよりはましと日頃確執のある貴国にさえ援軍を願ったのです。それを断られたのだ。後の手段は限られるでしょう」
「こ、断ってなどいない! 真っ先に血を流せと言ったのだ! 奴らが誠意を示せば我々も軍を動かした!」
そうだ。それが全てだ。
仮に此奴の言うことが真実でも、民が多少死ぬくらいなんだ。
下心を出したことへの丁度いい罰だろうが。
余は間違っていない。
「密偵の調べによると、セレスティアの民は魔王軍への従属を概ね歓迎しているそうです。それに、一部の貴族や民からは板挟みになった大公への同情意見もありましてね。それどころか、どうして周辺国は協調して魔王を倒そうとしなかったのかと疑念の声も聞かれます」
「ええい、結局何なのだ!」
滑らかに話せるのなら最初から話さんか!
「ですから、何故、援軍を出さなかったのかとお聞きしているのです。手を貸してそれでも裏切ったのなら、満場一致で大公を悪と断罪できた。そうでなくとも一生頭の上がらぬほどの恩を売れたはず」
「き、貴様……!」
「――と、ここまでが我が主君のご意見です」
あ、あ、あの若造め。
余に説教を垂れる気か!
「その辺でいいだろう。心をお沈めください父上」
「ランフォード陛下のお言葉は受け止める。だがやはり、あんな軟弱な国に毛の先ほどでも譲歩するのは、我らの誇りが許さんのだ」
両脇に控えていた王子のリオルと王女のエリューザが声をあげる。
2人とも優秀な将軍であり、特にエリューザは女だてらに剣の腕も素晴らしく、余の後継者として貴族の支持も厚かった。
「いずれにしても大公が裏切ったのは事実だ。甘言に乗せられたこと自体が統治者としての器量を示している」
「ああ、同じ女としても大公の統治は鼻につく」
2人の言葉に、玉座の下に控えていた家臣たちも一斉に首肯する。
その姿を見て、余は我に返った。
「く……くく、そうだ。あんな国に謙る必要は何もない。あんな弱小国にこちらから手を差し出すなど、できぬものはできぬのだ」
「…………」
敵に回ったものは仕方なかろう。
それでも余に落ち度があるというなら、あの国を攻め滅ぼして汚名を雪ぐ。
それだけのことだ。
「ところでおぬし、名は何と言った」
「グレゴリオです。陛下」
「おう、たかが騎士の名などいちいち覚えておらんでな。それで、今の物言いだとグランバルトも公国に同情的ということか? 戦場で相対したらどうする。よもや説得するなど考えておるのではあるまいな」
「まさか、敵は敵です。グランバルト第5騎士団は、貴国の援軍要請に応じ、全力で魔王軍と彼の者に加担する勢力を討ち果たしましょう」
この期に及んであてつけか。
あまり喋るな。
どさくさに紛れて殺してやりたくなる。
「頼りにさせてもらうぞ。さて――」
丁度その時、謁見の間へ使い番がやってくる。
「申し上げます。只今テレーザ及びハークス自治領からの増援が到着しました。つきましては諸将が謁見を願い出ております」
「通せ」
姿を現したのは白銀の魔法衣装をまとった若い女と、エルフの男だ。
2人はグレ……何だったかの背後で傅き頭を垂れた。
「テレーザ軍8千、救援に馳せ参じました。主教様も貴国の身を案じていると言伝を預かっております」
「同じく自治領軍5千、いつでも戦えます」
「よく参られた。名はなんという」
「メル――メルキュリアと申します。陛下」
「サリュースと申――」
「メルキュリアか。随分と若いようだが戦えるのか」
「国の魔導機関では主席を務めさせて頂いております」
「ほう。にわかには信じられぬが、ならば存分に力を振るわれよ。これより開戦式を行うゆえ、移動願いたい」
余は玉座を降り、全員を引き連れバルコニーへと向かう。
開け放たれたその先には、我が精強なるエルラーダ軍の姿があった。
その数、実に25万。
すでに国内の貴族は打倒魔王、打倒セレスティアの下に結集している。
それに加えてグランバルト1万、テレーザ8千、亜人の群れ5千が参加するのだ。
バルバリアにも要請したのだが、オストワルド側への増援に回るそうだ。
奴らさえ動けば完璧だったのだがな。
だが、これだけ集めれば十分だ。
「皆の者、よく集まった。知っての通り、魔王軍から正式な宣戦布告があった。魔王の暴挙には憤懣しかないが、それ以上にゆるせんのは我々を裏切った大公とその国民だ!」
「「「おおーーーー!!」」」
城を揺るがすほどの勢いで兵が叫ぶ。
公国への怒りで士気は極限まで高まっている。
「――エリューザ」
「はっ」
王家の甲冑を着用した我が娘が前に出る。
次に兵士が国内で奴隷を生業としている賤民の一家を連れて来ると、その前に跪かせた。
「とくと見よ。これが我らの為すべきことだ」
「あ……あ……」
剣を抜くと、娘はまず父親を斬り伏せた。
鮮血が舞い、それを見て泣き叫ぶ母子も次々手にかけていく。
「見たか。この賤民は後の公国の姿。魔王軍を倒せばその先で待っているは、後ろ盾を失くした奴らだ。敢えて言う。好き放題に財を奪い、踏みにじることをゆるそう。我らエルラーダ軍国を本気にさせたこと、その命でもって後悔させてやれ!」
「「「「ウオオオオオオオーーーー」」」」
「くくく、素晴らしい」
ふざけおって、目障りな弱小国が。
こうなったら徹底的に身の程をわからせてやる。
セレスティアの男は皆殺し、女子供は未来永劫奴隷として飼い殺しだ。
特に大公はただでは済まさん。
徹底的に痛めつけ、獣畜の相手をさせ、物乞いの糞便を餌にして命尽きるまで見世物にしてやる。
(余に楯突いたことを今際の際まで後悔させてやるからなァ……!)
もっともまずは魔王軍だ。
しかし正直、奴らはそこまで危惧するほどの存在ではないというのが、余の見立てだ。
当初あっさり支配地域を手放したのも、結局は恐れをなしたからであろう。
セレスティアを懐柔したのもそうだ。
力があるなら堂々と戦えばよいものを、奸計を用いてきたのは、卑怯な手を使わねば勝てぬと思い至ったからではないか。
魔王軍、恐るるに足らず。
我らの手で魔王の首級をあげるのだ。
さすれば世界を牽引するものとして、我が国は存在を誇示できるだろう。
その時、余は救世の王として世界に君臨できる。
そういう意味では、千載一遇の機会を齎した大公に感謝せねばな……!
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「まさか『竜殺し』のグレゴリオ様がいらっしゃるとは思いませんでした」
「はは、その異名はよしてくれメル。たまたま1度勝てただけなんだから」
「私を派遣するよう主教様に話を通してくださったそうで、ランフォード陛下には感謝の言葉もありません」
「そう畏まらないでくれ。あの御方は実力あるものを素直に重用する。君に少しでも実績を積ませたかったのだろう」
「恐縮です」
「いずれにしても、この戦いで魔王ギルバースの言った“侵略”の意味がはっきりする。単に全てを滅ぼす破壊の権化ではないようだが」
「人以外の存在に地上を渡すわけにはいかないでしょう。世界を導くのはランフォード陛下、ただおひとりのみ」
「ああ。とりあえずはエルラーダのお手並み拝見といこうか」




