07 勇者VS魔王3
「まずはお前だ」
我は後方のバクトに転身すると、静かに歩を進める。
「! ポーラ、オレが時間を稼ぐから今のうちに「ほう、良い斧だな」ライルを回ふ――なっ!?」
一瞬で間合いを縮めた我は、奴の手から手斧を抜き取る。
いかなる場合でも相手から目を離してはいかんぞ。戦闘の鉄則だ。
我はあまり守ったことはないがな。
「ふむ。斧は使い込むほど味が出るというが、なかなかの業物だ」
「てめぇ……返せっ!」
「そう言うな。久々に振るってみたくなった。……そうだな、お前で試すか」
奴を睨めつけ、向き直る。
バクトは兜の下の額に浮いた脂汗を隠すように、もう片方の手に持った大盾を突き出した。
「なんだ、試し斬りさせてもらえるのか。――ふんっ」
鉄製と思われる盾の上部に斧を奔らせると、ゼラチンのように切断された盾がぼとりと落ちて、驚愕に目を見開いた奴の顔が映った。
続いて左右をカットすると大盾が逆三角の小盾に変形する。
「っ……!」
引きつった声を上げて、バクトがたたらを踏む。
どんな時も威勢だけは失わない奴だと思っていたが、そんな声もできるのかと感慨が湧く。
「ほら、返してやる」
最後に盾の中心へと斧を投擲してやった。
吹き飛ぶバクトの体と一緒に盾も破砕し、我の扱いに耐えきれなかった斧も崩壊した。
「バクト、大丈夫!?」
「他人の心配をしている場合か」
女魔術師ヘレン。
次はこいつだ。
「!? この……《フローズン・ランス》!」
先ほどより鋭利な先端を持つ氷柱が高速で射出される。
体は不利と見てしっかり頭部を狙ってきたが、今度は片手を薙いで粉々に砕く。
「くっ……!」
「たかが氷塊では我を止められんぞ。どうせ氷魔法を使うなら特性を生かせ。――こんな風に」
片手に魔力をチャージ。
呪文を紡ぎ、解き放つ。
「《氷獄・終焉世界》」
瞬間。
ヘレンの左右を超極寒の冷気が駆け抜ける。
あらゆるものを停止させ、血の一滴まで凍らせる死の豪風だ。
葉は吹き飛び、樹木が樹氷に変わり、森は氷原へと変貌する。
「こ、こんな……ひぃぃっ……!」
自分のすぐ脇を死が通り抜けたことに気付き、引きつった悲鳴を漏らして膝を折るヘレン。
「こうやって凍結させれば少しは我を止められるやも――甘い」
「――ッ!?」
背後から飛んできた矢をおもむろに掴み取る。
リーシャが射たものだ。
同じ位置から奇襲をかけてどうする。
「次は弓か。どれ」
樹上のエルフを見据えると、我は次元に穴を開け、腕を這わせる。
我が武器庫である亜空間から取り出したのは、奴の得物と同じ“弓”だ。
黒竜の翼を模した本体は弦に至るまでどす黒い色を帯び、表面が紫紺の輝きを乗せて鳴動している。
「良い出来だろう。自称魔王どもの体内から取り出したデーモンコアのみで造った我が専用の弓、【魔王弓】だ。そこらの弓では我の力に耐えきれんが、これなら全力で振り絞れる」
「あ……あ……」
暗黒の魔力で矢を生成し、弦にあてがう。
それも1本ではない。
「こうして指の間に挟んで引き絞れば、同時に複数本を射れるのだぞ。参考にせよ」
親の指以外の間に雷を湛えた魔矢を挟み、限界まで弦につがえ、引く。
狙いはリーシャの立つ空間まるごとだ。
「《黒天・死ノ羽佩》」
3本の闇光が雷鳴のごとく閃く。
奴がまばたきするよりも早く、左右と足元を通過した力の奔流は、軌道に存在する全ての物質を塵も残さず消滅させた。
その中には、リーシャの立つ樹木もあった。
「ひぐっ!」
足場を無くし高所から落下するリーシャ。
なすすべなく尻から地面に激突して喉が鳴る。
滑稽な姿を見届けてから、次の獲物へ視線を移す。
「あ……っ」
神官ポーラ。
視線が交錯すると、ライルへと健気に回復魔法を使っていたポーラの手が止まる。
