12 仲間 ※ライル視点
メリークリスマス!
「はぁ……はぁ……どうだろ、もう大丈夫かな」
もうかなりの距離を走り抜けた気がする。
開けた場所にたどり着いたところで、おれは立ち止まって背後を見た。
森の中は静まり返り、魔王が追って来る気配はない。
「魔王のヤツ、本当に何しに来たんだ。オレたちを殺しに来たってのは違うみてぇだし」
「ライルを勧誘したり、何を考えているんでしょう」
「何でもいいわよ……逃げ切ったんだから」
魔王の行動は終始不可解なものだったが、考えていても仕方ない。
任務は失敗。
ひとまず魔王が現れたことを兄上に報告すべきだろう。
「はぁ……少し休もうぜ」
「ええ、もう限界よ……」
「疲れました……」
まだ油断はできないけど、リーシャの言う通り、魔王が本気なら勇者パーティーはとっくに全滅しているだろう。
おれたちはその場に思い思いの格好で四肢を投げ出した。
疲れた、本当に。
木々の間から青い空が見える。
「ねえ、あの見っともない真似は何だったの」
息が落ち着いてきたところで、切り株に背中を預けていたヘレンが顔を上げる。
それは、樹上で休んでいたリーシャへ向けたものだった。
「……謝罪スキル《土下座》を知らないの。地べたに頭をこすり付けて誠意を見せることで、どんな敵からも生存率を1~2%上げるの。《足舐め》や《脱衣》と合わせることで相乗効果を発揮する」
「ガチだったのね。いつもクールぶってるから余計に気色悪かったわ」
「イメージの押し付けはやめて。生きるためなら何でもするって決めてるから」
「じゃあ引き続き軽蔑しておくわ」
悪意のない応酬の後、リーシャはぽつりと。
「奴隷だったの、わたし」
どこか遠くを見つめて、そう言った。
「身を売られたのは7歳の時。領地開拓を理由に住んでた森を追い出されて、露頭に迷った両親が手っ取り早く金を手に入れるためだった。エルフの子どもは人気らしくて、すぐにどこぞの畜生がわたしを買い取った」
「そんな……エルフの氏族長の娘だって言ってたじゃないか」
「養子にされたの。勇者パーティーの中に奴隷が混ざるなんて有り得ないって理由で」
寝耳に水だった。
みんなの経歴はあらかじめ聞かされていたけど、そんなこと少しも言及していなかった。
「虫唾が走る毎日だった。意味もなく殴られ、弄ばれ、使い回されて。ただ、生きるのが辛かった」
「リーシャさん……」
隣のポーラが青い顔をして口を抑える。
「それでもわたしは生きた。権力者に媚びて媚びて媚び続けた。……強いものを前にすると屈したくなるのは、そのせい」
仲間の壮絶な過去。
いつも冷静な表情の裏に、どれほどの懊悩を抱えていたのだろう。
おれは何もわかっていなかった。
「尊厳を捨ててまで生きたお陰かな。わたしが勇者の1人だってわかって、状況は一変した。すぐに奴隷から解放されて、家までもらった。弓士としての訓練が日課になって、あなたたちとパーティーを組んだ。……それがわたしの全部」
リーシャはそう締めくくって、そっとこちらに視線を移した。
「ライル。あなたは世界を平和にしたいって言うけど、魔王軍が来る前からわたしにそんなものはなかった。むしろ今の幸運が魔王のお陰なら、あいつに感謝してるくらい」
「……リーシャ」
「わたしはこの世界が嫌い。この世界が憎い。可笑しいよね。こんなわたしが、どうして勇者なのかな」
自嘲気味に笑う彼女に、掛ける言葉が見つからない。
それはみんなも一緒だったのだろう。
だけど、その時。
「良かった。疑問を感じてたのはアタシだけじゃなかったのね」
いつもの口調でそう告げたのは、ヘレンだった。
「……どういう意味」
「あんたと一緒よ。アタシも世の中が嫌いだった。平和なんてどうでもいい。むしろぶち壊してやりたいと思ってた」
「へ、ヘレンさん?」
1度息を吸ってから、彼女は。
「――だってアタシ、罪人だもの」
その告白に、おれを含めたみんなが目を見開いた。
予想通りの反応だったのかヘレンは気にした様子もなく、むしろ普段以上にさっぱりした様子で言葉を続けた。
「アタシ、貧民窟で生まれたのよ。親が誰かもわからないまま適当に育って、物心ついてからは仲間とつるんで犯罪ばかりやってたの」
貧民窟。
様々な理由から社会で生きられなかった人たちが、最後に行きつく場所。
