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終 まあ、1人ぐらいなら

「お、お前は誰ぐお? 私は通りすがりの白クマぐお」


 慌ててポーラは白クマの覆面をかぶって顔を隠すが、遅い。


「無駄なあがきは止めろ。宿を出てからのお前の行動は最初から全部見ていた」

「そんな、魔王ともあろうものが覗きを働くなんて!」

「フフフ。ライルが婚約者の痴態を知ったらどう思うだろうなァ」

「私を脅す気ですか……!」


 歯噛みしていたポーラだが、ややあって何故か勝ち誇った笑みを浮かべる。


「おほほほ、残念ですねえ。あなた、ご自分の立場がわかっていないんじゃないですか?」

「何?」

「だってあなたは人類の敵、魔王ですよ? あなたの目撃証言なんて誰が鵜呑みにするでしょう」

「…………」

「むしろ今の状況、魔王が女性に暴行しようとしているようにしか映らないでしょうね。露出徘徊って何のこと? というわけで、助けて巡回兵さーん! 魔王に襲われるー!」


 己の所業を無かったことにして居直るポーラ。

 さらには魔王である我に冤罪をふっかけるとは、普段の控え目な態度からは想像もつかぬほどの胆力だ。

 真実はどうであれ、いくら我が「見た」と人間どもに訴えたところで悪質な流言と一蹴されて終わりだろう。

 だがそれは、証拠が無かったらの話だ。


「おい、ディーネ」

「はぁい」


 我は反対側に潜んでいたディーネに命じる。その手には水晶が握られていた。

 奴がそれを掲げて『再生モード』で路地の壁に映像を投影させるとそこには。



『ぐおーっ、ぐおーっ』



 覆面の上からでもポーラの顔が一瞬で凍りついたのがわかった。

 そこには、白クマの覆面をかぶって通りを走り回るポーラの姿が鮮明に映し出されていた。

 我はディーネに命じてポーラの所業をずっと水晶に記録し続けていたのだ。


「なっ……なっ……!」

「ふふふ、声まで鮮明に再生されているだろう。ちなみに途中で覆面が取れたのは、我のしわざだ」


『いやっ! このままじゃ正体がばれちゃう!』


 覆面を脱ぎ捨てその目で映像を確認するものの、現実は変わらない。

 愕然とした様子でポーラは地面にへたり込んだ。


「この映像は拡大しても流せる。世界中の上空で流してやったらどうなるだろうなァ」

「……そ、そんなことされたら社会的に死んじゃう! 人間として破滅しちゃいますぅ!」

「ふはは、その悲鳴が聞きたかった! おいディーネ、水晶回せ。さらに無様な姿を収めてやるのだ!」

「やめて! 見ないで! 収めないでぇっ!」

「……何してんだろ、あたし」


 その後もポーラの醜態は記録され続けた。

 人としての一生が幕を下ろすことへの絶望から、奴は顔中の穴という穴から汁を垂れ流して身悶えた。

 ひとしきり奴を追い詰めたところで、我は語りかける。


「ほれ、服を着ろポーラ」

「うう……名前まで知られちゃってます。いっそ殺して……」

「そう言うな。このままキサマを文明社会から抹殺するのも一興だが、宿敵である勇者の1人とこのような形での別れは侘しいものがある」

「何が言いたいんですか……」

「我の頼みを聞いてくれるなら、このまま黙っていてやっても良い」


 こちらの申し出に、ポーラの顔にわずかながら血色が戻る。


「ぐ、具体的に何をすれば……?」

「わかっていると思うが、今のお前たちの実力では、我はおろか魔王軍幹部の足元にも及ばん。そこでだ。お前はそれとなく勇者パーティーの行動方針を、個々の修練や装備の充実化をはかる方向に持っていくのだ」

「は、はあ……」

「婚約者であるお前の願いならライルも無下にはしないはずだ。できるな」

「……私たちもこのままじゃ駄目だと思っていたところですから、話を通すのは簡単だと思います。でも、私たちが強くなっちゃっていいんですか?」

「ああ。お前たちとは()()に戦いたい」


 地上には、かつての勇者たちも使用した伝説級の武具が各国の手によって厳重に保管されている。

 それらを全て集めるには相当な時間を要するはずだ。

 ライルたちがどうあっても成長してしまうのなら、少なくとも我が軍への被害は最小限に抑制したい。

 であるならば、いっそのこと奴らには自己研鑽のみへ注力してもらい、その間にこちらは地上を侵略してしまおうというわけだ。

 ちなみにどうして国のほうから勇者に武具を渡して来ないのかというと、そもそも各勢力の指導者は初代勇者の末裔であり、武具の所持はいわば王家の証明でもあるらしい。

 それを簡単に貸し出してしまうことは王権の一時的な委譲を意味するため、万が一の紛失や他国への流出を避けるためにも可能な限り控えておきたいわけだ。要するに政治的な事情だ。


