11 善と悪の敗北
「バクト!?」
ライルにとっても青天の霹靂だったのだろう、目を見開いている。
我の腕を組み敷くように全身で取りつきながら、バクトは片手でライルの足元に何かを放り投げた。
剣だった。
見た目からして業物ではない。数打ちの、質素な剣だ。
「使え! 予備の武器だ!」
「来てくれたんだねバクト!」
「すまねぇ、もう大丈夫だ! 力を合わせてコイツに勝つぞ!」
バクトまでもが血迷った言葉を口にする。
正気か、こいつらは。
たった2人で何ができる。
それとも、そのみすぼらしい剣に特殊な効果でもあるのか。
「ありがとう! ……ぐっ」
ライルは剣を拾おうとするものの、力が入らず取り落としてしまう。
あらゆる斬撃を弾く我の体を散々殴りつけていたのだ。骨どころか神経もまともに働いていまい。
だが、その手が淡い光に包まれる。
「これは《ライトヒール》……! ポーラ!」
ライルの後方。
いまだに血の気の戻らぬ表情をしながらも手をかざしていたのは神官ポーラだった。
「ごめんなさいライル……本当にごめんなさい!」
「……ううん、ありがとうポーラ! やっぱり君は最高の婚約者だよ!」
剣を手に、再びライルは地を蹴る。
何が起きているのか理解できない。1人ならず2人も、奴の言葉通りに立ち上がったのだ。
「……片手だけ抑えても無駄だぞ」
いまだ手にしていた魔王弓を手放し、左手に魔力をチャージする。
「させないわ!」
女の声。
ヘレンだ。お前もか。
バクトと同じように左腕へと飛び付いてくるが、さすがに女では羽虫が止まったのと同じ――
「《フロストタッチ》!」
瞬間、左側面を冷気が襲う。
それは、触れることで対象を凍結させる氷魔法だった。
「つうっ……! こうやって直に魔力を流し続ければ身動き取れないでしょ……! あんたの助言通り氷付けにさせてもらうわ!」
「本気か!? 接触しているお前も無事では済まんぞ!」
「あんたにボコられたライルの痛みに比べたら何でもないわ! 今のうちに早く攻撃しなさい!」
「あ……ありがとうヘレン!」
何だ、これは。
完全に心が折れたと思っていたのに。
奴らのほぼ全員が再び挑んできたことに、ただ驚愕する。
そうしている間もライルはこちらへ剣を降り下ろし、返す刃で薙ぎ払う。
「……ッ!」
相変わらず拙い衝撃。
しかしすでに体力の限界が近い体で、しかもナマクラによる打ち込みであったにも関わらず、まるで人が変わったような速度と重みを感じる。
「……! どこにまだこんな力が……!」
一体何があった。
どこにこんな力を隠していた。
何かの能力――
『重ね重ねの敗退、申し訳ありませぬ。魔王様』
その時、脳裏に1つの記憶が蘇る。
それは敗退を重ねたバリオンを呼びつけた最後の記憶だった。
『五閃刃ともあろうものが、たかが人間相手に何をやっている』
『……始めは取るに足らない若造たちだと思ったんですがなぁ。戦闘を重ねるたびに勇者たちが成長する姿に年甲斐もなく魅入ってしまいまして』
『わけのわからないことを。我の忍耐にも限界があるぞ。さっさと片付けて来い』
『……魔王様、ご武運を』
バリオン。
お前が言いたかったのは、これか。
「くそっ、また剣が折れた!」
「……いい加減離れろキサマら」
左半身はすでに薄氷の膜が張っていたが、右腕に取り付いたバクトごと振り払い、3人を吹き飛ばす。
だが――ポーラが放ったと思われる《グループヒール》の効果もあり、当然のように奴らは起き上がる。
「畜生、もう武器は無ぇぞ!」
「……! あるわ! これを!」
ヘレンが手渡したのは、あろうことか背負っていた魔杖だった。
先端こそ魔宝石が嵌め込まれているが、本体は木製だ。
だが何の躊躇もなく受け取ったライルは、剣と同じようにそれを構えた。
「だけど強度が足らねぇだろ!」
「……そうだ! 2人とも一緒に――」
「! ――ええ!」
ライルの左右にバクトとヘレンが立ち、それぞれが杖を握り締める。
今度は何が起きるのだ。
半身が凍り付いて身動きが取れない。
「合わせるぞ、みんな!」
奴らは同時に駆け出す。
振りかざした杖の先で、3つの輝きが重なる。女神の加護だ。
聖炎ではない。
全く別の、それぞれの持つ光を重ね合わせた力の輝き。
こんなことも、できたのか……!