世界各地にそういう場所があって、犯罪の温床になっていると言われている。
「盗み、強盗、物乞い。金のためなら何でもやった。裕福そうな奴を襲っては身ぐるみを剥いでやった。楽しそうに通りを歩いてる奴らが恨めしかった。他人の幸福がゆるせなかったわ」
生まれたくて貧民窟に生まれたんじゃない。
なんで自分がこんな生活を送らなきゃならないのか。
不条理だ、不公平だ。
だから自分が人を傷付けても、それはこんな世の中を許容している全員のせいだ。
自分はこのふざけた世界の犠牲者だ。
そう言い聞かせ続けてきたと、ヘレンは言った。
「ある日、教会の司祭がゴミ家を訪ねてきて、アタシが勇者だって言われた時は耳を疑ったわ。でも本当だとわかって、やっと自分にも幸運が巡ってきたって思った」
「…………」
「必死で読み書きを覚えた。魔法学校にも編入させてもらえた。とにかく頑張った。努力の甲斐あって、次席にまで登り詰めたのよ」
自分は選ばれた人間だと思った。
生まれが貧しくても、ちゃんと這い上がった。
だから、もっと上へ行きたい。
「アタシは名声を手に入れたいの。魔王を倒して世界を救えば、誰もがアタシを敬うようになる。アタシはまだまだ成り上がりたいのよ」
世界なんかどうでもいい。
自分のために戦う。
そうやって生きる権利があると言ったヘレンの表情は、何故かとても寂しそうだった。
「運命に抗う姿勢は尊敬する。で、あなたがお金を盗んだり傷つけた人たちは、あなたの主張を受け入れてくれたの? 悪いのは世の中だから、いくらでもお金を持ち逃げして良いって?」
「……だから魔王を倒すのよ。世界を救うんだから昔のことはチャラでいいじゃない」
「当人を前にしたら漏らしたくせに。恥を知らないのはあなたでしょう」
「返す言葉もないわ。……じゃあ、どうすればいいのよ」
誰からも返事はない。
そう思っていたけど。
「やっぱ、やっちまったことは消えねぇのかな」
地面の上で仰向けになったままのバクトがぽつりと漏らす。
「え?」
「オレがバルバリアで傭兵をやってたのは知ってるよな。親が傭兵団の団長だったから、オレも否応なしに武器を取らされてきたんだ」
バクトの故郷であるバルバリア帝国の前身は南方諸国連合。
部族単位で建国された王家の集まりであり、現皇帝の一族が平定した後も、内紛が絶えないと聞いている。
「ずっと“敵”と戦ってきたよ。敵ってのは、あくまで雇い主にとっての敵だ。大抵は対立する部族が相手だったけど、その中にはただの農民や、子供も含まれてた」
金を貰って敵を殺す。
殺さなきゃ殺されるから殺す。
淡々と、淡々と。
ずっとその繰り返しだったと、バクトは言った。
目の前の殺戮から逃げることはゆるされなかった。
だから疑問を持っても仕方なかったし、自分がしていることが何なのか、考えようともしなかった。
「ある時、兵営で寝ていたオレを子供が襲ってきた。両親の仇だっていうんだ。誰のことを言ってるのか聞く前に、オレはその子を手にかけた。その時ふと思ったんだよ。オレ、どうやったらみんなにゆるされるのかなって」
それは、ほんのちょっとだけ芽生えた罪の意識だった。
殺したひとりひとりの顔なんか覚えていない。だから、誰にどうあやまればいいのかもわからない。
でも……それでも。
償おうと思ったら、どうすればいいのか。
「勇者の使命をまっとうしたら、死んだ奴らは納得してくれんのかなぁ」
おれにはわからない。
「……なんだか笑えるわね、アタシたち」
天を仰ぎながら、ヘレンが言う。
「勇者パーティーって、もっと清廉潔白な人間がなるものなんじゃないかしら。こんな問題抱えた人間ばかり選ぶなんて、女神様の人選どうなってるのよ」
「うーん……」
「どうなのよポーラ」
「えっ? 私に聞かれても……」
「神官なら女神様の声とか聞こえるでしょ。なによ、できないの」
「待ってヘレン。ポーラは――」
「ふん、すぐに素敵なカレシが庇ってくれていいわね。本当むかつくわ」
「なに、今度は嫉妬? みっともない」
「そう? 名家の生まれで、教会からは聖女だなんて慕われてて、婚約者は王族。同い年でここまで差があるなんて不公平過ぎない?」
「……言われてみれば腹が立って来たかな」
「リーシャさんまで!?」
「女って怖ェなー」
呑気なこと言ってないで止めてよ、バクト!