まともな攻撃手段を持たぬ神官のもとへ、我はゆっくりと歩を進める。
「《ホーリーシールド》……!」
ライルを庇うように前へ出ると、光魔法の盾を展開させる。
無意味な行為だが、どうしていいかわからないのだろう。
「…………」
指先を掲げ、盾目掛けて魔力を凝縮した漆黒の礫を放つ。
直撃を受け、魔法の盾は呆気なく砕けて霧散した。
「あうっ……《ホーリーシールド》!」
再度展開される盾。
また破砕。
「ほ、《ホーリーシールド》……《ホーリーシールド》……! ひぐっ……! 《ホーリィ……》あううう……!」
何度も何度も張り直される光の盾を、そのたびに破壊してやる。
数歩手前まで行きつく頃には、ポーラの目には涙が溜まっていた。
「ポーラに触るなーっ!」
その後ろから、ライルが駆ける。
折れた剣に火を灯し、何度も何度も我へと斬りかかる。
「取り乱すな。それでも人間の希望か」
「黙れっ!」
怒りを乗せても、くすぐられるような刺激しか感じない。
舞い散ってはかなく消える火の粉が奴の現状を表しているようだ。
「さっきも言ったが、お前が1番なっていない」
「舐めるな! おれはちゃんと修練して……っ!」
「回復役も守れなくて何が修練だ」
「――――! ガッ!?」
感情が高ぶり、隙の生まれたその顔に軽く拳を叩き込む。
鼻腔と口から血をまき散らし、ライルは地べたを転がった。
「げほっ……はぁっ、はぁっ……」
技術が半端だ。
スキルレベルも低い。
何度でも言ってやろう。未熟なのだ。
だからまずは身の程を知れ。
(そして――帰れ!)
力の差は十分見せつけてやった。
まともな判断ができれば“今のままでは勝てない、退却するしかない”と思い立つ頃合いだ。
そして、遁走する奴らを「ふはは。何が勇者だ、殺す価値もないわ」と嘲笑ってやるのが、この収録のラストシーンだ。
さあ、しっぽを巻いて逃げるがいい。
「う……うわあああ!」
だが我の思いとは裏腹に、雄たけびをあげてライルはこちらに突撃してくる。
まだそんな元気があったのかと拳を構えるが、奴は初めから剣戟を放つ気がなかったのか、するりと脇を通り抜けた。
さらに何を思ったか、剣を捨てる代わりに我の背後に飛びつき、羽交い絞めにしてくる。
「みんな、おれが魔王を抑える! だから今のうちに全員で攻撃してくれ!」
何をやらかすかと思えば、捨て身か。
リーダーのお前が退却を決めなければ誰も追随しないというのに、仲間の命を危険に晒すのはどうかと思うぞ。
(止むを得ん、もう少し奴らを痛めつけるか)
そう思い立ったところで、ふと、場が妙な空気に包まれているのを感じる。
「――? みんな……?」
ライルの声、ライルの指示に。
反応するものがいない。
顔を向けると、そこには。
「ひっ、ひっ……!」
「あ、あひぃ……っ。いや、いやぁ……!」
「女神様、お慈悲を……!」
頭を抱えて過呼吸を起こしうずくまるバクト。
股の下から湯気を立てへたり込むヘレン。
両の手で自身を抱き締め、その場から動こうとしないポーラ。
恐怖にとり憑かれ、嗚咽を漏らす勇者パーティー。
恥も外聞もなく身悶える様は、断じて“勇気ある者”の姿などではなかった。
(なんだ、これは)
その時、ひとりだけがこちらへ歩み寄ってくる。
リーシャだ。
こいつだけはやる気があったかと顔を移すと、奴はいきなり我の前に跪いた。
「り、リーシャ? 何をして……」
困惑した様子で問いかけるライル。
膝をたたんだリーシャは、垂れ下がった銀髪が土に付くのも構うことなく、額を地面に擦り付けていた。
やがて顔を伏せたまま。
「ゆ……ゆ、ゆるしてください魔王様。どうか、命だけは」
舌の回らぬ口で、保身を懇願した。