「「「わああああーーーーっ!」」」
3人の手で振り下ろされた杖が叩き降ろされる。
肩口から全身を駆け抜けた白光の衝撃を受け、初めて膝が震えた。
そうか。
敗けたんだな、俺は。
顔ぶれが違っても。
数が足りなくても。
泣いても挫折しても、何度でも立ち直って前を向く。
そんな強さを持ったお前たちに、俺は倒されたんだな。
なにが“再戦”だギルバース。
次なんてあるわけないだろうが。
魔王を倒す――死力を尽くしたこいつらに、お前は敗けたんだ。
部下に裏切られたことを最後まで言い訳にしていたお前とは違うんだ。
一番潔くないのは、俺じゃないか。
今もそうだ。
先なんてわからなくても仲間を信じて戦い続けたライル。
先を知ってしまい、“あいつは殺せない”“戦わせられない”と怯えて動く俺。
どちらが強いかなんて明白だ。
……俺たちの勝負は、終わっていたんだ。
時が戻った意味はあった。
俺は勇者に敗けたんじゃない、ライルたちに敗けたんだ。
最高の敵に、俺は討たれたんだ。
やっと心の整理がつけられた。
魔族は力こそ全て。
その矜持さえ俺は自分で踏みにじっていたんだ。
残っているのは、もう“魔王”という肩書きだけ。
だったら、やることは1つだ。
――やり抜くんだ、この侵略を。
俺はまだ皆に裏切られていない。
信頼を失くしていない。
どんな手を使ってでも地上を手に入れるんだ。
ライルたちを倒した後で、誰が勇者に生まれ変わってもいいように。
人間全員を屈服させるんだ。
俺を信じてくれるあいつらのために。
勇者の刃が俺に届く、その日までに。
魔王として、最後まで。
「やった! アイツ初めて膝をついたぞ!」
「すごい! すごいわライル!」
「うん! みんなのお陰だよ!」
ああ、今のは効いた。
だが、ただ膝をつかせただけぞ。
それだけだというのに今にも飛び跳ねんばかりの浮かれぶりだ。
まったく……そういうところが未熟だというのに。
「でもまずいよ、杖も折れちゃった!」
「マジかよ!? 何か他に武器はねぇか!」
「果物ナイフならあるけど、いけるかしら!?」
「それだ! もう1度今のをやろう!」
さすがに果物ナイフで倒れるのは屈辱過ぎるな。
とはいえ、どうするか。
為すべきことははっきりしたが、奴らに退いてもらわねばならないことに変わりはない。
すると、その時。
勇者との間の地面に矢が突き刺さる。
それには奇妙な玉が繰りつけられ、破裂すると周囲に煙をまき散らし始めた。
「に、逃げて! 今のうちに……!」
矢が飛んできた先を見れば、リーシャが樹上で弓を構えている。
ライルたちを煙幕で逃がそうというのだろう。
「邪魔すんじゃねえリーシャ! ここまで来て退けるかよ!」
「そうよ! あとちょっとで勝てそうなんだから!」
ヘレンが抗議をあげるが、リーシャは次々に煙玉のついた矢を射続ける。
視界が二重三重と分厚い煙に覆われていく。
「ど、どこが! 今は魔王が舐めてるから全員無事でいられるだけ! もし攻撃してきたら終わりよ!」
「オレたちにだって意地があるんだ! すっこんでろ!」
……フン。
我はリーシャのほうに敢えて指先を向け、魔力の礫を連射する。
「あひっ……! 馬鹿、馬鹿、バカ! いい加減現実を見ろ! 攻撃が通じたんでしょ! ひっ……今はそれで十分じゃない!」
膝を笑わせながらも奴は逃げない。
ひたすらに煙幕を張り続ける。
今は全員を逃がすことを、それが最良だと判断して心を奮い立たせているのだ。
やはりあいつも勇者の1人だった。
「お、お願い、逃げて! 死んだら、何もかも終わりなんだから……!」
「リーシャ……」
「みっともなくたって、生きなきゃ駄目……! 負けたっていい、生き残って、強くなって、また挑めばいいのよ……!」
やがて、真っ白に染まった視界の先にライルの声が響く。
「みんな、撤退だ」
「ライル!?」
「……今のおれたちじゃ魔王に勝てない。せっかくリーシャがチャンスをつくってくれたんだ。行こう!」
「で、でも……!」
「魔王は倒したい。でもおれは、誰も犠牲にしたくない」
その言葉で、奴らの気配が遠ざかっていくのを感じる。
煙の先から少しだけライルの背中が垣間見えた気がした。
奴に向け、我は声を張り上げる。
「ライル! 我の誘いに乗らなかったことを後悔させてやるからな!」
その言葉が届いたのか届かなかったのかはわからない。
腕を振り払って煙を取り除くと、王国方面へ続く森のほうへと消える5つの影があった。
「面倒くさい連中でしたね魔王サマ。雑魚いくせに鬱陶しいったらないわー」
程なくして、ちゃっかり物陰に身を潜めていたディーネが現れる。
「そうだな、つまらん奴らだった。……だがまぁ、加護というのがどういうものか参考にはなったな」
「でも、どします? 勇者の醜態を映してサッちゃんたちに興味を失くさせるのが目的なんですよね。こういうアツい展開見たら逆にノリノリになっちゃいません?」
「撮ってたのかよ。最後だけ編集してカットすればいいだろう。……いや待て。後で個人的に見返したいからダビングしておくように」
第三者視点の映像も見ておきたいからな。
さておき、ひとまずライルたちを撤退させることには成功した。
とはいえ、あの分だと今後も魔王軍の行動を妨害してくるだろう。
もはや勇者との勝敗にこだわりはない。
奴らは確実に成長して、いつか必ず我の首を獲りに来る。
その前に侵略を完了することこそが我の勝利となるが、そうすると我にできるのはただ1つ。奴らの成長を可能な限り遅らせ、我が軍の勇者による被害を失くさせることだが。
何気なく隣に目を移す。
ディーネがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「魔王サマ?」
そうだ、思い出した。
スパイだ。
あいつを使って、勇者パーティーにスパイを潜り込ませれば――
1日1回投稿は今日までになりそうですが、なるべく早く更新できるよう頑張ります!




