02 ホウレンソウせよ
「わざわざお越しくださり光栄です。ギルバース様」
転移門を抜けた先。
晴天の下、海風が吹き抜ける“魔王軍東海岸本陣”。
我を見るや『魔竜軍』に所属する竜種の魔族が次々と跪き、配下の礼を示す。
小高い丘ほどもある邪竜までがひれ伏すのはなかなかに壮観だが、今は戦時。早々に面を上げさせる。
「楽にせよ。勇者パーティーの居所はつかんでいるな」
我が告げると、甲冑を纏ったドラゴニュートが口を開く。
「はっ。現在デスワームが地中深くから奴らを監視しております。数刻前の連絡では宿泊していた民家を引き払ったとのこと。村を出立するのも間もなくかと思われます」
「うむ。ディーネが到着したら早速向かうか」
あいつは今、新開発した魔道具を取りに技術部へ行っている。
斬新なアイテムを作り出すなど、仕事ぶりは優秀なのだ。
「ああ、参考までに聞くが、現時点で我が軍に対して不満や気になる点などはないか?」
ただ待っているのも退屈だった我は、ふと思い立ち質問をしてみる。
侵略開始から既に1ヵ月。
魔界とは勝手が違う地上の環境に、そろそろ不便な点も明らかになってくる頃合いだ。末端の声に耳を傾けるのも最高司令官である我の務めと言えるだろう。
ちなみに前回は1度たりとも耳は貸していない。
「ギルバース様を頂点に、ゼスティガ様の軍属として仕えることこそ至上の喜び。不平や不満など万に一つもございません」
「そう畏まるな。幹部からの報告では見えぬものもあるのだ。どんな些細なことでもいい。これも魔王軍への貢献と思え」
「……強いて云えば防衛戦は退屈ですかね。迎撃ばかりで討って出れないのは、もどかしいものがあります。――なぁ、皆?」
促され、他の竜が一斉に首肯を返す。
生まれた瞬間から激しい生存競争が待ち構えている竜族は、いわば闘争本能の権化。
魔竜軍はそんな竜族のみで構成された、魔王軍最強の軍団。
それが今は本陣と周辺域の防衛に専念させているため、思うままに敵と戦えないのはストレスを感じるものなのだろう。
「その点はすまないと思っている。戦略上、大国の目を外側へ引き付けておく必要があるのだ」
先の会議で言った通り、次はセレスティアを中心に大陸西と中央へ向けて侵攻する。
ゆえに、大陸の外縁に位置する東と南の本陣は、大国を引き付け戦力の集中を避けさせるという役目があった。
「お前たちの忍耐には助けられている。いずれ総力戦も視野に入れているゆえ、今しばらくは方針に従ってくれ」
「お心遣い痛み入ります。まぁ、あっさりと地上を制圧してしまっては拍子抜けですからね」
と言って不格好に口端を曲げて見せる。
どうやら今のところ部下の不満は軽微のようだ。
急な進軍の中止だったが、今のところ士気が保たれていることに安堵する。
「自分からもよろしいですか、魔王様」
邪竜の1匹が前脚を挙げ、発言の許可を求める。
我は顔をそちらに移して発言を促す。
「魔王様のご指示通り、数日前からこちらに『魔霊軍』が合流したのですが、その際に少々揉め事がありまして」
諍いか。
無理もない。急な配置替えにより2つの軍が混同したのだ。
相性の悪いもの同士が顔を合わせれば、いざこざが起こるのは仕方ないことだ。
(そういえば魔霊軍の姿が見えんな。寝ているのか?)
死霊や思念体で構成される魔霊軍は陽光を苦手とする種族が多く、日中から姿を見せることは稀だ。
特性は把握しているため顔を出さないのを不敬には思わないが、気配すらないことに違和感を覚える。
「揉めたのはゼスティガ様とアリサ様です」
「何、あいつらが!?」
「はい。1つは東方面の砦や要塞を防衛する両軍の配分の件です。元は我々『魔竜軍』が奪取したもの。7:3での分割が妥当とゼスティガ様が通達したのですが、アリサ様が半々にしろと要求してきまして」
「ああ……あいつなら言うだろうな」
魔竜軍からすれば、自分たちが奪い取った要所を明け渡すのだから3分の1で十分という考えだが、魔霊軍からすれば対等に活躍できる戦場が欲しいということだろう。
できることならお互い協力して防衛に努めて欲しかったが、連携がままならないなら拠点を割り振るしかないのは仕方ないことだ。
「それと、この本陣の扱いです。両軍が収まるには手狭でして。ゼスティガ様が近くの土地への増設を提案すると、やはり半分は使わせろとあちらも譲らず」
「ふむ……」
「御二人とも最後まで意見を曲げず、結局戦って勝ったほうの意見を採用することになったのですが」
「何、あいつら決闘したのか!?」
嘘だろ、さっきはケロッとしていたではないか!
「いやぁ、さすが最高幹部同士ですな。大激戦でしたよ。もちろんゼスティガ様が勝ちましたが、アリサ様も善戦しておりました。地面を叩いて悔しがる姿など青春そのものでしたなぁ。あの様子なら、まだまだ成長するでしょう」
「ぐぐ……あいつら……!」
まさか、我がセレスティアを攻略中にそんなことがあったとは思いもよらず、頭を抱える。
同時に会議でアリサの様子がおかしかったのも、ゼスティガに負けた敗北を引きずっていたのだと得心がいった。
「話はわかった。魔霊軍の姿が見えぬと思ったが、陣を離脱したわけか」
「はい。東側の森林地帯、向こうの山岳を越えた辺りです」
「……随分遠いな」
「事が起これば我々より早く前線に駆けつけられますからね。一種の当てつけですよ」
「成程。つまりあいつらの陣を移動させたほうが良いというわけか」
たしかにこのままでは、人間の軍勢を迎え撃つには不格好だ。
しかし邪竜はかぶりを振る。
「いえ。気にはなりますが、お手間をかけさせるほどでは。我々はほとんどの種が飛べますし、遅れると言っても誤差の範囲ですからな」
「ん? では何が言いたいのだ?」
「――アレです」
視線を移したほうに目を移すと、砂浜の上、山のように積み上がった物資が置かれていた。
「何だあれは」
「『海魔軍』が運んできた魔霊軍への補給物資です。中身は奴らの食い扶持である【魔石】がほとんどですね」
「なぜ放置されているのだ」
「取りに来ないんです、誰も。アリサ様いわく、陣を移すことになったのは魔竜軍のせいだから、我々が持って来るのが筋だと」
「…………は?」
「もちろん無視しました。あ、一応海魔軍にも伝えましたよ。ですが『本陣への輸送までが任務であって、陸の奥までわざわざ運んでやる義務は無い』と」
…………ま、まさか。
「このままだと消滅するんじゃないですかね、魔霊軍の奴ら」
アリサとゼスティガを呼び出した我は、魔霊軍への補給物資は海魔軍に届けさせる指示したこと、そして今後、我への報告・連絡・相談を厳守するよう命じた。訓練以外の私闘も禁止した。
アリサはいまだにぶすっとしていたが、何とか頷いてくれた。
よもや魔霊軍が自然消滅する寸前だったとは。
魔王軍の指揮は、一瞬たりとも気を抜く暇はないのだと痛感した事件だった。




