10 相容れず非なるもの
その姿は、先刻よりもどこか小さく見えた。
胸を弱々しく上下させながら、それでもライルの眼光はこちらを捉えて離さなかった。
「わあああああーっ!」
子どものような叫びをあげて、もう1度突進してくる。
全く身にならない斬撃を受けて、胸にこみ上げるのは苛立ちだ。
後には引けなくなり自棄を起こしたか。
やめろ。
これ以上失望させるな。
本当に殺してしまいそうだ。
腹に拳を叩き込んでやると、ライルは胃液を撒き散らして地面を転がった。
「……!」
だがすぐに立ち上がって、我へ向かって来る。
再び剣を振るう。
弱々しい火花が虚空に散る。
何度目かの斬撃でいよいよ限界を迎えた剣が柄を残して砕けた。
すかさずその体を蹴り飛ばす。
奴は血反吐をまき散らして悶絶した。
(……何がしたいのだ)
それでもライルは立ち上がる。
武器を失っても尚、我に向かって来る。
今度は両のこぶしに【火】を灯して、殴りかかって来る。
「ぐぁ……っ」
グローブをはめているとはいえ、こぶしを立てればどうなるか想像できないはずがない。
なのに、奴は全力でこぶしを突き出した。
革の中で手の骨が軋む感触が伝わってくる。
それでも、奴は腕を振るい続ける。
「蛮勇だな。意地を張ったところで現実は変わらない。諦めろ」
「そんなわけには行かない! おれは勇者なんだ! お前を倒して、みんなを守るんだ!」
まくしたてる奴の顔を、本当の正拳とはこういうものだと殴りつける。
だが何度突き放しても、奴はその度に立ち上がった。
「お前ひとりに何ができる。仲間の勇者は使命を放棄したではないか」
「っ……!」
「裏切られてどんな気分だ。失望したろ、孤独だろ」
言って気付く。
ああ……そうか。
我はライルに自分を重ねていたのか。
仲間を失った奴に同情していたのか。
考えてみれば我らは同じだ。
弱者を守る使命を与えられた勇者。
弱者を統制すべく生まれた魔王。
信頼していた者たちに見放されようと、たったひとりになろうと、魔王と勇者としての生き様を貫かねばならない我らは、同じ生き物だ。
「我の配下にならないか」
それは自然と出た言葉だった。
ライルの足が止まる。
「誰にも理解できない思いを抱えている者同士、我らは通じ合うものがあるはずだ。協力してこの世界を手に入れないか? 理想を叶えないか?」
「…………」
「報酬は人間の支配権だ。地上を手に入れた暁には、生き残った人間はお前の好きにしていい」
本心からの言葉だ。
お前にはその資格がある。
「お前が人間の王になれ。王になって新しい国をつくれ。お前の望む幸せを与えてやれ。そうすれば誰もお前を裏切らない。だから仲間になれ」
魔王と勇者。
相反する極致にいるからこそ、なれるのではないか。
部下でもなく、肩書きだけの繋がりでもない。
本物の仲間に。
「断る」
ライルは確固たる意志を口にして、再びこぶしを振り上げた。
「おれはみんなに失望なんかしてない! 孤独なんかじゃない!」
「……ならば、何故お前はひとりで戦っているのだ」
周りを見ろ。お前を支えてくれるものは誰もいない。
皆がお前を見放した。ついていけなかった。
それが現実だ。
「恐怖を克服した“勇気ある者”。それがお前だ。お前だけが勇者だ。受け入れろ、そして――」
「違う! おれだって、お前が怖いんだ!」
澱みのないその瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「魔王、お前は強い。まだ本気も出してないんだろ。怖いよ。今この瞬間にも殺されるんじゃないかって考えただけで堪らないよ。できることなら今すぐ走り出したいよ。頭を抱えてうずくまりたいよ。助けてくださいって懇願したいよ」
――立っているのがやっとなんだ。
――心が押しつぶされそうなんだ。
――逃げ出したくてたまらないんだ。
「おれがこんなに怖いんだから、みんなだって怖くて当たり前だ。見損なったりしないよ」
「……ではどうして立ち向かって来る」
勝てないとわかっていながら、無意味な行為を何故繰り返す。
何故引こうとしない。
「おれはパーティーのリーダーだ。王が民の規範なら、リーダーのおれが勇者の規範にならなくちゃいけない。勇者として、魔王から逃げ出すなんてできない」
「……! 人間は何より命に執着する生き物だろう。こんな馬鹿な真似をしたところで呆れられるだけだ!」
「おれにだってわからないよ! でもここで退いたら、おれは、おれたちは――2度とお前に勝てない気がするんだ!」
外側が破れたグローブの奥。
すでに赤黒く染まったそのこぶしを、ライルは我の顔に叩き付ける。
何1つ痛みなどない代わりに、奴の血が頬にべとりとまとわりついた。
「…………ならば望み通り殺してやるッ!」
まさかここまでの阿保だったとは。
時が戻ったのは、やはりやり直しの機会だったのだ。
このギルバースが、こんな考えなしの屑に負けたはずがない。
間違いを正すために、我は再び戻って来たのだ。
今度こそ、真の支配者になるために。
右手に魔力を込める。
確実に、一撃で、この世から消してやる。
「おれは、勝つ! 魔王、お前に!」
奴は逃げない。
変わらず真っすぐにこちらへ駆け出してくる。
「潔く死ね! ソルブレイク――なっ!?」
ライルへ向け、腕を旋回させようとしたその時。
横から何者かが飛びついてくる。
「うおおおおおーっ!」
充血した瞳で必死に我を――正確には魔力を充填した右腕を取り押さえようとしてきたのは、恐怖に屈したはずの戦士、バクトだった。




