01 行動でしか得られないもの ※女大公視点
「はなせ! 私を誰だと思っている!」
「伯爵家にこんなことをして只で済むと思ってるの!」
兵に両脇を抱えられ、館から引きずられるように出てきたのはクライル伯爵とその夫人。
先月まで我が国に忠誠を誓っていたはずの貴族です。
「ごきげんよう、クライル伯」
「ま、マリーナ大公! 貴女は正気か!? 本気で我々を裏切るつもりか!」
「魔王と手を組むなんて、どうか目をお覚ましください!」
こちらの姿を確認するなりわめき立てる夫妻。
我が軍はつい先日、エルラーダに鞍替えしたクライル領を攻め落としたばかりでした。
かの国からの増援を期待していた伯爵ですが、一切音沙汰がなかったことから領軍の士気は低く、犠牲も最小限で済んだのがせめてもの幸運でした。
「裏切りなど、どの口が言うのですか。魔王軍と手を組む前から国を離れたのは伯爵でしょう」
「だからそれは大公が……!」
「貴方は以前から私の治世に不満があったようですね。エルラーダから侵攻を受けても何かにつけて出兵を拒みましたね」
「い、今はそんな話をしている場合ではない!」
「私が頼りなかったのですよね。別に構いませんよ。ですが、それならそうと意思表示すべきでしたね。双方の畑から良い果実だけを収穫しようとせず、いずれかに根を張れば良かったのです」
人間同士の駆け引きならば灰色の決着でも済まされるでしょう。
ですが我が国の盟主となったのは、価値観も何もかもが違う存在。
不興を買えば、私が命より大切にしている民を焼き払うかもしれない相手なのです。
「私の肩には領民の生活がかかっている! 領主として当然の判断をしたまでだ!」
「私の肩にはセレスティア全国民の命がかかっているの。統治者として曖昧な態度はゆるされないのよ」
今の私にできるのは、あの御方の信頼を全力で勝ち取る以外にありません。
誰かのように、国から得た利益を領民に還元せず懐に入れているようでは、口先だけで何も進まないのですよ。
「“爵位と領地を返上すれば最低限の暮らしは安堵する”――開戦前に通告したではないですか。貴方たちは最後の慈悲すら棒に振ったのよ」
「我々に平民として生きていけというのか!」
「もう話すことはないわ。貴方の領民は私が守る。連れていきなさい」
「……このアマぁ!」
「誰か助けてぇっ!」
伯爵とその一族は、三親等に至る全員を処断します。
離反した他の貴族も同様の処分を下し、国内の平定を急ぎます。
全ては将来への禍根を残さないため。
忠誠を軽んじた者への扱いを知らしめるためです。
「死ね! 馬鹿な国民と一緒に破滅してしまえ!」
「どうして一回りも二回りも歳の違う小娘に殺されないといけないの! 祟ってやるうう!」
兵に連れられ遠ざかっていく夫妻は、最後まで呪いを吐き続けました。
「少し外すわ。軍務卿、後はお願いね」
「はっ。ですが姫様、わざわざ戦地に起こし頂かなくても……」
「いいのよ。せめて怨嗟は正面から受け止めないと。それが私の業だもの」
私は天幕に入り、誰もいないことを確認すると、桶に嘔吐しました。
「うぷ……おええっ」
悪意をぶつけられるのは未だに慣れません。
だけど、これが私の選んだ道。
誰にも弱音は吐けません。自分だけで克服しなければ。
「そうよ。勝ち取るのよ、信頼を……」
信頼。
それは今の私に、何よりも必要なものなのだから。
□■□■
「お初にお目にかかる。僕の名はジュリオ。貴国の太守を任された魔王軍幹部だ」
ジュリオ様は、恐ろしいほど整った顔立ちをした美少年でした。
毅然とした物腰で皺1つないローブをまとい、モノクル越しの瞳は綺麗な紅色。銀色の髪も丁寧に梳かれています。
背中に蝙蝠に似た翼と尻尾がなければ、本当に魔族なのかと目を疑ったほどでした。
とはいえ、いつまでも見とれているわけにはいきません。
今は我が国の大事。
挨拶もそこそこに、私を含めたセレスティアの首脳陣は、会議室の上座に着席したジュリオ様に視線を集中させます。
「まず確認だが、父う――魔王様のおっしゃった『民の命の保証』、その範囲だ」
「はい」