このままじゃ喧嘩になっちゃうよ!
おれが宥めようとしたところで。
「ちなみにパーティーで1番むかついてるのはあんたよ、ライル」
「えっ、おれ!?」
あまりの衝撃に声が裏返ってしまう。
人からむかつくなんて言われたのは初めてだった。
「なんで!? おれ何か気に障ることした!? 今まで仲良くやってたよね!?」
「すげぇ食い付きぶりだな……」
「お、落ち着いてくださいライル」
これが落ち着いていられる!?
おれはリーダーとしてみんなと友好を深めてきたはずなのに、悪く思われてたなんて吃驚だよ!
「今だから言うけど、会った時から気に食わなかったわ」
「うっそ!?」
「アタシたちが顔を合わせた時に、あんた言ったわよね。『おれたちは歳も近いし仲間なんだから、自分のことは王族と思わず対等に接して欲しい』って」
「う、うん。だからみんなも、普段通り接してくれてるよね」
わかってないわね、とヘレンは嘆息してから。
「まずそんな台詞が出る時点でアタシたちを下に見てる。“自分は絶対に対等以下にはならない”って宣言してるようなものよ」
「うっ……」
「それに、じゃあこれから友達ね、なんてできると思う? あんた王族なのよ。世界で1番偉い男の弟君なのよ。あんたを敬わないなら誰を敬えっていうのよ」
「それは……」
「まあ勅命だからそれなりに接してあげるけど? 住んでる世界が違うのは分かり切ってるんだから、もっと自分の立場を考えなさい。あと戦闘の時もあまり前に出ないで。あんたに何かあったらアタシたちだって首が飛ぶかもしれないんだから。それと――」
ヘレンの言うことは逐一もっともだった。
貴族の友人にもよく注意される。
『大変失礼ながら、ライル様はもう少し王族であることの自覚をお持ち下さい』
『ご自分が良くても、周囲への影響は計り知れないことをご理解ください』
……って。
そんなのわかってる。
わかってるけど。
こんな風にお説教されたのは、初めての経験だった。
「ヘレンさん。もうその辺で」
「程々にしないとライルがかわいそう」
「そうね……ごめん、言い過ぎたわ」
「ううん、嬉しかったよ。ありがとうヘレン」
「オレはライルのこと友達だと思ってるけどな!」
――ふふっ。
――あはは。
魔王軍との戦い。
それぞれの事情。
問題は沢山あるけど、でも。
おれたちの間を暖かな風が流れていたのは、気のせいじゃないと思う。
「……戦おう、みんな。答えを見つけるのはそれからでも遅くないよ」
「おう!」
「はい!」
「あ、そうだ。リーシャ、これ使う?」
「? それ魔王の弓!?」
「元盗人よ、アタシは。手放したところを掠め取ってやったわよ」
「ぷっ。あははは! 最高だね、あなた!」
戦おう。
この頼もしい仲間たちと。
勇者として、最後まで。