「でもあの、魔族が暴れる以上は絶対見過ごすというのは難しいと思いますが……」

「まあ、多少は仕方がない。もし戦闘になった時は――」

「……わざとみんなの足を引っ張るんですか?」

「んなわけねえだろうが、全力でやれ! 手ェ抜いたらッ飛ばすぞオラァ!」

「ひいいい!?」


 戦いこそが魔族の存在理由。

 それを汚すような下衆な真似は断じて許さん。

 まあライルたちが命を落とす可能性もあるが、その時はその時だ。倒した配下を賞賛しつつ別の手を考えればいい。


「でも、みんなを裏切るなんて……ですが、ただ動きを伝えるだけだし……でも、でも……」


 頭を抱えて目を泳がせるポーラ。

 どんな形であってもライルたちを裏切ることに葛藤があるらしい。


「お前はどうしてこんな破滅的な趣味を持つようになったのだ。話してみよ」

「……実は」


 我はポーラから一通りの事情を聞いた。

 耳にしたのは何とも面倒臭い人間の慣習だった。


「生まれのせいで身に合わぬ責務を押し付けられてきたわけか。子の意思を蔑ろにするとは非道な家族だ。お前が重圧に負けたのも無理からぬことだろう」

「そうでしょうか……」

「我にも息子がいる。魔王軍を継ぐなどと息巻いて日々研鑚に励んでいるが、強要したことは1度もない。どんな道を選ぼうと可能な限り支えてやるのが親の務めだと思っている」

「そうだったのですか。羨ましい……人間と違って魔族は自由でいいですね」


 もっとも我と違って“魔王種”でないジュリオには茨の道だろうがな。

 それでも息子が真に願う夢、黙って支えてやるのが父親というものだ。


「なあ、ポーラよ。人間の心は脆い。だが我は、人間が団結した時の底力も知っている」

「はあ……」

「現にお前たちは女神の加護を複合させることで我の膝を折らせたではないか。何も勇者だからではない。人間全部が“魔王を倒す”という意志を持てば、その刃は確実に我を脅かす。だからこそ我は遍く全ての人間を敵とみなしたのだ」

「……何が言いたいのですか」

「人間全部が敵に回れば確かに脅威だ。だが――そのうちの誰か1人が寝返ったところで全体への影響は軽微だと思わんか?」


 たった1人くらい魔王と通じるものがいたところで、どれほどの問題だというのか。

 むしろその程度の寝返りで綻びが出るなら、人間はやはり脆弱であると言わざるを得ないのではないか。


「お前は今まで人間の敷いた制度に苦労を強いられてきた。であるならば、少しくらい羽目を外しても無礼講というものだ」

「う、うう……」

「無論、バレれば只では済まされぬが、お前はこういう状況をこそ待ち望んでいたのではないのか。想像してみろ。裏切りが発覚した時のライルが失望する顔を」

「! ライル……!」

「信じていたのにと罵倒されるだろうなぁ。もしかしたら泣いてしまうかもしれぬ。可哀想になァ」

「ライルが、泣く……はぁ、はぁ……」

「だがそれも人間全体にとってみれば些末なことだ。身内に1人くらい裏切り者がいたところで何だというのだ。なぁ、ディーネ」

「!? で、ですね! あはは……!」


 我の言葉に、ポーラは謝罪を口にしながら背筋を震わせた。

 荒い吐息と共に、その頬はすっかり紅潮している。


「さあ、返答は」

「…………ます」

「よく聞こえなかった。もっとはっきり言え」

「私……彼を裏切ります! 心から私のことを信じ切っている婚約者を裏切って、情報を垂れ流します! 勇者でありながら、人間のスパイになります!」


 闇夜へ向け、吹っ切れたように宣言するポーラ。

 今この瞬間、【光】の勇者の心は魔王軍のスパイとなった。


「ああ、言っちゃったぁ! 私、婚約者を裏切っちゃったぁ!」

「よくぞ決断した。ちなみに今の発言もしっかり録ってある」

「いやっ、本当に抜かりないんだからぁ! 私ったらどこまで落ちるのぉ!」


 どうやら完全に吹っ切れたようだ。

 これからは存分に働いてもらうとしよう。


「後で連絡手段を伝えるからお前たちの動向は逐次知らせるように。ひとまず今日は宿へ帰れ」

「はい魔王様! ああライル、ごめんなさいごめんなさい……!」


 ふらふらと宿のほうへ歩くポーラを見送った後、我はあらためてディーネに顔を向ける。


「さて。勇者をうまく撃退し、奴らの中にスパイを忍ばせることができた。これもお前のお陰だ」

「い、いえ。あたしは何も」

「謙遜するな。便利なものだな、お前の開発した魔道具は」


(それに――お前の諜報能力もな)


 前回の話になるが、すでに強敵となっていた勇者パーティーの素性を調査させた際、ディーネは奴らの経歴をこれでもかというくらい徹底的に調べ上げてきた。

 それこそ生い立ちや人間関係、趣味や特技といったどうでもいいようなことまで全てだ。その中にはポーラの特殊な性癖に関する情報もあった。

 さすがにあの時は馬鹿らしすぎて流してしまったが、今に至っては利用価値が出てきた。

 本当に、何が役に立つかわからぬものだ。

 そう考えれば、スパイ1人ぐらい抱えておくのも悪くないということだろう。

 

 ともあれこれで勇者への対抗策は打った。

 次はいよいよ本格的な侵攻だ。


 せいぜい急げよ、ライル。

 再び戦うその時まで、強くなれ。


 でなければ婚約者どころか、故国も失うことになるぞ。



来年より幕間1つ挟んで第3章となります!


※12/30 一部追記改稿しました。

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