09 迷走
森の中をしばらく歩いていると、近くに気配が生まれた。
ディーネだ。
「お疲れ様です、魔王サマ。勇者パーティーの醜態、ばっちり撮れましたよ☆」
「そうか」
もはやどうでもよくなっていた我は、おざなりに返事をして先を往く。
「いやー、女神の力なんていうからどんなものかと思いましたけど、カスみたいな連中でしたねっ! ふふっ、ガチの足舐めドゲザなんて初めて見たし」
「……」
「ちょっと脅してやっただけで汗と涙と鼻水とおしっこまみれなんて、水晶に手振れ補正機能がなかったらヤバかったわー。あんなのに負けてた歴代魔王って、どんだけミジンコだったんだか」
設置型爆雷魔法にダイビングするような発言だったが、言い返す気力もない。
あらゆることが面倒だ。何もかもが色褪せて見える。
この情動は、何だ。
「で、あんな連中でも殺すとヤバイ理由って何なんですか? そろそろ教えてくださいよう」
「……奴らを倒しても女神の加護は消えん。死んだ人間のスキルや力を取り込み、次の勇者に“継承”されるのだ」
これは体験から知った事実だ。
前回の戦いで殺したヘレン。
奴に与えられた【水】の加護や魔力は消えることなく、後の勇者パーティーの1人である賢者メルに継承されていた。
2人分の魔力を手にしたメルの実力は、魔王軍の一部隊を容易く殲滅してしまうほど圧倒的なものだった。
人間の魔術師を育成する機関でトップの成績を誇っていたというから素養はあったのだろうが、それにしては異常な強さだった。
おそらくだが、継承とは“力の加算”を指すのだろう。
鉄同士を混ぜても鉄以上の強度は生まれないが、鉄の持つ強度を数値化して合算すれば、倍の強度を持つ鉄が生まれると考えればしっくり来る。無論、自然には有り得ない話だが。
ヘレンの力がメルの力にプラスされ、双方の身体能力値を合わせ持つ人間が生まれたと見ればあの強さも納得だ。
そしてそれこそ、歴代の魔王が勇者に敗れた最たる理由なのだろう。
いくら勇者を倒したところで、前回よりも確実に力を増した勇者が立ち塞がる。女神の加護が厄介なのは、そこだ。
「うーん、イメージが湧かないですねえ。元はニンゲンなんだから片っ端から倒しちゃっても問題なくないです? ていうか、どこでそんなこと知ったんですか?」
「……記録を調べたのだ。我の言葉を疑うのか」
「い、いえ……申し訳ありません」
我の威圧を感じたのか、ディーネの声が先細る。
駄目だ、頭が回らない。
我の目標は地上の支配。勇者の存在など障害の1つに過ぎない。
その勇者が負け犬に成り下がった、それだけのことなのに。
この喪失感は何だ。
(……言うまでもないな)
それでも我は、望んでいたのだ――ライルたちとの再戦を。
今度こそ、この手で決着を付けたいと思っていた。
時が戻った意味。
それはもしかすると“救い”だったのではないか。
部下に裏切られ何もかも失った自分に、生涯最初にして最大の敗北を挽回する機会を与えられたのではないかと、頭のどこかで考えていた。
ならば奇跡をもたらしたそいつは随分と陰湿な存在らしい。
心が折れた奴らに勝ったところで、何の感慨も湧くことはない。
魔王城での奴らの姿が脳裏に浮かぶ。
『ようやくたどり着いたぞ、魔王』
『オレの命に変えても倒してやる、絶対だ!』
『ヘレンの仇……!』
『女神様の愛する世界を、必ず取り戻します!』
如何なる状況でも希望を捨てず、我に立ち向かい続けた奴らはもういない。
無論、戦うからには勝つつもりでいた。
だがそれは、こんな勝ち方ではない。
(どうすれば良かった。どうしたら納得のいく戦いができた)
成長するまで関わらず待てば良かったのか。
顔ぶれが違うからか。
今となっては全てが空虚だ。
これからどうすればいい。
何を追い求めればいい。
我は何がしたかったのだ。
手にできるはずの世界がまるで無価値なものに思えてくる。
「どうしたんですか。沈んだ顔して」
叱責されたばかりだというのに、ディーネが顔を覗き込んでくる。
「もしかしてザコ勇者たちと顔見知りだったんですか?」
「どうしてそう思う」
「や、だってずいぶん気にしてるみたいですから」
「……これからどうすればいいか考えていただけだ。勇者があのザマではもう恐れるものもない。慎重にならずとも、もう少し侵攻を速めても――」
「!? 魔王サマ!」
刹那、背後に向けられるディーネの視線。
風を切る音が耳に届いた時にはすでに、折れた剣が眼前へ迫っていた。
「わああああーっ!」
「何!?」
燃える輝きを宿した斬撃の向こう。
赤き光の奥に、決死の形相を浮かべていたのは。
「……まだやる気か」
たとえ得物が折れようと、仲間が離れようと。
傷だらけの面立ちに光る双眸は、少しも輝きを失ってはいない。
ライル――