「魔王様が取り交わした約束は、あくまで『外敵からの防衛』だ。国内で起きる人間同士の諍い――犯罪や暴動はその範疇ではない。裏を返せば、我々は人間の政治や治安維持には関わらない」
「国の運営はこれまで通り、私たちの裁量でやらせて頂けるということですか?」
「ああ。生活の保証というのも、自由を尊重することと解釈して欲しい。魔王軍へ反逆さえしなければ、お前たちがどんな統治をしようと我々が干渉する気はないし、配慮することもない。よろしいか?」
国政にある程度関与されるのは仕方ないことと覚悟していたので、それはむしろ願ったり叶ったりでした。
魔族があれこれ人の営みに口を挟むよりも、今まで通りの生活を維持できるほうが民も安心するでしょう。
「格別のご厚意痛み入ります」
「――代わりに貴国からいただく対価だが」
ここからが大事なこと。
私は背筋を正して聞き入ります。
「率直に言うと、我が軍の食糧を生産して欲しい」
「食糧、ですか」
話を聞いた私の心に暗雲が立ち込めました。
大臣のほうへ目配せすると、やはり表情は芳しくありません。
食糧のことは他国と袂を分かち輸入に頼れなくなった我が国としても死活問題。
ある程度想定していたご要望の中でも、最もされたくないものの1つだったからです。
「……希望される量はどの程度でしょう。我々の生活にあっても食糧の安定供給は必要不可欠。お渡しできる分にも限りがあります。場合によってはご期待に添えないかもしれません」
民を飢えさせてしまっては本末転倒。
魔王軍に献上した分、供給が減れば価格も高騰し、民の感情も悪化するでしょう。
良好な関係を保ちたかったのに出鼻を挫かれた形となり、気持ちが沈みます。
ですが、ジュリオ様は意外なことを口にしました。
「余剰分で賄えないのは承知している。お前たちの食糧に極力手をつけるつもりはない」
「えっ? で、ではどうすれば?」
「おい、あれを」
ジュリオ様が手を叩くと、外に待機していた蛇の下半身を持つ魔族が大きな籠を手に持ち入室しました。
網目が粗いため中が観察できるその中には、鼠に似た――しかしそのサイズは子豚ほどもあるでしょう――生き物が押し込められていました。
「これは魔界に棲息する鼠の一種だ。交尾後、15日前後で7~9匹の子を生み、さらに10日ほどで成熟する」
「……こちらの鼠とほとんど同じ生体ですね」
「他にも魔界固有の動物や作物を持ち込んである。貴国にはこれらを短期間で大々的に生産してもらいたい」
要約すると、私たちの役目は魔界の家畜や植物を畜産および耕作して献上することでした。
これなら労働力と土地さえ確保すればなんとかなるでしょう。
「もしかして地上の食べ物は口に合わないのですか?」
「そういうわけじゃないが、貴国の役割はあくまで非常時の備蓄だ。短い時間で全軍の分を用意するとなると、このやり方が最適と判断した」
それに“生餌”じゃないと不満な種族もいるしな、とジュリオ様は続けました。
さらに霊体系の魔族の存在維持に用いる魔石と呼ばれるアイテムの生成法も教わりました。
こちらは我々人間が空の魔石に直接魔力を注入して作るので、やはり人手が要るようです。
「これが資料だ。半月以内に相応の整備を進めて欲しい。不明な点があればいつでも質問をくれ」
「わかりました。全力で取り組ませていただきます」
区切りがついたところで、私は慎重に話を切り出します。
それは私たちと魔王軍、これからのことです。
「……あの、今後とも我が国は魔界のあらゆる種族と友好を結ぶ意思を持っています。ですが、いきなり今日明日から街中を魔族が闊歩するのでは民の戸惑いも大きいでしょう。つきましては、交流のための『特区』を設けて少しずつ環境を構築したいと考えているのですが」
いくら仲良くするとしても、つい最近まで討伐対象だった魔物と手を取り合うことに不安を覚えるのは想像に難くありません。
であるならば、まずは地域を限定して興味のあるものだけで交流を深めるのが最善と考えていました。
ちなみに、魔物の討伐を専門にする冒険者ギルドはすでに解体させています。
ギルドマスターをはじめ冒険者各位には、軍に所属するか、退職金を受け取るかの選択をしてもらっていました。もちろん国を出る意志があるのならば尊重しました。
全て魔王軍との良好な関係を築くための措置です。
「それは止めたほうがいい。意味があると思えない」
ですが、ジュリオ様は顔をしかめました。
「な、何故です? これからのことを考えれば、少しずつでも魔族の慣習を理解していかなければと思ったのですが」
「まず今は戦時だ。我々の大半は人間を敵とみなしている。あっちは敵だがこっちは味方だと言われても、知性の高い種族はともかく末端まで管理するのは難がある」
「ですから、地域を限定することで……」
「そこで我々は何をするんだ。人間に混ざって職につけばいいのか。結局お前らの作ったルールに従う羽目になるんじゃないか? 民が怪我でもしたらどうする。大人しく裁かれてやる義務はないぞ」
「そ、それは……」
「先の件で学ばなかったのか。法や掟は同一の種族だからこそ成立する。生態も価値観も違う者同士を同一のルールでは縛れない。ましてや上辺だけの友好など吐き気がするだけだ」
……それ以上、何も言えませんでした。
以前、大臣が口にした“人間とゴブリンを対等に扱えるわけがない”という言葉が蘇ります。
「そもそもお前にとって重要なのは国民の命だけだろう。やむなく手を組んだだけで、できることなら我々とも縁を切りたいと思っている。はっきり言ったらどうだ」
「――っ!」
「待たれよ、姫様は……!」
「大臣、いいのよ。……仰る通りです。仮に魔王軍が勝利しても、民が魔族に虐げられるようなことがあっては何もならない」
「…………」
「正直言って私は、魔族が怖い」
怖いに決まっていますよ、当たり前でしょう。
今この瞬間にも気が変わって命を奪われるかもしれないのですよ。
誓約も契約も、対等な間柄でこそ成立すること。
いくら守ると言ってくれたとしても、用済みになったら捨てられてしまうのではないか。
そんな恐怖とずっと戦っているのですから。
「教えてください。私たちは、どうすればよいのでしょうか」
私の問いに、彼は。
「決まっているだろう。信頼を築くんだ。要望に応え自分たちが必要な存在であると認めさせるんだ」
「信頼……」
「守るべきもののために僕たちの力が必要なんだろう」
「……ですが、どうやって」
「まずは足元を正せ。なんだ、この国の状態は」
「えっ?」
「いくつかの領地が命令に従っていないんだろう。そこで暮らす民もお前の守るべき対象だったんじゃないのか」
頭から冷水をかけられたような感覚。
それは、私の一連の行動で他国へと離反した貴族たちのことでした。
彼らに対して私は、書状を送るのみにとどめていたのです。
情勢が変われば説得に応じるだろうと、曲がりなりにも臣下であった者たちと戦うことを厭い、判断を先延ばしにしていました。
「いいのか、このままだと戦闘に巻き込むぞ」
ジュリオ様の言葉で、私は民の一部から目を放していたことに気付かされました。
「申し訳ありませんでした。すぐにでも国内の平定を急ぎます!」
私は早急に軍の編成を指示しました。
国のあるべき姿を取り戻すため、民の命を守るため、そして信頼を得るために。
全力でそれをやる。
他に道などないのですから。
「ありがとうございます。お陰で目が覚めました」
深々と頭を下げると、ジュリオ様は少し意外そうに目を丸くしました。
どうしたのか尋ねると。
「いや、アイツと違って聞き分けがいいと思ってな」
「……アイツ?」
「幹部の1人に人間がいるんだ。融通が利かない奴でな。いつも手を焼かされている」
「そうなのですか。1度お話ししてみたいものですが」
「やめておけ、あいつは人間を恨んでるから斬られるぞ。……だがまあ、人間も色々か」
それから、ほんの少しだけジュリオ様の表情は和らいだ気がしました。
「信頼というなら、こちらも我々の勝利を信じたお前の決断に応えねばな」
「ジュリオ様? それは」
彼は不敵に笑い、確固たる自信と共に告げます。
「まずは危険を取り払ってやろう。とりあえずは、お前たちに敵対していた東西の2国を地図から消してみるか」
その言葉が真実になったのは、わずか半月後のことでした。




